3-5 甘ったれ
砂浜に上がったところで服を脱ぎ、海水を絞る。むき出しになったアステラの腕を見て、ダガンは「あ」と何かに気づいたように声を上げた。
「忘れとった。そのタトゥー、悪魔の使い魔が消えた代わりに出てきた言うとったな。てことは、お前の中に使い魔がおるやんけ。海の中にいようがあいつ、覗き放題やわ」
「ならヤったフリなんて意味ねえじゃん。なんのためにくっついてたんだよ」
「どの口が言うとんねん、甘ったれ。お前が怖いだの沈むだのやかましいから、抱えててやったんやろ」
軽口を交わしながら、近くの森で枯れ木を拾い、焚火を起こす。尾びれが渇くにつれて、ダガンの下半身が人間の足へと変わっていく様子を、アステラは興味津々で見つめていた。服は村で調達するとして、とりあえずは布で下半身さえ隠しておけば、最低限の体裁は繕えるだろう。
アステラの上着を腰に巻き、居心地悪そうに膝を抱えたダガンは、「ほんで?」と探るようにアステラに視線を向けてくる。
「いくら俺の歌が魔除けになる言うても、一生アステラのお守りをするんはごめんやぞ。呪いを解く手立てくらい、あるんやろうな」
「んん……、とりあえずは教会に行ってみよう。俺も呪いは詳しくないし、教会で聞いてみたら何か分かるだろ。方針を決めるのは、それからだ」
ぐっと伸びをしたアステラは、不慣れな様子で足を撫でているダガンに手を差しのべ、陸の上に立たせてやる。ふらつくダガンの腰を支えながら、アステラはきらきらと目を輝かせた。
人間になったダガンは、アステラとちょうど同じ背丈をしていた。肉くらい簡単に食いちぎれそうだった歯も、今はすっかり人間の物に変わっている。アステラと同じ、人間の姿のダガンが目の前にいた。同じ大地の上に立ち、アステラのそばにいてくれる。
「へへ……っ! ダガンだ。人間バージョンの、ダガン!」
浮き立つ心のままにダガンの手を引き、肩を組む。顔を引きつらせながらも、ダガンは諦めたようにアステラを受け入れてくれた。
「なんやねんもう……。さっきまで悪魔が怖い怖いって怯えてたくせして、なんでいきなりご機嫌やねん。気味悪いわあ」
「だって、せっかくのダガンとの二人旅だぞ! 楽しまなきゃ損だろ」
「まあええけど」
素っ気ない口調ではあるけれど、そう呟くダガンも満更ではなさそうだった。
「ほんで、アステラの誕生日はいつなん? そもそも自分の生まれた日、知っとるんか?」
「多分これだって日は分かるよ。毎年花が届くから」
「……花ぁ?」
誰にも言ったことがなかった、アステラの小さな秘密だ。物心ついたときにはそういうものだったし、送り主を見つけようにも見つけられなかった。特に害もなかったので放置してきたが、よくよく考えずとも、絶えず住処を変えるアステラの居場所を、常に把握していた誰かがいたことの証左である。
僕からの誕生日プレゼントです、と楽し気に囁くイリヤの声を思い出し、アステラはぶるりと小さく身震いした。
「……まあええわ。生まれた日が分かるんなら、それでええ」
深くは触れないことにしたらしいダガンは、アステラの腕を押しやりながら、じとりと視線を向けてくる。
「半年くらいは猶予、あるんやろうな」
「えーっと……」
はたと立ち止まる。半年はあると思っていたが、よく考えればアステラの日付感覚は、イリヤのせいでぐちゃぐちゃだ。ダガンから聞き出した日付けからタイムリミットを逆算し、アステラは唇の端を引きつらせる。
「……き、今日入れて、十四日」
「アステラのこと、嫌いやなかったで。ご愁傷様。骨は拾ったるわ」
「ふざけんな絶対生きてやるからな!」
ヤケクソ半分、拳を突き上げ、声を上げる。
「見てろよ。俺は絶対、かわいくて優しい恋人を作るんだ! 呪いなんかに負けるもんか!」
――タイムリミットまで、あと十四日。