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第七幕 過去 現在 未来

 第七幕  過去 現在 未来


「さて、と」

 列車が駅に到着し、カインは降りてセミリオを促した。

「着いたぜ。ここがフロッグだ」

「ここなの?」

「多分、な」

 ウエストエリア、ウエスト・サウススクエア南側に位置する街、『Frog・town』。規模はそこそこ大きく、ウエストらしい活気と荒っぽさに満ちている。

「wsFって刻印が見えるだろ?」

 カインはホルスターから片方の銃を抜いてセミリオに渡し、グリップを指差した。

「ウエスト・サウスにFのつく街は何個かあるが、規模がそこそこデカく、いいガンショップもあるしここだろうと思ってな」

「ありがとう!」

 セミリオはカインに銃を返しながら、少し顔を下げる。

「ごめんね」

「構わねえさ。お前さんの気持ちも分かるからな」

 そして二人は駅から街を眺めた。

 人の多さと喧騒が、逆に二人の孤独さを際立たせるのだった。


 数日前。

 イルビラにて列車を探すカインに、珍しく遠慮がちに声をかけた。

「ねえ、カイン。ちょっと提案……というかわがままがあるんだけど……」

「いつもじゃねえか」

 カインがわざと茶化すと、セミリオは軽く笑った。

「サウスに行く前にさ、わたし、少し世界を見てみたい。父さんがわたし達を置いてでも行った世界を。父さんが訪れたところか」

 カインは腕組みをして少し考える。

「まあ、特別急ぐわけでもねえが……。しかし前も言ったが、別れてからおやっさんがどこで何したかなんて知らねえぞ?」

「そうだよね……。なんかないかなあ」

 ふと、セミリオの視線がカインの腰の銃に止まる。

「カイン、その銃ってさーー」


「ま、何にせよ明日だな」

 二人が列車を降りたのはもう日が落ちてしばらくしてのことだった。

「そうだね。どっかでゆっくり寝よ」

 そう言って、二人は適当な宿を探しに通りに出るのだった。

 街中の街灯がかすかに点滅し、空気が少しよどんで見えた。

 

 そして次の日の朝。

 宿で簡単な朝食を済ませると、街一番のガンショップ『Ted・Dead』へやってきた。

「ここにおんなじ刻印の物があれば、おやっさんはここにいたかも知れねえな。もっとも拾ったもんかも知れねえし、奴らから奪ったもんかも知れねえぞ? 俺だっておやっさんから、ま、言ってみれば勝手に取ったようなもんだしな」

「うん、それでもいいよ。どこでもいいから見たかったんだし、それに……」

 少しセミリオは言い淀んだ。

「サウスに行ったら、もう戻ってこれないかも知れないから」

 カインは少し天を仰ぐと、セミリオの目を真っ直ぐに見る。

「絶対に戻ってくるさ。俺がおやっさんにそう誓ったからな」

 それを聞いて、セミリオは心からの笑顔を見せた。

「うん、ありがとう、カイン」


「確かにこれはうちで扱ってるもんですね」

『Ted・Dead』の主人はカインの銃を見て言った。

「それどころかうちで製造してるもんなんで、よそじゃあ扱ってないですよ。『ドラグーン』シリーズは玄人が好むもんで、あんまり製造してないんですがね」

「へー!」

 セミリオが興味深そうに相槌を打つ。

「お前さんも持つか?」

 カインが冗談めかして聞くと、セミリオは笑いながら首を振った。

「さすがにわたしじゃ無理よ。反動で吹っ飛んじゃう」

「そんなに軽くねえだろ」

 カインの言葉にセミリオが噛みつこうとした時。

「おもちゃみてーな銃しか持てねえガキは消えな!」

「アニキの言う通りだぜ」

 入口から粗野な罵声が飛んでくる。

 そして声の主は真っ直ぐセミリオのもとにやってきた。

「どいてろ、ガキ……」

 そこまで言ってその大柄な男は口をつぐみ、ややあってセミリオを指差した。

「てめえ、あん時のクソガキ! こんな所にいやがったか!」

 しかしセミリオは訝しげに男を見る。

「誰あんた」

 男は一瞬目をしばたたかせると大声で怒鳴った。

「てめえ、まぐれとは言え俺様をあんな目に合わせておいて忘れてるとはいい度胸じゃねえか! 表に出てろ! ここでてめえをぶっ殺す銃を手に入れたらすぐに後を追ってやるからよ!」

