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第一幕 花と悪魔

かつて戦争が起きた。

 人は互いを憎み合った。

 大国は核を、小国は人を用いた。

 

 そして勝者などない荒廃がもたらされた。

 世界は変わってしまったが、それでも生き残った人々はたくましかった。

 

 長い時が過ぎ、風がーー赤い風が吹き始めた。

 

 

       The Legend of the Red Wind


 第一幕  花と悪魔

 

 調子っぱずれの鼻歌が響き渡る。プロペラが風を切り裂く音と合わさって妙に居心地がいい。

 どこまでも続くような快晴も気分がいい一因だった。

 エアカーが目的地に到着し、運転手の男が声をかける。

「お客さん、着きましたよ。順風満帆、問題なしってなもんでさ」

 しかし返事がない。男が振り返ると、乗客の少女は軽い寝息を立てていた。

 まあ無理もない。なにしろこんな上天気なのだから。

「お客さん、お客さーん」

 うるさくないよう、それでも少女を夢の世界から覚ますには十分な声で数度呼びかける。

 三度目の声かけで少女は目を覚まし軽く伸びをした。猫のようにしなやかだった。

「うー……ん。ごめんなさい、寝ちゃってた」

 花が咲いたように少女が笑う。

「なに、さもありなん。気持ちのいい天気、気持ちのいい風、それにあっしの運転とくりゃあ羊いらずでさあね」

 男はそう言ってカラカラと笑う。聞いている人間も笑顔になるような、そんな笑いだった。

「ふふふ、きっとそうね」

 少女もまた笑い返し、料金を支払った。

「毎度どうも。またご縁があればご贔屓に」

 運転手は気さくに手を振ると、プロペラを全開に回して滑るように荒野を去っていった。巻き上げられた砂塵が風に吹かれて流れていく。

「さてと」

 少女は目的地である小さな町、その入り口に掲げられた『Dog・town』の看板を見てつぶやいた。

「待ってて、父さん」

 町に足を踏み入れ、かくて風が吹き始める。

 

 少女の名はセミリオ・ジュノス。

 この大陸では珍しい栗色の瞳と髪を持つ美しい娘だ。

 しかしその容姿に反して拳銃の扱いには非常に長けており、荒くれ者が闊歩する荒野においても大人に引けを取らないほどである。

 彼女に銃の手ほどきをしたのは父親であるガイア・ジュノス。

 幼いセミリオに銃の扱い方を、戦い方を、荒野での生き方を教えた後姿を消した。

 彼女はそんな父を追って、十六才を迎えた日に母を置いて荒野に出て『狩人』となった。

 

 この荒れ果てた世界に、人々は様々なものを求めた。

 それは富であり、名声であり、力であった。

 自分の求めるものを良きにつれ悪しきにつれ一心に求める者達を、人は『狩人』と呼んだ。

 セミリオは父を追うことが目的であるが、問われたときには宝石を追う『宝石狩』を自称している。

 父を探す少女。悪党の恰好の餌になりそうな身の上である。

 いかに腕に自信があるからと言って、避けられる危険に飛び込んでいくことはないのだ。

 それに実際宝石は好きだったし、この世でもっとも高価な宝石『悪魔の泪』を父が探し追い求めていたと母は言う。

 父もまた狩人であり、一所ひとところにじっとすることのできない人だと母は言っていた。

 

 セミリオは通りの真ん中で周りを見渡し、一件の酒場へと足を向けた。情報収集には酒場はもっとも優れた選択肢の一つであり、なんといっても腹が減っていた。

 カラン、と乾いた心地の良いベルの音。

 客の入りはまずまずと言ったところか。 

 酒とタバコのいかにも荒っぽい匂いを無視し、カウンターに直進すると、グラスを磨いていたマスターの前に陣取る。マスターはにこやかな、それでいて媚びたところのない笑顔で迎えてくれた。

「注文は?」

「ミルクとライ麦パンを」

 セミリオが注文を告げたとたん、真後ろのテーブルから笑い声が起こった。

「そこの嬢ちゃん、ミルクならお家に帰ってママのオッパイでも飲んでな!」

「そうだそうだ」

 見るからに粗野な二人組だ。セミリオに絡んできたのも『そういう気分』だったからだろう。

 しかし彼女は涼しい顔。

「オリジナリティもひねりもない絡み方ね。言いたいことあるんだったら男らしく腕で言ったらどうなの?」

 挑発的に二の腕を叩いてみせる。それを見て二人のうち大柄な方が立ち上がった。

「何だとこのガキィ!」

「そのガキにわざわざ絡んでくるなんてあんたの方がよっぽどガキンチョじゃない」

「てめえ! 勘弁ならねえぞ!」

 大柄な男は髪の生え際まで顔を真っ赤にして怒鳴った。どうにも短気な性分なようだ。

「あ、アニキ……」

 対照的にもう一人の小柄でやせっぽちは青い顔。

「うるせえ! こんなガキに舐められて黙ってられるか!」

「じゃあどうするの? ア・ニ・キ」

「表出ろ! ぶっ殺してやる!」

「いいよ、どっちが痛い目みるか試してやるから」

 そう言うとセミリオはさっさと外へ出てしまった。二人組も大股で追いかける。

「大丈夫かね、あの嬢ちゃん」

 売上が少し減ることを危惧しながらマスターはつぶやいた。

 

