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第四幕 旅立ち、再び

第四幕  旅立ち、再び

 

 仕事に手は抜かないというウォレスの言葉は本当で、借りた最新鋭のバイクはやはり速い。

 二人乗りに無理やり三人が乗っていたのもあるが、比べ物にならない速度でWイーストへの道をたどる。

「ところでさ、カイン」

「なんだ?」

「カインって一人で行動してたのになんで二人乗りのバイク借りてたの?」

 疑問に思っていたことをセミリオは口に出した。

「お前さんに会う少し前にな、賞金首を追ってたんだ。なんにしても金はいるし、俺は賞金狩りで稼いでるのさ」

「へー。……ん? 捕まえた賞金首が大人しく後ろに乗ってるの?」

「そんなわけあるか。縛り倒して寝かしてるのさ」

「荷物じゃないんだから」

「似たようなもんだ」

 道中様々な雑談を交わし、三人は絆を深めていった。

 出会った時は非常に消極的だったセラも、少しずつではあるが最初に比べればだいぶ心を開いている。

 そしてWイーストに近づくにつれ、セミリオの口数は増していった。わずかな期間とは言え離れた故郷が懐かしく、加えて我知らず緊張していたのだろう。


 Wイースト、『Dog・Town』。

 東の果てにあるこの小さなセミリオの生まれ故郷はのどかで、町のあちこちにある風車が印象的な町だった。

 小さな町の電力や労働力を担っている風車がのんびりと回るその光景は、ここに住む人々のおおらかさを表しているようだった。

 その中の、割合に小さな風車の下、そこがセミリオの家である。

「カイン、セラちゃん。ここがわたしの家……だったところだよ」

 不思議な言い回しにセラは首をかしげる。

「だったって、今は違うんですか?」

 セミリオはゆっくり首を振った。

「わたし、母さんが寂しがるの分かってたのに家を飛び出しちゃったから、もうここに帰る資格はないと思ってるんだ。自分には帰る家がないって、そういう覚悟を持とうとして。でもダメだね。こんな形で帰ってきて、裏切った母さんを頼ろうとまでしてさ……」

 力なくセミリオは笑った。セラは悲しそうにセミリオを見る。

 するとカインがポンッとセミリオの肩を叩いた。

「そうでもねえさ。自分で決めた覚悟でも、困ってる他人のためにそれを曲げて、自分のプライドも捨てて。お前さんがそれだけ人のことを考えられる人間に育ったこと、おやっさんも中にいるお袋さんも喜んでるだろうよ」

