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3-2 旅のお誘い

 だから左右の目の色が違うのか、と腑に落ちた。薄紫色の左目からは、ダガンらしく無骨で優しい印象を受けるけれど、右目は違う。角度によって虹色に煌めく蒼色の瞳からは、畏怖と魔性を同時に感じた。片方が人間で、片方が魔族から受け継いだ目だと思えば、納得がいく。

 

「せやから、まあ……俺は色々と、海魔としては出来損ないなんよ。本来なら人間に対して効かなあかんものが、人間に効かん。代わりに、人間とちゃうやつらには中途半端に効く。半端もんなんよ」


 吐き捨てるようにそう言って、ダガンはうんざりと天を仰いだ。


「おかげで人間には狙われるし、海魔の連中には追い出されるしで、ろくなことあらへん。別に何したわけでもないのによう捕まるし、ほんま勘弁してほしいわ」

「神妙な顔してるとこ悪いけど、それに関しちゃ血筋云々よりダガンの警戒心のなさが原因だって。どう考えても」

「ああ?」


 ついつい突っ込んでしまったが、ここでダガンの機嫌を損ねるのは利口ではない。慌てて愛想笑いでごまかして、アステラは話を戻した。


「要はダガンの歌は、人間には効かないけど人外には効くんだな? 半分人間ってことは、ダガンは人間にもなれんの?」

「なれたらなんや。海魔の里には居つけん、人間の町にも馴染めん。半端もんで悪かったな」

「誰もそんなこと言ってないだろ! 人間になれるならちょうどいい。俺と一緒に旅をしよう、ダガン」

「……はああ?」

「ついでに俺を抱いてくれ」


 勢いのままに懇願すれば、心底気味が悪いとばかりにダガンはアステラから距離を取った。

 

「何やねんさっきから。死にかけてとうとう頭いかれたんか」

「俺の事情は聞いてただろ! 悪魔にストーカー宣言されてる上に、呪いをどうにかしないと死んじゃうんだって! 助けてくれよ、友だちだろ!」

「俺とお前がいつ友だちになったんや」

「冷たいこと言わずにさあ!」


 がしりとダガンの肩を掴んで、アステラは必死に言葉を尽くす。


「長い付き合いじゃないか。どうせダガン、ほいほいどっかに捕まるだろ? で、俺がそれをいつも助ける。なら最初っから俺と一緒にいたって同じだろ。一緒に呪いを解く方法、探してくれよ! 助ける手間が減って楽になるし、一石二鳥!」

「俺のメリットがないやろドアホ!」

「金持ち敵に回してまでアホ人魚を助ける奇特な人間がそうそういると思うなよ! 俺がいなくなったら困るのはそっちだぞ、ダガン」


 ぎろりとダガンを睨んだアステラは、素早くダガンの尾びれに飛びつき、言い募る。


「俺、知ってるんだからな! ダガンは人間の世界が気になるんだろ。でなきゃ未練がましく港を覗いたり、船を追いかけたり、わざわざ溺れた人間助けたりするもんか」


 ダガンがぐっと言葉に詰まった。その一瞬を見逃さず、畳み掛けるようにアステラはまくし立てる。

 

「俺は強いぞ、ダガン。相手が人間なら、負けなしだ。岩でも鉄でも何でも斬れるし、ダガンのこと、何からだって守ってみせる。俺がいたら、世間知らずのお間抜け人魚だって安全に旅ができるぞ。人の国も、いくらだって見せてやる」

「ぐっ、でも旅言うたって、金がないやろ」

「あるに決まってるだろ! 俺、ちゃんと真面目に働いてたし。ダガンに不自由はさせないよ」


 こういう時のための換金用の装飾品はきちんと用意してある。加えて、不本意ながらもアステラは、これまでの人生の大半を、後ろ暗い業界に身を浸して生きてきたのだ。金にせよ情報にせよ、必要ならば過去の伝手を使ってどうとでも調達できる自信があった。


「ぐ、ううう……」

 

 ぎりぎりと歯噛みするダガンは、やがて唸りながらもアステラをじっと見た。その目には、隠しきれない好奇心が覗いている。もうひと押しと見てとったアステラは、ぱっと表情を明るくすると、ダガンの手をがしりと両手で掴んだ。


「陸の上、見てみたいだろ?」

「……見たい」

「なら、俺と一緒に来てくれよ。期限は俺の呪いが解けるまで。俺はダガンを守る。ダガンは俺の呪いを解く手伝いをする。そういう取引だ。乗るだろ、ダガン?」


 頼むよ、と目を見つめて懇願すると、とうとう根負けしたようにダガンは折れた。

 

「ええわ、そこまで言うなら乗ったるわ!」

「よしきた!」


 ぐっと拳を握り合う。

 人外には人外をぶつけるというものだ。ダガンさえ身の回りに置いておけば、ひとまずは知らぬ間にイリヤに洗脳される危険だけは回避できるだろう。


「で?」

「何や、『で?』って」

「早く人間になってくれよ」

「何で今ならなあかんねん。すぐ隣に海があんのに、今足生やす必要ないやろ」

「いいじゃん。減るもんじゃないだろ」

「なって欲しけりゃ、服やら何やら持ってこい」

「今、服なんていらねえし」

「は?」


 にじりにじりとダガンの上に這い上がろうとすると、何かを察したのか、ダガンが慌てたようにぴちぴちと尾びれを跳ねさせた。


「ぎゃー! 何する気やこのクズ男!」

「うるせー! 俺が処女だから、イリヤにケツを狙われたんだよ! ちんこ貸せ! とっとと開通させれば、諦めてくれるかもしんねえだろ!」

「知るかいつもみたいに適当に男捕まえて食ってこいや!」

「当て馬確定なの分かってて口説きにいくほどアホじゃねえんだよ!」

「じゃあ金で何とかせえや! それ専用の店があるって、前に言うとったやろ!」


 恋人がいないと身も心も寂しいけれど、さりとて娼館に行って性欲だけ発散するのもまた虚しい。そんな話を、そういえばいつだったかダガンにした覚えがあった。そんなくだらないことも覚えているくらい、人間の世界に興味があったらしい。

 

「知らない人は怖いから嫌だ! その点ダガンならよく知ってるし、安心だろ? 大丈夫だって、心配すんな。ちんこだけ貸してくれれば良い。お前が童貞だろうと俺が何とかしてやるから」

「誰が童貞やこのクズ当て馬男! 人が何年生きとると思とるんや。まともな恋人ひとりいたことのないお前と一緒にすんな!」

「ああ? だったらなおさら、ごちゃごちゃ言わずに人間になれよ。モノもついてない魚の下半身じゃ、どうにもできないだろ!」

「ついとるわアホ! やりたないだけや! ひとの体、勝手にまさぐるな!」


 このつるつるの魚の下半身のどこにナニがついているというのだろう。好奇心と勢いに背を押されて、嫌がるダガンの体をまさぐろうとしたが、場所が悪かった。


「このアホ貞操観念叩き直したるわ後悔せえ!」


 脅しつけるように喚いたダガンは、アステラの服をむんずと掴むと、波の満ち引きに合わせてアステラを海へと引きずり込んだ。

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