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炎の子  作者: うたこ
1/1

~出会い①~


『ぼくは どうして うまれてきたの』


 小さな声がする。

 周りは漆黒の闇で何も見えない。

 いや,虚無の世界なのだろうか。


『どうして ぼくは』


 もう一度声が聞こえた。

 その声がする方に手を差し出す。

 すると,相手の手と思われるものに触れた。

 まだ,何も見えない。


「お前は,誰だ?」


 尋ねると,己の手を強く握ってきた。

 そして,気づく。


ー己の手が灼熱の炎で包まれていることに。


『ぼくは きみだ』



「----ッ!!」

 男が目を開けるとそこには見慣れた天井。

 そこに向かって伸ばしている手を見るといつもの自分の手があり,ゆっくりと息を吐きだす。どうやら,先ほどまでのは夢だったようだ。

「これで,何回目だよ…」

 小さなため息とともに,声を絞り出す。

 そして,体を起こし,顔に掛かる前髪を“夢の中で”燃えていた手でかき混ぜた。当然だが,熱くは無い。

(この夢を見たってことは…)

 ハッと部屋の外の気配に意識を向けると,慌ただしい足音や悲鳴が聞こえてくる。ぐっと眉間にしわを寄せて,男は剥ぎ取り,襖をガッと開けた。

「・・・っあのくそ親父っ!!」

 強く葉を食いしばり吐き捨てるように言う。目の前に広がる庭の奥の塀の向こうに見える光・・それは,

「また寝坊かよ。火消しの息子が呆れるぜ。」

 塀の上に座る金髪の男が鼻で笑いながら伝えてくる。その後ろには紅蓮の・・・

「でっけぇ火事だぜ。」



 


江戸は喧嘩と火事の町。

喧嘩と同様に日々火事が絶えなかった。

それゆえ,江戸には四十八組,千名ほどの火消しがおり,そのうちの『を組』の棟梁にあたるのが町田仁左衛門だった。

この話の主たる者は,

その男のたった一人の息子の話である。





ーーきゃーっ!!

ーー助けてー!!


 多くの悲鳴が聞こえる。

 巨大な炎から逃げ惑う大勢の町人たち。

 その人の波に反して走る二人の男がいた。一人は紅と黒の羽織を頭から被り,もう一人の頭は夜の中でも一際目立つ金髪だ。

「おいおい,大丈夫かよ辰五。おやっさんに許可なく火事場に出てきて。」

 金髪が目の前を歩く羽織を被った男に問う。その男は後ろを見向きもせず,火事場の方に向かいながら「うるせぇ。」と返す。その態度に苛つきながらさらに声を上げる。

「いやいやいや,お前がいるとやべぇだろ。体質(・・)のこともあるしよ。」

「・・・。」

「おいっ無視かよ!っいってぇ!」

 前を歩いていた羽織を被った男・・・辰五が急に止まったため,背中に顔面をぶつけた金髪の男。「急にとまるんじゃねょっ」と言いながら肩越しに前を覗き込んだ。

 そして,飛び込んできた光景に目を丸くして驚く。

 そこには,炎の渦から家を守るように少女が立っていた。

 2人が同時に走り出す。しかし,炎の渦の足の方が速い。

「逃げろっ危ねぇぞ!」

 辰五がそう言っても,少女は退かない。唇をぎゅっと結び,炎を睨みつける。

(なぜ逃げない!)

 辰五がそう思っていると,金髪が「見ろっ」と家の中の方を指をさす。そこにいたのは・・・身重の女性。臨月なのだろうか。腹が大きく,走れそうではない。

(あの娘の,母親かっ!!)

 辰五はぐっと立ち止まり,金髪に向かって叫ぶ。

「あの親子はお前が助けろ,炎は・・・俺がなんとかする。」

「炎に突っ込めってっ!?死んだら恨むぞっ」

 そう言いながら,全く足を止めない。それどころか,加速している。ついには,炎に追いつき横並びになる。少女と炎の間が一丈(約三m)になり,ぎゅっと目を瞑ったときどこからか静かな声が聞こえてくる。


「鬼さんこちら,手の鳴る方へ・・・」


 はっと目を開けるとその先には長い黒髪を一つに束ね,羽織を肩にかけた長身の男がいた。切れ長の目は静かに炎を見据えている。

 その眼の色は・・・真紅。

 と,そこまで見た後に気づく。

ーー熱くない・・・?

