第五幕 世界の中心
第五幕 世界の中心
「あっ、カイン。見えてきたよ。大きな都市だね」
列車の窓から外を眺めていたセミリオは、まるで子供のようなはしゃいだ声を出した。
それを聞いて、カインは顔に乗せていた帽子を頭に乗せ直し鼻を鳴らした。
「そんなにでかい声出さなくたって聞こえてるさ。それから、足をばたばたさせるなよ?」
「誰がばたばたさせてるって? 子供じゃあるまいし」
「子供だと思ってたけどな」
いつものカインの軽口にも、セミリオはいちいち敏感に反応してみせる。そうすることによって互いの絆が深まっていくと、二人は信じている。
数日前。
セラをノエラのもとに預けた二人は、借り物であるバイクを返すため、〈zombie・village〉にいるウォレス・ガブのもとへと向かった。
ウォレスにバイクを返すと、彼はこんなことを言い出した。
「カイン、お前まだ復讐の天使団を追ってるのか?」
「ああ、もちろんだ。セミリオも見つかったことだしな。今まで以上に本腰を入れるさ」
それを聞くと、ウォレスは意味有りげな顔を二人へ向けた。
「そうか。いや、お前らがここを出てった後にな、とある情報が頼んでもねえのに入ってきやがった」
「どんな情報だ?」
「COW cityにいるヴィグナって男が天使団と揉めたってな話があるらしい。そいつは表向きは慈善家の大富豪で通ってるらしいが、裏社会の情報だとずいぶんあくどい事をしてやがるっていう話だ」
「COW cityのヴィグナか。どっからの情報だ?」
「cityで情報屋やってるアルエンドって男だ。こいつのネタは正確で信頼できる。お前と一緒で人間性のほうは微妙なとこだがな」
ウォレスも、かつては狩人として荒野に出ていた時期があった。そのときに出来た人脈は、狩人をやめた今でも、こうしてささやかながら役に立っているようだ。
カインは、後ろにいたセミリオを振り返り、聞いた。
「だそうだ。リオ、どうする?」
セミリオは、分かりきった事を聞くなという顔でカインの問いに答えた。
「もちろん行こ。他に手掛かりがない以上、どんな些細な事だってつかまなきゃ。それが信頼できるものならなおさらよ」
「いい答えだ。よし、じゃあ行くか」
セミリオとカインはウォレスに別れを告げると、一番近くにある駅に徒歩で向かった。COW cityは鉄道網が発達しており、バイクで行くよりも便利なのである。
鉄道、といってもかつて世界中に普及していたタイプのものではない。太陽電池を外観一面に取り付け、かつ車輪に付けられた高性能の発電機により、一度走り始めれば常に電気が供給される、という物である。
しかし線路そのものが少なく、さらに駅となる町や村は多くの場合盗賊達のアジトと化してしまう。そのような理由により、鉄道が発達しているのは沿線整備がされており治安維持機構が機能しているセントラルエリア、それも中央に近い場所が主となっている。
しかしセミリオとカインにとって、その辺にいる盗賊達などは何の障害にもならなかった。
「なんだってこんなとこにいついてんのよ」
駅舎の周りにたむろしている男数人を眺め、セミリオはぼやいた。
「建物はあるし自分で移動しなくても獲物はやってくるしで都合がいいんだろうさ」
そう言ってカインは銃を抜くと、挨拶代わりに一発駅舎へ弾を撃ち込んだ。
「な、何しやがんだてめえ!」
さらに数人男達が慌てて出てきたが、その時はもうセミリオとカインは左右に大きく分かれ、攻撃を開始していた。
二人の銃弾は男達の手足を的確に捉え、次々に戦闘不能にしていく。
そして、わずかに数分後。
「なんか弾もったいなかったね」
「お前さん体術もいけるのか」
「ちょっとはね。少なくともこんな奴らよりもできると思うよ」
「そりゃ頼もしいな」
なんでもないように会話をしながら、男達を駅の外に放り出す。