 少し離れてセミリオと『アニキ』は向かい合った。

「さ、いつでもどうぞ」

 余裕の表情でセミリオはリラックスしている。

「ガキィ……! 覚悟しな!」

 それなりに早く『アニキ』は銃を抜いた。対してセミリオは銃に手をかけてもいない。

 --『アニキ』が発砲する刹那、セミリオは電光石火の速さで銃を抜き二発発砲。

 一発は『アニキ』の銃を弾き飛ばし、もう一発は肩にめり込み戦闘力を奪った。

 あまりといえばあまりの早業に、痩せた男はあんぐりと口を開けて固まった。

「やっぱり痛い目見たのはあんただったね」

 うめく『アニキ』を見下ろしながら、セミリオは愛銃を日にかざす。

 やや小柄なセミリオの手に収まるそれは、日の光を浴びて金色に光っている。

「で? あんたはどうするの?」

 痩せた男に銃を向けると、彼は素早く両手を上げた。

「参った! 俺はあんたと争う気はねえよ」

「そ。だったら消えなさいよ」

 セミリオが手を払うと、彼は痩せた体のどこにそんな力があったのか、『アニキ』を抱えて逃げ出した。

「ーーおぼえてろー!」

 遠くから『アニキ』の声が響いてきた。

「声だけは大きかったなあ」

 セミリオは呆れて首を振ると、陽気にベルを鳴らして先ほどの酒場に入る。

「いやあ、お客さん、強いね」

 先ほどの席に座るとマスターが迎えてくれた。ミルクとライ麦パンも一緒だ。

「あいつらが弱かっただけよ。ミルク、出しててくれてありがと」

「ムダにならなくてよかったよ」

 マスターはまたグラスを磨き始めた。

 ピカピカになっているグラスを眺めながら、余計な騒動で減った腹を満たすためセミリオはパンにかじりつく。

 相変わらず酒場はやかましかったが、今度は誰も絡んでこない。

 こんな時代だ、セミリオのように並みの大人より強い子供はいくらでもいる。酒場の荒くれ達もそれはよく知っているため、普段は無用な騒ぎを起こさない。

 

