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第三幕 死者と生者とこれからと

第三幕 死者と生者とこれからと


 建物が見えてはいたが、もう日がだいぶ傾いていたので一行は近くで宿を取ることにした。

 そして翌朝、早々に引き払い目的地を目指す。

 それから数時間、ようやく一行は目的の村に到着したのだった。

 村の入り口でバイクを降りた三人は『Zombie・Village』と書いた錆びた看板をくぐり、目的地まで歩き出す。

 これと言って特徴もなく、セントラルにあるにしては小さな村だった。

 辺りをキョロキョロと見回し安堵したようにセミリオが言った。

「なんか、思ってたより普通だね」

「ゾンビがウロチョロしてるとでも思ったか? あんなもん、平和な時代のおとぎ話さ」

「でも、そんなことなくてよかったです」

「お前さんまでもか」

 いささか呆れながらカインが言う。

「じゃあなんでゾンビ村なんて名前がついてるの?」

「あれだ」

 と、カインが村の中心にある塔を指さした。

 それは小さな村には不釣り合いなほど高く、場違いな印象を受ける。

「ま、そんなことよりもまずは腹ごしらえしようぜ。腹減ってんだ俺は」

 そう言ってカインは近くの小さな料理屋に勇んで入っていった。とても腕利きの狩人に見えないその態度に、セミリオとセラは顔を見合わせ笑った。


「それで、カインの友達ってどこにいるの?」

「友達じゃねえぞ。腐れ縁だ」

「かたくなだなあ」

 注文した食事を早々にやっつけ、一息ついたところでセミリオがカインに聞いた。

「村のはずれで貸しバイク屋をやってる。あれもそいつから借りたもんだ」

「ふーん。……ん? バイク返すの? 移動できなくなるじゃん」

「ここは腐ってもセントラルだからな。列車を軸に動き回ったほうが速いし安全だ。お前さんの体重も分かったことだしな」

「失礼ね。ところでセラちゃん、大丈夫?」

「……はい、すみません」

 セラは食事を一口食べるなりショックを受けたように固まり、次いで数口食べると泣き出してしまっていた。

 今まで食事とは名ばかりのものしか与えられず、温かいスープや柔らかいパンなど、初めて食べるものの美味しさに衝撃を受けたのだと言う。

 その話を聞いたセミリオもまた、セラのあまりの境遇に同情して涙を流したのだった。

 

