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三日目(3)~クレーシア~

 殺意はなく、アユは戦う。


 殺意なしには、クレアは戦えない。


 その差は些細な心の動き。

 しかし、その差は差であり、差でしかない。

 

 「……うふふ、面白いわね?」

 「面白くなんかないわよ、殺し合いなんて」


 一合、二合。何度も刀と腕が歪に変化した武器とが斬り合い、拮抗し、ぶつかり合った。

 互いに剣を交えながら、クレアは思う。


 つらい。こんな戦い、早く終わらせたい。

 

 戦えば戦うほど、この子が人間に見えてくる。

 アユには意思があって、他のアンデッド達ちは違って攻撃方法が多彩だ。それは戦闘面だけではなく、クレアの精神面さえもちくちくとつつく。


 その心の痛みは、弱さだった。その弱さはたとえ素人でも気付くような致命的過ぎる隙になり、クレアは劣勢を強いられる。


 しかし、アユはその明確な隙をつこうとはしないのだ。

 そのあからさまな隙に罠を感じて避けているのではなく、長く戦闘を楽しみたいがために、あえて見逃しているのである。

 

 つまり、殺してやろう、という明確な意思がアユには欠落しているのである。


 その差は、クレアの隙と相まって、二人の戦闘を互角にしていた。

 もしクレアが万全であったなら、戦闘開始と同時にアユは二つに分かれているのである。

 だから、人間みたいなアンデッドに攻撃しにくいクレアと、絶好の機会をあえて逃すアユとの戦闘がとてつもなく長引くことになるのは、もはや明白過ぎることだった。


 「……神速抜刀」


 キン!


 金属と金属質の何かがぶつかる音。


 まるで当たり前のようにクレアの居合斬りを受けるアユに、クレアの戦意は殺がれつつあった。

 クレアの全ての武器を使いこなす能力、『ユージュアクション』。その全力を使って放つ光速の居合、それが『神速抜刀』。

 

 いうなればクレアの必殺技。それをアユは何度も何度もうけきって、身体には傷一つ通していない。

 

 対してアユの攻撃は児戯にも等しく、ただ手の刃物のようになった腕を振り回すだけ。

 その一撃を避けようとしても避けれないという状況も、クレアをより一層平静でなくす原因となっていた。

 

 よく、達人は素人の攻撃をよけにくい、というがクレアの場合はそれすらも該当しない。

 クレアはただ武器をうまく使いこなしているだけで、武術の達人と言うわけではないのだ。

 だから、アユの攻撃がよけられないのは完全にクレア自身の未熟さ故、なのだ。


 やっきになって攻撃するのも仕方がない、と言えよう。


 「……!死ね、死ね!皮をかぶった化物め!」


 幼少、つまりクレーシアだった時のように、口汚く罵って拳銃を放つクレアだったが、銃弾は全て防がれる。

 

 「あなた、結構弱いんじゃない?」

 もし、アユが男だったらここで勝負が決していただろう。心の底から本気になったクレアに殺されているからだ。

 

 しかし、アユは女で、クレアもまだ心を鬼にしきれていない。いくらクレーシアを名乗り、殺すと言ってもクレアはクレアなのだ。


 長い間普通の戦闘のない世界に身を置いて、優しくなった。

 いい変化のはずが、ここではマイナスに作用している。

 ここで、クレアは後悔するのだ。


 ―――ああ、なんで、なんで私は―――


 弱くなったのだろう。と。


 「殺し合いでしょ、クレーシア?じゃあ、殺してよ。クレーシアからは殺そう、って気持ちがちっとも伝わってこないよ?」


 アユの言葉に、目を見開く。

 自分では限界の、最大級の殺気を放っているつもりだったのだ。

 それが、まるで伝わっていない。

 

 こんなこと、今までなかった。

 絶望にも近い感情を、クレアは抱いた。

 負ける。

 

 心から、クレアはそう思った。

 そう、敗北し、死ぬ。

 本気で、一切の感情よりも先に、そう思った。


 「私が、……死ぬ?」


 つぶやきは、二人に聞こえた。

 「ええ、そう。あなたはもう死ぬの。つまらないわ。殺気も大したことのない人、相手にしてもつまらない。……ユノ。おなかすいたよ。食べさせて?」


 ついに、アユはクレアに対する興味を失った。

 ユノに、危険が迫る。

 

 クレアは、死を覚悟する。


 そして、クレアの中で、歯車がかみ合った。







 ―――死ぬ?誰が?

 私?

 ――なんで?

 殺される。

 こんなところで?

 いや。いやいやいや!

 

 何のために今まで生き残ってきたの?

 あの時、死のうと思えばいつでも死ねた。それを選択しなかったのは、なぜ?

 生きたいからでしょ?

