第二幕 天使との出会い
第二幕 天使との出会い
「なーーーんにもないねえ」
「仕方ねえさ」
Dog・townを出て幾日か。現在位置はイーストエリアを出たばかり。
初めは見るものが珍しく、それなりにはしゃいでいたセミリオだったが、さすがに周りに何もなくなると落ち着きも出てくるものである。
「だいたいがエリアの境目なんてこんなもんさ。にぎやかなところなんてないんじゃねえか?」
この数日でカインとの仲が深まったことは良いことだが、同時に彼に対し遠慮があまりなくなったということでもある。
「つまんないなあ」
「ま、もう少しセントラルに寄ればちょっとは賑やかになる。それまではこの墓場みてえな景色で我慢するこった。それにバイクに乗ってみたかったんだろ? いい男の運転するバイクの後ろに乗ってるだけ幸運ってもんだ」
「……ちょっと引っかかる言い方だけど、まあいっか」
まばらに髭を生やしいつもニヤつき胡散臭そうなカインであるが、実際のところ顔立ちはかなり整っている。
しかし安易に同意するとからかわれるのでセミリオは言い淀んだ。
「で、その村まであとどれくらいかかりそう?」
「そうだな、このペースなら一日ちょいあれば着くと思うぜ」
「遠いなあ」
思ったよりも遠い目的地。改めて荒野は広いのだと感心する。
とりあえず目指す目的地は、カインの知り合いがいるという村。
友達かとセミリオは尋ねたが、それに対しカインは腐れ縁だと答えた。
「着いたらなにするの?」
「肝試しだ」
「なにそれ」
「着いてからのお楽しみさ」
「変なの」
軽妙な掛け合いを乗せてバイクは風を切る。空模様はいささか曇っているが、雲が泣き出す心配はなさそうだ。
走ることしばし。
「ねえカイン、アレなんだろ?」
進行方向やや右手、なにやら白いものを見つけてセミリオが言う。
「なんか気になるのか?」
「なんとなく。なんだか唐突というか場違いというか……」
「ま、そのうちなにか分かるだろ」
数分後、目を凝らしていたセミリオが叫んだ。
「カイン! 人! 人が倒れてる!」
「珍しくもねえが……生きてるのか?」
荒野は広く残酷だ。倒れ、そのまま息を引き取った者も数多くいる。
そしてカインはそういった者の死体を幾度となく見てきたのだ。
「生きてるよ! 多分! 早く! 取舵!」
「そりゃ左だ。ま、いいか。しっかり掴まってろよ?」
カインはハンドルを大きく切り、まっすぐ人影に向かっていく。
皮肉や冗談を多用しても、彼の本質は善であり、通り名が示すように親切なのだ。
もっとも名前の意味するところは悪魔なのだが。
倒れていた人影に近づき、バイクを止めるか止めないかのうちにセミリオが飛び降りた。
それは腰まである滑らかなブロンドの髪を持った、白い手術着のような服を着た、まだ十二、三歳ほどの少女だった。
「ねえ、大丈夫!?」
セミリオが軽く触れると、少女は少し動き唇を震わせた。
「よかった、生きてる……」
気は失っているが呼吸はしている。セミリオが急いで、しかしあまり動かさないように抱き起こす。
そのときセミリオはおかしなことに気がついた。
「……ねえ、カイン。この子、背中に……翼が生えてる……」
少女の背中には確かに一対、光のヴェールのような、柔らかな小さい翼が生えている。
「なに? ……こいつは……初めて見るがひょっとして……」
「天使様?」
「天使なんかいるわけないだろ。もしいるとしても、こんなところで倒れてるもんか」
「分からないよ? だってわたしの横に今悪魔がいるんだもん」
「名前だけじゃねえか。とにかく、こいつをここに置いて行くわけにも行かないしな。――近くの村まで連れて行くか」
と、そのときセミリオに抱かれていた少女がかすかに声を出した。
「み……水……」
「――! 水ね! カイン! 水持って来て!」
「分かったよ。人使いの荒い嬢ちゃんだな」