「伏せろ!」

「っ!?」

 その声と同時に誰かの体に庇われるように覆われる。目の前には金。その肩の向こうでは炎が・・・止まっていた。

「何処向いてんだよ,(てめぇ)。俺は此方(こっち)だぜ?」

 そういって,辰五が少女の反対側に走り出す。すると,先刻まで少女に向かっていた炎がそれに従うようにその後を追い出す。まるで,炎自体に意思があるようだ。辰五はさらに走る。人がいない方へと。そして,ある人物がいる場所へと。炎があと少しで辰五を捉えると思ったそのとき,


『この,馬鹿息子がっ!!』


 地響きのような,低く咆哮(ほうこう)する声が響き渡った。そして,頭上からぎしぎし・・・と建物が軋む音が聞こえ,辰五の目の前の家が崩れる始める。

「っ!」

 炎を家の瓦礫が掻き消す直前に進行方向を変え,横に体を転がり避けた。轟音とともに凄まじい砂埃が舞い上がる。と共に,辰五の足に激痛が走った。瓦礫が足の上に襲いかかったのだ。炎を纏う瓦礫の熱さと,重さに気が遠くなったとき,かすかに声が聞こえた。

『気をしっかり持つんや!』

 それは,聞いたことのない方言を使う少女の声だった。

 その言葉を最後に,辰五の意識を閉ざした。





『おはようさん。』

 辰五が次に目を覚ました時に視界に入ってきた顔はなんとも気の抜けた笑顔だった。見知らぬ少女の笑顔が至近距離にあることにに常は冷静な辰五も冷静を失った様子で目を見開き、体を勢いよく起こした。と同時に、体中に襲う激痛に耐え切れず、もう一度敷布団に崩れ落ちた。その様子を見ていた少女は大口を開けてケラケラと笑う。

「お兄さん、びっくりしすぎやで!」

「うるっせぇなっ!ーーっ!」

 「だれだてめぇ」の声は出なかった。少女が笑顔で辰五の足を叩いたからだ。

「あかんで、叫んだら傷に障る。私の名前は兎姫(あき)。兎と姫で“あき”や。」

 その少女は、右手の人差し指を辰五に向けて「しかも、あんたとは一回会ってるで?」と言った後、自分の顔を指さし小首をかしげた。

「一回・・・?会ったことが・・・?」

 じっと兎姫の方を見つめる辰五。

 緑の髪の色、薄桃色の瞳・・・瞳。炎を強く睨みつけていた・・・そこまで考えて一人の少女を思い出した辰五は、にんまりと笑うその顔を指さした。

「あの、ちっとも逃げなかった餓鬼か。」

「レディーに“餓鬼”はあんまりやわ。あんたさん、女子と付き合ったことないやろ。」

 笑顔を仏頂面に変えて腕を組んだ兎姫は、「でも・・・」と笑顔に戻りその後がばりと頭を下げた。

「辰五さんのおかげで、この命助かったわ。ありがとう。」

「あぁ、まぁ・・・って礼を言うために俺が起きるのを待ってたのかよ?」

 気恥ずかしさから頬を搔きながらそう言うと、パンっと部屋の障子が開いた。そこには、一人の女性がいた。山吹色の着物を着た美しい黒髪の丸髷の女性である。その顔を見た辰五の顔が少し歪む。

「何いってるの、辰五。この子はあなたの足を治療してくれたのよ。」

 「ねえ、兎姫ちゃん?」と言いながら辰五の布団の傍らに座る女性。兎姫は笑顔で「櫛名さん!」と応える。辰五は自らの母、櫛名から顔を背けて兎姫の顔を見ながら指さす。

「治療?この餓鬼が?」

 「あ、また餓鬼って!」と兎姫が言う前に、ぺしんと櫛名が辰五の頭を叩く。「いってぇ」と呻くと、左手を組み右手の指を立てながら「言っていいことと、悪いことがありますよ!」と言った。