 料理屋を後にし、三人はバイクをともない村外れまでやってきた。

 目の前には何やら金属のスクラップやバイク、エアカーのボディや部品がこれでもかと積み上げられている、なんだかよくわからない山。

 よく見ると扉があり、かかっている掛け看板には『Gab’s rental shop』という文字。

「ここ?」

「ああ」

「すごい……個性的ですね」

 面食らうセミリオとセラ。カインは構わずその扉を開けて入っていった。

 金属と油の匂いが強くなり、どこかでスクラップの崩れる音がした。

「いらっしゃ……。なんだ、カインかよ」

「なんだはねえだろ? 俺は客だぜ?」

 中には太った坊主頭の男が部品に埋もれるようにしてカウンターに座っていた。作業服に身を包み、面倒くさそうな態度を隠そうともしない。

「客だと? 俺様のバイクを勝手に持っていったくせによくそんなことが言えるな」

「金と手紙は置いていっただろ?」

 その男は座っていた椅子の目の前にあるカウンターから紙切れを取り出し、カインに弾いてよこした。

「手紙ってのはそれか? 『二人乗りのバイクを借りる。カイン』。そして申し訳程度の金だ。やってられるか」

「ちゃんと返しに来たからよ」

「当たり前だ」

 一通り軽口を叩き合ったあと、カインは振り返ってセミリオを呼んだ。

「リオ、こいつが腐れ縁のウォレスって奴だ。口が悪いローストハムだと思えばいい。ウォレス、セミリオ・ジュノスだ」

 セミリオの名を聞くと、ウォレスという男はうなった。

「ほう。こいつがあのジュノスか。やっと見つけやがったか」

「おかげさまでな」

「わたしのことを?」

「と、言うよりはおやっさんのことだな」

「ふーん。まあいっか。わたしセミリオ。よろしくね、ウォレスさん」

 セミリオは手を差し出した。ウォレスはその手を義務感たっぷりに握る。

 と、今まで面倒くさそうにしていたウォレスの目が少し鋭くなった。

「おい嬢ちゃん。その腰の銃見せてみな」

 セミリオの愛銃を指差す。彼女は少し困惑してカインを見たが、彼はニヤついて頷いて見せた。

 セミリオが銃を渡すと、ウォレスは様々な方向からそれを眺めている。

「ゴールドの77型後期か。古いがいい品だな。だが」

 そしてウォレスは銃をつまんでカインに言った。

「おいカイン。コイツが要件だな?」

「もちろんだ」

 セミリオはさらに困惑する。

「要件ってなんなの?」

「なんだお前、カインの野郎から何も聞いてねえのか」

 呆れ顔でウォレスが言う。

「俺様はバイク貸しの他に銃の整備もやっててな。この嬢ちゃんの銃、正直言って手入れがされてねえ。だからこのウォレス・ガブ様が最高のメンテナンスを施してやろうってのさ」

 今までの投げやりな態度が少し変わり自信たっぷりに宣言するウォレスに、セミリオは彼を信用していいと感じた。

「任せていいんだね? ウォレスさん」

「安心して任せな」

「じゃあよろしく!」

 そしてカインも両方の銃をホルスターごとカウンターに積む。

「俺のも頼むぜ」

「お前は料金4割増しだ」

 即座に返すウォレス。

「悪かったって言ってんだろうが」

「反省の色が見られねえんだよ、お前には。――ほらよ、代わりの銃だ。バイクは外の倉庫に入れとけ。結構時間がかかるから今日は宿でも取って村の観光でもしてるんだな」

「こんな村のどこを観光しろってんだ……? ま、頼んだぜ」

 カインとウォレスが適当なやり取りをかわし、そして三人が店を出ようとした時、ウォレスが最後尾のセラを呼び止めた。

「待ちな、小せえ嬢ちゃんよ」

 突如呼びかけられてセラは驚く。

「お前、バイオノイドか?」

「……はい」

「機械には強えのか?」

「すみません、ぜんぜん詳しくなくて……」

「なんだ、バイオノイドって機械に詳しいのか?」

 カインが割って入る。

「俺様もバイオノイドを見るのは初めてだから断定はできんが、体の作りによっては工学にとんでもなく強い奴もいるみたいだな」

「セラちゃんは普通の優しい女の子だよ!」

「別にそいつをどうこうしようってんじゃねえよ」

 ウォレスは面倒くさそうに手を振った。

「もし機械に強えならあれこれ聞いてみたかっただけだ。これでも俺様は機械屋なんでな。まあ、人間はクソみてえな奴ばっかりだが、こいつらみたいにマシな奴もいる。頑張るこった」