そしてそれを見ていた周辺の住民に感謝され、多少の金額を報酬として受け取った。
「別にお金のためにしたわけじゃないんだけどね」
「ま、あって困るもんじゃないしもらっときな。それに、困ってる奴を見捨てない、だろ?」
かくて二人は列車に乗り込み、WセントラルスクエアはCOW cityへと出発した。
『COW city』
正式名を『Central・Of・the・World city』という。Wセントラルスクエアの中心に位置する、まさにこの大陸の中心の都市である。
中心に位置すると言った。しかし、COW cityは巨大な都市であるため、それ自体がWセントラルスクエアといっても過言ではない。
発達しているセントラルエリアの中でも、その科学力で群を抜いている大都市である。ここには人も、物も、科学も、情報も、金も、名誉も、欲望も、すべてが大陸中から集まってくる。ゆえに、ここを目指す狩人達も多い。
セミリオとカインも今、復讐の天使団を追うため、このすべてが渦巻く都市へと足を踏み入れた。
イーストから最も近いシティの玄関口、COW city・東地区ステーション構内は、見たこともない数の線路が縦横無尽に伸びていた。セミリオは始めて見る色々なものに興味を引かれていたが、それでも目的を見失ったりはしなかった。
「それで、カイン? どこに行けばいいの?」
「ヴィグナコーポレーションって会社だとよ。で、COW cityの中でもかなり大きな建物だって言ってたが、正直俺にもわからねえ。って事で情報屋にでも頼るさ」
「ガブさんの言ってた、アルエンドって人ね」
「ああ。そいつの居る場所も聞いてきたから、ま、何とかなるだろ。大丈――」
「大丈夫、ね」
カインは、セミリオを呆れたように見つめたが、やがてフッと笑うと、顔を天へと向けた。
「やっぱり、お前さんはおやっさんの子供だな。よく似てるぜ」
「そうね。わたしもそれを誇りに思ってるよ」
セミリオはそう言うと、首にかけているチョーカーに手をやった。その刻まれている言葉を指でなぞるたび、そこからガイアが見守ってくれている気がした。
大きな建物がある所には、それに隠されるように小さな吹き溜まりのような所がある。COW cityきっての情報屋アルエンド・マイスターが経営する酒場『negligence』も、そんな一角にあった。
「いらっしゃい」
セミリオとカインが扉を開け耳障りなベルの音を立てて中に入ると、商売気のかけらも感じられない無愛想な声に迎えられた。
店内は薄暗く、いかにも不健康そうな臭いがする。
対照的にカウンターとバックバーはピカピカに磨き上げられており、そこから痩せぎすの男が面倒くさそうな視線を投げて寄越している。
「あなたがアルエンドさんね」
セミリオが尋ねると、その男アルエンドはますます面倒くさそうな顔をして、それに答えた。
「……おっしゃる通りあたしがアルエンドですが。どっかでお会いしましたっけ。お嬢さん」
「あなたに聞きたいことがあって来たの。優秀な情報屋だって、ウォレス・ガブさんから聞いて」
ウォレス・ガブという名は、アルエンドからやる気を引き出す呪文だったらしい。アルエンドはやや愛想がよくなり、二人の話を聞く気になったようだ。
「お二人はウォレスさんの知り合いですか。……それで、あたしに何を尋ねたいとおっしゃるんですか?」
二人はカウンターに腰掛けながら続きを話す。
「いやなに、簡単なことなんだが、ヴィグナコーポレーションってのがどこにあるか聞きたいんだ。何しろCOW cityは広くってな、自分で探すには骨が折れる」
実際COWcityはとてつもない広さを誇る。
なにせ大陸の中心に位置するのだ、端から端まで列車で直行したとしても丸二日はかかるだろう。
どこにあるのか分からない場所を探し当てるのに骨が折れるで済めばマシな方である。