 ハッとしたようにセミリオはカインを見て、それからパッと笑った。

「……うん、そうだよね。きっとそう。ありがとうカイン!」

 そしてゆっくりと、大きく息をつき、セミリオは自宅の呼び鈴を鳴らした。

 家の奥で澄んだ高い音が響く。

 そういえば外から鳴らすのは初めてだなあと、ぼんやりとそんな事を考えた。

 同時にはーいという小さな声。

 そして玄関が開いた。

「……セミリオ!?」

 セミリオに似た顔立ちの、少し小柄な女性が目を丸くして、セミリオを見つめた。

「…………ただいま、母さん」

 セミリオの母は少しだけ立ち尽くすと、それから柔らかな笑みを浮かべた。

「お帰りなさい。お友達も一緒なのね。さあ、立ってないで入りなさい、冷えるわよ」

「うん」

 変わらぬ母の愛に触れ肩を抱かれて家に入るセミリオは、まったく普通の子供だった。


「まったく、いつもいつもあなたは唐突よね。出ていったかと思えばいきなり帰ってきて。なんにも用意してないわよ」

 三人をダイニングに通し、セミリオの母ノエラはお茶を用意しながら文句を言った。

 しかしその顔は笑っており、まったく怒ってないことはすぐに分かる。

「ごめんなさい」

「さて、と」

 自分も椅子に座り、肘をついてノエラは三人を見つめた。

「話してくれるでしょ? 出ていった理由は聞かない。けど、こうしてお友達と帰ってきた理由を」

 そうしてカインとセラは自己紹介を済ませ、セミリオはノエラに事情を説明した。ところどころにカインのフォローが入る。

「とりあえずはそんな感じ。それで、母さん。セラちゃんのことなんだけど……」

「そうねえ。誰かさんが出ていったから家の中も広くなっちゃったしねえ」

「うぐっ」

 セミリオが小さくうめくのを聞いてノエラはクスリと笑った。

 そしてセラに向き直る。

「一つだけ、条件があるわ」

 そう言いつつ、ノエラはにこやかにセラを見た。

「……なんでもおっしゃって下さい。わたし、言われたことはなんでもします。お手伝いも、今は何もできないけれど、できるように頑張ります……!」

 自分がこのような場所にいていいのだろうかと、いまだセラはそう思っていた。

 しかし自分を救ってくれたセミリオが、立てた誓いを曲げてまで自分のためにノエラに頭を下げている。

 その好意を無駄にしたくないという思いが、震える声に表れていた。

 ノエラは目をつぶって一呼吸置くと、この上ない優しい声で告げた。

「今日からわたしのことはお母さんって呼びなさい。お手伝い? 沢山しなきゃね。わたしの娘なら」

 ニッコリと微笑むノエラ。

 まったく予想していなかった言葉にセラは一瞬あっけにとられ、次の瞬間涙が一気にあふれ出した。

「そんな……ノエラさん……、わたしは……わたしは……」

「お母さん、でしょ?」

「お母さん……!」

 もう溢れ出る涙を拭おうともせず、セラはノエラの前で泣き崩れた。ノエラは立ち上がりセラの横へ座ると、彼女を優しく抱き起こし、頭を撫でた。

「つらかったわね。苦しかったわね。ああ、髪もこんなに傷んでしまって……。もう心配しなくていい。セミリオがあなたを紹介したときから、わたしはあなたを娘と呼ぼうと決めたのよ。今日からここがあなたの家になるからね」

 もうセラは意味のある言葉を出せず、ただただ泣いていた。

 そんな様子を、セミリオ自身も涙をにじませながら眺めていた。心の奥に温かい気持ちが広がるのを感じながら。

「よかった……。本当によかった……。 母さん、ありがとう……!」

「なにを言ってるのセミリオ。あなたはこの子のお姉さんとして、色々教えてあげたりしなきゃいけないのよ」

「うん……。お姉さんかあ。なんか、いいね。改めてよろしくね、セラちゃん!」

 セラはまだ泣きながら、それでもセミリオを見て声を絞り出した。

「はい、お姉さん、よろしくお願いします……!」

 

 カインはその様子を静かに見守っていた。もう自分には訪れることのない家族の絆を。

 自分はいいのだ。しかしもうこの三人は誰も失ってはいけない。

 心の中で決意を新たにし、小さく拳を握りしめるのだった。


 その日は簡単に夕食を取り、寝支度を済ませると三人はそれぞれ割り当てられた部屋へ押し込められた。

「疲れてるんだから早く寝なさい」

 そうノエラは言って、自分は少し薄暗いダイニングの椅子に座る。

 ノエラもまた、泣きたかったのだ。

 セミリオが無事に帰ってきたこと、新しい娘が出来たこと。

 子供たちの前ではこらえていた嬉し涙。

 しかし、カインから聞いた夫の死。

 予期はしていた。

 カインは自責の念からか、ノエラに話の間中何度も頭を下げた。彼に責任は無い。すべて夫ガイアが望んだこと。

 それでも、やはり悲しかった。

「あなた……。結局、何も話してくれなかったわね」

 涙が流れる。

 しかし、今夜だけはそれをぬぐわず、そのままにしておこうとノエラは思った。

 月は残酷なほど綺麗で、灯りが少しまたたいた。


 朝日が昇り、町が起き始める。

 ノエラは早く起き、昨晩流れた涙を悟られないよう身支度を整えた。

 朝食を作っていると、2階からセラが起きて下りてきた。セミリオが昔着ていた寝間着を着て、少し恥ずかしそうに顔を見せる。

「おはよう、セラ」

 ノエラが微笑むと、セラもはにかんだ笑顔を見せた。

「おはようございます、お母さん」

 まだうまく言えないらしく、戸惑いながらしかし嬉しそうにそう口にする。

「まだ寝ててもよかったのよ? 疲れてるでしょうに」

「はい、でも、嬉しくてソワソワして寝てられませんでした。何かしたくって」

「そう」

 ノエラは笑った。

「だったら早速だけど手伝ってもらえるかしら?」

「はい!」

 基本的なことを教わり、簡単ではあったが今まで経験したことのない作業にセラは苦戦した。それでも楽しそうに、嬉しそうに手伝いをするのだった。

「よしよし、上出来よ。そしたら二人を起こしてきてくれるかしら?」

「はい!」

 元気よく返事をして駆けていく様は、やはり年相応の子供のようで、ノエラは目を細めた。

 しばらくして二人を伴ってセラが二階から降りてくる。セミリオはまだ寝間着を着てあくびをしている。

「おあよー」

 対照的にカインは身支度をキッチリと整えていた。昨日ノエラにガイアの死を告げたことにより、つかえていたものが取れたような、スッキリした顔をしている。

「ずいぶんと眠そうだなお前さん」

「なーんか気が抜けちゃってさ。大丈夫、だよ。顔洗ってシャキッとしてくるから」

 そして四人は食卓を囲んだ。

 話はそれなりに弾んだが、やはりセミリオはすこしぎこちない。

 そして、食事がすみ、セラが淹れてくれたコーヒーを一口飲んでセミリオは口を開いた。

「ねえ、母さん……」

「次はいつ帰ってくるの?」

 先を見透かしたようなノエラの言葉。セミリオは目を丸くする。

「え?」

「何をそんなに驚いてるの。あなたが目的も果たさずに帰ってくるような子じゃないことは知ってるわよ。それに、なんと言っても狩人ガイア・ジュノスの子なんだから。……流れるのは、遺伝なのかしらねぇ」