 と、少し喧騒が静まった気がした。

「マスター、この嬢ちゃんの注文は俺のおごりだ」

 唐突に隣に男が座り、よく通る声で言った。

「……ありがと。よく分からないけど遠慮なくいただくね。で、何のつもり?」

 いぶかしさを隠そうともせずセミリオは尋ねる。

「せっかちな嬢ちゃんだな」

 男は苦笑い。

 皮のウエスタンハットにタイトなシャツ、スマートなパンツスタイルは黒色でまとまっている。

 やや長身で、引き締まった筋肉がシャツの上からでも見て取れる。

 腰と脇には大型の二丁拳銃をさしており、腕利きであろうことが感じられる。

 あごひげがまばらに生えており、しかしなぜか清潔な印象を受ける。

 ニヤついた笑みを浮かべ、それでも薄めの黒い瞳はこちらの心まで見透かされそうだ。

 飄々(ひょうひょう)とした得体の知れない男、そんな印象をセミリオは持った。

「ま、とりあえず自己紹介だ。俺はカイン。カイン・ラステッドだ。よろしくな、嬢ちゃん」

 その男カインはそう言ってセミリオに手を差し出した。茶色の皮の手袋をつけ、いかにも旅慣れている。

「カイン……。すごい名前ね。わたしはセミリオ。宝石狩よ」

 差し出された手を握り返しながら、ぼんやりとした知識の奥底に、『カイン』というのはどこかの地方で『悪魔』を意味する言葉である、ということをセミリオは思い出した。

「セミリオ、か。『一輪の花』、いい名だな」

 セミリオの産まれた大陸の東の果て、『イーストエリア』の言葉である。

 彼女自身自分の名前を気に入っており、そのため幼い頃父がくれた名にちなんだ花の髪飾りを今でも大事に身につけている。

「嬢ちゃん一人で宝石狩りも大変だろ。俺が一緒に手伝ってやろうか?」

 ニヤついた笑いを浮かべながらカインは言う。

「間に合ってるよ。一人のほうが都合がいいし。あとわたしの恋人は宝石だから。口説こうったってムダよ」

「よせよ、俺はお子様なんかに興味はないんだ」

 カインは笑いながら手を振り、目の前のグラスに口を付けた。セミリオはため息をつく。

「で、そろそろ聞かせてくれてもいいんじゃない? わたしに近づいてきた目的よ。これでもわたし忙しいんだからね」

 フンっと鼻を鳴らし、カインは笑った。

「せっかちな嬢ちゃんだな。じゃあひとつだけ聞かせてくれ。お前さん、荒野に何を求めて出てきた?」

 黒い瞳に見つめられ、セミリオは一瞬ためらった。

「さっきも言ったけど宝石よ。特に『悪魔の泪』」

「嘘だな」

 カインが即座に言う。

「いや、それも目的のひとつだろうが、もっと大事なものがあるだろ? セミリオ・ジュノス」

「!?」

 名乗ったはずのないフルネームを言われ、セミリオは動揺した。

「なんでわたしの名前を!? わたしのこと知ってたの!?」

「いや、分かったのさ」

 カインはセミリオを指差した。

「栗色の髪と瞳。その金色の銃エターナル・ゴールド。何よりもお前さんにはあの人の面影がある」

「あの人……?」

「そうさ。お前さんの父親にして俺の師匠でもある、偉大な狩人、ガイア・ジュノスさ」

 探し求めていた父の名が見知らぬ男の口から出たことにセミリオは動揺し、またそれ以上に興奮した。

「師匠ってどういうこと? あなた父さんと一緒にいたの? 父さん元気にしてる? どこにいるの? なにしてるの?」

 我知らず矢継ぎ早にカインを質問攻めにし、彼は苦笑してセミリオから少し体を離した。

「そんなにいっぺんに聞かれたって答えられねえさ。ミルクでも飲んで少し落ち着きな」

 グラスを押し付けられ、セミリオは仕方なく口を付けた。もっとも、その程度で落ち着くわけはなかったが。

「落ち着いたか?」

「うーん。イマイチ」

「だろうな」

 カインは笑って帽子を目深にかぶった。その時、ほんの一瞬、彼の目に寂しさが宿ったように見えた。

「いっぺんに、は無理でも話してくれるんでしょ? そうじゃなきゃわざわざわたしに声かけてこないもんね」

「ああ。聞かせてやるさ。おやっさんはーー俺はあの人のことをこう呼んでるんだがーーすごい人だった」

 カインは自分のグラスに口を付け、少し眉間にシワを寄せると、静かに話し出した。

 外は快晴。昔話にはいささか向いていない天気かもしれない。

 

 カインが幼かった頃。

 まったく唐突に、彼の住む村が襲撃を受けた。

 徒党を組んだ恐ろしい者達。

 中でも、大陸でもっとも恐れられている『復讐の天使団』と呼ばれる者達だった。

 両親が殺され、カインも殺されかけた。

 死が訪れる刹那、大きな男が彼を救った。

 二丁の拳銃を操るその若い男ガイア・ジュノスは、カインを救い、育て、教えた。

 カインは成長し、強くなり、しかしどうしてもガイアにはかなわなかった。

 ある時、強くはなったがまだ少年であるカインをガイアは見据え言った。

「もう、大丈夫、だな」

 そしてガイアはカインの前から姿を消した。

 まったく唐突で、カインは悲しむ暇も怒る時間もなかった。

 そして--。

 

「そして俺達がこうして出会ったってわけさ」

「なによそれ! なんの説明にもなってないじゃない!」

 カインの短すぎる『話』にセミリオは食ってかかる。

 彼は当然それを予期しており、セミリオの顔を押さえつけた。

「それから父さんはどうなったとか、どこに行ったとか、なにしてるとか、肝心のどこにいるかとか、聞きたいことのなにひとつ分からないじゃない!」

 カインに押さえつけられたままセミリオは文句を言った。

「言っておくが」

 彼女から手を離し、カインはカウンターの奥にある酒のボトルをなんとなく眺めながら言う。

「話がこれで終わりなんてことは一言も言ってないぜ」

「じゃあ続きを?」

 その言葉に彼はニヤついた顔でセミリオを見た。

「話してもいい。が、条件付きだ」

「言って。わたし何でもする」

 セミリオはまっすぐカインの目を見た。栗色の澄んだ瞳は決意をたたえている。

「よし、じゃあ俺とバッファロー・ミルクの飲み比べで勝負だ。お前さんが勝ったら全部話してやる。俺が勝ったらこの話はここまでだ」

 提示されたなんとも奇妙な条件にセミリオは少し怪訝な顔をしたが、それでも受けることにした。

「変な条件だけど、いいよ、受ける。それに早飲みじゃあわたし負けたことないし」

「よし、決まりだな」

 

 バッファロー・ミルク。

 ミルクと名の付いてはいるが、動物の乳ではなく、ある植物から抽出される飲料である。

 アルコールのような作用を持ち、酒よりもはるかに安価で製造できるため、こうした酒場で荒くれ達の早飲みや飲み比べなどに愛用されている。

 ちなみにセミリオが注文したミルクは正真正銘牛の乳である。

 

「マスター、バッファロー・ミルク2つ……ランクはどうする? お前さんが決めていいぜ」

「オーロックス」

 セミリオが間髪入れず言う。

「無理すんなよ? カウでもいいんだぜ?」

 カインが茶化すとセミリオは胸を張って見せた。

「言ったでしょ? 早飲みで負けたことないって。子供扱いしてたら痛い目見るよ?」

「ミルク飲んでて痛い目見るなら逆に見てみたいぜ。ま、お前さんがいいってんなら止めねえさ。マスター、オーロックス2つだ」

 カインが告げるとマスターは眉間にシワを寄せた。

「大丈夫かいお嬢ちゃん、オーロックスなんて」

「大丈夫、よ。心配してくれてアリガト」

「嬢ちゃんも言ってるんだ、頼むぜ」

 言われてマスターはため息をつきながら裏へ引っ込んでいった。

 

 早飲みや飲み比べに多用されるため、バッファロー・ミルクには注がれるジョッキの大きさによってランク分けがなされている。

 カインが茶化した『カウ』というのは、もっとも小さいジョッキであり、主に子供が飲むものとされる。早飲み最速を自負するセミリオがバカにされたと感じたのも無理はない。

 当然早飲みにはむいていないことはなはだしい。

 対して『オーロックス』は最大のジョッキであり、なんとも馬鹿げたサイズを誇る。

 

