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第六幕 荒野の交渉

第六幕  荒野の交渉


『Ilubira』。

 歴史も古く、また、木造の建物が通りいっぱいに立ち並ぶ様はかつて『西部』と呼ばれた場所を思い起こさせる。そして治安の悪いノースエリアにおいて、平和な街という珍しい場所でもある。

 セミリオとカインが降り立ったのはそんな街だ。

「とーちゃく! はー、長旅は疲れるね」

 セミリオは列車から飛び出るなり、大きく伸びをした。パワーがみなぎっている彼女にとって、列車はいささか狭いのだろう。

「元気だな、お前さんは。俺から言わせればバイクの運転をしないだけこっちのほうが楽なんだがな」

 二人はいつものような会話をしながら、小さな田舎駅から街に出た。規模は小さく、COW cityから来た二人には余計に小さく見える。

「久しぶりに来たが……、まったく変わってねえな」

 カインが感慨深く呟く。

「カイン、イルビラに来たことあるんだ」

「ああ、五年ほど前かな。復讐の天使団の手掛かりを探して、ノースエリアを探索してたときの拠点にしてたんだ」

 カインの眼は当時のことを見ているかのように遠くなった。

「あの時も、今に負けねぇぐらい必死に奴等のこと追ってたのによ、結局ここじゃ何にもつかめなかった。それがどうだ。今になってわずかだが手掛かりがここにあるって言うじゃねぇか。呆れるよな」

 己の無力。カインが最も嫌うものだった。かつてそのせいで偉大な男を死なせてしまったという負い目は、今も彼を重い十字架として縛っている。

「カイン……。そんな顔しないで」

「リオ……」

「変な顔に見えるよ」

「俺のどこが変な顔だってんだ。人がせっかく久しぶりに真面目に喋ってるのに茶々入れやがって」

 カインが呆れてボヤくと、セミリオは悪戯っぽく舌をペロッと出して見せた。

「カインこそいっつもわたしをおちょくってるじゃない。お互い様よ。それに」

 と、セミリオは屈託のない笑顔になる。

「あなたにそんな顔はやっぱり似合わないよ、『親切な悪魔』さん」

 セミリオの言葉を受け、カインもいつものニヤつき顔になる。

「ふん、お前さんにそんなこと言われちゃあお終いだな。ま、過ぎたこといつまでも考えてても仕方ねえしな。気ぃ入れなおしていくか」

 カインが前を向くと、セミリオもそれに倣う。

 二人に見えているのは果てない空と、広い大地。後悔などどこにも見えなかった。


「で、どうするの? カイン」

「しかしこの町はホントに何もねえからな……。ここで何かを探すって言ってもなあ……」

「とりあえず宿取らない? もう夕方だし、腰すえていこうよ」

 セミリオの提案に、今日のところはやることのないカインも賛成した。二人は町の小さな宿目指して歩き出す。

 宿屋『桜の歌声』。カインお勧めの宿だ。

 小さく質素だが食事がうまい、とはカインの談。

「いらっしゃいませー。お泊りでしょうか?」

 セミリオが先に中に入ると、小太りで赤ら顔の主人が愛想よく迎え入れてくれた。セミリオはいっぺんでこの宿が気に入った。

「ああ、二人分の部屋を頼む。何日泊まるか分からねえが」

 セミリオの後ろから入ったカインが言った。

「はいはい、二人分ですね。お部屋は今すぐご用意できます……って、ラステッド様ですか!? これはこれは、お久しぶりでございます」

 主人は丸い目をさらに丸くして、カインを見つめた。

「覚えててくれたのか。だんなさん」

「もちろんでございますよ。その節は、手前共の宿をお守り下さいまして、本当にありがとうございました。ラステッド様からお金をいただくわけにはいきません。どうぞ、質素な宿ではございますが、心行くまでご滞在下さいませ」

「いや、悪いよ、だんなさん。あんた達も商売なんだし、金はちゃんと払わねえとな」

 カインはそう言ったが、主人は譲らなかった。結局セミリオとカインは、この宿で一番いい部屋を二部屋占領することになった。

「お客様もあまりいらっしゃいませんので、どうぞお気遣いなく」と主人は言う。

 その日は主人夫婦の心からの歓迎を受け、その後何事もなく床に付いた。明日はきっと何かつかんでみせると決意を固め、セミリオは眠りに付いた。


 ………殺される。

 セミリオは必死に逃げていた。追うは復讐の天使団。

 数も分からないほどの大勢に追われていた。カインはすでに殺され、愛銃エターナルゴールドも奪われていた。

 殺される。殺される。

 殺される。殺される。

 かつて無いほどの死の恐怖。それに耐え、セミリオは逃げていた。もう強気なところなど微塵も見当たらない。ただ逃れ得ない運命に恐怖する少女でしかなかった。

 恐怖が限界を超え、セミリオは足をもつれさせ、倒れた。

 そのとき目の前に一人の男が立った。大きく、二挺の拳銃を使う男だった。

 男は無数にいた復讐の天使団を刹那に倒し、息をついた。

 ………父さん?