 男は顔を真っ赤にしながら店の奥に行き銃の品定めに入った。

 セミリオはのほほんとしていたが、カインは彼女をつつくと親指で店の外を指差し、あごをしゃくって促した。


「……で、お前さん本当に覚えてなかったのか?」

「うん」

 店の外に出た後に当然そこに留まるはずもなく、腹ごしらえができる場所を探して歩き出した。

 しばらく歩いた後遠くから、

「どこ行きやがったクソガキ! 覚えてろよ!」

 という大声が聞こえてきたが、二人は特に気にしなかった。

「なかなかに特徴のある奴らだと思うがな」

「いちいち変なの覚えたら頭もったいないじゃん」

 思わずカインも笑う。

「ま、そうだな。とりあえずおやっさんの銃のルーツも分かったことだし、飯食っていくか」

 そう言ってカインは目に付いた酒場へと向かって歩き出した。セミリオがその後ろを、嬉しそうに小走りで追いかける。

 二人が店に入ると、口ひげをたっぷりと蓄えた恰幅のいいマスターが、愛想よく迎えた。

「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」

「ああ。食事の用意は出来るか?」

「もちろん」

 カウンターに座った二人に、マスターは品書きを差し出した。酒場、とは言っても朝から開いていることを考えると、喫茶店のようなものらしい。

 静かな音楽が流れ、街の喧騒はあまり聞こえない。

 コーヒーと酒の匂いが入り混じり、それを天井のファンがかき混ぜている。

 二人が注文を伝えると、マスターはそそくさと奥に入って行った。しばらくしてコーヒーや雑穀パン、シチューにサラダなど、色鮮やかで香りが良いメニューが運ばれてくる。とたんにセミリオのお腹がなった。

「じゃ、いただきまーす!」

 そしてカウンターに積まれた料理は瞬く間に減っていくのだった。


 そろそろ食べ終わろうとしたとき、セミリオの隣に男が座った。その横には若い女が居る。

 非常に背が高く、体つきもカインより二回りはありそうながっしりとした大男だ。何か長い、おそらくは得物を携えているのもまた印象的だった。

「おう、マスター。コブラ酒を入れてくれねえか」

 男が野太い声で注文したとき、カインの顔がわずかに引きつったのをセミリオは見て取った。

「カイン、どうしたの?」

「……いや、なんでもない」

 二人が小声でやり取りをしているうちに、コブラ酒が男の目の前に置かれた。

「ありがとよ。料金は隣のお嬢ちゃんから取ってくれ」

 男の唐突の発言にセミリオは面食らったが、いつまでも黙っているような彼女ではない。

 文句を言おうとセミリオは隣を向いたが、とたんに目を丸くして叫んだ。

「……! おじさん? ダグラスおじさん!?」

 ダグラスと呼ばれた男は、顔をぐいっとセミリオに向けると、歯をむき出して彼女に笑いかけた。

 巌のような顔をヒゲが覆い、全身はまるで鋼のような筋肉である。

「よう。久しぶりだな、セミリオ。元気にしてたみたいだな」

「おじさんこそ! 今までどこにいたの?」

「いろいろさ。ところでセミリオ、隣の彼氏を紹介してくれないか?」

 ダグラスという男は、視線をカインに向けセミリオに笑いかけた。

「彼氏なんかじゃないって! この人はカイン・ラステッド。今一緒に父さんの後を追ってるの。おじさんと一緒で、昔父さんの世話になったんだって。カイン、この人はダグラス・イーストウッド。わたしが四歳ぐらいのときから、十四歳のときまで隣に住んでたんだ。父さんの世話になったからって言って、ずっとわたしと母さんを守ってくれてたんだよ」