「はい、バッファロー・ミルクのオーロックス2つ、お待ちどう」

 マスターが運んできたジョッキは、ゆうに男の頭2つ分はあろうかという巨大さだ。

「言っとくが、お願いされたからって手加減はしねえぞ?」

「必要ないよ。負けないし。絶対父さんのこと聞きだしてやるから」

 セミリオは鼻息も荒く、マスターにうなずいて見せる。マスターはため息をつくと、コインをはじいて高くとばした。それがカウンターに落ちて音を立てたと同時に、早飲み勝負が始まった。

 巨大なジョッキをやや小柄なセミリオが抱え、その見た目に反しミルクはみるみる減っていく。

 その光景をマスターは目を丸くして見ていたが、しかし彼の目線はカインにあった。

 セミリオを上回る異常なほどのペースで飲んでいた彼は、彼女のジョッキの中身が半分ほど残っている時点で飲み干してしまった。

「……っふう。飲み終わったぜ。俺の勝ちだ」

「信じられない……。そんな、早いなんて……」

 セミリオは唖然とする。

 この世にこんな人物がいて、そして彼はよりにもよって聞きたかった情報を持っているのだ。

 涙が出そうになる。

 おかしい。こんなことで泣くはずがないのに。

「……ま、約束は約束だ。勝負はこれっきり、再戦はないぜ」

 うつむいたセミリオをカインは眺めていたが、しばらくしてニヤついた笑みを浮かべ席を立った。

「じゃあな、セミリオ・ジュノス。けっこう楽しかったぜ」

 背中で手を振り、彼は去っていく。

 セミリオは弾かれたように立ち上がった。

「待ってカイン!」

「待たねえさ」

 遠ざかる背中。

 一瞬それが父ガイアと重なって見えた。

「待って……。待っ………」

 視界が真っ黒になり、世界がゆがんだ気がした。

 

 ドサッという音にカインが振り向くと、セミリオは床に倒れ込み意識を失っていた。

「おい、どうした?」

 抱き起こすと、なんのことはない、彼女は酔って寝ているだけだった。

「……なんだ、驚かせやがって。オーロックスぐらい平気じゃなかったのかよ」

「本人が思ってたより疲れてたんだろうさ」

 マスターがカインに無遠慮に言う。

「だってのにあんたはお嬢ちゃんに無理させて。かわいそうなこった」

「こいつの……セミリオ・ジュノスって人間と、その覚悟が見たかったのさ」

「それがなんで早飲みになるんだ?」

「俺の得意分野だからな。確実に勝てる賭けがしたかったのさ。見ず知らずの俺に勝負を挑んで、負けて、そしてそれでも食らいついてくるなら、ってな」

「よく分からんな」

 カインは寝ているセミリオを優しく抱えた。

「よっと。意外と重てえな」

「お嬢ちゃんが起きてるときは口が裂けてもそんなこと言うなよ。で、どうするんだ?」

「宿にでも寝かせとくさ」

 言ってカインは歩き出す。

「変なことするんじゃないぞ」

「しねえっての」

 カインが背中で酒場のドアを開けたとき、マスターが呼び止めた。

「待て、カイン」

「なんだ? 手伝いならいらねえぞ」

 カインが軽く言うと、マスターは白い目を向けた。

「ミルクの料金、お嬢ちゃんのも含めて払ってけ」 

 

 まぶた越しに柔らかい光が当たるのを感じ、セミリオの意識は少しだけ覚醒した。

 それでもカーテンを通した光と穏やかな風は、彼女を目覚めさせるには少し優しすぎた。

 

 ーーセミリオ……。セミリオ………。

(父……さん?)

 ーーここまでよく頑張ったな、セミリオ。

(……ダメだよ、わたし。全然届かない……)

 ーーいや、お前はよく頑張った。さあ、起きなさい。お前を待っている人がいる。

(待ってる……。誰が……?)

(父さん?)

 (待って! 父さん! 父さん! )

 

「父さん!」

 叫び、セミリオは飛び起きた。夢の内容はほとんど覚えてないが、悲しい夢だったのか、頬を涙が伝った後があった。

「父さん……。わたし……、どうしたらいいの……」

 昨日のカインの去っていく背中を思い出し、セミリオはうつむいた。知らず涙が頬を伝い、シーツに小さなシミを作る。

 シーツ?