 セミリオが呼びかけると、男はゆっくりと振り返ろうとした。

 ――銃弾が男を貫き、それはセミリオの胸をも貫通した。


「父さーん!!」

 叫び、目を覚ます。

 悪夢を見た。セミリオにとっては珍しいことである。

 清々しい朝だったが、彼女の気分は朝から最悪なものとなった。朝食の席までそれは続き、カインを戸惑わせた。

「……どうした、リオ? 何か不機嫌そうじゃないか」

「ちょっとね、ひどい夢を見たの。ごめんねカイン」

「お前さんが自分から謝るたあ、よっぽどのことだな。ま、どんな夢かは知らないが、夢でよかったじゃないか」

 夢。確かにそうだが、半分は現実に起こったことなのだ。だがその悪夢の真相をつかみ、消すためにセミリオとカインは旅をしている。

「ねぇカイン。改めて、わたしに力を貸して」

 朝食が終わり、ロビーに居る時にセミリオはカインに言った。

「なんだ、改まって。言ったろ? 『俺からも頼もう』ってな。力を貸す、貸さないなんて、もう議論する必要はねえよ」

 突然のセミリオの言葉に、カインは戸惑いながらも力強く言った。それは彼女の心をしっかりと後押しする。

「……ありがとう、カイン」

 セミリオは小さな声で言った。カインにも聞こえないほどの声で。


 二人が出かける用意を終え宿の玄関に立ったとき、カインを呼ぶ声があった。

「旦那ぁ! カインの旦那じゃありませんか!」

 二人が声のしたほうに目をやると、五十くらいの、やせた貧相な男が近寄ってくるところだった。

「モウソンか。なんだお前、生きてたのか」

 その男は近づくと、頭をかきながらヘヘッと笑った。身長はセミリオとほぼ同じぐらいで猫背気味なため、より貧相に見えた。

「生きてたのかとはご挨拶だね、旦那。あっしはこれでも、情報屋として三十年生きてきた身でさぁ」

「知ってるさ、お前が最初に言ったじゃねえか」

 ふと見ると、セミリオがいつものように説明を求める顔をしていたため、カインは彼女にモウソンという男を紹介した。

「こいつはハリー・モウソンって情報屋だ。情報収集能力にかけてはこいつの右に出る者はいないと俺は思ってる。お前さんに会う前にはずいぶんと世話になったもんだ」

 カインに紹介され、モウソンは頭をかいてセミリオに頭を下げた。

「わたし、セミリオ・ジュノス。よろしくね、モウソンさん」

 そう言ってセミリオはモウソンと握手を交わした。

「こちらこそ。あのガイア・ジュノスの娘さんと知り合えたこと、光栄に思いますよ、セミリオさん」

「父さんを知ってるの? モウソンさん」

「直接は知りませんがね。あっしの集めた情報の中にはいくつもあの人に関するものがありましたよ」

 得意そうにモウソンは胸を張った。といっても猫背なので、普通の立ち姿になっただけのようにセミリオには見えた。

「ところで旦那。まだ復讐の天使団を追ってるんですかい?」

「ああ。奴等を追い詰めるまでは俺は旅をやめない。おやっさんの墓と、このセミリオ・ジュノスに懸けてそう誓ったからな」

 カインがそう言うと、モウソンはニヤリと笑った。

「そうですかい、それはまた難儀なことで。それでしたらあっしの情報を買いませんか? 旦那がここを去ってから五年間、いろんな情報を得ましたが、ついに奴等のネタをつかんだんでさぁ」

「……本当か? あんなに俺とお前が苦労してもつかめなかった奴等のネタをか?」

 カインは半信半疑だ。確かに彼の苦労を考えると、復讐の天使団の情報を得たというのはにわかには信じがたい。

「あまり信じてないですね、旦那。まあ、それもしょうがないとは思いますが」

 ならばとモウソンは膝を打った。

「よし、じゃこうしやしょう。あっしが今からつかんだ情報のいくつかを旦那方に喋りますんで、それを聞いてあっしのネタを買うかどうかをお二人で決めておくんなさい」

 モウソンの意外な申し出に、二人は顔を見合わせた。情報屋にとってその公開は死活問題である。それを平気でやってのけようというモウソンの情報に、二人は興味を覚えた。

 そもそも、どんな些細な情報でも得ようとしていた矢先である。セミリオとカインは、モウソンの話を聞くことにした。

「じゃあ、小手調べの情報からいきましょうか。旦那、あんたはドッグ・タウンでこちらのお嬢さん、セミリオ・ジュノスさんと出会いましたね? それからあんた方は二人で手を組み、復讐の天使団を追うことにした。ドッグ・タウンを後にしたあんた方は、セントラル・イーストスクエアで一人のバイオノイドの少女を拾った。名前はセラだ」

 まるで見てきたかのように語るモウソンに、セミリオは目を丸くした。

「どうしてそんなことまで知ってるの……?」

「言ったでがしょう? こちとら情報屋三十年って。これくらいの事を調べるのは朝飯前ですよ。さて、本題の情報です。旦那、あんた、そのセラがどこで作られたか、また誰に作られたかご存知ですか?」