 セミリオが二人を紹介し終えると、カインとダグラスは握手を交わした。が、カインの視線はどこかダグラスを避けがちだ。

 そんなことにはかまわず、ダグラスが快活に喋る。

「そうか。よろしくな、ラステッドさんよ。やっぱりあんたが『親切な悪魔』か。手配書の特徴どおりだな」

「カインでいいぜ。こっちこそよろしくな、イーストウッドさんよ。………それから、悪いがその気味悪いもんを、あまりこっちに向けないでくれ」

 と、カインが指差したのは、ダグラスの持っているコブラ酒だった。ジョッキに並々と注がれた酒の中に、小さなコブラが沈んでいる。

 セミリオがニヤニヤしながらカインに聞いた。

「カイン、コブラが苦手なのね?」

「……悪いか」

「フッフッフ、『親切な悪魔』でも弱点はあるのね。カインの弱みゲット!!」

 その時、隣でセミリオとカインのやり取りを聞いていたダグラスが嬉しそうに口を挟んできた。

「そりゃあ、人間誰にだって苦手なものはあるさ。お前だって人の事言えないだろう、セミリオ。例えば、あれはお前が十歳のときに――」

「わー!! 余計なこと言わなくていいの!」

 そう言ってセミリオは顔を赤くしてうつむいてしまった。さすがの彼女も、小さな頃から知っている人には頭が上がらないようだ。

「はっはっはっは。まだまだ子供だな、お前は。ところでお二人さん、ガイアの後を追っていると言ったが、手掛かりがあるのか?」

 ダグラスの問いに、セミリオとカインは今までの経緯を説明した。


「……そうか、ガイアは死んだか……。残念だったな、セミリオ……」

 ダグラスは正面を向きながら酒をあおる。遠い日に向かっているようでもあった。

「うん……。でも、新しい目標があるから。だからわたしはカインと組んで、復讐の天使団を追ってるの」

「成長したな、お前」

「さっき、まだまだ子供だって言ってなかった? ――ところでおじさん、隣に座ってる綺麗な人は誰なの?」

 セミリオはダグラスの隣に座っている女に目を向けた。

 美人だが、どこか影がある。疲れている、といった雰囲気だ。

「ああ、こいつは……なんて言うかな、俺の雇い主か」

「雇い主?」

 そのとき、店に入ってから始めて女が口を開いた。

「はじめまして、セミリオさん。ダグラスさんのお知り合いなのですね。私、ミスティ・レイと申します」

 そう言って、ミスティと名乗る女は椅子から立ち、セミリオとカインに向かって深々と頭を下げた。

「あ、どうも、はじめまして」

 セミリオも慌てて礼を返す。カインは手を上げて気楽に返した。


「それで、ミスティさんはおじさんとどういう関係なんですか?」

 食事が済んで、四人は会話を交わす。

「ミスティ、でいいですよ、セミリオさん。あと敬語も。ダグラスさんとは、私がある物を探しているときに知り合ったんです。――私が長旅で動けなくなっている所に、ダグラスさんが通りかかって助けてくれたんです。それから、私が目的を果たすまで一緒に旅をしてくれています」