バイクから水を入れた水筒を取り出しカインが投げる。キャッチし、ゆっくりとセミリオは少女の口に水を飲ませた。
水を口に含んだ後、少女は数回まばたきをして、ゆっくりと目を開いた。
疲れ切ってはいるが、澄んだ碧く吸い込まれそうな瞳だった。
「大丈夫?」
セミリオが優しく尋ねると、少女は焦点の合わない目で彼女を見、ややあって怯えた様子でその腕から離れた。
「怖がらないで。大丈夫」
少女が一体何に怯えているか分からないが、荒野で一人倒れているぐらいだ、きっと事情があるのだろう。
そう思い、セミリオは優しく語りかける。
「たまたま通りがかって、あなたが倒れてたから心配になって起こしたんだ。ケガとかしてない?」
「……」
「大丈夫、だよ。何があったか分からないけれど、わたしはあなたを傷つけたりしないから。わたしはセミリオ。ついでにこっちの変なヒゲはカインって名前だよ」
「もう好きに言ってくれ」
旅立って数日。ヒゲに対する偏見にカインは早々に諦めたようだ。
そんな二人を見て安心したか、少女は少しだけ笑った。
「あ、笑ってくれた。カインのヒゲも役に立つ時があるんだね」
「お前さんがトンチンカンなこと言うからだろ」
カインに対しペロッと舌を出してから、セミリオは改めて少女に向き直った。
「ねえ、よかったらお名前教えて」
彼女の言葉に少女は小さな声で答えた。
「セラって、言います……」
「ありがとう、セラちゃん。ねえ、セラちゃんさえよかったらどこか近くの町とかまで一緒に行かない? 一人だったら危ないだろうし」
セミリオが言うと、セラは悲しそうにうつむいた。
「……ありがとうございます。お気遣いはすごく嬉しいです。でも、わたし、一緒にはいられません。わたし……わたし……、化け物だから……」
そう言って小さな少女は体をひねり翼を二人に見せた。それは作り物などではなく、しっかりと生物のものとして動いている。
「ごめん、さっきセラちゃんが気を失ってるとき見ちゃったよ。でも化け物? なにが? 確かにわたしは翼がある人間なんて知らない。だからと言ってセラちゃんが化け物なんて全然思わないし、怖かったり気持ち悪がったりしないよ。ねえ、カイン」
「ああ。それに心当たりはある。ま、それはともかく行くなら早くしようぜ。また野宿なんてのもうまくねえからな」
「ね、行こ」
それでもセラはうつむいて首を振る。
「わたしと一緒にいたら、きっとひどい目にあいます……」
「何があるか分からないけど、トラブル怖がってたら狩人なんてやってられないよ!」
「でも……でも……!」
大粒の涙を流すセラの手を取って、セミリオは両手でその小さな手を包む。
そしてまっすぐにセラの目を見据えて、それからパッと咲くような笑顔を作った。
「一緒行こ! ね!」
「……………はい!」
泣きながらセラはようやく頷く。
もしかしたら、この小さな少女はその言葉をずっと待っていたのかも知れなかった。
こうして二人乗りのバイクに三人が乗り、不安定になったバイクが荒野を進む。
「セラ、お前さんバイオノイドか?」
「……はい」
「バイオノイドって人工のヒトだっけ。なんか聞いたことあるけど本当の話だったんだ」
「俺も見たのは初めてだ。なんなら作り話だと思ってたぐらいだしな」
「それがなんであんなとこで倒れてたの?」
首を回してセミリオが尋ねると、セミリオに掴まっているセラは顔を少しふせた。
「逃げ出したんです。わたしが生まれた施設から……。逃げて、逃げて、ずっとさ迷ってて。でもどこに行けばいいかも分からなくて。そして苦しくなって……。気づいたら目の前にセミリオさんがいたんです」
「そっか……。色々大変だったんだね。でももう大丈夫。わたしもカインもついてるから!」
「……ありがとうございます」
また少し泣きそうになりながら、セラは小さくつぶやく。