「それに、その子は幼い子供ではありません。立派な医者です。あなたのその足の怪我もしっかりと治療してくれました。」

「と、とんでもない、医者なんて・・・まだまだです。」

 顔を真っ赤にさせて両手を振りながら兎姫の頭に櫛名は手を伸ばし、そっと撫でた。

「何を言いますか。あなたの腕は確かです。」

 その笑顔に嘘はない。兎姫は目を見開き、そして俯きながらきゅっと両手で櫛名の手をに握った。その様子を傍目に辰五が頭を掻いていると、櫛名が瞳を輝かせ辰五を見た。にっこりとした笑顔に辰五は嫌な予感がして仕方がなかった。

「そうだわ、辰五!お礼に江戸を案内してあげなさい!」

 辰五の肩がかっくりと落ちる。母の言葉に振り回されるのはこれで初めてではないからだ。そこで驚いたのは兎姫である。座ったままぴょんっと飛び跳ねて口を開いた。

「いえっそんな!辰五さんの足もまだ治ってへんし・・・」

 辰五の足を指さしながら言う兎姫に櫛名は「ふふふっ」と笑みを深める。その笑顔はまるで花が綻ぶようで、兎姫はつい見惚れてしまった。そんな二人の様子をじとっとした目で見ていた辰五は大きなため息を吐き出した。

「いや、まあ・・・足は・・・昼まで待ってくれたら・・・」

「えっどういうことや?」

 煮え切らない様子で言う辰五の言葉に驚き、混乱した兎姫。櫛名は二人の肩をポンッと叩いていった。

「その時が来たらわかるわよ!それまで兎姫ちゃんもゆっくりしておきなさい。疲れたでしょう。」

 その櫛名の笑顔に部屋には「は、はあ。」という兎姫の困惑した声と、辰五のさらに大きなため息が響き渡った。




ー大変だ大変だ!昨晩日本橋のあたりででっけぇ火事があったんだってよ!

ー怖いねぇ。

ー最近多くないかい?

 辰五の屋敷の表門のところで待っている兎姫の耳に町の人たちの声が聞こえる。昨晩の火事のことが話題に上がっているらしい。

(江戸の人はうわさ話が好きなんやな~。)

 門の柱に背中を預けながら片足をぷらぷらさせていると、後ろから足音が聞こえてきた。後ろへ振り向きながら「無理せんでえぇよ。足きついやろ。」と言おうとしてぐっと詰まった。辰五の足を凝視して指さしながら固まっていると、怪訝そうな顔で「なんだよ。」と言ってくる。その声にはっとして兎姫が叫んだ。

「『なんだよ』・・やないやろ!お前さんの足骨折してたやんか!なんで昨日の今日で治ってんねん!」

「うるせぇな。昔からなんだよ。他人より傷の治りが速ぇの。」

 うんざりとした様子で辰五が返事する。そう。この辰五という男は幼いころから他人の何倍も速く、病気一つもしないという体質なのである。しかし、そのことを知らない兎姫はその辰五の言葉に傷が治った足をじーっと見ていた。気の短い辰五はそんな兎姫を無視して、スタスタと歩き出した。

「ちょっ待たんかい!もっと詳しく聞かせて!」

「俺は腹が減ってんだよ。飯食うぞ。」

 後ろから食い下がるように言う兎姫を後目にずんずんと歩いていく辰五。その死の様子は前日に大けがを負ったものとは思えないものだった。

「辰五ー、今日は寄ってかないのかい?」

「あー、またな。」

「昨晩の火事は怖かったねー。辰五ちゃんは大丈夫だったかい?」

「大丈夫だよ、ばぁちゃんも火の元には気ぃつけろよ。」

 江戸の町の人たちから次々と声をかけられる辰五。仏頂面を少し崩しながら返事をするその姿からこの光景は日常的なものだろう。

「ありゃ、あんた、辰五の女かい?」

 ぼーっと辰五の後ろをついて言っていると、一人の男に声をかけられた。

(女?)