 ノエラは遠い目をする。昔の出来事を目の前で見ているような、今のセミリオにはできない目だった。

「………ごめんなさい。でも、わたしは、きっと父さんの仇を討って帰ってくるから。そのときは、また家に入れてくれる?」

 セミリオが決心したように言う。

 しかし、ノエラは厳しい顔をして彼女に言った。

「いいえ、お父さんはそんなことを望んでいなかったはずよ。あなたを危険な目に合わせることは、あの人の望みじゃない」

「……そう、だよね。でも……」

 セミリオの悲しげな口調。ノエラはそれを聞き、優しく言葉をつなぐ。

「でもね、その気持ちも分かるの。だから、セミリオ。あなたは、誰のため、とかじゃなくて、自分のために一生懸命になりなさい。それが、お父さんと、わたしの望むことよ」

「それじゃあ……」

「いつでも待ってるわよ。セラと一緒に。だって、ここはあなたの家なのよ」

 すべてを暖かく包んでくれる、ノエラの心。セミリオは、優しく後ろから押してもらった気がした。

「ありがとう、お母さん。じゃあ、わたし、行くね。きっと戻ってくるから」

 ノエラは微笑んで優しくうなづいた。

 カインも立ち上がる

「よし、いい覚悟だ、リオ。出発するか」

 セミリオとカインが身支度を整え始めるのを見て、セラが悲しそうに言った。

「お二人とも、もう行くんですか……?」

 セミリオが振り返り、セラの両手を優しく包む。あの日、初めて会った日のように。

「ごめんね、セラちゃん。もう止まっていられないの。早く父さん、追っかけなくちゃ」


 手早く旅支度を整えると、セミリオは一つ大きく息をつき、扉を開けて外に出た。外は気持ちよく晴れ、二人の新たな旅立ちを上空高く飛ぶ鳥が祝福していた。

「お姉さん、カインさん。これを持って行ってください。こんなことしか出来ませんけど……」

 セラが手渡してくれたのは、保存のきく食料だった。セラがセミリオに救われる前から、ずっと大事に持っていた袋に入っていたものだ。

「ありがとう、セラちゃん。きっと戻って来るからね。それまで母さんをよろしく」

「はい……。約束ですよ?」

「うん、大丈夫。ね、カイン」

「ああ、俺達がそう簡単にくたばるわけ無いだろ? 大丈夫、だ」

 その時ノエラが家から出てきた。彼女は何か探し物をしていたのだ。

 ノエラはセミリオにチョーカーを手渡した。

 革製で小さなドッグタグが付いている。何か字が彫っていた。

「それはお父さんの言葉よ。あなたの無事を祈ってるわ、セミリオ」

 それからカインの方へ向き直り、頭を下げる。

「カインさん、どうかご無事で。セミリオをよろしくお願いします」

「ま、任せて下さい。必ず無事にリオをここに戻してみせますんで」

 カインはいくぶん気楽に言う。しかしそれが、ノエラやセラに余計な心配をさせまいとする優しさだということにセミリオは気づいていた。 

 ノエラ、セラ、そしてカイン。

 三人がそれぞれ示してくれた愛情に、セミリオは涙がこみ上げてくる。

 しかし必死にそれを飲み込み、元気よく言った。

「じゃあ、行ってきます!」

 二人はバイクに乗り込み、家を後にした。ノエラとセラの別れの言葉が後ろから聞こえる。セミリオは振り返らず、銃を天空に向け一発、発射した。

 伸びやかな銃声が、青い空にどこまでも響いていた。


 バイクは軽快に走り、イーストエリアの草原の上を飛んでゆく。

「なあ、リオ。そのプレート、なんて書いてあるんだ?」

「えーっと、『The wise reach for stars with care.fools stumble into mud』だって。どういう意味だろ?」

 それを聞いてカインが鼻を鳴らした。

「急がずに、考えて行動しろってことだろ。さすがおやっさん、リオのせっかちさを見越してたのかもな」

「何だとっ! 誰がせっかちよっ!」

 別れの悲しさも、この二人の性格を変える効果はやはり無かったようだ。早くもいつもの調子を取り戻した二人に、太陽も笑っている。そんな気がセミリオはしていた。


 赤い風がいっそう強く吹き、二人の乗るバイクを導いていた。

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