カインが言うと、アルエンドは店の奥から地図を引っ張り出し、二人の前に広げた。
「現在地はここです。ヴィグナコーポレーションはCOW cityの中でも企業・商業区域の西地区にあります。一番簡単なのはステーションに戻って、COW city循環線っていう列車に乗って、vigna&lebalステーションで降りることですね。降りたら右手に見える背の高い建物が、ヴィグナコーポレーションです」
「何だ。聞いてみりゃあ簡単だな」
「でも聞かなかったら分からなかったね。アルエンドさん、ありがとう」
「そうだな、助かったぜ。それで情報料はいくらになる?」
アルエンドは地図を丸めながら顔を横に振った。
「こんな情報で料金を取ってたら客がいなくなりますよ。それよりも」
彼は少し目を細めてセミリオとカインを見据えた。
「もちろんこれだけじゃないでしょう? そもそも道を聞くだけならステーションの電子案内板でも見たほうが手っ取り早い」
「まあ、な」
「分かってますよ、ウォレスさんの名前を出したときからね」
アルエンドは少し口の端を上げた。
「天使団とヴィグナコーポレーション。少しばかりきな臭そうですよ」
「具体的には?」
セミリオが聞くと、アルエンドは少し首を振った。
「事細かに知ってるわけじゃあありません。天使団周りはかなりやばくてね、チンケな酒場の主のあたしごときじゃあ身の危険がある。だから知ってるのはほんの少し、ヴィグナはもともと天使団にいたってことぐらいですねえ」
元天使団。
今までぼんやりとしかなかった父の仇が、にわかにはっきりと輪郭を持ったようにセミリオは感じた。
「それ、ほんとなの?」
「ええ。出どころは言えやしませんがね、確かな話ですよ。妙なのは、ヴィグナと天使団は決していい関係じゃあない。それどころかヴィグナは怯えてる。じゃあそれは何でだって話ですよ。ヴィグナコーポレーションの裏の顔と天使団。ここに何か秘密があるとあたしは思います。っと、これ以上は」
「分かってる。ここまででいい」
カインは手を上げて遮った。
「こっからは有料。そして」
「あたしの身の危険がある」
アルエンドは笑ってみせた。
「あんたもその名の通りですね、『親切な悪魔』さん」
「金がもったいないだけだ。あとは本人に聞けば分かるしな」
そう言ってカインはニヤついて見せるのだった。
「まあ改めて、あそこはかなりやばいところですよ」
「ウォレスさんから聞いてる。でもわたし達は行かなくちゃいけないんだよ」
「……そうですか。じゃあ、十分に気をつけて。お二人が何のために天使団を探してるかあたしは聞きませんが、成功を祈ってます」
アルエンドは軽くこぶしを振ってセミリオとカインを送り出した。二人もそれに対し同じ挨拶を返す。
そして二人は掴んだ手掛かり、ヴィグナコーポレーションへと歩を進めた。
アルエンドの店からコーポレーションがある西地区までは少し離れており、同じシティの中といえど循環列車で12時間ほどかかる。
二人はたまに列車を降り休憩を取ったり、そこここの駅に併設されている簡易宿泊施設で寝たりもした。
何があっても備えられるよう体の調子を整えておくのは重要であるからだ。
アルエンドから聞いた駅で列車を降りると、二人は西地区でもひときわ目立つ建物、ヴィグナコーポレーションの中へと入っていった。
中は無機質な色味で整えられており、清潔だが不気味な印象を受ける。床をこする靴の音がよく響いた。
「でかいな、おい」
さすがのカインもあっけにとられて中を見渡す。
「こんな大きな建物が必要なのかしら」
「権力と財力を見せびらかしたいんだろ。金持ちの考えることはみんな大体同じだ」
「そうね。あ、ねえ、カイン。あれがそうじゃない?」
セミリオが指差す先には数人の立派な服装の男達が歩いていた。そして中心にいる男はいかにも尊大な雰囲気をまとっている。