「いいや、知らねえなぁ。そういえばセラを連れ戻しに大勢やってきたが、あれはみんなあいつが消しちまったしな」

「そうですかい。それはよかった。それじゃあ言いますがね、セラを作ったのは紛れもねえ、復讐の天使団なんでさあ」

 モウソンの言葉に、セミリオは目を剥いた。カインは半ば予期していたらしく、そこまで動じなかった。

「本当なの!? モウソンさん!? セラちゃんがあいつらに作られたって?」

「本当ですよ、セミリオさん。それで、彼女が作られたのは当然、復讐の天使団の本拠地ってことになりまさぁね。それも確認済みです。そこでだ、旦那。あっしはその場所を知ってる。それを売りたいんでさぁ」

 セミリオとカインは顔を見合わせしばらく考えていたが、やがてカインが口を開いた。

「……どうやら、お前の持ってる情報ってのは本物みたいだな。よし、買おうじゃねえか、そのネタを。いくらだ?」

「毎度あり。あっしはこいつを得るために二回も死にかけましたからねえ。二百万ほど頂きたいんですがね」

 提示された金額に、思わずセミリオは叫んだ。

「二百万!? もうちょっと安くならないの? ………と言っても、少し安くなったぐらいでもどうしようもないんだけど……」

「これでも馴染みのカインの旦那だからサ-ビスしてるんでさあ。他のやつらだったら五百は吹っ掛けますよ」

 それでもカインは渋い顔だ。

「安くしてくれてありがとよ、と言いたいとこだが、あいにくそんな大金は持ってねぇ。てかお前もそれを知ってて言ってんじゃないのか?」

 カインがモウソンを睨むと、彼はニヤッと歯をむき出して笑った。

「ヘヘっ、さすがは旦那だ。よくお分かりで」

「そんぐらいお前と少しいた奴なら誰でも分かる」

「もっともで。しかしあっしのほうも死にかけた身だ、これ以上自分の命を安売りできねぇんで。って事で、あっしの持ってるもう一つのネタを買ってはみませんか? 何、こちらはタダにしておきますよ。誰でもつかめるものですからね」

 ほらっ、とモウソンが懐から取り出したものは、一枚の手配書だった。

「『強盗団 猿の瞳首領 サルク・ホルダースト』。賞金は二百万L。こいつらはこっから十キロほど西へ行ったところにある〈Misina〉という町にいます。その町を乗っ取って、やって来る狩人やらなんやらを片っ端から襲ってるタチの悪い連中なんでさ」

「……で、俺達がこいつらを追い払って、賞金を手に入れれば……」

「旦那方は情報が手に入り、あっしは儲かる。町の人も大助かり。どうです、悪い話じゃないでしょ?」

「………他に方法は無さそうだけど……」

 と、セミリオは渋りがちだ。情報を得るため強盗団を潰しに行くというのは、確かにリスクが高い。

 しかし。

「他に無いってんならやるしかないさ。それにその町の連中も困ってんだろ? やってやるさ」

「そうね。『困ってる人を見捨てない』か。……ところでモウソンさん、どうしてわたし達にこの手配書を?」

 モウソンは小さく笑った。

「この町にはちょいとツテがあったんでさ。あっしの飯のタネになるものがね。しかしこいつらに町が占領されてからこっち、この近辺でのネタがなかなか手に入りにくい。このままじゃあ干からびちまうってなもんでさ」