「へー。おじさん、親切だね」

 セミリオがやや揶揄をこめて言うと、ダグラスは頭を掻いて言った。

「まあな。『困っている奴を見捨てない』とガイアも言っていたしな。それに女を一人荒野に置いていく訳にもいかんだろう?」

「うん、それもそうね。それで、ミスティの探し物って何?」

「……私の、大切な人のお墓です」

 ミスティの口調があまりに真剣だったので、セミリオはハッと息をのみ、次いですまなさそうに謝った。

「ごめんなさい。変なこと聞いちゃって……」

 すると、ミスティはすぐに笑顔に戻り首を振った。

「いえ、いいんです。もうずっと前のことですから。それに、そんなに気にしてくれる人に会えただけで私は幸せですよ、セミリオさん」

「ありがとう、ミスティ」

 そう言って、セミリオは微笑んだ。

「――墓って言やぁ、この街にも集団墓地があったな、確か」

 カインが思い出したように呟いた。それを聞いて、ミスティが小さく頷く。

「そうです。ダグラスさんの助けもあって、ようやくこの場所を見つけることが出来ました」

 カインが不思議そうにミスティを眺めて言った。

「大切な人ってのは、あんたの先祖か何かか?」

「いいえ。どうしてですか?」

「あの墓地は確か大昔の物だったはずだ。そこに葬られてるのは、今から二百年ぐらい昔の人間ってことさ」

 セミリオが驚いて叫んだ。

「二百年!? そんなのがまだ残ってるの?」

「別に驚くことは無いだろう? セミリオ。大体お前が住んでたブルー・タウンだって、百年ぐらいの歴史はあったはずだ」

「……確かにそれはそうね。でもミスティ、そこに誰がいるの?」

 ミスティは懐かしそうに天井を見上げた。きっとそのとき、彼女の目には昔の光景が見えていたに違いない。

「私の大切な人……私を作り、私が愛し、私を愛してくれた人が眠っているはずです」

 カインが改めてミスティを眺めた。いささかの驚きをこめて。

「なるほどな。……気付かなかったぜ。あんた、ヒューマボットか」

「はい」

 セミリオは丸い目をさらに丸く、精一杯開きミスティを見た。

「えー!! ミスティ、人間じゃなかったの!? ぜんぜん気付かなかった! ………ところでカイン、ヒューマボットって何?」

 カインとダグラスは、危うく椅子からずり落ちそうになり、あわてて体勢を立て直した。

「……知らねえならそんなに驚くなよ」

「まったくだ。やっぱり何にも変わってないな、お前は」

 カインとダグラスは交互に呟いた。どちらも相当呆れている。

「仲がいいんですね、皆さん」

 ミスティが楽しそうに笑った。その仕草からは、とても彼女が人間ではないとは分からない。

「うーん。仲がいいのかな、これって」

 そう言ってセミリオは唸るのだった。


「ヒューマボットとは、ロボットに人間の感情を出来る限り再現させた、いわばペット型ロボットです」

 ミスティが説明しだしたが、ダグラスがそれを遮った。

「ペットとは少し寂しい言い方だな。つまりだ、セミリオ。家族が欲しいが、どうにもならない事情がある家がヒューマボットを買ってたらしい。親に、子供に、祖父母に、孫に。……あるときには恋人に。買う家庭によって、いろんな役割がある。当然いろんなタイプがある」

「へえー。でも今は見かけないよね?」

「ええ。核戦争で、私達ヒューマボットを作る技術も部品も、ほとんど失われたそうです。私の産みの親、リチャード・レイも行方不明となり、今ではヒューマボットは過去の産物になってしまいました」

 軽くミスティがため息をつく。

「産みの親……。そして、その人が?」

 セミリオが聞くと、ミスティは軽く微笑んだ。

「はい。少し、昔のことを話させてください。リチャードは、幼いころに孤児になったそうです。施設で育った後、彼はある企業に就職しました。そこで彼は一人の女性と恋に落ちました。しかし、わずか一年後、彼女は病気で亡くなってしまいました」

 セミリオはくちびるを軽く噛んだ。

「それから、彼はその企業のもと、五年足らずで一台のロボットを完成させました。それは当時の技術に比べると、はるかに進んだロボットでした」

「……それがミスティ、あなたなのね?」

「ええ。初めリチャードは単なる試作品としてのみ、私を生み出したそうです。ですが、私の中にかつての恋人の面影を見てしまった……」

 カインが口を開く。

「リチャード・レイは人の愛情に飢えてたってわけだな」

「はい。リチャードは私をそばに置き、身の回りの世話をさせました。そして段々と、彼は私に好意を寄せるようになりました。人間とほぼ同様の感情を持つ私達ヒューマボットの特性でしょうか。私も、彼を愛するようになりました」