「かもな。じかに聞いてみるのが一番だ。ここでぼーっとしててもしょうが無いしな」
言うなり、カインは男達へ向かって歩き出した。セミリオもワンテンポ遅れて続く。
「なんだ、お前達は?」
近づいてきた二人を見て、一行の中でも体格のいい屈強な男達が立ちはだかり口を開いた。どうやらボディーガードのようだ。
「あんたがルスタール・ヴィグナさんかい?」
カインはそれらを無視して、中心にいる男にいきなり問いただした。
男がカインに視線を向ける。
「私がヴィグナだが。君は……狩人かね? 私に何の用かな。今忙しくてね、用件ならアポイントメントを取った上で受付で待っていてくれたまえ」
ルスタール・ヴィグナは物腰柔らかな態度でそう言ったが、その目は非情な冷たさを持っていた。
「大会社の社長にしては気さくなんだな。まあ、こっちもぐだぐだ言いたくねぇ。単刀直入に言わせてもらうぞ。――『天使団』についてあんたに聞きたい」
カインの口から『天使団』という言葉が出るや、ヴィグナの目に一瞬の動揺が見えた。そしてすぐ空虚な穴になり、ただ無表情にセミリオとカインを見つめている。その暗い目に、セミリオは少し寒気を覚えた。
「分かった。話してあげよう。付いてきたまえ」
ややあってヴィグナが言った。やけにあっさりしたその態度に、セミリオの頭に警告信号が鳴り響く。
「カイン、やばいかもよ?」
「かもな。だが、つかんだ尻尾は離すわけにはいかねえからな。ま、大丈夫だ」
セミリオとカインを従え去っていこうとするヴィグナに、後ろから金色の豊かな髪の、体格のいい男が声を上げた。どことなくライオンを思わせる。
「ヴィグナ様!? この後のご予定はいかがなされるのですか!?」
「そのぐらいお前達で何とかしろ! ……なに、すぐに終わるさ」
後ろを振り返り、ヴィグナが怒鳴る。
セミリオの不安はさらに募っていった。すぐ終わらせる、という言葉に。
しかし、怯むわけにはいかない。
大丈夫。わたしもカインも。
ヴィグナは二人を伴い、エレベーターに乗って地下まで降りて行く。
「おい」
「話なら着いてから聞こう」
途中でカインが何を聞こうとも、ヴィグナは耳を貸さなかった。
そして着いた先は、広々とした空間だった。
「ヴィグナさんよ。俺達は話を聞きに来たんだぜ? 何もこんなに広い場所に来るこたぁ無かったんじゃないか?」
「その通りだ。ただ話をするだけならな。だが私としても、復讐の天使団の事をおいそれと話すわけにもいかんのだ。かと言って君達をあそこで殺せば、大スキャンダルだ。とても隠し通せるものではない。だから、ここに来た。ここで起きたことは決して外には漏れない。安心したまえ」
ヴィグナの不穏な発言に、セミリオとカインは同時に銃を抜き彼にポイントした。だが、ヴィグナは動じなかった。
「私を殺すのかね。私を殺せば永遠に天使団は追えまいよ。さあ困ったな、どうする?」
「殺さなくても、足を撃つ事はできるわ」
「肩や腕でもいいぜ。好きなところを選ばせてやる」
二人がさらに凄んでも、ヴィグナの態度は変わらなかった。
「目的のためなら手段を選ばず、か。ならば私としてもむざむざ撃たれるわけにもいかんな」
言うが早いか、ヴィグナは手を掲げ、指を鳴らした。
セミリオ達に影が落ちる。とっさに二人が飛びのいたその場所に、高さが人間の二倍はあろうかというロボットが頭上から降ってきた。
「紹介しようか。我がヴィグナコーポレーションの技術を駆使して作り上げた戦闘用ロボット、デルダリアだ。初めての実戦の相手は君達というわけだ。せいぜいデータが取れるぐらいはがんばってくれたまえ」
デルダリアと名の付いた鉄人形はゆっくりと二人に近づいてきた。セミリオとカインは左右に大きく散って戦闘態勢を取る。
「ちっ、さすがはCOW cityだな。まさかお人形遊びをすることになるなんざ思わなかったぜ。リオ、いけるな!?」