 励ましなのか何なのかわからない言葉であったが、それでもセラには嬉しかった。

「……はい! ありがとうございます!」

「なんだお前。ずいぶん優しいじゃねえか」

「うるせえ。用が済んだらさっさと出ていけ」

 こうして一行はウォレスに追い出されて店を出たのだった。

「そう言えばさ、カイン」

 店を出てすぐにセミリオが口を開いた。

「ここに来た目的の一つが肝試しって言ってたじゃない? あれってどういう意味?」

「ま、気づいてるとは思うがあれだ」

 と、カインは村の中心にある大きな塔を指さした。

「あの中にその理由が入ってる。暇つぶしにでも行ってみるか?」

「うーん」

 少し考え、そしてセミリオはうなずいた。

「まあせっかくだし行ってみるよ」

「じゃあ、わたしも」

「お前さんまでか。じゃあ俺は宿取って待ってるからな」

「カインは行かないの? ……あー、怖いんだ!」

「俺はもう中を知ってるんだよ」

 セミリオの軽口を鼻で笑い、カインはバイクを倉庫とは名ばかりのスクラップの山に突っ込んでから、宿を取りに歩いていった。

「行っちゃった」

 背中を見送りセミリオはつぶやいた。

「そんなに怖いんでしょうか?」

「カインが来なかった理由はそれじゃないと思うけど、塔が怖いかどうかは別問題よね」

 と、あれこれ言ううちに二人は塔のふもとにたどり着く。両開きの金属製で重々しい扉がついていた。

「開けたらゾンビとか出てこないよね?」

「さすがに……ないと思います」

 おっかなびっくり扉に手をかけるセミリオ。いないと言われても、得体のしれないものがある可能性を考えると腰が引けている。

「じゃあ開けるよ?」

「はい」

 少し警戒しながら扉を開ける。

 石造りの塔の中を吹くやや冷たい風と、古びた紙の匂いがした。

 そこには二人の想像したようなゾンビや死体などのものは当然無く、一種の博物館のような雰囲気だった。

 塔の外周側に当たる壁はガラスで仕切られた陳列棚になっており、中心部は円形の柱が塔の天辺まで貫いている。その柱もやはり陳列棚になっている。

 間を通る通路はなだらかな坂になっており、螺旋を描いて塔の頂上に登ってゆく仕組みになっている。

 つまり、この塔に入った者は左右両側にある陳列物を眺めながら、自然に塔の頂上にたどり着くことが出来る、ということだ。塔の造りとしてはかなり奇妙な部類に入るだろう。

 そしてそこに陳列されていたのは、おびただしい数の写真だった。

 かなり昔のものと思われる古びた写真から比較的新しいものまで、棚に収められている。

 古い写真には兵器やキノコ雲、倒れる途中の兵士などもあったが、それを過ぎると人物の写真がそのほとんどを占めるようになった。

 正面から微笑んでいるもの、犬と戯れているもの、ベッドで寝る赤子に温かな視線を向けているもの。

 そしてそれらの写真の横には、例外なくその説明と、写真に込められた思いが記されたキャプションが付いているのだった。

 写真を眺めていると、なぜだかセミリオとセラの胸に小さな痛みが走るのだった。

「なんか……温かいのに、幸せそうなのに……つらいね」

「はい……」

 そして二人は最後の展示場、塔の屋上に出た。

 そこにはガラスの棺が一つ、ポツンと中央に安置されている。

 中には遺体などではなく、子供用の服と靴がまるで人が着ているように収められていた。

 そしてそれに付けられているキャプションには、塔を建てたのはこの服の持ち主である子供の父親であること、戦争で子供が幼くして死んでしまったことについて書かれていた。

「珍しくない。珍しくないよ。小さな子だって亡くなるのは。でも、なんか、すごくつらい……」

 セミリオはかぶりを振って胸の前で片手を握りしめた。

「ずっと昔のことなんですね。でも、今でもお父さんもこの子も泣いているような、そんな気持ちになります……」

 セミリオとセラはしばらく立ち尽くした後、棺に向かって弔いの礼を捧げた。

 同じルートを通り、二人は塔を下る。左右の幸せに満ちた写真たちは相変わらず二人の胸を締め付けていた。

 塔を出て二人はもう一度振り返ってそれを見上げた。そして心の中で祈りを捧げ、カインの待つ宿へ向かうのだった。


「よう。戻ってきたな」

 あらかじめ所在を聞いていた宿に行くと、入ってすぐのダイニングでカインがミルクを飲んでいた。

「二人ともひでえ顔してるな」

 セミリオとセラの分のミルクも宿の主人に頼み、カインは言った。

「単に怖かったほうがまだよかったかも」

 温かいミルクが入ったカップを両手で包み、セミリオがため息をつくように言う。

「幸せそうなのに、見てるだけで辛かったなんて初めて」

「あれは全部ここで死んだ人間らしくてな。代々ああやって『葬って』きたんだとよ」

「そっか……。死者じゃなくて、その思い出が蘇る場所。だからゾンビ村、なんだね」

「もっとも村ができたのは塔のあとらしいぞ。塔を見たセンチメンタルなやつが文学的な名前でも考えたんだろうさ」

 カインの話に相槌を打ち、セミリオはふとセラの方を見た。彼女はカップを握りしめ、苦痛に耐えているような表情をしている。

「セラちゃん、大丈夫?」

「……わたし、辛くて悲しくなりました。亡くなった人たちの思い出ももちろんですけど、あの戦争の道具……」

 セラは下唇を強く噛んだ。

「わたし……、わたしも戦争の道具なんです。人を傷つけて、殺して、滅ぼすための。あそこを見て、そんな風に生まれた自分が嫌になって……。嫌です。なにもかも。もう嫌なんです……」

 セラが見せた恐るべき力を思い出し、セミリオも目を伏せた。

「確かにそうかもな」

 カインがこともなげに言い放つ。

「カイン!」

 その言い方にセミリオが咎めようと声を上げたが、カインはそれを遮った。

「目的は戦争の道具だったかも知れん。お前さんが元いた場所の奴らの思惑がな。だけどな、お前さんはそこから自由になって、そして俺達と出会った。だったら最初の目的なんて関係ないさ。これからの人生は、ま、少なくとも面白えことだらけになるだろうな」