 ミスティはそこで一息ついた。

「ロボットを愛し、ロボットに愛された男、か。珍しい話ではあるな」

 ダグラスが感慨深そうに呟いた。

「そうですね。彼もそう言ってました。でも、そんな特殊な状況でありながら、私達は幸せでした。彼が生み出したヒューマボットは全世界に売れ、生活も豊かなものになりました。ですが戦争が始まり……」

 そこでミスティはいったん息をつく。

 息継ぎなど必要ないはずなのに、少し息苦しそうな表情が印象的だった。

「――それで、リチャードさんとミスティはそれからどうしたの?」

 セミリオはミスティの表情が戻るのを待って、絵本の朗読をねだる子供のようにミスティに続きを聞く。

「あるとき彼は私を連れて、住んでいた場所から逃げ出し小さな村に避難しました。でも、そこに着いてから何日か経ったときに、彼は徴兵されて行きました。そして、それから一年後、あの最後の核が」

 その核兵器が投入されると、戦争は終わった。

 勝者も敗者もいない、人間の終わりだった。

「戦争が終わっても、リチャードが私のもとに帰って来ることはありませんでした。彼は死んでしまったのだと結論づけるには、長い時間を要しました。三十年ぐらいでしょうか。それから私は、彼が死んでしまったのなら、その痕跡でも見つからないだろうかと考え、彼の埋葬地でもないかと、それを探すことにしました。しかし彼が兵役に就かされた場所について、私は断片的な情報しか持っていませんでした。さらに長い時間が経過しました。探しても探しても見つからず、絶望感に打ちひしがれたことも幾度もありました。そしてついに、私の機能は停止してしまいました」

 ミスティが言葉を切ると、ダグラスが後を継いだ。

「荒野の真ん中で固まってるこいつを見つけたのが、一ヶ月前ぐらいだ。ヒューマボットは初めて見たからな、驚いたぜ。それで調べてみると配線が切れてたんだ。どうも百年以上は動きっぱなしだったみたいだからな、たいした耐久力だぜ。それで、とりあえず応急処置をすると見事に動き出した。話を聞いてみれば、そのリチャードって男の墓を探してると言うじゃないか。放って置く訳にもいかないから、こうして一緒に旅してるってわけだ」