「もともと干し肉みてえな見た目じゃねえか」

「へっへっへ、旦那は手厳しい。まあそれはともかく、あんた方がこいつらを追い払ってくれりゃあもっといいネタが手に入ることは約束しますよ?」

 カインは小さくため息をついた。

「ま、その町の連中が困ってるのは事実みてえだしな。じゃ、行くかリオ」

 そう言ってカインは、モウソンと『桜の歌声』を背に歩き出した。セミリオもそれに続く。後ろではモウソンが頭をかいていた。


 隣町ミシナまでは約十キロ。セミリオとカインは、特に交通手段もないため徒歩でそこに向かっていた。

 周りを見渡しても、荒地が広がっているばかりで寂しい光景しか広がっていない。だからこそ盗賊や強盗が多く、ノースエリアは物騒なのだ。

 その荒地の中に、ときおりぽつん、ぽつんと建物が建っている。それは昔の核戦争のとき壊れた建物で、誰も寄り付かないまま長い年月が経っていた。

 二人はそんな建物の一つの下に来ていた。

「大きい建物だね、これ。昔は何のためにあったんだろ?」

 カインは上を見上げると、セミリオの問いに答えた。 

「こりゃあ教会だな。見ろよ、上を。女神様の像がぎりぎり残ってる。壊れかけでせっかくの美貌が台無しだがな」

「……教会ってこんなに大きな建物が必要なのかなあ」

 空は晴れているため、セミリオはまぶしそうに上を見上げる。

「教会ってのは儲かる商売だったんだろ。ま、何に祈ったって、結局こうなっちまったってこったな。ここに集まってた奴らはどうなったんだろうな」

 二人は、しばらくその教会跡の下にいた。


 セミリオとカインが教会跡にやって来る前。

 その教会の最上階、地上十五メートルの高さにあるわずかな空間に、一人の男が寝転がっていた。こんな場所であるが、どうやら本当に寝入っているようだ。

 そしてしばらくして、下に二人がやって来た。

「……きい……ね。……だろ?」

「こりゃ…………えを………だがな」

 下から聞こえる小さな話し声に、その男は身を起こし下を覗いた。若い女と壮年の男の組み合わせ。男は訝しげに見ていたが、壮年の男がカインだと見ると、微笑を浮かべその場所を飛び出し、下まで駆け下りていった。

 高く垂直な教会の外壁を、わずかな足がかりを使い、駆け下りてゆく。


 そろそろ教会跡の見物にも飽きてきたセミリオが、せかすようにカインに言った。

「そろそろ行こうよ、カイン」

 カインも同感だったので、特に異を唱えるでもなく了解する。

「そうだなーー」

 その時。

 カインの言葉が終わるか終わらないかの瞬間、すっ、とカインの背後に人影が現れ、彼の喉元に刃が当てられた。しかしカインも片方の銃を抜き、自分の腰を回して背後の人物に突きつけた。一瞬遅れてセミリオも銃を抜き、カインの横からその男にポイントする。

 空気が張り詰め、冷たい緊張が支配する。

 一瞬の後、カインが銃を下ろしながら笑った。

「相変わらず唐突だな、お前は」

 するとそれに答えてカインの後ろにいた男も、彼から刃を遠ざけた。

「久しぶりだね、カイン。君に再会できて嬉しいよ」

 銃を構えていたセミリオは、目の前で起きている事態を把握できず、呆然としている。

 それを見たカインは、苦笑しながら言った。

「ああ、銃をおろして大丈夫だ、リオ。こいつは俺の昔の連れでな、いつもこんな調子なんだ」

 カインの横にいた男が人懐っこい笑顔を浮かべる。年はカインよりもやや下だろうか。

 やや小柄で細身の体格。着ている服は上品で清潔そうだ。

 ベストに真っすぐのパンツ、シャツの襟はパリッと整っている。こんな所でもなければ、上流階級の人間だと思うだろう。

 と、男がセミリオに向かって手を差し伸べ、自己紹介した。

「驚かせてごめんね、お嬢さん。はじめまして。僕、マイル・デインって名乗ってるよ。以後よろしく」

 マイルという男の少年のような笑顔に、セミリオは先ほどまで警戒していたことも忘れ、握手を交わした。

「こちらこそよろしく、マイルさん。わたし、セミリオ・ジュノス」

 セミリオという名を聞くと、マイルはますます笑顔になった。

「カイン、見つけたんだね。よかったじゃないか」

「おかげさまでな。しかしマイル、お前がこんなところにいるとは思わなかったぜ。てっきりまだウエストエリアにいるもんだと思ってたが」

 マイルはかつてカインとともに、ある大富豪の私設牢獄を襲撃したことがあった。マイルの知り合いが無実の罪で投獄されたため、それを助け出すのをカインが手伝ったのだ。

「あんなことがあってから、僕もウエストエリアには居辛くてね。賞金まで懸けられてるよ」

 と、マイルがポケットから出した手配書には、カインの物と同じような内容が書かれていた。しかしマイル――手配書には別名『三日月の死神』と書かれていた――に懸けられている賞金は、カインのそれより少なかった。

