~永遠に続く旅路=クレア・ペンタグラムの日記帳~
……あれから、幾百の時が流れた。
「……で、明日はどこまで行くの?てか、一体いつになったら次の国に着くのよ?」
「うーん、地図だとそろそろなんだけどなあ……」
「だまされたのよ、ルウは。ほんと、お人好しなんだから……」
私は今、家族みんなで旅をしている。
ミリアお姉ちゃんとか、ララお姉ちゃんとか、コトリお姉ちゃんとかの、知ってる人たちが固まって、ずっと旅をし続けている。
今日もテントを張って、いつものようキャンプしている。
「………なあ、次の国は安全なんだろうな?」
ルネスがおっかなびっくりで訊いた。
まあ、前回の国はひどかった。いきなり旅人である私たちに襲いかかって来たんだから。
どうも、あの国は旅人を殺して物を奪う以外に生きる道がないようだった。
作物も家畜もいなかったから。
まあ、こっちは誰一人欠けていないのだから、あと二年もすれば語り草にはなるだろう。
「はあ、あんたビビりすぎ。サクラ守るんでしょ?」
「お、おうよ!」
まだまだ子供なところはあるけれど、十分ルネスは旅人らしくなってきた。
「……お父さん、私ちょっと景色見てくるね」
「うん。わかったよ」
私はお父さんに一言言うと、さっき偵察の時に見つけた小高い丘のところまで来た。
「…………」
星屑がちりばめられた空に、漆黒に染まった地面。
今、この世界には星しかないかのような印象すら受けるぐらい、星たちの存在感は圧倒的だった。
少し前なら、私は死をここで考えたかも知れない。
でも、今の私は、考えない。
ユノ、キア、沙耶。
一人では、誰一人救えなかった。
でも、みんななら、何人でも救うことができた。
「……クレア、さん?」
「あら、サヤ、どうしたの?」
私に話しかけてきたのは、ある街で私たちが拾った女の子。まだ十歳ほどだが、いつか一人で生きていけるように、私はこの子にいろいろと教えている。
この子はもともと、サヤという名前だった。助けたあとに名前を聞いて、本当に偶然かどうか疑ったぐらい。
「……サヤは、死にたいって思ったことある?」
サヤはふるふると首を振る。……まあ、そうだろう。
「私はある。……誰一人救えないことが悔しくて、悲しくて、もう何もかもがどうでもよくなって、敵に向けるはずの拳銃を、自分に向けたこともあった。……撃たなかったけどね」
「え……く、クレアさんが?」
「そう、私がよ」
普段冷静にしているからこんな反応が帰ってくるのだろうが、そんなに私が死を選びそうになったことが意外なのだろうか?
「……だって、クレアさんはいつも笑ってて、幸せそうです。……それなのに、自殺しようなんて……」
「……私がいつも、笑ってる?」
そんなわけない。私は笑っているつもりなんて、笑った記憶なんて、まだないんだ。
「……気付いて、ないんですか?いつも、ルウさんやサラさん、さっきルネスさんと話してるときだって……ほんのりと、でもたしかに、笑ってました」
……それは、……それは……。
「……そうなの」
よく考えたら、特に否定する必要も、ないわね。
私は私なんだ。私が私を枠にはめてどうする。
私が笑っているのも、悪いというわけじゃないだろう。
「……サヤ、星はきれいね」
「ええ」
「こんなきれいなものが見れるから、私は旅してるの」
本当は、厳密に言えば違うのかも知れない。でも、今はこの景色を見るために旅をしていると言ったところで、間違いではない気がした。
「私は、生きるためにルウさんと一緒にいます。……でも、こんな景色が見られることや、クレアさんや、ミリアさんみたいないいお姉さんがいるからでも、あります」
「……そう」
この子は私たちが助けないと死んでいた。
この子には私たちのように特殊な能力はないけれど、誰も反対はしなかった。
別に、ペンタグラムに入れる条件は能力を持っていることではないのだ。時たま、勘違いしてる奴がくるけれど。
ペンタグラムに入れる条件。それは簡単。
幸せになりたい、生きたいという思いがあるかどうか。
そんな条件付けさえ、お父さんは意味がないという。
助けたい人を助けれたらそれでいいんだよ、といつも言っている。
お人よしだ。本当に、お人よしだ。
私は、そのお人好しなお父さんに、助けられて、救われた。
二度も。
一度は七歳の時。
二度目は、琴乃若に帰った時。
もし、お父さんがいなければ、私は沙耶を殺した時点で、死んでいただろう。
でも、私は今でも生きている。
罪は背負ったままだし、少ししか清算できていないけれど。
でも、私は生きたいと思う。
「……行きましょう、そろそろ眠る時間よ」
「はい!」
ずっと、ずっと、生きていたい。
お父さんやお母さん、家族と一緒に。
………そ、それに。……その、恋人とかも……できてもいいのかも、知れない。
最近私は、男嫌いの症状が薄れてきた。
ルネスやお父さんと一緒に生活してるから、というのもあるだろう。
でも、やっぱり見わけがつくようになったからというのが強い。
本当の意味で優しいやつか、敵になるやつか、私は見破れるようになった。
それからだ。私が今まで抱いていた男への恐怖がさっぱり、とまでは行かないがさらさらと消えて行ったのである。
いまだに、怖くないわけではない。でも、皆の話を聞いている限りでは私が抱く恐怖は普通の女の子のもので、今までみたいに過剰なものではない、ということらしい。
……なら、もしかしたら、……そんな積極的にほしいわけじゃないけど。
恋人とかも、ねえ?