「そうだったのね。おじさん、やっぱり優しい!」

「さっきとニュアンスが変わってるような気がするが……、まあいいだろう」

 それから少しの時間、ミスティは聞かれるままに昔のことや自分のことを話した。

 時間もすぎ、店の外の喧騒が大きくなり、中まで聞こえてくる。

 人の出入りも増え、ほこりっぽい空気が扉を突き抜けてくる。

「では皆さん、私はリチャードのお墓に行ってきます。ダグラスさん、今まで本当にありがとうございました」

 ミスティが微笑んで言った。

「その後はどうするの?」

 セミリオが聞く。

「そうですね……。近くに住んで、私が完全に壊れるまでは、彼のお墓を見守って生きたいと思っています。それでは」

 そう言って店を出て行こうとしたミスティに、セミリオはもちろん付いていくことにした。

「最後まで見届けさせて、ミスティ」

 そうなれば、とカインとダグラスも後につく。

 三人の顔を見渡して、彼女は微笑んだ。

「ありがとうございます、皆さん。では、最後までよろしくお願いします」


 錆びた看板が揺れ、踏み固められた十字路をいくつか越し、一行はくすんだ鐘が下がる建物を目指す。

 そして、街のはずれにある集団墓地。

 すっかり朽ちたものから、まだ比較的状態の良いなものまでが数十個、ぼろぼろに朽ち果てた教会に寄り添うように並んでいる。

 四人は手分けして一つ一つ墓を見ていたが、やがてミスティが声を上げた。

「ありました、皆さん! ここです」

 三人がやって来て見ると、朽ちかけた墓石には文字が彫ってあった。

 〈リチャード・レイ 2082 7/22 没〉

 そして、間を空けて一行。

 〈何故?〉

「何故?か。それはこいつの言葉だよな。こんな遠いところで殺されたんだからな」

 カインが呟いた。

「何故って何のこと? おじさん」

 セミリオの疑問にダグラスが答える。

「何故、戦争が起きたのか。何故、人が死ななければならなかったのか。……何故、死んだのか、って事だ」

 セミリオが寂しそうにうつむき、ふと横を見ると、ミスティはほっとしたように微笑んでいた。

「……よかった。見つけることが出来て。ダグラスさん、ありがとうございます」

「……ああ」

 セミリオがミスティに言った。

「悲しいよね。こんなことになって」

 ミスティがそれに答える。

「ええ……。でも、それよりも彼が見つかったという事のほうが大きいですね。『何故?』なんて、本当はどうでもいいんです。彼はこの世を去った、ただそれだけです。それも二百年も前のことですから」

「そう……。強いね、ミスティ」

「ロボットですから。感情があっても、死という概念が無いんです。死んだらどうなるのか、どこへ行くのかということは、私達には理解が出来ないようになっています。リチャードは言っていました。『死に怯えて暮らすことの無いように、そう作ったんだ』と」

 ミスティは少し悲しげに言った。理解が出来なくとも、愛する者が死んだという事実は、彼女にとって本当は辛いものなのだ。

 そして、四人はリチャード・レイの墓に向かって片手片膝をつき、しばしそのままでいた。

 やがて顔を上げた四人の目には、新たな輝きが宿っているように見えた。

「ダグラスさん、本当にありがとうございます。リチャードのお墓、見つけることが出来て本当によかった。それから、セミリオさん、カインさん。一緒に悲しんでくれて、ありがとうございます」