「って、ここどこなの!?」

 ようやく見知らぬ環境にいることに気づき、セミリオは両手で頬を張った。パンッと乾いた音が響く。

「いけないいけない、なに弱気になってんの。いなきゃ見つける。見つからなきゃ探す。とにかく動く! 大丈夫!」

 吼えてベッドから跳ね起きると部屋を出る。

 すぐに階段が見えたため、何も考えずドタドタと駆け下りる。

 作りからいって宿屋らしく、主人と思われる男が怪訝な顔を向けたが、セミリオはかまわず外に飛び出した。

 宿代のことで呼び止められなかったことは気づきもしない。

 建物を飛び出し周りを見渡す。どことなく見覚えがある通りを見つけ、セミリオは駆け出した。

 すぐに昨日の酒場を見つけ、彼女は中に飛び込んだ。

 入り口のベルがけたたましい音を鳴らし、さすがのセミリオも首をすくめる。カウンターからは、マスターが何事かと見つめていた。

「……いらっしゃい」

「ごめんなさいマスター。急いでたから。カインを見なかった? きのうここでわたしとミルクの早飲みした変なヒゲ」

 セミリオが一息に言う間、マスターはきれいなグラスに水を入れて彼女に差し出した。

「カインどころか今日はまだ誰も見てないよ。お嬢ちゃんが本日最初のお客さんさ」

「そう……」

 肩を落とすセミリオにマスターは微笑んで見せた。

「そうガッカリすることはないよ。探し物ってのは案外見つかるもんなんだから」

 言われて彼女は微笑み返す。

「そうね、ありがとう」

 言って、出された水を一口飲んだとき。

「変なヒゲってのは」

 昨日初めて聞いただけなのに、なぜだか妙に聞き覚えのある。

「俺のことか?」

 ニヤついた声がセミリオの背後から。

「カイン!」

 カインはセミリオの隣の席にドサッと腰を下ろし、マスターにオレンジジュースを注文した。

「俺のチャームポイントにむかって変だなんだとは、お前さんなかなか失礼だな」

 ニヤつき、軽口を叩くカイン。

「酔いつぶれたお前さんを宿に運んでやったってのに、悪口まで言われりゃ世話ねえな」

「カインが? ……変なことしなかったよね?」

 ジトっとにらむセミリオにカインは鼻白む。

「するかっての。どいつもこいつも俺をなんだと思ってるんだ?」

「だってそのまばらに生えたヒゲが胡散臭いんだもん」

「お前さん、ヒゲになんか恨みでもあるのか? だいたいおやっさんだって俺の記憶の中じゃあ似たようなもんだったぜ?」

 カインがあごを撫でながら言うと、セミリオは思い出したように指を鳴らした。

「それよ! あなたと父さんの関係!」

「この話はあれっきり、だったはずだが?」

 セミリオはウッとうめいた。

「……じゃあなんだってまたわたしに会いに来たの」

「そりゃあ」

 カインは言葉を切って、いつものニヤつき顔をセミリオに向ける。

「お前さんに伝えるためさ。真実をな」

 カインの矛盾した言葉にセミリオは眉間にしわを寄せる。

「賭に負けたわたしに?」

「案外根に持つな」

 カインは笑う。

「昨日の賭はテストみたいなもんさ。お前さんは負けたが、それでも食らいついてきた。好奇心でもない、子供の無鉄砲さでもない。お前さんの荒野への覚悟が見えた気がしたからな、ま、合格だ」

「じゃあ?」

「ああ、話してやるよ」

 と、カインはジュースを一口飲み、真顔になって横を向いた。カウンターの方へ、セミリオから目を背けるように。

「おやっさんのことも、俺のことも、これからのことも、なにもかも、な。お前さんにとっては、いや、俺にとってもつらい話になる」

 頭の片隅にあったいやな予感を感じながら、それでもセミリオは改めて姿勢を正した。

「どんな話でも、大丈夫。わたし、聞くよ」

 カインは薄く笑った。

「大丈夫、か。おやっさんもよく言ってたぜ、それ」

 カインは大きめのジョッキでレモンウォーターをマスターに注文すると、それを待たずに語り出した。店の外では、静かに風が吹いている。

「おやっさんが俺の前から姿を消したのは昨日話した通りだ。それから俺はずいぶんと心細かった。そりゃそうさ、子供のときからずっと世話をしてくれてた人なんだからな。

 だが、『もう大丈夫、だな』って言われたから、俺は大丈夫だって自分に言い聞かせた。単純だな。

 おやっさんとその奥さん、つまりお前さんのお袋さんが出会ったのは、どうもその後、俺と離れてかららしいな。俺のことはおやっさん、何も言ってなかったんだろう? 今ならなんとなくその理由も分かる。正解かどうかは分からねえけどな。ま、とにかく、そしてお前さんが産まれたってわけだ。

 それで、お前さんの話だとそれから四年後におやっさんは荒野に行っちまったんだったな。実はそれからしばらくして俺はおやっさんに再会したんだ。

 俺がおやっさんと再会したのは今から八年前、つい最近のことだ。俺からすれば、な。

 セントラル・サウススクエアでの事だ。あの、限りなくサウスエリアに近いところさ。そのときは懐かしくて涙が出たよ。でもおやっさんはかなり焦ってる様子だった。再会を喜んじゃあいるが、すぐにでもこの場を離れたいってのが良く分かった。

 だから俺達は場所を急いで移して身を隠した。身を隠したんだ、あのガイア・ジュノスが。ここまでおやっさんを追い詰めるのは何者か、俺も不安になってきた。でもおやっさんは言ったよ。

『カイン、大丈夫、だ。お前も、俺も』ってな。

 おやっさんは〈悪魔の泪〉を三粒持ってた。何億の価値があるか分からない代物だ。しかし、金ではこいつの本当の価値は量れないって言うんだ。いったいあんなちっぽけな宝石に何の力があるのか分らねえな。ま、人を惑わしていかれさせる力はあるかも知れないがな。

 ああ、俺も聞こうとしたよ。〈悪魔の泪〉の本当の価値を。でもな、ついに聞けなかった。俺のせいで……な。

 銃声が聞こえたと思ったら、足が動かなくなった。一瞬遅れて激痛以上のものが足に奔った。

 ――撃たれた!