「……なんで主犯のお前のほうが賞金が少ないんだよ。しかも俺のほうが首謀者になっちまってるしな」

 カインは納得いかない様子だ。

「あの時は、君のほうが目立ってたからね。僕はその後ろでこっそりと動かせてもらってたよ」

 カインは呆れ顔でセミリオに肩をすくめて見せた。

「な? こいつはこういう奴なんだ。まったく悪魔みたいな奴だぜ」

「『悪魔』は君のほうだろ? カイン。ところで君たちは何でこんなところを歩いてたんだい?」

 不思議そうにセミリオとカインを眺めるマイルに、二人は短く事情を説明した。

「――というわけなの」

 セミリオの話をマイルはニコニコと聞いている。

「そうか。大変だね、君たちも」

「……まあな。だが、こうでもしなけりゃネタなんて物は手に入らねえってのは、お前も知ってるだろ?」

 カインは諦めたように頭を振った。横ではセミリオがそれにうなずいて同意を示している。

「そうだね。よし、ねえカイン、僕にもそれ手伝わせてよ」

「お前が? 何でまた」

 マイルの突然の申し出にカインも驚く。

「そりゃあ僕だって、たかが強盗団相手に君たちがやられるとは思ってないけど、でも、二人より三人のほうが安心だろ?」

「ま、それもそうだが。リオ、どうする?」

「わたしはマイルさんがいてくれたほうが、それは助けになるけど……、でもわたし達のために、そんな危険な目にあわせるわけにはいかないよ」

 心配そうな顔をするセミリオに向って、マイルははじけるような笑顔を見せた。

「心配してくれてありがとう、セミリオさん。僕なら大丈夫だよ。カインには借りがあるからね。ちゃんと返しておきたいんだ」

 マイルはそう言って、二人に笑いかけた。どうしても付いてくる気のようだ。

「……分かった。それならよろしくね、マイルさん」

「こちらこそ。カイン、君もいいよね?」

「『三日月の死神』相手に心配するなんざ無駄だしな。ま、それじゃあ、あん時の貸しを返してもらうとするか」

 こうしてセミリオとカインは、『三日月の死神』マイルを加え、ミシナに向って再出発した。


『Misina』

 ノースエリアの中では規模が大きめの町である。町の入り口からでも、あちらこちらに商店や宿が並んでいるのが見える。

「前は活気があったんだろうね……」

 セミリオが寂しそうに呟いた。

 入り口に架かっている『Welcome to Misina!』という看板は傾いて、今にも落ちそうになっている。また、建物にはいたるところに弾痕があり、とても安心して住めるという雰囲気ではない。

「こいつはひでえな……」

 カインも町のあまりのひどさに閉口している。それほどこのミシナという町は活気を失い、さながらゴーストタウンのようになっていたのだ。

「人、住んでるのかな……」

「たぶんね。気配はするけど、一生懸命隠れたがってる感じがするよ」

 セミリオの独り言ともつかない問いに、マイルが答える。彼は感覚がかなり鋭いようだ。

「……で? 『猿の瞳』って奴らはどこにいると思う?」

 カインが辺りを見回しながら言う。町が広いため一目では目に入らない。

 セミリオがそれに対して何か言おうとしたとき、カインの足元に銃弾が打ち込まれた。

「危なかったね、カイン。君以外の人だったら足を撃ち抜かれてたよ」

 マイルがのんびりと言った。

「何のんきなこと言ってやがんだ。しかしまあ、探す手間が省けたな」

 カインの声に答えるように、人相の悪い男達が十人ほど、ぞろぞろと現れた。

「これはまたむさくるしいね」

「ホント。そんなに群れてたらよけいにだよ」

 マイルとセミリオは好き勝手なことを言っている。

 その間に、三人の周りにはぐるりと男達の壁が出来ていた。

「おう、てめぇら、持ってる金目のもん全部置いてきな。おとなしくしてりゃ殺しゃあしねえよ」

 リーダー格と見られる男が口を開き、ありがちな脅し文句を並べ立てた。セミリオとカインはどこ吹く風、という顔をしていたが、マイルは軽く吹き出した。

「な、何がおかしいんだコラァ!!」

「だって、あまりにもありがちなセリフだからさ。ねえ、君がサルク・ホルダーストかい?」

 マイルの問いに、その男は首を横に振った。

「んな分けねえだろうが。頭は保安官事務所でのんびりしてらあ。こんなところに出張って来るわけねえよ」

 男の言葉に、セミリオはにっこりと笑いカインを見た。

「ご丁寧に場所まで教えてくれたわよ? カイン」

「そうだな、じゃ後はこいつらを片付けていくだけだな」

 セミリオとカインがそれぞれの銃を抜こうとすると、マイルがそれを止めた。マイルは腰から二振りの曲刀を抜き、すでに戦闘態勢に入っている。

「いいから、二人は先に行きなよ。ここは僕がやっておくからさ」

 その言葉に、カインは銃をしまいセミリオのほうを向いた。

「だそうだ。行くぜ、リオ」

 しかしセミリオは渋っている。

「でも、マイルさん一人じゃ……。他に何人いるかも分からないし……」

「こいつなら大丈夫だ。な、マイル?」

 マイルは背を向けたまま親指を立ててみせた。

「ほらな?」

「分かった。マイルさん、気をつけてね」

 そう言って二人は男達の間を上手にくぐり抜け、町の奥のほうへと駆けていった。


 セミリオとカインが走り去った先を眺めた後、リーダー格の男がマイルをねめつけた。

「なるほど……。てめぇ一人が死んで、仲間を逃がそうってわけか」

 マイルを取り巻いている男達、『猿の瞳』が一斉に銃を抜き、彼にポイントする。

「僕は死なないし、逃がしたわけでもないよ。ただね……」

 と、マイルは曲刀を構え、静かに言った。

「女の子に僕の戦い方を見せたくなかっただけさ」

 マイルが左手の刀を振ると、一番近くにいた二人の腹が裂け、血を噴き出しながら男達は叫び声を上げることもなく倒れた。それと同時に彼は間合いを一瞬でつめ、リーダー格の男の首を飛ばした。