 ミスティは、深々と頭を下げて言った。


「じゃあ、ここでお別れだな」

 墓地を出て、街の通りに出たときにダグラスが口を開いた。

「ええ。私はこの町のどこかで暮らしていこうと思います」

 ミスティがそれに答える。

「そっか。ミスティ、がんばってね」

「はい、ありがとうございます」

 カインがセミリオに言う。

「人事じゃないだろ、リオ。俺達もこれからじゃねえか」

 カインの言葉を聴き、セミリオの表情が引き締まる。

「……そうね。カイン、わたしもう、大丈夫。一気にカタつけよ。サウスに行こう」

「いい覚悟だな」

 二人は顔を見合わせ、強く頷いた。

「それじゃあ、お前達ともこれでお別れだ、セミリオ」

 ダグラスが言うと、セミリオはキョトンとした表情で彼を見た。

「え? おじさんは行かないの? サウスに」

「俺は行かん。ガイアに立てた誓いをまだ果たしてないからな。それが終わるまで、他の事はしない」

「昔ちょっと言ってたあれ?」

「ああ。俺はな、大勢人間を救わなきゃいけないんだ。いや、もちろん俺がそう決めてるだけだがな」

 セミリオは少し残念そうな顔をする。

「おじさんに一緒に来てもらったら心強かったんだけど」

「当てにはしてなかったんだろう? 少なくとも、助けてくれる、なんてことは」

「もちろんよ! ガイア・ジュノスの娘、セミリオ・ジュノスはそこまで甘くは無いわよ」

 そう言って、セミリオは胸を張った。それを見てダグラスは嬉しそうに笑った。

「はっはっは。やっぱり成長したな、お前は。――そうだな、腕のほうも成長したかどうか、最後に見せてくれないか?」

 ダグラスはそう言って、持っていた物の覆いを取った。それは柄のところに蛇の彫刻を施した長大な槍だった。セミリオの顔が再度引き締まる。

「分かった。いいよ、おじさん。怪我しても知らないよ?」

「言うな、セミリオ」

 広い場所に移り、セミリオとダグラスが向かい合っている。カインとミスティは脇で見物だ。

「いつでもいいぞ、セミリオ」

 三メートル程の槍を構え、ダグラスが言った。セミリオがそれに頷く。

 セミリオの手が腰に走り、エターナルゴールドを抜くが速いか、ダグラスの足を掠めるように発砲した。

 当たる! セミリオがそう思った瞬間、ダグラスが、その体つきからは想像もつかないような速さで槍を突き出した。

 ゴウッ、という風切音とともに衝撃波が発生し、セミリオの髪を乱した。槍の先端辺りを見ると、セミリオの放った銃弾が真っ二つになって地面に転がっている。

 ヒュウ、とカインが口笛を鳴らす。セミリオは信じられないといった表情で、ダグラスと地面に落ちた銃弾を交互に見ていた。

「抜き撃ちの速さはなかなかだった、セミリオ。だが、俺に当てるにはまだまだだな」

 槍をしまいながらダグラスが言った。まだまだと言いながら、その顔は嬉しそうでもある。

「降参」

 セミリオが両手を肩まであげて言った。

「おじさんにはまだ敵わないね」

「だが腕を上げたな、セミリオ。二年前とは比べ物にならないな」

「そうね。あれからずっと、父さんを追いかけるために腕を磨いてきたんだもん。でも二百万の賞金首は倒せても、カインにも、おじさんにも、そしてきっと父さんにも敵わない」

 セミリオの言葉に、ダグラスは微笑んで言う。

「今のところはな。だが、すぐに追いつくさ、お前なら」

 そして、彼はカインに顔を向けて続けた。

「『親切な悪魔』さん。見ての通りこいつは未熟だが、そのうちに一流の狩人になる。だからその時まで、少なくとも復讐の天使団を倒すまでは面倒を見てやってくれないか? あんたなら安心して任せられそうだ」

 カインは肩をすくめながら言った。

「そんなことはとうの昔におやっさんから言われてるさ。復讐の天使団を倒すにはセミリオの力がいる。こっちからも頼んでるさだが、一流になるまで一緒にいたらこっちの身がもたねえからそれまでだな」

 カインの『自分の力が要る』という言葉に照れかけたセミリオだが、『身がもたない』という言葉に気付き、彼に噛み付いた。

「ちょっとカイン! 身がもたないってどういうことよ!」

「そのままさ」

「なんだと!」

 セミリオとカインの喧嘩を眺めながら、ダグラスは愉快そうに笑った。ミスティも微笑んでいる。

 ウエストエリアは、気持ちのいい天気だった。


「じゃあねー! おじさん、ミスティ!」

 ダグラスの腕試しが終わったあと、一行は南行き列車が出る駅にやってきた。

 セミリオとカインはそのままホームへ行き、ダグラスとミスティは通りから見上げている。

 駅全体に、セミリオの元気な声が響き渡る。

 南方面に向かう列車は少ないため、こちらの駅は街の外れに配置され、辺りは野良犬か酒の匂いのする無法者、若しくは野心に顔をギラつかせ銃を帯びた狩人ぐらいしか見かけない。

 そして駅といっても、こちらは線路が二本と小さな駅舎が一棟あるだけで、回りは荒野に囲まれており、広々とした空間だ。

 そこに響き渡るのだから、彼女の声がいかに大きな物だったかが分かる。声の大きさに駅舎から駅員が驚いて顔を出していた。

 ダグラスは苦笑しながら、ミスティは微笑みながら手を振っている。

 ミスティはここに住み、ダグラスも少し滞在していくという事で、セミリオとカインは二人に別れを告げ、南行きの列車に乗り込むことにしたのである。

「帰ってきたら、色々お話聞かせてくださいね。リチャードのお墓と一緒に待っていますから」

 ミスティは柔らかに手を振った。

「気をつけろよ! セミリオ! 絶対に帰って来いよ!」

 ダグラスが、彼女にも負けない大声を出す。セミリオがそれに答える。

「大、丈、夫!!」

 彼女の横では、カインが耳を塞ぎながら笑っている。


 別れが済み、カインがセミリオに言った。

「大丈夫だな? リオ」

「大丈夫、だよ、カイン」

 二人は、互いの目をまっすぐに見つめあうと、やってきた列車に乗り込んだ。

 目指すはサウスエリア。そして、復讐の天使団。

 列車はゆっくりと、しかし力強く動き出した。

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