「わたしのことは心配しないで、カイン。大丈夫だよ」
いつの間にか大きく後ろに離れたヴィグナが、二人に向かって余裕を隠そうともせずに話しかけてきた。
「ずいぶんと余裕だな。デルダリアは感情があるヒューマボットとは違う、殺戮用の機械だ。いくら君達が強くとも鉄人形にはかなうまい」
「こんな人形、すぐにスクラップ場行きにしてやるわよ。その後はあんたの番だから、覚悟してなさいよ」
「勇ましいお嬢さんだな。だがその態度、いつまで保てるかな。デルダリアよ! 遠慮はいらん、殺してしまえ!」
ヴィグナの命令を受け、巨大な鉄人形がセミリオに迫る。デルダリアは大きく右手を振りかぶり、彼女めがけて振り下ろした。
セミリオはそれを紙一重で避け、デルダリアの頭部にめがけて二発発砲した。しかし、銃弾はいとも簡単に弾かれてしまった。
「無駄だ! 君達の貧弱な銃ではデルダリアにかすり傷さえも負わせる事は出来まい」
得意そうなヴィグナの声が響く。確かに彼の言うとおり、普通の戦い方では、この鉄人形を壊せそうになかった。
カインがデルダリアめがけて発砲するも、彼の大型の銃でさえ、鉄人形の装甲には何の効果も無いようだった。
「ずいぶん硬い肩だな。肩こりかよ?」
カインが呆れ顔で呟いた。
セミリオが再び発砲し、デルダリアの胸部を狙う。が、しかしここにも銃弾は通用しないようだった。
デルダリアが右腕を裏拳の要領でセミリオに斜めに叩きつけてくる。
「くっ!」
たまらずセミリオは地面に転がり込んだ。しかしそれも一瞬のこと、次の瞬間には銃に弾を装填しつつ横に飛び、デルダリアから距離を取ろうとした。しかしそれを、今度はデルダリアの左腕が追う。
かわしきれない!
セミリオがそう思った刹那、巨大な発砲音が聞こえ、デルダリアの腕の軌道が変わった。セミリオはしゃがみこみ鉄人形の攻撃をかわすと、バックステップで距離をとり体勢を整えた。
「危なかったな、リオ」
カインが得意げに言った。
彼は両手の銃を正面に構え、ニヤリと笑う。
悪魔の十字砲火――!
カインの二つの銃を縦横十字に構え、合わせて五発の弾をほぼ同時に発射する、彼一流の銃技である。
「ありがと、カイン。後でなんかおごるわね」
セミリオも笑みを返すと、そのまま地面を蹴りデルダリアめがけて跳躍した。デルダリアは彼女を叩き落そうと、両手をハンマーのように一気に振り下ろした。
「残念でした!」
セミリオは銃弾を撃ち、空中でわずかにブレーキをかけた。そのわずかの距離を鉄人形の両手が空を切る。
セミリオはそこから振り下ろされたデルダリアの両手を踏み台にさらに跳躍し、鉄人形の上を取った。
セミリオを鉄人形が見上げる。
「カイン!」
セミリオが叫ぶ。と同時にカインが発砲し、デルダリアの喉の部分に銃弾を命中させた。
デルダリアの頭部が大きく揺れる。
「関節部分は装甲がもろくて当然よね。こんなに滑らかに動くんだもん、人間と同じような所が弱点の可能性は大きいよね」
そしてセミリオは空中で銃に弾丸を装填するや、デルダリアの顔面の隙間をめがけ五発撃ち込んだ。彼女の連射力と針の穴をも通すコントロールが合わさった、見事な妙技だった。
爆発音が鳴り、その衝撃で空間が揺れる。デルダリアの頭部は完全に吹き飛んでいる。
セミリオは空中で猫のように体を一回転させると器用に着地した。そしてカインに得意げな顔を向ける。
カインはセミリオに親指を立ててみせた。そして、動かなくなったデルダリアを見やり、さらにヴィグナに顔を向ける。
「首が無くなっちゃあ、さすがにおしまいだろ。ヴィグナさんよ、あんたの自慢のお人形様はこの通りだぜ」
「言ったとおり、次はあんたの番よ。覚悟はいいわね?」
セミリオとカインはヴィグナに一歩、歩み寄った。しかし彼は不敵に笑っている。
と、二人の背後から、突如機械音が聞こえた。