 それだけやっと理解すると、無我夢中で逃げようとしたよ。何しろいきなりだったからな。でも逃げられない。周りはすっかり、何十人もの男に囲まれていたからな。いっせいに周りの銃が火を噴いた。

 ――死んだ、と思ったが俺は生きてた。

 ………俺は、な。

 そうさ、おやっさんが、おやっさんが俺の前に立って盾になってくれてた……。でもさすがはガイア・ジュノスだ。倒れる刹那に撃ちまくって、その一瞬で、二十人いた奴等を三人まで減らしたんだからな。

 おやっさんが倒れた。俺の目の前で。

 ……それからの何分かのことは覚えてない。でもな、俺とおやっさんを撃った奴等が全員動かなくなってたから、たぶん俺が残りの奴等を倒したんだと思う。

 動かない足を引きずりながら、おやっさんのところに行ったら、おやっさん、何て言ったと思う? 『……な、大……丈夫……だっただろ?』ってな。自分のことなんか考えてなくて、俺のことばっかり気にしてたよ。

 自分を呪ったよ。あん時ほど自分が嫌になったことは無い。一番尊敬してた偉大な男が自分のせいで死んじまったんだからな……。俺がもう少しましな行動を取ってたならな。そしたらおやっさん、気にするなって言って笑った。

 だがな、セミリオ、お前さんのことは最後まで気にしてたぜ。置き去りにした俺を恨んでないか、ちゃんと育っていけるだろうか、しかし俺にあの子を思う資格があるんだろうか、ってな。

 最後にガイア・ジュノスの名を懸けて、と前置きをしてから言ったよ。

 あの子を守ってほしい、きっと荒野に出てくるだろうから、と。

 おやっさんの遺体は見晴らしのいい丘に埋葬した。墓標に立てた木には『大丈夫』って彫ってやったよ、おやっさんらしくな。

 おやっさんを殺した奴らには全員、天使の環と悪魔の尻尾の刺青があった。間違いない、『復讐の天使団』だ。だから俺は八年間奴等を追った。何でおやっさんを追ってたのかを突き止めるために。

 でもなあ、なかなか掴めなくてな、そうこうしてる内にお前さんの十六歳の誕生日が近づいて来た。

 ……ん? ああ、お前さんのことはおやっさんに再会してすぐ聞かされたよ。頼んでも無いのに喋るんだ、あの人は。よっぽど気にかけてたんだろうな。

 で、俺は天使団の捜索を中断して、このイーストエリアにやってきた。今から二ヶ月前だな。この地方では十六歳が一人前だって習慣があることも聞かされてたから、そっから旅立つとしてお前さんが立ち寄りそうな町に目星をつけて、ここで暮らしてた。

 ……来なかったら? 考えてなかったな、そういえば。ま、いいさ、こうして出会えたんだからな。『大丈夫』。おやっさんの言葉は俺の中で生きてる。

 ――それで、俺達がこうして出会ったわけだ」


 長い長い昔話を終え、カインはレモンウォーターを口に含んだ。

 セミリオはうつむき、頭の片隅にあった最悪の予感が当たってしまったことの現実を受け止めようとしていた。

「父さんは……死んでたのね……」

「……ああ。俺のせいでな。恨むだろ、俺を」

 しかしセミリオは首を振って、少し、ほんの少しだけ微笑んだ。

「恨まないよ。あなたのせいじゃない。父さんはそうしたいって思ったからそうしたんだし、それであなたが助かったのは、父さんにとって最高の結果だと思う」

 それに、とセミリオはまた目を伏せた。

「なんとなく、なんとなくさ、思ってたんだ。父さん、もう生きてはいないんじゃないかって」

 カインは目線をカウンターに向けたまま小さく頷いた。

「そうか。それもつらかっただろうな」

「つらいよ。つらいし悲しいし悔しい。父さんはわたしが小さい頃出て行ったから全然覚えてないけど、少なくとも、そんなに追い回されたあげく殺されなきゃいけないような人じゃ絶対にないって思うから」

 もう空になったセミリオのグラスに涙が落ちた。

「そうだ。だから俺は奴らを追ってる。おやっさんをなぜ殺したか突き止め、そしてその償いをさせるためにな」

 そしてしばらくの沈黙。

 ぼんやりとした目標がはっきりと輪郭を持った。

 セミリオは思いをカインに告げる。

「カイン、わたしに力を貸して欲しいの。父さんを殺した奴らを追う。『復讐の天使団』がどういう奴らか知らない。でも、必ず追い詰めて父さんのこと問いつめてやる。父さんの目的はなんだったのか、なぜ殺されたのか知りたい。でもそれにはわたしだけの力じゃ無理だから、あなたの力が必要なの」