「そうだよ!」

 セミリオはセラの手を取った。

「セラちゃんが生まれた理由、わたし達に会うためだったんだよ。出会って、楽しく生きて、笑うために。きっと大丈夫、だよ!」

 二人の言葉にセラは涙をこぼした。

 何度目だろう、嬉しくて泣くのは。

 縁もゆかりも無い自分に温かく接してくれるセミリオとカインがたまらなく好きだった。

「お二人とも……、ありがとうございます……!」

 セミリオは優しく微笑みながらうなずき、しかし目には静かな決意をたたえていた。


 その深夜。

 カインは自室からダイニングに出て、薄暗い中静かに一人飲んでいた。セミリオとセラは今ごろ幸せな夢の中にいるだろう。

「死者の思い出に乾杯、か」

 掲げた琥珀色の酒の中、氷が澄んだ音を立てる。悪くない時間だった。

「ねえ、カイン」

 唐突に声をかけられる。

「……なんだ、起きてたのか。明日も早いぜ?」

 振り返らず言う。

 セミリオはカインの前に腰を下ろした。

「今日、言いたかったんだ」

「セラのことか?」

 ゆっくりとセミリオはうなずく。

「セラちゃんは優しいしかわいいよ。一緒にいて楽しいんだ。でも、だからこそ一緒にいられない」

 少し寂しそうに。

「わたし達は個人的な理由で旅をしてる。行き着く先は復讐になるかも知れない。そんな旅に巻き込むわけにはいかないよ」

「そうだな。しかしじゃあどうするってんだ? ここに置いていくわけにもいかないだろ?」

 セミリオはうなずいて言葉をつなげた。

「うん。カインがよければ、になるけど、わたしの家に連れて行きたいと思ってるんだ。だいぶ戻っちゃうけど」

 この提案は予想外で、カインはいささか面食らった。

「お前さんの? 今はお袋さんが一人だったろ?」

「うん。わたしが家を出たから一人になっちゃったんだよ。父さんが家を出て二人暮らしになったのに、わたしが同じ形で出たから、きっと寂しがってると思うんだ」

 置き手紙を残し、セミリオは夜中に家を出た。

 母がそれを読んで肩を落とし椅子に座っている様が、幾度となく脳裏をよぎった。

「戻る分にはかまやしねえが、いきなり連れて行って大丈夫なのか?」

「うん、あんなに可愛い子だもん。きっと喜んで迎えてくれるよ」

「そうか。それはあいつに言ってるのか?」

 セミリオに首を横に振った。

「ううん。先に言ったほうがいいかなとは思ったけど、カインに相談して、Wイーストまで戻ってくれるならと思って」

「じゃあ明日朝一にでもセラに話してやれ。驚くだろうけどな」

「ありがとう、カイン。一人の時間、お邪魔しました」

「かまやしねえさ。俺の時間は、あの日おやっさんに救われてからすべてお前さんのために使うって決めてるしな」

「たまには自分のために使ってほしいよ」

 セミリオはにっこり微笑むと、カインにおやすみと言って部屋に戻っていった。

 カインはそのまま、もうしばらく一人でグラスを傾けるのだった。


 セラの保護のため、とセミリオは考えた。

 もちろんそれは間違っていないし、事実そう思ってカインに提案した。

 しかし自分でも気づかないところで、それとは違う動機があった。

 自分の行いで一人にさせた母親への免罪符なのだ。

 セミリオ自身それを自覚してはいないが、横で静かな寝息を立てるセラを見て彼女の心が少し痛んだのはそれが原因であった。


 翌朝。

 セラが朝を感じ目を覚ますと、横で椅子に座ったセミリオが微笑んでいた。

「すみません、寝過ごしました」