「う、うわああー!!」

『猿の瞳』の団員達は、パニックになりながら銃を乱射した。しかし銃弾はマイルが振るう二振りの曲刀によって、すべて弾かれた。

「ぬるいよ。君たち」

 マイルが曲刀を振るうたびに鮮血が飛んだ。彼は次々と『猿の瞳』を葬ってゆく。

 しかしあと一人というところで、新たな『猿の瞳』の団員達が現れた。その数五十人ほど。

「やれやれ。また沢山やって来たね」

 新たにやって来た男達は、あたりに散らばっている仲間達の肉片を見て、息をのんだ。

「………てめぇがやったのか……? 仲間が戻らねえんできてみりゃあ……。なんてことしやがんだ……!」

『猿の瞳』が一斉に銃を構えマイルに突きつけた。しかし彼は動じず、涼しい顔をしてみせる。

「君たちが今までしてきた事に比べたら何てことないと思うけどね。……でも残念だね、隠れてたらよかったのに。出てきた以上、僕の友達のために君たちには死んでもらうよ」

「……てめぇ、今の状況分かってんのか? 死ぬのはてめぇのほうなんだよ!!」

 再び『猿の瞳』の銃弾がマイルに向って撃ち込まれた。しかし、何百発という銃弾が襲ってくるにもかかわらず、彼はそのすべてを恐るべき反射神経で避け、叩き落した。

『猿の瞳』の攻撃が一瞬途切れたところをマイルは見逃さず、攻撃に移った。彼は曲刀を振るい、次々と男達を切り刻んでゆく。

 十分もしないうちにマイルは、六十人ほどいた『猿の瞳』の団員を全滅させていた。

「まあ、ただの盗賊ならこの程度だろうね。……さて、結構時間食っちゃったな。二人とももう着いたころかな」

 そう言って近くに倒れていた胴体の服で曲刀の血をぬぐうと、彼もセミリオ達が向ったほうへと歩き出した。


 マイルが『猿の瞳』と戦っているころ、セミリオとカインは保安官事務所を探し、走っていた。

「保安官事務所ってどこにあるんだろ?」

「さあな、俺に聞くな。ま、おおかた町の中心ぐらいにあるだろ」

 二人は言葉を交わしながら、左右に目を走らせた。やがて、進んで行くうちに他の物より立派な建物が見えた。

 その建物の上部には大きな星の形をしたマークが掲げられており、保安官事務所であることが分かる。しかし、事務所は他の建物よりも多くの弾痕があり、壁には血まで付いている。

「ここだね、カイン。……ひどいな、これ」

 建物の有様を見て、セミリオはため息をついた。カインがそれに答える。

「今からでも遅くはねえさ。俺達のためにも、この町に住んでるやつらのためにも、やれることがある」

 そう言って、カインはセミリオの肩を叩き、中へとうながした。

 事務所の中はがらんとしており、予想していた『猿の瞳』による攻撃もない。恐らくほぼすべての団員が、マイルを襲いに出払っているのだろう。

 二人は奥に進み、やがて『所長室』と書かれたドアの前に行き着いた。

「たぶん、ここだね」

「ああ」

 二人は互いに頷きあうと、一緒にドアを蹴り銃を構えて踊りこんだ。

「――なんだ、ずいぶんと無礼な客だな」

 その男は奥の立派な椅子に座り、前にある机に足を投げ出していた。二人の銃口が自分を狙っているにもかかわらず、『猿の瞳』のリーダー、サルク・ホルダーストは落ち着き払っていた。

「サルク・ホルダースト。二百万の賞金首さんよ、俺達と一緒に来てもらおうか。何、大人しくしてくれりゃそれなりの扱いはしてやる」

 カインが強盗まがいの言葉を放つ。

「大人しくなかったらどうするってんだ?」

 言うなり、サルクはノーモーションで腕を横に払った。

 その腕から、セミリオとカインの顔と心臓をめがけたスローイングナイフが飛んでくる。

 二人はそれをとっさに銃でガードすると、そのままサルクの両肩めがけて発砲した。彼はすばやく身を翻して銃弾を避ける。いつの間にかその両手には、合わせて八本のナイフが握られている。