 兎姫がそう思って周りを見渡すが、男の指さす先には自分しかいない。しばらく考え、激しく勘違いをされていることに気づき、飛び跳ねた。

「ちゃう、ちゃうで、おっちゃん!私はそんなんちゃう!」

「そうだぜ、おっちゃん。俺はもっと胸がある女子が好みだ。」

 激しく否定していた兎姫を援護するように言う辰五。その言葉に指さしていた男はポンと手を打ち「確かに!」と返す。兎姫はその男をひと睨みし、その後辰五を指さしながら言った。

「うちかて、こんな仏頂面の男は眼中にないわ!」

 すると、「ははは、仲いいねー。ところで、姉ちゃん、置いてかれてるよ?」と笑い飛ばしながら返事をされ、ふと振り返ると辰五の姿が遠くにあることに気が付いた。「ちょっ、待ちぃや!」と走り出すとまた周りの人たちが「やっぱり仲良いねー!」と囃し立てる。今日も江戸は活気に満ちている。


 しかし、その裏通りでは・・・

『あやつが・・木を司る、神宿り(かみやどり)』

 不穏な気配を放つ者が家の陰に隠れて二人を見ていた。


「いや・・・あの・・・まさかのみたらし団子かいっ!」

 とある甘味屋で兎姫の悲鳴が響き渡った。辰五と兎姫の間には美味しそうなみたらし団子が山盛りに。確かに食べたら腹は膨れそうだが、昼飯と聞いてこれを想像する者は何処にもいないであろう。

「いちいちうるせぇな。ここの団子がうめぇんだよ。」

 しかし、隣で座っている辰五は何食わぬ顔で(しかも、心なしか嬉しそうな顔で)黙々と食べている。

「いや、まあ、めっちゃ美味しそうやけど、でも昼ごはんっていう感じでは・・・っうぐっ」

 不満を辰五にぶつけていると、「黙って食え。」とその口に団子を一本突っ込まれる。そうなると、兎姫は黙ってもぐもぐと食べるしかない。最初は不満げな顔だったが、その絶妙な甘さとモチモチとした食感にみるみる目が輝きだし、口角がぐっと上がり出す。そして、ごっくんと団子を飲み込むと頬にみたらしをつけたまま、「うっまぁ!」と叫んだ。

「めっちゃうまいやん!なんやこれっ!」

 兎姫がニコニコしながら次の串をつかみ、がつがつと食べていると、「そうだろ。」と辰五が顔を近づけてきた。

「この団子は感触がモチモチでみたらしも甘くて美味いんだよ!」

 まるで童のように興奮気味に言ってくる辰五にしばらく固まっていた兎姫だが、ぷっと吹き出した。そして、満面の笑顔で

「あんさん、甘いもん大好きなんやね!」

 と言った。途端、辰五は顔を赤く染め、「別に、そういうわけじゃ・・」とばつが悪そうにそっぽを向く。

 兎姫が(照れんでもええのに)と思いながらまた団子を食べていると、二人の間にそっとお茶が置かれた。

「そうなのよ。昔っからここの常連さんなの。」

 そういう女の人は別嬪という言葉では足りないほどの美女だった。淡い水色の生地に桜が描かれた着物に身を包み、白い腰掛を着けている。盆を胸のあたりで両手に持っている姿はたくましい中に可憐さがある。周りの男の客が目を輝かせてその姿を見ているところからすると、ここの茶屋の看板娘と言ったところであろう。

「うるせぇよ、愛巳(まなみ)!余計な事言ってんじゃねぇ!」

 睨みつけながら辰五が言うと、胸にあった両手を腰に当て心外だというばかりに「なによ。」と言う。

「本当のことでしょう?ほとんど毎日来てるじゃない。甘いもの好きにもほどがあるわよ。」

 ぷんっとそっぽを向いて言う姿も可憐で、周りから「かわいいね!」と声が上がる。どの男の人も団子よりも愛巳を目当てに来ているらしい。そう、兎姫が納得していると、ふと「そうだ。そうだ。」と前方から声が聞こえた。愛巳から視線をそちらに移すと、そこには金髪の男がいた。

「どんだけ来てんだよ、てめぇ。」

 辰五の方を指さしながら言う男。それに辰五が嫌そうに顔を歪めて返す。

「あ?なんでてめぇがここにいるんだ、虎。」

 「虎?」と兎姫が首を傾げると、愛巳が「虎乃丞っていう名前なの。」と応えてくれる。

「俺はただ、愛しの愛巳ちゃんに、愛に来てるだけだよばーか。」

 「なぁ、愛巳ちゃーん?」と鼻の下を伸ばしながら言う虎乃丞。「あら。嬉しいこと言ってくれるじゃない?」と返事をしながら、肩を叩く愛巳の様子から見ると、この光景は日常茶飯事なのだろう。

