三日目(4)~旅の終わり~
戦闘が終わって、全てが終わった。
この世界に来ていたイノベートは、少数精鋭のつもりなのか、他人潟士絵紀ただ一人。
その一人を排除した以上、あとは人形を狩りきれば、この世界は完全に平和になる。
その人形もすぐに全員を狩り終えた。
もう、この世界に危機はない。
もう、私を必要としてくれる人もいない。
私はただ、あとは死ぬだけ。
「……さよなら、みんな」
最後に、別れの言葉でも言っておこう。
「お父さん」
リビング。
私の毎朝の始まりであったここが、お父さんとの別れの場所だ。
「どうしたの?」
「私、死ぬね」
ひどく軽い口調で、言った気がする。
親にこんなこというなんて、なんて親不孝者だろう。
助けてもらっておいて、この最後はひどすぎるんじゃないだろうか。
そうも思ったが、顔には出さないでおいた。
「……そう。君は、疲れてしまったんだね」
「そうよ。……お父さんは、こんなことあった?」
「あったさ。なんども、何度もね。でも、慣れない。何度見ても、慣れない。子供が死ぬところだけは、いくら見ても慣れない」
普段のお父さんなら、慣れるべきじゃないけどね、といっただろう。でも、お父さんも参っているのかも知れなかった。
「……じゃ」
「……もう少しだけ、生きてみたら?」
「無理。沙耶まで殺して、自分だけのうのうと生きていたくない」
これ以上話していたら決意が鈍りそうだ。
そう思ったので、私は部屋に戻ることにした。
私の部屋。十六年使い続けた部屋で、とても愛着がある。私の血で汚すのがためらわれるぐらいには、この部屋を気に入っていた。
本棚も机もなにもないが、ここは私の部屋だ。私の、世界。
ここで、私は死ぬ。自分で、自分を殺す。
「……さよなら、みんな」
もう一度、別れの言葉を言う。
みんな、って、誰だろう?
お父さん?お母さん?ミリアお姉ちゃん?ララお姉ちゃん?コトリお姉ちゃん?ルネス?サクラ?それともシドウ?
一体、誰?
そこまで考えて、初めて悟る。
ああ、みんなって、皆なんだ。
さっき頭の中に浮かんだ名前全てが、みんな。私のことを必要としてくれた、優しい人たち。
「姉ちゃん!」
ドアを蹴破りかねない勢いで、白い髪の私の弟、ルネスが入ってきた。
「……なに?」
「な、なんで、死ぬんだよ。もう危険はないんだぞ?」
「だからよ。私はね、もう疲れたの。ユノを殺して、キアを守れなくて、沙耶まで殺して。もう嫌。疲れた。これ以上殺したくない、何も考えたくない」
「何言ってんだよ、姉ちゃん!姉ちゃんが死んじまったら、俺はどうなる!シドウは!親父は!おふくろは!みんな、悲しむだろ!」
「すぐに笑顔が戻るわよ。みんなあんたみたいに温室育ちじゃないんだし」
「あのな!温室育ちじゃないからこそ、命の大事さ、儚さを知ってんだろ!せっかくある命を、なんでわざわざ投げ出すんだよ!」
「そんなの」
「それにな!」
言葉を続けようとした私をさえぎって、ルネスは叫ぶ。
……私のために、叫んでくれている。
「たとえ笑顔が戻っても!それはクレア姉ちゃんがいるときよりも明るくはならないんだよ!姉ちゃんが生きてるだけで、明るく笑える人間がこの世界に、この世にいるんだ!だから、生きろよ、生きてくれよ……なあ、姉ちゃん……」
最後には涙を流して、崩れるように頼み込むルネス。
なんで、こいつは、私に生きていてほしいんだろう。
私、ルネスに優しくしたことないのに。
それなのに、なんで。
なんで?
「なんで、あんたは私のことを……」
「家族だからに、決まってんだろ!」
家族だから。
家族だから。
家族、だから。
「……あ……」
忘れて、いた。
家族が、いたから。
家族がいたから、私は十六年間、生きてこれたんだ。
生きて、来たんだ。
家族だから。
その言葉は、私も何度も使った。使い続けた。
そして、ルネスは今でも家族のために、私を生かそうとしている。
でも、私は?
私は、家族のために死ぬのか?
違う。
私が死ぬのは、私のわがまま。
私が、死にたいから、死ぬ。
……今まで守ってきた家族を、守ってもらっていた家族を、私は捨てようとしてた。
「……ルネス……」
「なんだよ、姉ちゃん……死ぬのあきらめてくれたのか……?」
「ううん。あきらめない。……でも、自分で死ぬのはやめたわ」
私は強い口調で、そう言った。
「え?」
「死にたいのは変わりないけど……私、もう少しだけ、生きてみようかな。……ルネスに泣かれちゃうっとうしいし、お父さんの笑顔がなくなるってのも、惜しいしね」
大切な家族が涙するのを、私は見たくない。
いまは、そんな理由で十分だ。
でも、いつか。
いつか、家族以上の、私の生きる意味を、探してみようと思う。
ああ、今日は旅日記、かかないでおこう。日記は、いつも心の中に――