「……なるほど、並の狩人じゃないって訳か」

 サルクは右のナイフをセミリオに、左をカインに投げつけると、懐から一本の長いナイフを抜き、セミリオに向かって切り掛かってきた。

 飛んでくるナイフをガードしていては、次のサルクの斬撃はかわせない。

 しかし、セミリオは向かってくるナイフを空中ですべて撃ち落とし、突進して来るサルクの足流れるように撃ち抜いた。

 彼女の動きを予想していなかったサルクは、カウンターを食らう形になり両足に被弾。

 それと同時にカインの撃った弾がサルクの両肩に命中した。

 彼は勢いよく倒れ込み、うめき声を上げている。

 二百万の賞金首も、この二人にとっては何のことはない相手でしかなかったのだ。

「雰囲気と口の利き方の割には大した事無いのね」

 セミリオはエターナルゴールドを腰のホルダーに納めながら、サルクを見下ろし呟いた。

「……くそっ、てめえら何もんだ……? ただの賞金狩じゃねえな……」

 彼は悔しそうに二人を見上げて呻いた。

「お前ごときに名乗る名はね――」

「セミリオ・ジュノス!! こっちはカイン・ラステッドよ!」

 カインの言葉をさえぎってセミリオは叫んだ。どうも見栄を切る機会をうかがっていたらしい。

「………カインだと……? 『親切な悪魔』のカインか……?」

 サルクはセミリオの名を無視し、カインだけに反応した。

 セミリオは頬を膨らませ大いに不満そうな顔をしている。彼女がサルクに決定的な一撃を決めたことを考えれば、それも当然かもしれないが。

「俺もとんだ奴に狙われたもんだな……」

 サルクはそう言って、自嘲気味に笑った。


「や、カイン。どうやらもうケリが付いたみたいだね」

 セミリオとカインがサルクを保安官に引き渡し、賞金を受け取って事務所を出た直後、やって来たマイルがいつもの軽い調子で声をかけてきた。

「遅えぞ」

 カインはぶっきらぼうに答えたが、それは不機嫌から来るものではなく、慣れから来たものだという事をセミリオはもう理解していた。

「マイルさん、無事だったんだね」

 セミリオがそう言うと、マイルは笑いながら手をひらひらさせた。

「ありがとう。この通りぴんぴんしてるよ。君たちも怪我はなかったようだね」

 マイルは一度保安官事務所に行っていたのだが、ちょうどそれは二人によってサルクが打ち倒された時だった。

 もうやることはないと判断した彼はそのまま町の様子を見に行き、換金が終わった頃にやって来たのであった。

「当然だ。所詮は単なる盗賊だからな」

「同感。ところでカイン、君も賞金首なのに、保安官に会って大丈夫だったの?」

 カインは半ば笑い、半ば呆れながらその問いに答えた。

「俺もそう思ったけどな、保安官の奴、仲間が殺されてからずっと隠れて怯えてたらしい。二百万の賞金首にさえそれだからな、俺の顔と手配書を見比べたとたん、逃げようとしやがった」

「わたしが追いかけなかったら、そのまま町の外まで逃げてたよね、あれ」

 実際、この町の保安官の生き残りである男は『親切な悪魔』を一目見るなり、町の出入り口目指して走り出したのだった。しかし、それをセミリオが何とか引き止め、事情を説明し賞金を貰ってきた、という次第である。

「ま、これでこの町もちっとはマシになるだろ」

「そうね。さ、早く戻ってモウソンさんから情報を買お」

「そうだな。マイル、お前はこれからどうするんだ?」

 マイルは爽やかな笑みを浮かべると、二人とは逆の方向に歩き出した。

「いつもどおりさ。風の向くまま気の向くまま、また何処かで会う日まで、ってね。なかなか楽しかったよ、カイン、セミリオさん」

 そう言ってマイルはそのまま振り返らずに歩いていった。右手をふらふらと振りながら。

「ホントに相変わらずだな、あいつは。さ、俺達も行くか」

「うん」

 そうして二人はミシナを後にした。

 後ろからは、強盗団がいなくなったことを喜ぶ街の住人たちの声がそこかしこから聞こえていた。


 セミリオとカインがイルビラにたどり着いたときには、もう日が暮れて久しいときだった。町のあちこちから、食事の残り香が漂ってくる。

 グゥー、とセミリオの腹が派手に鳴った。

「考えたら、朝ごはんを食べてから何にも食べてないよね」

 カインはセミリオをまじまじと見つめてから言った。

「お前さん、腹が鳴ったことにはノーコメントなんだな」

「? どうして?」

「……いや、なんでもない」

 二人は遅い晩御飯にありつこうと、『桜の歌声』に歩を向ける。

『桜の歌声』の主人は、カインの帰りを心から喜び、少し遅い時間にもかかわらず食事を用意してくれた。

 腹を満たした二人は、あわただしく入浴し、すぐにベッドに潜り込んだ。疲れていたのか、セミリオとカインはそれぞれの部屋で、それぞれに都合のいい夢を見ていた。そして、夜は更けてゆく。