「甘く見てもらっては困るな。センサー類が多少壊れても戦闘を続けることが出来る作りになっているのだよ」
デルダリアは両腕からマシンガンを飛び出させると、二人に向かって乱射し始めた。セミリオもカインもそれを間一髪でかわしてゆく。
「ちっ、敵わないからって暴れだしやがった。まるで駄々っこだな。リオ、止めさすぞ」
「任せて。わたしが片付ける」
セミリオはそう言って、暴れるデルダリアに向って突進した。鉄人形の銃口がセミリオに向く。
「目も無いのにどうやって見えてるんだろね」
セミリオはデルダリアの銃口に向かって発砲した。銃弾は鉄人形の武器を捉え、その両腕が吹き飛ぶ。
「これでホントに終わりよ!」
彼女は言うと、天井に向けありったけの弾を発射した。放たれた弾は、一瞬の後デルダリアの首の部分に突き刺さる。
跳弾を利用した、セミリオの得意技だった。
すべの弾がデルダリアにめり込むと、大きな爆発が起きた。デルダリアはその機能を停止し、その場に轟音を立てて倒れこんだ。
いかな殺戮人形とは言えど、お互いを信頼しきっているセミリオとカインの敵ではなかったのだ。
「まったく、とんだもん差し向けやがったな」
カインが腕を大きく回しながらつぶやいた。
「肩こっちまうな、こんなんが続くと」
「………まさか、まさか私のデルダリアが………」
セミリオがヴィグナを見やると、彼は両手で頭を覆っている。
「ああ……。おしまいだ。天使団に殺される。なんてことだ、なんてことをお前達はしてしまったんだ……。」
デルダリアを失ったヴィグナは、さっきまでの強気の態度はどこへやら、立っているのもやっとというありさまだった。。
「所詮は人形。わたしたちの敵じゃないの。さあ、約束通り話してもらうよ。あんたと復讐の天使団の関係を」
「これ以上ごちゃごちゃ言うようなら、本当に撃つからな」
カインがそう言ってヴィグナに銃を向けると、彼は虚ろな声を上げた。
「もう終わりだよ。今君達に殺されなくとも、私は天使団に殺される。」
「………なんでそうなのか聞かせてくれたら対処できるかも知れない。あんたを助けるためじゃないけどね。わたし達だって狙いは天使団なんだから」
セミリオが呆れ顔でそう言うと、ヴィグナは少し落ち着きを取り戻したようだった。少し姿勢を正すとゆっくりと話し出す。
「ならば聞かせてやろう。どうせ私は奴らに殺される。その前に君達を奴らに駒として差し向けるのも悪くないかも知れないな」
「……なんかムカつくなあ」
セミリオがむくれて言うと、カインはその横で笑っていた。
そして十分後。セミリオとカインはヴィグナに案内され、立派な応接間に通された。今度はちゃんと話をするための部屋のようだ。
「私はこの都市で成功するために、どんなことでも、たとえ汚いことでもやってきた。その甲斐あって、今こうしてそれなりの地位にいる。……君達は我がヴィグナコーポレーションがどういう分野で活躍しているか、知っているかね?」
その問いにカインが答える。
「ヴィグナコーポレーションっていやぁロボット産業で有名だ。作業用、介護用、その他あらゆる場面で活躍するロボットを作ってるって話は聞いたことがある」
「そうだ。しかしヴィグナコーポレーション唯一の例外である戦闘用、それを秘密裏に開発してきた」
「それがさっきのデルダリアなわけ?」
セミリオの問いに、ヴィグナは首を横に振った。
「いいや。今まで作ってきたのはもっと単純なロボットだ。それでも需要は十分にあった。この大陸には、まだ戦争を続けたがっている連中がたくさんいる。実に儲かったよ。そして五年前、秘密にしてきた戦闘用ロボットの売買ルートをかぎつけ、私に接触してきた一団がいた」
「それが復讐の天使団、か……」
ヴィグナは頷いた。