「ところでさ、セラちゃんはいくつになるの? ちなみにわたしは16」
「3歳になったばかりです」
「3歳!? とてもそうは見えないなあ」
「わざとらしいぞ」
そのやり取りにセラは少し笑った。
「でもビックリしたのは本当だよ」
「なんでもバイオノイドは作られた時から見た目は変わらんらしいな。最初はもちろん胎児のようだが、ある程度成長して目覚めてからは外見の成長はしないそうだ」
「へぇー」
「そうなんです。わたし、産まれてから全然変わっていないんですよ」
セラが言うと、カインは少しばつの悪そうな顔をした。
「あー、悪い、セラ」
「? なにがですか?」
「いや、作られた、なんて言っちまってな」
セラは微笑んだ。カインの細やかな気持ちが温かかった。
「気にしてないです。いいえ、気づいてませんでした」
「すまなかったな……」
そんな会話を続けながら走ることしばし。
カインがまず気づいた。
「囲まれてるな」
「ん?」
「左後方、見てみろ」
セミリオとセラが振り向くと、おそらくエアーバイクと思われるものが、砂塵を巻き上げながら一定の距離をたもってついてきていた。
「ちょっと前からついて来てやがる。そしてすぐに気配が増えた」
「多分、わたしを追ってきてるんです……。カインさん、おろして下さい。お二人を危ない目に合わせるわけには……」
強引にバイクから降りようとするセラを、セミリオが後ろ手に抱きつき引き止める。
「大丈夫、よ。何があってもセラちゃんを守るし、わたし達だってこう見えてそこそこやるんだよ?」
「ま、本当に危険か、そもそもセラの追っ手かも分からねえしな。俺の首目当てかも知れんしな」
「そっちのほうが危ない気がする」
さらに数分。
「何にせよ目的は俺達だな。リオ、ここでやるぞ」
そう言ってカインはバイクを止めた。
「オッケー。わたしもやるよ」
銃の具合を確かめ、セミリオもバイクを降りる。
「あの……わたし……」
不安そうなセラにセミリオが微笑む。
「大丈夫。セラちゃんはそこで見ててね」
ほどなくして、白を基調とした服装の一団が一行を取り囲んだ。
凶悪な武装をしながらも一糸乱れぬ統率。どう見ても賞金狩や盗賊などではなかった。
「ずいぶん物々しいな」
カインが言うも、その一団は彼を一瞥もしなかった。
そしてその中から一人、男が一歩進み出てセラをにらみ声を上げた。
「№35、戻って来い! 貴様にはまだ利用価値がある。大人しく戻ってくるなら傷付けはせん。しかし抵抗するなら容赦はせんぞ! そしてそこの貴様ら。その化け物を置いてとっと立ち去れ! 我々に刃向かうのなら貴様らも殺す。化け物に肩入れしてもいい事はないぞ!」
男の言葉にセミリオは怒りで顔を真っ赤にする。
「何あいつ! セラちゃんをモノ扱いして!」
「やっぱ狙いはセラだったか。それにしてもご立派な肺活量だぜ」
カインが銃をホルスターから抜く。そしてセミリオも。
「リオ、右は任せた。いけるな?」
「もちろん!」
そして二人は同時に発砲し、男達に宣戦布告した。
「死にたいようだな」
男達も応戦し、二人は左右に分かれ戦闘を始めた。
セミリオとカインは強いが、凶悪な武装と統制の取れた動きをする男達もまた強かった。
それでも撃ち、かわし、打撃を当て、着実に頭数を減らしていく。
ほんの刹那。
一瞬だけ、セミリオの注意がそれた。
「死ね」
その僅かな隙を逃さず、銃口が二つセミリオに向き、発砲。
「だめ!」
瞬間、射線上にセラが両手を広げて飛び込み、そして体を折り曲げてくずおれる。
「セラちゃん!」
セミリオも腕に銃弾がかすめ出血した。鮮血があふれ腕を伝う。腕が動かなくなるほどの深手ではないが、無視できるほど浅くもない。それでも反対の手で発砲しセラを撃った男達の肩を撃ち抜く。
そして慌ててセラを抱き起こした。
「セラちゃん……、セラちゃん……! どうして、こんな……」