 

 だから、私は身体も心もあの男にささげて、命を守ったんじゃない。

 殺して、犯されて、それさえも悦んだ振りして。

 

 なのに、今死ぬの?こんな、なんでもないやつに?

 しかも、私の友達の、ユノを殺そうとして―――!

 

 殺さなきゃ。ああ、そうだ。何をふ抜けてたんだ、私。

 名乗ったじゃない。クレーシアだ、って。


 私は覚悟が足りなかったんだ。

 殺す覚悟が、全然、全然全然足りなかったんだ。


 感情を殺す程度じゃ全然足りなかったんだ。全てを殺さなきゃ。心を殺さなきゃ。何も感じちゃだめだったんだ。

 

 じゃあ、もう一度、覚悟しよう。もう罪とかユノにどう思われるかとかどうでもいい。

 私は今一度、本当の意味でクレーシアに戻ろう。


 何かを殺すためだけに存在する、キリングマシーンに、もう一度。

 よし、もしユノを守れなかったら死のう。そう誓えば、私はどこまでも強くなれる。


 さあ、殺そう。私を守るために。

 ユノを守るために。


 愚者クレーシアの名において、全てを殺し、私は私を護衛する―――!


 

 

 クレアの心の火が消えた。





 ドン。

 

 と、ユノを食べようと手を伸ばしていたアユは、その音がどこからしたのかが、わからなかった。

 殺気はなかった。何かをする音もなかった。動く気配すらなかった。


 けれど、アユは誰かに何か(・・・・・)をされて、腕を吹き飛ばされた。

 アユはすぐに腕を復元し、手を歪な刀の形にする。

 

 「……あなた、かしら?」

 クレアに汗ジトの表情で訊く。


 クレアは何の音もさせずに拳銃の撃鉄をあげ、何の気配もなしにアユに照準を当て、何の殺気も出さずに引き金を引いた。


 目はアユを見据えている。しかし、そこには何の感情も見られない。

 「愚者クレーシアの名において、あなたを殺す」

 さっきと同じ宣言。しかし、意味はまるで違った。


 完全な、立ち返り。端的に言えば、幼児退行。

 しかし、クレアの幼児期は、血と、血と血と血と血と血と血と血しかなかった。

 だから、心はない。意味もない。感傷もなければ感情もない。

 ただ、アユという存在を殺すためだけに存在する、殺人鬼。


 それが、クレーシア。


 「っく……!」

 すさまじいスピードでがむしゃらに手の刀を振り回す。

 クレアがコートから取り出したナイフで、その軌道は簡単に変えられた。

 そして、一振りに全力をこめて振っていた刀をかわされて、アユはよろける。

 

 今までのクレアなら、ここで一瞬、ためらった。

 しかし、ここにいるのはクレーシア。ただの殺人機械だった。


 まるでためらいもせずに、そのがらがらに空いた胴に、神速の速さで大ぶりな太刀、『物干し竿』を振り切り、一瞬のうちにアユの身体は二分された。


 「あ……あああ!?」


 アユはまだ、意識を損失しなかった。アンデッドは頭をやられて初めて沈黙するのだ。胴を斬られた程度では、死なない。


 クレアは無表情に、無骨な拳銃をアユの頭に突きつける。

 「ま、待ってよ!ね、ねえ!わ、私ユノの姉なんだよ?さ、さっきはちょっとした冗談さ。姉妹のコミュニケーションだよ。……ね?だ、だからさ。助けて?お、お願い、まだ死にたくないの……お願い……ユノを、見ていたいの。私の願いはそれだけ、それだけなの」

 

 バン!


 釈明、命乞いまるで聞き入れず、蚊を殺すような自然さで、クレアは引き金を引いた。

 今、アユ・フォーリナーは確実に、あらゆる意味で死んだ。


 「……あ、わ、私……」


 そこで初めて、クレーシアはクレアに戻った。

 「……ああ、そうか。殺したんだ」

 アユを殺した、と今現在のクレアが知っても、まるで動揺しない。

 

 「……さ、ちょっと手間取ったわね。行きましょうか、ユノ」

 そうクレアはユノに向かって手を差し伸べた。……しかし。


 「……い、いや……」

 ユノは。

 「いや、いやあああああああああああ!!あ、アユ?アユ!アユ!」


 ユノは、クレアを受け入れなかった。

 確かに、少し前までは化物のアユだった。

 しかし、最後の最後にアユはもとに戻ったのである。

 

 それをまるで無視し、クレアは殺した。


 「なんで……!なんで殺したの!?ちゃんと、最後に助けてっていったじゃない!許して、っていったじゃない!なんで助けてあげなかったの!?」

 ユノはアユの死体を抱いて、泣きわめく。

 

 「……」

 

 アユの命を奪ったクレアに、何かを言えるはずもなかった。

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