「……どうしたんですか、クレアさん?」
「なんでもないわ。……なんでもない」
一瞬、サヤに恋人ってほしい?って訊きそうになったけど、やっぱりやめておいた。
生徒の前では、教師は強くありたいものだ。
「サヤはかなり腕前が上がってきたわね、そろそろ実践授業に入ろうかしら?」
「え、……はい!」
私はみんながいるキャンプへと戻る。
木々がはれ、焚火といくつかのテントが張られた広場が見えてくる。
「簡単よ。お父さんやお母さんと、戦うの。それだけ。何をしてもいいわ。蹴りでも、銃をつかっても、刀を使ってもね」
「え、いいんですか?」
「いいのよ。実戦では、命は一つ。模擬戦みたいに何回か切られたらアウト、ではないの。一度でも死ねばそれで終わり。……だから、生きるために攻撃をためらってはだめよ」
「はい!」
お父さんや、ルネスの姿が見えてくる。
「どうだった?きれいだった?」
「うん、星がきれいだったわよ。お父さんも見てくる?」
「いや、今日はいいよ。どうせまた明日も見れるだろうしね」
微笑むお父さん。そしておそらく私も、微笑んでいるのだろう。
「おいおい!明日も野宿させる気かよ!」
「あんた男でしょ。それぐらい我慢しなさい。……そうそう、サクラにはちゃんと布団が用意されてるわ、安心しなさい」
「この、てめえ!」
こんなふうに喧嘩まがいのことをしていても、きっと微笑んでいるのだろう。
「……さ、喧嘩はその辺にして、そろそろ寝ようか。明日も早い」
「そうね」
「……ちっ!……わかったよ」
すぐにお父さんも、ルネスも、サヤも自分のテントに戻っていく。
私は砂をかけて焚火を消す。
真っ暗になって、星以外は何も見えなくなる。
「……こうして生きて償うのも、悪くないよね、ユノ、キア、沙耶……」
私が守れなかった三人は、この星の中にいるのだろうか?
……いいや。星が人の魂だなんて、いつの時代の話だろう。
そう、彼女たちは私の心の中にいる。私の中で、ずっと私を見守っている。
そう思えば、私はずっと、いつまでもがんばれる。
見守っていてね、三人とも。私、頑張って生きるから。
―――うん、頑張って―――
テントに入る前に、そう聞こえた気がした。
今日は日記を長く書けそうだ。
数えるのも疲れるぐらいにたまってきた私の日記帳。
いつも見返すのは、最初の五日、そして最近の五日。
前者は暗く、絶望に。
後者は明るく、希望に満ちていた。
私達の旅は、終わらない、終わらせない。
こんにちは、作者のコノハです。
ついに、終わりましたよ、『クレアの旅日記』。
……いや、終わってないのかな?彼女の旅は続くわけですし。
でも、多分おそらく、僕が続き、つまりクレア達の話を書くことはないと思います。
つまり、これが最後です。
いろいろ不明なところも多々あります。イノベートとの決着とか、ルウの正体とか、その他いろいろ。
でも、それは語る必要はないと思います。
たとえイノベートがいくら襲ってきたところでクレア達は勝つだろうし、ルウが何者であれルウであることには変わらないのです。
長い間、彼らの物語を書いてきました。
ルウ、サラの話。これが第一部ですね。
その二人にクレアがついてきて、第二部。
第三部が、『平凡を目指して!』となっております。ルネス初登場シーンというわけです。まあ、見なくても別にいいですが。
それで、今回の話、『クレアの旅日記』となったわけです。
そうそう、この前弟に言われたんですよ。
『お前ほんまにクレアって子好きやなあ』
……そうですよ。たしかに僕の小説の中ではお気に入りのキャラですよ。
でも、一目見て好きだとわかるほど濃い愛情だったつもりはないんですが……
っと、少し変態じみてきましたね、軌道修正っと。
さて、『クレアの旅日記』を受けてルウ達の物語は終わるんですが……
なんだか、感慨深いものを感じますね。読者様もそれを感じてくれていたらうれしいのですが……
……そろそろ、お別れにしましょうか。
今までご愛読、本当にありがとうございました!
こんな駄文散文を今まで見ていただき、ご苦労様でした。
ありがとうございました!
コノハの次回作にご期待ください!……って、これは違いますね。
では、今まで本当にありがとうございました!
駄文散文失礼しました、では、……さよなら!