 次の日の朝、二人の目覚めは最高のものとなった。

「んーっ! いい朝っ! あっ、おはようカイン!」

「ああ。……朝から元気いいな」

「ぐっすり寝たからね。カインは? 元気じゃないの?」

「お前さんほどじゃねえが、よく眠ったぜ。何しろ昨日は疲れてたからな」

 部屋の前で一緒になった二人は、会話をしながら食堂に向かう。

「やっぱり? わたしも疲れた。だってあんなに歩いたの久しぶりだもん」

「はっ、『猿の瞳』とやり合ったことよりも、歩いたことのほうが疲れたってか? そりゃあいいな。ま、俺もだが」

 食堂に着き、食事をする。

 宿の主人と簡単に挨拶を交わし、世間話を朝食のお供に加えた。

 そして昨日と同じように支度をして、外へ出る。出ていく際にセミリオは、その辺の宿の規定料金と同じくらいの金を部屋に置いてきたのだった。

「やっぱさ、タダじゃ悪いもん」

「だな。俺もだ。さてと、モウソンの奴、どこにいるんだ?」

 カインがそう言って辺りを見渡したとき、後ろのほうから声が聞こえてきた。

「ここに居まさぁ、旦那」

 カインが振り向くと、いつの間にかそこにいたのか、建物の暗がりに溶け込むようにモウソンはいた。

「そんなとこに居やがったか。神出鬼没だな」

「旦那に言われたかぁありませんや。しかし、昨日は遅かったですね。しくじってるのかと思いましたよ」

「思ってもないこと言いやがって。……ほら、二百万だ。とっととネタを話すんだな」

 カインは、札束をモウソンへ無造作に放り投げた。彼はそれを両手でキャッチすると、大事そうに懐にしまった。

「へへっ、ありがてえ。これでしばらくは食っていけまさぁね。……と、ネタですね。そんじゃ言いましょう。復讐の天使団の本拠地、まあ旦那も薄々は気付いてるとは思いますが、サウスエリアのサウス・イーストスクエアにあるんでさぁ」

「やっぱり、サウスか………」

「ええ、サウス・イーストの一番南寄り、町も何も無いんで、目印になる物はありませんが、地図に書いておきましたんで参考にしてください」

 そう言って、モウソンは大きめの地図をカインに手渡した。開くとサウスエリア一帯に細かな書き込みがある。

「その他にもいろいろ書いておきやしたよ。何しろサウスエリアは『未知なる地』ですからね」

「助かるぜ。……サービスいいな、何か裏があるんじゃねえのか?」

 カインが突っ込むと、モウソンは頭を書きながら言った。

「ヘヘッ、旦那はごまかせねえな。旦那方が無事帰ってきたら、復讐の天使団の事や、サウスエリアの事を聞かせて貰いてえんで。それがあれば、また方々から情報料がいただけますからねえ」

「せこい野郎だ。ま、何にせよ助かったぜ。………そういえばモウソン、お前この辺で天使団の噂を聞いたことねえか?」

 カインはCOW cityでの一件をモウソンに話した。ヴィグナの話によれば、この近くに復讐の天使団に関係する者が居るはずだからだ。

「それは何日前の話ですかい?」

「1週間ぐらい前、かな? 何か知ってるの?」

「……1週間、か。ちょうどその時期にいきなり村一つが消えたって話はありますけどね。なんか毎日騒がしくて、たまに銃声なんかも聞こえてた小さな集落でさあ」

 セミリオとカインは顔を見合わせ、ため息をついた。偶然にしては出来すぎている。

 おそらくそこがデルダリアの運搬場所だったのだろう。しかしヴィグナから情報が漏れたと知るや、復讐の天使団はすばやく姿を隠したと思われる。

「……ったく、捉えどこのねえ連中だ」

「ホントに。またしても無駄足だったね」

「しかしなんでだ? 俺が奴らを探ってたときもそうだが、連中がコソコソ隠れたり逃げ回る必要はないはずだがな」

「『親切な悪魔』に狙われたって知ったら逃げるんじゃない?」

「まさかだろ。そんなたまじゃねえはずだ」

 と、モウソンは意味ありげにニヤニヤしている。

「お前、なんか知ってるな?」

「ええ。っと言ってもさすがに全部が全部手のひらの中ってわけじゃあありません。ただね旦那、これは有料級なんですが、ミシナを解放してくれたんで言いまさぁ」

「そりゃあありがとうよ」

 カインはため息をついた。

「そもそもあっしが天使団の情報を掴んだのは、旦那、あんたがこのセミリオさんと会った時期と一致するんでさ。おかしなもんですよ。天使団の名は大陸中に轟いてるのにその実態はまったくつかめねえ。そんな話があるかってなもんでさ」

「だけどわたしたちが出会ったとたん……?」

「尻尾が現れた。本拠地の場所も、規模も、どのぐらい危ねえのかも。今度のことだって、すぐ消えたは消えたが痕跡はたっぷり残ってまさ」

「俺達に追わせてる? だとしたらなんでだ?」

「そこまでは分かりません。けど、今までに前に出なかった何らかのでかい力が天使団を動かしてる。きっかけはあんた方が出会ってから。これは間違いありません」

 セミリオは今まで、復讐の天使団とは危険で野蛮な盗賊団だと思っていた。

 しかしどうもそうではないらしい。底知れぬ恐ろしい集団なのだと感じた。背筋に冷たいものが走るのを感じる。

 カインはそんなセミリオの気を知ってか知らずか、普段と変わらない声音でモウソンと話す。

「ま、なんだろうが次はサウスで捕まえるさ。じゃあな、モウソン。生きてたらまた会おうぜ」

「生きてたら、か……」


 二人はモウソンに別れを告げ、駅舎に入った。

 南方面行きの列車の時刻をカインが電子時刻表で確認している。

「ねえ、カイン……」

 セミリオはカインにゆっくりと声をかけた。


 こうして二人は本来の目的とは違う手掛かりを手に入れ、イルビラを後に、列車に乗り込んだ。

 少し雲がかかった空の下を、ゆっくりと列車が滑り出した。

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