 カインはふぅっとため息をついた。

「お前さんの父親を殺したも同然の、しかも見ず知らずの俺にか?」

「うん。父さんが死んだのはあなたのせいじゃない。それに、あなたが信頼できるから、父さんはわたしのことを託したに決まってるよ」

「……ここまでの話が全部嘘で、俺がお前さんを騙してないって保証はないぜ?」

 カインはそう言ってジョッキを一気に傾けた。

「あなたの目は嘘言ってないよ」

 セミリオは軽く笑った。

「わたし、こう見えても人を見る目はあるつもりだよ」

「……」

「父さんが遺した言葉、『ガイア・ジュノスの名にかけて、セミリオを守ってくれ』。無駄にしないで」

 カインは大きく息をつき、セミリオにまっすぐ向き直った。

「分かった。じゃあ俺からも頼もう。セミリオ・ジュノス、俺に力を貸してくれ。俺は必ず奴らを追い詰めて、偉大な男を殺した代償を支払わせてやる」

「うん」

 そして二人は固い握手を交わした。そこにはもう強い絆が結ばれていた。

「じゃあセミリオ、儀式をしねえか?」

 カインがニヤリと笑う。

「あれね? もちろん! 話には聞いたことあるけど見るのもやるのも初めてよ」

「決まりだな。マスター、『赤い天使の眠り』を二つ頼む」

 カインはマスターに変わった名前の注文をする。マスターはうなずくと、カウンター裏にある樽からジョッキに赤い飲料を注ぎセミリオとカインの前に並べた。

「儀式のやり方は?」

「知ってるよ」

 荒野における変わった習慣の一つに、この契りの儀式がある。

 互いを無条件に信頼し、生きるも死ぬも共にあると誓うのだ。

 決まった文言を唱え、決まった動作で、決まった飲料を飲み干す。

 そうして儀式は完了する。

 先述のとおりセミリオは見るのも行うのも初めてだが、カインも行うのは初めてであった。

 それだけ、無条件に信頼できる相手など見つからず、またいたとしても生死を共にするには荒野は過酷すぎるのだ。

「これでもうわたしからは逃げられないよ」

「おっかねえ嬢ちゃんだな」

 ニヤリと笑うセミリオにカインもニヤついて見せる。

「離しゃしねえさ。もう、二度とな……」

 偉大な男を失った。しかし、目の前には託された希望。

 あの日からすでに、儀式をする必要などなかったのだ。

 

 そしてその日、セミリオとカインは遅くまで語り合った。

 今までのこと、これからのこと。自分のこと、ガイアのこと。復讐の天使団のこと、手がかりのこと。

 昨日初めて出会った二人だが、語り合いは長い時間を埋めるような、離れ離れだった日々を取り戻すようなものになった。

 実際そうなのだろう。

 セミリオはカインの向こうに父ガイアを感じていたし、カインもまたセミリオにガイアの面影を感じていたのだから。

 セミリオが酒場に入ったのは日が一番高い頃だったが、二人の語り合いが終わったのは日付が変わる直前だった。

 そうして二人はセミリオが寝かされていた宿に改めて部屋を取り、挨拶を交わして別々の部屋に引き上げた。

 熱いシャワーを浴び、髪が乾くまもなくベッドにセミリオは倒れ込む。

 色々なことがありすぎて疲れていた。

「さすがに疲れたなあ。でも」

 愛銃を手に取り眺める。

「見つけた。ううん、父さんが連れてってくれたんだよね。ありがとう、父さん」

 そっと銃をベッドサイドテーブルに置くと、セミリオは静かに寝息を立て始めた。

 

 やや冷たい風が頬を撫でるのを感じ、セミリオは目を覚ました。

 ベッドの中で陽を浴びながら昨日のことを思い出す。

 不安は確かにある。しかしそれよりも、これから父の足跡を辿ること、そしてそれを行う頼れる相棒ができたことに胸がいっぱいになる。

「……よしっ!」

 ベッドから起きるにはいささか過剰な気合を入れて、セミリオは起き上がった。明るい陽と爽やかな風が心地良い。

 身支度を整え一階の食堂に降りると、そこにはすでにカインがのんびりと座ってコーヒーを飲んでいた。

 セミリオの姿を認めた彼は、宿屋の主人に手を挙げて合図を送った。

「おはようカイン」

「ああ。お前さん、朝はしっかり取る派か? 何にせよ頼んでるからゆっくり食べるといいさ」

「ありがと。カインは? 食べないの?」

「とっくに食ったぜ。もうここを出るから色々準備が必要だったからな。じゃあ俺はちょっと出て来るぞ」

 カインはコーヒーを一息に飲み干すと、食事を運んできた女将と一言二言会話して外へ出ていった。

 わりあいにのんびりと食事を取り、女将と会話をしながらセミリオがミルクを飲んでいると、カインが戻ってきた。

「もう一泊していくか?」

 ニヤニヤしながらカインが聞く。

「なんで?」

「なに、お前さんがやけにのんびりしてると思ってな」

 セミリオもニヤッと笑ってそれに答えた。

「カインほどの腕利きが捉えられなかった獲物だもん。急いだってしょうがないよ」

「言ってくれるじゃねえか」

 軽口を叩き合う二人。

 まるで何年も死線をくぐってきたような信頼感がそこにはあった。

「で、まずどこに行くの? カイ」

「……カイってなんだ?」

「せっかく二人組(ツインズ)になったんだし愛称で呼んだほうがいいかと思って」

 セミリオはイタズラっぽく笑う。

「ンを取っただけじゃねえか、セミ」

「ヤだなあそれ」

 意趣返しだったのだろう。カインもニヤッと笑ってみせた。

「じゃあリオ、だな。あと俺はカインでいいからな?」

「はーい」 

 舌をペロッと出し、セミリオは笑った。

「で、改めてどこに行くの?」

「とりあえず色々情報も欲しいしな、あてのあるセントラルにまずは向かうか」


 セントラルエリア。この大陸で一番人も、物も、金も、科学も集まる所である。

 かつてこの大陸がなんと呼ばれていたか知る者はもういない。核戦争により、大陸が変形したことだけは分かっている。大陸はほぼひし形となり、生き残った者達はそれをさらに五つに区分けした。