(うーん。なんかこの人、見たことあるような・・・)

 虎乃丞を見ながら兎姫が考えていると、はっと思い出した。

「あ、あんたはあのときの!」

 指さしながら兎姫が言うと、片眉を上げて「お?」と虎乃丞が顔を見る。そして、指をパチンと鳴らして言った。

「お前、あのときの嬢ちゃんじゃねぇの、どうしてここにいるんだ。」

 昨晩助けたあの少女なぜこんな不愛想男と一緒にいるのか不思議でならず、そう問うと兎姫はにっこりと「辰五さんの、お昼ご飯ごちそうになっているんです!」と答えた。すると、辰乃丞の明るかった顔が呆れ顔に変わり、辰五の方に向けられる。

「げ、昼飯に団子かよ、どんだけ趣味悪ぃんだよ。辰五。」

 その非難たっぷりの視線にばつが悪くなった辰五は、「うっせぇ。」と次の団子に嚙みついた。その様子を見守っていた愛巳はふと疑問に思ったことを口にした。

「あのときってなぁに?」

 すると、辰乃丞は「あぁ。」と返事をし、説明を始める。

「昨日の火事の時だよ。こいつが火で焼かれそうになったところを助けたんだ。」

「ほんまに、あのときはありがとうございます!私、兎姫と言います!」

 元気に、頭を下げながら言う兎姫を見て目を細め、「とんでもねぇ。無事でよかったぜ。」と応えた虎乃丞。微笑ましい光景をにっこりと見守っていた愛巳だが、ふと真剣な顔になり「そういえば・・・」と話を切り出した。

「昨日の火事は中々大規模だったわね。」

 その言葉に今まで黙々とみたらし団子を食べていた辰五がぴくりと反応する。そして、口元を親指で拭い、「あぁ。」と応えた。

「最近続いている上に、あの規模となると・・・」

 そう言って考え込む辰五を尻目に、兎姫はふと疑問に思ったことを口にした。

「そんなに、江戸は火事が多いん?」

 すると愛巳は、人差し指を立てて、兎姫に「そうよ。江戸は喧嘩と火事の町と言われるほど火事が多いのよ。」と説明する。そして、ふと

「兎姫ちゃん、江戸っ子じゃないの?」

 江戸っ子だったら当たり前にわかることを尋ねてきた兎姫に対してふと疑問に感じたのだ。当然ほかの二人の目線も兎姫に集中し、気まずそうに「あー…」と言ったその時、若い女性が入ってきた。その腕の中には赤子がいる。辰五と虎乃丞は驚いた。その女性はあの火事のとき、兎姫が庇っていた人だからだ。空いている席を探している女性の目がこちらを向き、見開いた。そして小走りで来て口を開く。

「あのときのお嬢ちゃん!」

 笑顔で、兎姫に声をかける女性。それに驚いた兎姫は、「あのときの!あのあと大丈夫でしたか?」と立ち上がりながら問う。

「えぇ。この通り。娘も元気に生まれました。」

 「お嬢さんのおかげです。」と嬉しそうに伝える伝える女性の赤ちゃんを見て、兎姫もとてもうれしそうである。その一方で、男二人は驚いていた。それはもう驚いていた。それもそのはず。二人はたった今までこの女性を兎姫の母だと思っていたからである。しかし、愛巳の咳払いで虎乃丞は気を取り戻し、「ちょちょちょっと待て!」と声をかけた。

「へ?」

 首を傾げる兎姫の肩を勢いとくつかみ、女性に聞こえない程度の声で話をつづけた。

「二人は親子じゃねぇのか?」

 その言葉に固まりながら「へ?」ともう一度首を傾げる兎姫。「は?」と虎乃丞。そしてもう一度振り返り、赤子を抱く女性を見て、兎姫を見て目を見開き、絶叫した。

「はぁああ!?」

 その声は店の前まで響き渡った。


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