第一世界一日目(1)~初めての異世界~
さて、今回からクレアは本格的に旅人に。初めての世界、彼女は一体どんな世界に行くのでしょう?平和な世界だといいですね……
朝。クレアは早くに起きて出発を決めた。決めたと同時に覚えた印を自分の部屋の扉に結び始める。
印を結ぶ。それはそう多い印ではない。
一、二、三、四。たった四つの印を結ぶだけで、目の前の扉は世界を出ることができる扉に変わる。
出るだけなら、それを開けるだけでできる。しかし、その先で生き残れることができるかどうかは……
クレア次第である。
「……行ってきます」
そう言って、クレア扉を開けた。するとそこには。
黒い、チェック模様の床が在った。壁もなにも遮蔽物のない、ただただ広い空間が、そこにはあった。どこからどういう原理なのか不明だが、どこにも照明らしきものはないというのにその空間は昼間のように明るかった。
遮蔽物がない……いや、あるにはある。だが、それを遮蔽物と呼んでいいのかは、甚だ疑問だった。
なぜなら、その無数にある遮蔽物のようなものはみな例外なく、扉だったからだ。
無造作に、ただ点々と、無数に扉が屹立している。それは不思議な光景なようでいて、とても自然な光景のようにも、思えた。
「……うわあ……」
クレアは一瞬で、世界の広さに虜になった。扉の数だけ、世界がある。彼女の父親が数万年も旅を止めなかった理由が、そこには当たり前のようにあった。
広い、圧倒的に広い。
「あ、うわあ……」
この場にあるのは扉だけだ。……しかし、その意味を知る人間が見れば、ここは宝の山なのだ。
どこへ行っても知らない世界。どこに行こうが知らない世界。
もう戻っては来られない。
けれど、クレアにはもう故郷のことなんてどうでもよかった。今、クレアの目に入っているのは広大で壮大な世界のはざまだけ。そしてそこに内包される自分の知らない世界だけだった。
「ど、どこにしよう?」
そうクレアが迷うのは一瞬、自分の故郷に一番近かった世界の扉に手をかけると、一瞬もためらわず、昨日まで迷っていたことがまるで嘘であったかのようにあっさりと、扉を開き、世界に入った。
――――この瞬間、クレア・ペンタグラムは異世界を渡る旅人となった。
しかし、彼女は忘れていた。自分が一体、どんな人間だったのか、ということを。
どこにでもある、世界があった。
どこにでもあるありふれた、一つの世界があった。
万人に知られる歴史を持ち、
世界の中にいくつも国があり、
それぞれの国は独自に進化していて、
そうそう、広くない、
世界があった。
その世界の片方では捨てるほどの食糧があり、片方では明日食べる物すらない、そんな格差のある、どこにでもある世界だった。
しかし、それがどこにでもなくなって、特殊な世界になったのは、些細な出来事だった。
まずは一人だった。
次に二人になった。
二人は四人に、四人は八人に、八人は十六人に、十六人は三十六人に、三十六人は六十四人になって、そして一か月もしないうちに、一つの街になった。
そして街は国になり、そして。
いまや世界に、なろうとしていた。
クレアが期待に胸ふくらませて扉を開けると、そこには荒野が広がっていた。
「……?」
目の前の光景はまるで何もないのになぜここに来たのだろう、お父さんの話ではたいてい街に出るのではなかったのか、という疑問が彼女の中で起こった。
枯れ果てた木が数本、何かの残骸がいくつか、それが彼女の目の前に広がる光景の全てだった。
「……何よこれ?」
疑問を内包したまま、彼女は周りを見渡す。
なるほど、クレアが今入ってきたのは確かに壁だった。
しかし、それはもはや壁とは言えない状態、つまりただ荒野を彩るオブジェと化した民家の壁だった。
「……どういうこと?」
彼女の疑問は当然だった。しかし、彼女の疑問は自身の出現場所についてのものではない。
なぜ、荒野の真ん中に民家もどきが存在するのか、それが彼女の抱いた疑問だった。
一瞬悩む様子を見せたクレアは、コートの中から『研究手帳』と書かれた手帳を取り出し、びっしりと書かれた手帳の一番新しいページをめくり、すさまじい早さで思ったことを書きとめていく。
研究好きな彼女は常日頃思ったことや、考えた結果を『研究』と称し『研究手帳』に書きとめている。いつから書いているのかその量は膨大で、今彼女が開いているページを一つ前に繰れば、些細な事象さえもを彼女なりの解釈を加え、事細かに記してある。
彼女の手帳には、こう記されていく。
『新しい世界についての考察。
一面を荒野が支配する世界、この世界を便宜的に『第一世界』と名づける。第一世界はもとよりこの荒野ではなく、何かしらの事象が原因でこの状態になったと推測される。世界の入り口が荒野に佇む一つの廃墟だったとこから、この推測は有力だと判断する。
現段階ではそれ以上はわからないが、現地民の話を聞けば判明するかもしれない。世界の扉を開くには印と他に『肉体的精神的、どちらかが安心した状態でないと行えない』という制約があるため、現段階で世界のはざまに帰ることは不可能。一応、自分が納得する限りでの解決を試みたい』
そう書くと、クレアは手帳を再びコートにしまった。
「……さて、何かあればいいけれど……」
そう、クレアがつぶやいた時だ。
「~~~~~~!!!」
聞き慣れない悲鳴が、クレアの耳に届いた。
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