 穏やかで緑が多く残るイーストエリア。

 荒地が多く、盗賊などが多いノースエリア。

 商業が盛んで、人が多く集まるウエストエリア。

 人口が最大で、かつての科学の姿を色濃く残すセントラルエリア。

 そして、謎に包まれているサウスエリア。

 これらはさらに五つに分けられている。

 イーストエリアを例に取るならば、最東のWイーストスクエア、北のイースト・ノーススクエア、中央部イースト・セントラルスクエア、西はイースト・ウエストスクエア、南側のイースト・サウススクエア、となっている。

 セミリオが産まれたのは、東の果て、Wイーストスクエアにある〈Blue・town〉だ。


「どうやって行くの? 列車?」

「バイクだ。もう外に停めてあるぞ」

「カインのバイクって二人乗りなの? すごい!」

「いや、借り物……と言うよりレンタルだ。それの返却も兼ねてのセントラル行きになる」

「レンタルかあ」

「……何を期待してたんだ?」

 雑談をしながら宿を出ると、目の前にはさして特徴のないエアーバイクが駐機されていた。

「なんかフツーだね」

「バッテリーの持ちがいいんだよ、これが一番な」

 言いながらカインがバイクに近づいたとき、横からなにやら男の野太い声に呼び止められた。

「あんた、カイン・ラステッドだな?」

 なにやら人相の悪い男達が15人ほど、ほどよい距離を置いてセミリオとカインを取り囲んだ。

「男とデートする趣味はねえんだがな」

 カインが一瞥すると、その軽口に付き合わず声をかけてきた男が紙を取り出し彼と見比べる。

「『カイン・ラステッド。通称『親切な悪魔』。ウエスト・ノーススクエアにおけるダレン・セルジュ氏の私設牢獄襲撃事件の首謀者。セルジュ氏、および近隣の二つの村と四つの町により賞金首登録。賞金2500万L』と、こうだ。間違いねえな?」

 下卑た笑みを浮かべる男。対してカインは鼻を鳴らした。

「んな高額賞金首になったってな初めて聞いたぜ。またとんでもねえ金額を付けたもんだ。ま、他はおおむねその通りだがな」

「やけにあっさり認めるじゃねえか。覚悟が出来てんのか?」

「何の覚悟だよ。お前ら賞金狩か?」

「いいや。俺達はウエストエリアの泣く子も黙る強盗団、『猫の尻尾』だ。あんたを殺せば名が上がるし、金も手に入るからな」

 なんとも古臭い見得を切って、得意そうに笑う男達はいかにも滑稽だった。

「んで、わざわざここまで追って来たってわけだ。ご苦労なこった」

 カインは大きくため息をつくとセミリオを下がらせた。カインと男の会話の間銃のグリップを握り臨戦態勢だったセミリオは、その扱いにいかにも不満そうにしていたが。

「その苦労が報われるのさ。神か悪魔にでも祈って死にな!」

『猫の尻尾』の銃が一斉に火を噴き、カインを蜂の巣にする。

 ……つもりだったのだろうが、カインは男達の銃弾の射線を見切り、かわし、左脇と腰に着けた大型の愛銃を抜きそれで弾いてみせた。

 そして間髪入れず両手の銃を乱射し、男達の両肩と両脚を的確に撃ち抜き戦闘力を奪っていく。

『親切な悪魔』の戦闘力は『猫の尻尾』など及びもつかなかった。

 数瞬の後、戦闘不能になりうめく男達の真ん中で、無傷のカインは呟いた。

「悪魔が神様に祈るかよ。これに懲りたら強盗団なんてやめるこったな。次来やがったら……殺すからな」

 最後の言葉に込めた、恐るべき殺気。

 離れて見ていたセミリオでさえも、背筋がゾッとするほど恐ろしいものであった。

「待たせたな、リオ」

 銃をしまいやってきたカインは、いつものようなニヤついた雰囲気に戻っていた。

「ちょっと時間食っちまったな」

「う、うん」

 やや言い淀むセミリオに、カインは軽く息をついた。

「なんだ? ビビっちまったのか?」

 セミリオは軽く頭を振る。

「ううん、ごめん。なんだかカインが少し……違う人に見えたから。もう大丈夫、だよ」

 カインは少し空を仰ぎ、それからセミリオの目をまっすぐに見つめた。

「こうでもなきゃ荒野じゃあ生き残れねえんだ。覚悟はできてるか? セミリオ」

 セミリオは目を瞑ると、大きく深呼吸してから目を開き、まっすぐにカインを見つめ返した。強く微笑みさえ浮かべて。

「大丈夫。もう恐れないよ」

「いい目だ。じゃあ、行くか」

 セミリオは腰のホルスターから愛銃を取り出すと、カインに向かってスライドを向けてみせた。

 それを受けカインも脇の銃を握り、スライドを打ち合わせる。

 カツン、と乾いた、それでいて澄んだ音が真っ青に晴れた空に響いた。


 こうして二人は、短くも長い二日間を過ごした『Dog・town』を後にするのだった。

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