「……セミリオさん……、怪我、してる……」
セラは虚ろな目でセミリオの腕を見やった。
「ううん、こんなのなんでもないよ。あなたが庇ってくれたから。でも、そのせいでセラちゃんが……」
そのとき、セラの全身が震えたような気がした。心臓の鼓動が何倍にも膨れ上がったような震え。
「セミリオさん、怪我を……。セミリオさんニ怪我ヲ。よくモ! よクモ! ヨクモ!」
その目が凶暴な光に染まる。一瞬炎が宿ったような錯覚さえ覚える。
セラはセミリオの腕から、信じられないような速度で跳ね起きた。
そしてそのまま近くにいた男三人に拳を繰り出した。常識的に考えるならその程度ではどうにもなるはずがなかったが、セラの力は想像を絶するものだった。
その男達は、彼女の拳を受けるとたちどころに絶命した。
それだけで済まさず、セラは無数の攻撃を繰り出し、文字通りその三人を消滅させた。
そしてカインと戦っていた男達のもとに恐るべきスピードで突進すると、それらをも瞬く間に肉の塊へ変えた。
わずかに、数秒の出来事だった。たったそれだけで、セラはその場にいたすべての男達を消滅させたのだ。
そしてセラは糸が切れた操り人形のように膝をつき、ゆっくりと倒れた。
セミリオもカインも目の前で起きたあまりのことに呆然としていたが、セミリオが我に帰ってセラのもとに駆け寄った。
「セラちゃん! 大丈夫!? しっかり!」
セラは銃弾を複数受けていたが、信じがたいことにわずかな深さで皮膚に阻まれている。ほぼ無傷と言ってもいいぐらいだ。
「カイン、これ見て……」
「ああ、この目で見てもなかなか信じられねえが、こいつはバイオノイドの中でも戦闘用ってやつらしいな……」
カインはセラを軽く調べて息をついた。
「気を失ってるだけで怪我はなさそうだ。しばらく寝かせておいてやるか」
二人は気を失っているセラをバイクの陰に横たえると、近くに腰を下ろした。
「すごく驚いたけど、でもセラちゃんが無事でよかった。あの子がわたしを庇って倒れたときは心臓止まるかと思ったよ」
「三歳のお子様に助けられてるようじゃこの先苦労するぜ」
「うるさいなあ。………ねえカイン。あの子、連れて行くよね? 置いて行かないよね?」
「バイオノイドだろうがなんだろうが、困ってる奴を助けるのが俺のポリシーだ。それとも俺がこのまま見捨てていくような奴だとでも思ったか? おやっさんは困ってる奴を見捨てなかった。それだけさ」
カインが遠くを見ながら言うと、セミリオは目を輝かせた。
「ありがとう! カイン!」
「礼を言うならセラと……おやっさんにでも言うんだな。俺は疲れた。セラが気付いたら起こしてくれ」
そう言ってカインは寝転がり帽子を顔に乗せ、脚を組んで静かに寝息を立て始めた。彼には珍しく、照れていたのかもしれない。
しばらくするとセラが目を覚ました。セミリオが急いでそばに行く。
「……あ……セミリオさん……。わたし、どうしたんですか? ……! セミリオさん! 怪我は!? あの人たちはいったい……?」
「大丈夫、大丈夫、よ。何にも心配しなくてもいいの。あなたのおかげでわたしは平気。ありがとう、セラちゃん」
セミリオはセラを優しく抱きしめた。セラの不安が静かに溶けてゆく。
「セミリオさん……、よかった……」
「俺はまだ眠てえんだが」
「『親切な悪魔』ほどの人ならこれぐらい大丈夫、でしょ?」
「言ってくれるぜ」
あくびをしながら運転するカイン。
「すみません……」
カインが深い眠りの時に起こされたこと、定員オーバーで不安定になっていることが自分のせいだと感じ、セラが謝る。
「謝るこたぁねえさ。それに見てみろ。もう少しだ」
カインが前方を指さした。
よく晴れて視界が通る空の下、かなり遠くだが大きな建物がかすかに見える。
「あそこなの?」
「ああ。あれが『Zombie・Village』だ」