「ううん、別に時間は決めてないし、そもそも遅くもないから大丈夫。ぐっすり眠ってて気持ちよさそうだったから」

 セラは恥ずかしそうにうつむいた。

「こんなに安心して眠れたの、生まれて初めてだったので……」

「昨日はすぐ出発したもんね」

 セミリオは快活に笑うとイスから立ち上がった。

「目が覚めたらご飯食べに行こ。多分カインも起きてるから」

「はい!」

 そして二人は身支度をすませ階下に降りる。

 やはりというべきか、ダイニングにはすでにカインがいてコーヒーを飲んでいた。

「おはようカイン。まさか昨日からずっとここにいるの?」

「そんなわけあるか」

 すぐに用意された朝食をセミリオとセラは食べ始めた。カインは近隣で発行された手配書を眺めている。

「どいつもこいつも大したことないな」

「そりゃカインに比べたらそうでしょ。なんたって高額賞金首の親切な悪魔さんなんだから」

「勝手に賞金首登録されただけだぞ。法外な値段つけやがって」

「カインさん、賞金首だったんですか……?」

「一応そうだが、心外だと言っておく」

「そもそも通り名が親切、の時点で賞金首っぽくないよね」

「んな小っ恥ずかしいあだ名なんかお前さんにくれてやるよ」

「わたしの名前につけると弱そうだから遠慮しとく」

 賑やかに食卓を囲んだのち、食後にコーヒーを飲みながら、セミリオが切り出した。

「ねえ、セラちゃん。ちょっと話したいことがあるんだ」

「はい、なんですか……?」

「セラちゃんはこれから、この先、どうしたい?」

 セミリオの問いに、セラは下を向いて目を閉じて、そして答えた。

「これから……。はっきり言って、分かりません。自由になるなんてこと、考えたこともなかったから。」

「そっか、そうだよね」

 セミリオが少しため息をつく。

「昨日カインと話したんだ。わたし達の旅は個人的な理由だし、最終的に不幸になるかも知れない。だから、そんな旅にあなたを連れてはいけないって」

 それを聞いてセラは固まる。

「そう……ですよね」

「でもね!」

 セラが言葉を紡ごうとするのを、セミリオは強くさえぎった。

「セラちゃんさえよければ、なんだけど、わたしの家で暮らさない? 母さんと一緒に家でのんびりと過ごして欲しいんだ」

「え……?」

 予想外の申し出にセラは戸惑った。

「わたしはセラちゃんといて楽しいよ。カインだってそう思ってる。でも、だからこそ、この旅には連れていけないんだ。だけどこのままセラちゃんをほっておけない」

 そしてセミリオは、父がすでにこの世にいないこと、母が家で一人でいることなどを話し、母と一緒に住み支えになってあげて欲しいと頼んだ。

「よく分かりました。お話、すごく嬉しいです。でも、わたしなんかが行っていいんでしょうか……」

「もちろん! 母さんと町をよろしくね!」

「そのセリフを言うには早いんじゃねえか?」

 それまでずっと黙っていたカインが茶化すように言った。

「別れを言うんだったら向こうに着いてからのほうがいいさ」

「それもそうだね。ってか別れじゃないし。別れるつもりもないし」

 そのやりとりにセラは安心したように微笑むのだった。


「Wイーストに列車は通ってないよ?」

「あいつからバイク借りねえとな。今度はちゃんと。しかしお前さん、言い出しっぺなのに何も考えてなかったのか?」

「うん」

「いい性格してやがるぜ」

 宿を出て一行はウォレスの店へと歩を進める。話題はどうやってセラをセミリオの家まで送るか、だ。

「また何日もあんな風にふらふら走るの? 危なくない?」

