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3-4 恋人にだけはなりたくない

「なーんだ! 偉そうなこと言ったくせして、ダガンだってまともな恋人ひとりいねえんじゃん。俺と同じだ」

「やかましいわ。関係ないやろ」


 不機嫌そうに言い返した後で、ダガンはそれ以上深入りしたくないのか、「あの悪魔さえ騙くらかせればそれでええんやろ」と早口に話を進めてくる。

 

「なら、フリでええんちゃう?」

「は?」

「そら陸なら、悪魔の目からは逃げられんやろうけど……、ここ、海やで。海魔(おれら)の領域や。いくら悪魔やって、一から十まで覗けんはずや」


 ドヤ顔で言ったダガンは、背後から腹を抱くようにしてアステラを抱え直すと、その場でぐるりと一度大きく旋回した。


「海魔同士でヤるなら、だいたいこういう体勢になる」


 ぴたりと後ろ向きに体を合わせる体勢は、なるほどたしかにそれっぽい。

 

「上から見たら、俺らが今本当にヤってるかどうかなんて、分からへんやろ。未経験やないアピールしたいなら、十分なんちゃう?」


 それはそうだ。けれど、ダガンの言葉通りだと頭では分かっていても、頑なにアステラの誘いを跳ね除けようとする態度が気に入らなかった。知らず、拗ねた声音が口から漏れる。

 

「……なんだよ。俺とヤるの、そんなに嫌かよ」

「逆にお前はなんでそんなにヤりたいねん。俺は恋人としかせえへん言うとるやろ。それともまさかお前、俺と恋人にでもなりたいって言うんか?」

「――絶対に嫌だ」


 反射的に口をついて出た言葉が、思ったよりも硬く響いたものだから、自分で自分に驚いた。

 抱くならともかく、誰かに抱かれる必要があるというのなら、ダガンがいい。たしかにそう思うのに、ならばダガンと恋人になりたいのかと聞かれると、考えただけで寒気がした。

 アステラが好きになる人は、誰もアステラに愛を返してはくれない。誰もが皆、アステラを裏切り、あるいは利用し、いらなくなったら離れていく。これまでずっとそうだった。

 けれど、ダガンだけは違うのだ。利用するのはお互い様で、何度別れを告げてもまた会える。

 腐れ縁で繋がる不思議な相手。それでいいし、それがいい。甘い言葉なんて囁いてもほしくないし、ましてや恋人になんて、なりたくもなかった。ダガンにだけは、その枠に入ってほしくない。

 動揺を隠すように、アステラはだらりとダガンにもたれて、軽薄な笑みを浮かべてみせた。


「俺は、かわいい美人が好きなんだよ。ダガンみたいなモサいやつはお断りだ!」


 海中にいる今はムカつく程度に顔がいいけれど、どうせいつも隠しているのだから関係ない。本音を言えば、陸にいるときのあのマリモみたいな見た目だって、いかにもダガンという感じがして個人的には嫌いじゃなかった。

 そんなアステラの内心など露知らず、ダガンは不機嫌そうに眉を顰めた。

 

「俺だってアステラみたいな移り気なアホ、お断りや」

「ふん! まあいいや。フリだけで妥協してやる」

「なんで頼んだ側が偉そうなん?」


 ぶつぶつと耳元で垂れ流される文句は、まるっと聞き流す。

 こうして抱えられて泳ぐだけでも気持ちが良いのだから、ぴったりと身を沿わせ、海中を漂いながら体を繋げる人魚同士の行為というのは、さぞかし心地よいのだろう。アステラが人魚だったら、あるいはもっとかわいげのある容姿だったら、ダガンもその気になってくれたのだろうか。

 意味もないことを悶々と考えそうになり、慌ててアステラは思考を振り払うように口を開いた。

 

「そういえばさ……ダガンの家、どこにあんの? この近く?」

「決まった家はない。アステラと同じや」

「毎日放浪してるわけじゃないだろ。仮住まいとか、実家とか、どこにもないのか」

「むかーしむかしは実家に住んどったけど、子どもの頃だけやな」


 親と仲が悪いねん、とダガンはぼそりと呟いた。身の上話は初めて聞いた。

 

「親御さんは、海に住んでんの?」

「海っちゅうか、海岸やな。母親は純人間やから海には住めん。海岸に家建てて、母親は陸で、父親が海で、俺と妹は両方で、家族で住めるようにしとったわ」


 妹がいたのか、と内心で驚きつつ、アステラは黙ってダガンの話に耳を傾けた。

 

「まあでも、その考え自体が甘いんよな。子どもの頃なんて、これでもかってくらい違いが出るやん。人間と半魔じゃ、体の丈夫さも力の強さもちゃうし、そもそも育つ速度がちゃうからな。俺も子どもの頃は陸で人間のフリしとったけど、まあ普通にバレたわ。妹はその辺、ごまかすんが上手かったけどな」


 ダガン曰く、海魔の寿命は人間の七倍以上あるらしい。海魔と人間の間に生まれたダガンは、人間と比べると成長が遅く、さりとて海魔の子どもに混じれば異様なほどに発達が早いものだから、昔はどこに行っても気味悪がられたのだという。

 

「人魚と人間の良いとこどりってわけにはいかないんだな」

「そらそうやろ。種族を超えた愛って言うたら聞こえはいいけど、親は良くても、生まれてきたこっちは大変やわ。腫れ物扱いされながら隠れ住むんに飽き飽きして、家飛び出して……親とはそれっきりや」

「それで、こんな放浪生活してるってわけか」


 憐れみを込めて、アステラは自分を抱えるダガンの手に、両手をしっかりと重ねた。

 

「苦労してるんだな。ダガンの話聞いてると、下には下がいるもんだなって安心するよ」

「アステラにだけは言われたくないわ。俺が今まで会った中で一番可哀想なやつ挙げろ言われたら、まず間違いなくお前やぞ」


 不幸自慢などしたところで虚しいだけだが、自分も相手も同程度に不幸だと思うと、何を語ったところでネタにしかならない。結局アステラは、ダガンの涙の効果が切れるぎりぎりまで、だらだらダガンと喋りながら海中観光を満喫した。

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