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当て馬男とひねくれ人魚の解呪RTA【全年齢版】  作者: あかいあとり
第二章 性悪悪魔の見せる夢
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2-7 君が愛する人は、誰も君を愛さない

 たっぷり数秒間硬直したあとで、アステラはあわあわと視線を泳がせ、ダガンの肩を揺らす。


「な、なに、何? えっ、どういうこと? 今イリヤ、あの人たちの首、落とさなかった?」

「落としたなあ」

「俺の親は、俺を担保にしてイリヤに助けてもらうことにしたんじゃなかったのか?」


 引きつる顔をイリヤに向ければ、感情の読み取れない美しい笑みを返された。

 

「ええ。ですから、助けて差し上げましたよ? 彼らの願いは『苦境から救われること』でした。火傷に切り傷、民の恨みと戦禍の悲しみ。すべての苦しみから皆が平等に逃れる方法は、ひとつだけです」


 にい、とイリヤが笑みを深める。

 

「苦痛なき死。そうでしょう?」


 ひえ、と声なき声が口から漏れた。悪魔らしい意地の悪い言葉は、ダガン曰く性悪なイリヤの美貌には、死ぬほど似合っていた。言葉を失うアステラを見て、イリヤは口元を押さえて俯きながら、声を上げて笑う。


「ふ、あははっ! その顔が見たかった。怯える顔もかわいいですね、アステラくん」


 上品な笑い声なのに、夢に出てきそうなほど恐ろしい。ひとしきり笑った後で、イリヤは涙を拭うような仕草をしながら「赤ん坊はね」と再び口を開いた。


「暇つぶしを兼ねて、二十二になるまで見守ることにしました」

「なんで二十二?」

「個人的な好みです。今までたくさんの人間を見てきましたが、それくらいの年頃が一番精力にも気力にも溢れていて、心にも未熟な柔らかさが残っていますから。器も魂も、一番美しい時に手に入れたいじゃないですか」


 なぜだろう。『美しい』が『美味しい』に聞こえる。震えあがったアステラに、イリヤは天使のような微笑みを向けてきた。

 

「僕も悪魔の端くれですから、契約は守ります。ご両親が泣く泣く生贄に差し出した子が不幸になるなんて、そんな悲しいことはないでしょう? ですから僕は、その子に――アステラくんに、ひとつの祝福を与えることにしました」

「祝福」


 おうむ返しに呟けば、イリヤはさっと指を振って過去の景色を消しながら、小さく頷いた。

 

「君が愛する人は、誰も君を愛さない」


 呪いじゃねえか。

 突っ込むより前に、イリヤは穏やかに続けた。

 

「僕もご両親も、君にただ健やかに育ってほしかったんです。愛というのは、いつの時代も苦しみを生むものでしょう? 縁がない方が心穏やかに過ごせますし、何よりそんな孤独な人生を送る人間、面白そうじゃないですか。実際君は、面白い人間に育ちました」


 自分がこれまで悩んできた当て馬ライフの原因は、目の前の超絶顔が好みの悪魔にあったらしい。アステラ自身の問題ではなかったことを喜べばいいのか、はたまた傍迷惑な契約を遺していった亡き両親を恨めばいいのか、悩みどころである。

 恥じらうように目を伏せて、イリヤは「アステラくんのことが好きなんです」とはにかみながら呟いた。その言葉には、嘘も打算も感じない。夢にまで見た愛の言葉ではあるが、当の相手がこれまでのアステラの不幸すべてを生んだ元凶と思うと、喜びよりも恐怖が勝った。

 

「さっきまでそうしていたみたいに、一緒に暮らしませんか? 大事にしますから」

「でも、二十二になったら食べる気なんだろ、俺のこと」

「嫌だなあ。そんな野蛮なことはしませんよ。僕はただ、君のことが欲しいだけです。身も心も魂も、全部」


 熱烈に口説かれているといえば聞こえはいいが、悪魔の甘言としか思えない。手を取ったが最後、骨の髄までしゃぶりつくされそうな予感しかしなかった。


「……なあアステラ、俺もう行ってええか?」

「ダメに決まってんだろ!」

 

 後は若いお二人で、とふざけたことをほざくダガンをがっちり抱きしめつつ、アステラは真っすぐにイリヤを見上げた。

 

「俺のこと、好きになってくれてありがとう、イリヤ。でも俺、記憶を弄られるのも、知らないうちに監禁されてるのも、怖いから嫌なんだ。イリヤとは一緒にいられない」

「何も怖くありません。家に帰れば、また分からなくなりますよ。大丈夫」

 

 その答えだけで、十分だった。イリヤの容姿は好みだけれど、考え方が決定的に違う。人間でない生き物といくら議論を重ねたところで、分かり合える気はしなかった。


「俺はそれが嫌だって言ってるんだ。イリヤとは一緒にいられない」


 声を低めて、同じ言葉を繰り返す。アステラが本気で言っていることをようやく分かってくれたのか、イリヤは興ざめだと言わんばかりに、さっと笑顔を消して真顔になった。なまじ容姿が整っているだけに、柔和な笑みが消えると、悪魔らしい冷酷さが浮き彫りになる。


「君に決める自由があるとでも? 君はシャイレーンが僕に差し出した生贄。器も意志も人生も、すべて僕の物です。それが契約だ」

「顔も覚えてない親が結んだ契約なんて、俺の知ったことじゃない!」

「……そうですか」


 冷たい声で呟いて、イリヤはばさりと大きく翼を羽ばたかせた。ふわりと宙に浮かんだイリヤは、肩を竦めて「残念です」と言い放つ。

 

「乱暴なことはしたくありませんでしたが、仕方ないですよね。自分の意思で来てくれないのなら、力づくで連れて帰ります」

 

 ひくりと唇の端が引きつった。色んなパターンの修羅場は経験してきたが、このパターンは初めてだ。

 イリヤがくいと人差し指を動かす。途端に、体が引き寄せられるように浮き上がった。

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