「バイクには三人乗りってのがある。高くはつくし燃費も悪いけどな」

「あの、わたし、横を走っていきます」

「ダメ」

 首をぐるっと回してセミリオがセラの方を向く。

「普通の人間はそんなことしないよ。セラちゃんは普通の女の子なんだから」

「はい……」

「ま、三人乗りの方が運転しやすいし、俺は楽できていいけどな」

 そんなこんなを言い合いながら一行はウォレスの店に到着した。

 中に入ると、相変わらずウォレスは部品に埋もれていたが、昨日よりは無愛想な顔ではなくなっていた。

「よお、来たな。整備終わってるぞ」

 カウンターに二人の銃をホルスターごと出すウォレス。料金と代わりの銃を置いて二人はそれぞれの銃を装備する。

「って、なにこれ……? すごい……」

 装備する前にエターナルゴールドを取り出したセミリオだったが、そのあまりの光沢に言葉を失った。

「それがそもそもそいつの本当の姿だ。大事なもんならちゃんときれいにしとけ」

「はい……、ごめんなさい」

「もちろん外見だけじゃねえぞ。中もちゃんと整備してる」

 辺りに散らばっていた適当な空き缶を、ウォレスはセミリオに放った。

「外出てお前の得意な撃ち方で撃ってみろ」

 言われた通りセミリオは缶を置き、適当な距離から抜き打ちを見舞った。その速度はカインもなかなか感心するほどだ。

「え、なにこれ。なんか、すごい……」

 何がとはうまく言えないが、すべてが今までと違い手になじむ感覚。銃を撃つと言うよりは、腕が伸びたような、自分の感覚が延長されたような錯覚さえ覚える。

「すごい! ウォレスさん天才!」

 店に飛び込みセミリオは叫んだ。

「だから言っただろうが。このウォレス・ガブ様のメンテナンスは最高だと」

 ほんの少しだけ誇らしげにウォレスは言った。

「あとお前の銃だがな」

 カインに向かってウォレスは言う。

「引き金引いたらてめえが挽肉になるようしておいたぞ」

「肉になるのはお前だけで十分だ」

「5割増しで払えばバズーカだって撃てるように改造してやるさ。まあ、仕事で手は抜かねえから安心しろ」

「そこんところだけは信頼してるぜ。ところでウォレス、バイクが借りたい」

 カインの口からバイクの単語が出たとたん、ウォレスは苦虫を噛み潰したような顔になった。

「……どれだ」

「三人乗りの一番スピードも出るやつだ。多少高くてもいい」

 ウォレスは大きくため息をつくと部品の山から這い出てきた。

「用意するから待ってろ」

「悪いな」

 そしてしばらく後、ウォレスは最新鋭のバイクを倉庫から引っ張り出してきた。

 その間セミリオはエターナルゴールドの手入れの方法を勉強し、カインは手配書を読み漁り、セラはそんな二人をぼんやりと眺めていた。

「せっかく出してきてやったんだ、目輝かせて待ってろ」

「あいにくとそんなきれいな心は無くしちまってな」

「すごくかっこいいです……!」

「きれいな心の持ち主はまだいるみたいだね」

 すっかり軽口のたたき合いにも慣れ、手付金を払って三人はバイクに乗り込んだ。

「十日ぐらいで返すからよ」

 そしてそのままバイクは風を巻いて走り去る。セミリオとセラは小さくなるウォレスに手を振るのだった。


 こうして一行は『zombie・village』を離れ、次なる目的地、セミリオの生まれ故郷である『Blue・Town』を目指し、荒野を進む。

 バイクの後ろには、赤い風が吹いていた。

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