「もっとも、接触してきたとは言ったが……。私はずっと以前から奴らと関わりがあったのだ。もともと私は、ウエストで奴らに与していたのだ。しかしあまりに奴らが恐ろしくてな、ここに逃げてきたというわけだ」
「躊躇なく俺達を殺そうとした奴がよく言うぜ」
カインが呆れてぼやく。
「天使団の非道さはあんなものじゃない! ……まあ、かくて私は当時の技術を金が儲かるよう、他人受けがいいような産業に転用したわけだ」
「わたし達はあんたの自慢話を聞きに来たわけじゃないんだけど」
「今の話のどこが自慢話に聞こえるのか知らんが……。私は私が助かる確率を上げるため正直に話しているんだ」
ヴィグナは机にあった水を一口飲んだ。
「話を戻そう。もう何年も私を無視していた天使団がなぜ急に接触してきたか。戦闘用ロボットの性能が格段に上がったからだ。奴らから脅されたよ。金は払ってやる、その代わりもっと強力な物を作れ、さもなければ裏切り者として粛清する、とな。実際、当時から一緒にいた部下が私の部屋で吊るされて発見されたよ。背中に奴らのエンブレムを刻まれてな。私は君達のような力は持ち合わせていない。cityでの地位もある。従うほかなかったのだよ」
ヴィグナはそう言ってうつむいた。
「でもそもそも天使団にいなきゃよかったんだし、戦闘ロボットなんて作るからこうなったんじゃない?」
「正論言ってやるなよ、リオ」
カインが苦笑する。
「ま、それはいい。それで? あのデカブツを作ったってわけだ」
「ああ。なんのかんの言っても奴らの資金とデータは役に立った。技術は飛躍的に上昇したよ。そして、デルダリアが完成した、次はそれを送ると言ったら、輸送先を変えるよう通達してきたのだ」
「より強力な戦力を今までとは別のところに、か。確かにくせぇな。それでヴィグナさんよ、あいつらはデルダリアをどこに運んで来いと言ってたんだ?」
「私も詳しくは知らされてない。ただ、Wノースにある〈Ilubira〉という駅町まで、という話だった」
「ずいぶんとアバウトな情報ね。カイン、わたし達のつかんだ尻尾は半透明だったみたい」
セミリオが肩をすくめると、カインも同じような仕草をしていた。
「みたいだな。ま、ちょっとでも手掛かりがつかめたことをよしとするか。Wノースか、遠いな」
「行きますか、Wノースに」
「そうだな。ま、何とかなるだろ。ヴィグナさんよ、Wノースまでの切符、手配してくれねえか?」
ヴィグナはそら来たという表情でセミリオとカインを交互に見た。
「………分かった。イルビラまで二枚、手配しておこう。その代わりもう私には関わらないでくれ。天使団と相打ってきても一向に構わんぞ」
「言われなくったって、こっちだってあんたなんかにもう関わりたくないよ。てか相打ちなんかしないし」
セミリオはそう切り捨てると、うなだれるヴィグナを尻目にさっさと部屋を出て行ってしまった。
よほどデルダリアの件が気に食わなかったらしい。
「というわけだ。じゃあな」
カインもそれに続く。
こうして二人は、とんでもない体験をしたヴィグナコーポレーションを後にした。
後ろにそびえるビルは、入る前よりもむなしい輝きを帯びているように見えた。
――COW city北地区ステーション構内、ノースエリア行き乗り場。
セミリオとカインは次に来る列車を待っていた。あと十分ほどある。
「何か、大騒ぎしたわりに収穫はそれほどでもなかったね」
「そうだな。ヴィグナの奴、ホントに『関わりがある』程度の奴だったんだな。ま、Wノースでなら何かつかめるさ。大丈夫、だ」
「そうね。大丈夫、か……」
セミリオは空を見上げた。ガイアがどこかにいる。そんな気持ちにさせる青空が広がっている。
大きな音を立て、列車がプラットホームに入ってきた。二人がそれに乗り込むと、列車は静かに発進した。
列車の目的地は北の果て、古い駅町〈Ilubira〉。
二人の期待と不安を乗せて、列車はすべるように走っていく。