二日目(3)
その夜。
眠る時間になって、ミウがやってきた。
「さあ、みんな。そろそろお薬の時間よ」
ミウの説明によると、この薬は風邪や病気を予防するものだそうだ。
まあ、こんな地下だ、病気になりやすくもなるだろう。それを薬で予防するというのはまあ、いいことなのかもしれない。
「じゃあ、メリッサ、飲んで」
一番年少の女の子から、薬は提供された。
彼女はコクリ、とかわいらしく喉を鳴らして苦い薬を飲みほした。
「次、ハワード」
その次に年少の男の子。
彼は嫌そうにしながらも、最後にはしっかりと飲んだ。
「次……」
そうして、次々と子供たちに薬が投薬されていく。
ふと、疑問に思った。
そう言えばなんで、今更になって、薬?
今この国は負けている。なのに、わざわざ戦力にもならない子供たちに大切な薬をこうもたやすく投与するだろうか?
キアの番になった。
「……いや」
キアは、拒否した。
「飲みなさい」
ミウが厳しい口調で言う。
「いや。この薬、もしかしたら」
その先を、キアが言うことはなかった。
キアの顎をつかんだミウが、力任せに口を開かせ、強引に薬を飲ませたからだった。
「んぐ……!」
けほ、けほ、とむせる彼女をしり目に私に近付いてきたミウに、私は疑問を持った。
――なんで、こんなにも強引に?
ついに、私の番。
「……私、薬ならたくさん持ってるから、大丈夫よ」
これで見逃してくれるか、と思ったが、
「ダメ。飲んでちょうだい」
抵抗できるような状況じゃなかった。もし私が必要以上に抵抗すれば、人を呼ばれるかもしれない。そんなことになったら、私はもっと嫌な目に遭うんじゃないだろうか。
そう言う思いが、私にその薬を飲まさせた。
ゴクリ。
苦い。苦い。けど、むしろ苦さで何かを隠しているような、そんな苦さだった。
「……おやすみ、みんな」
「は~い!」
子供たちの無邪気な声を聞くあたり、毒ではないのだろう。
でも、何か気になる。
なんだ、何が、こう、頭の中で引っかかって……
ぱっと、灯りが消える。
それを契機にしたかのように、身体が動かなくなった。
え?う、動けない。
何?何が、あったの?
……睡眠薬!
しまった、完全に、油断してた。
らしくない、本当にらしくない。まさかこんな戦争地帯で、こうも無防備に飲み物を飲むなんて!
そうだった。私は自分ではちゃんと大人になっていたつもりだった。
でも、さっきの会食でだます相手には、私も含まれていたのだ。
私も、この国ではまだまだ子供、と思われていたことをすっかり忘れていた。
なんてことだ。なんてことだ!
ま、まずい。眠くなってきた。
このまま目を閉じれば、多分次に目が覚めたら間違いなくあの世だ。
ま、まだ死ぬわけにはいかない。そ、それに、キアも……
く、……あ、お、おとう、さん……
だ、れか……
キア……
音が聞こえる。
カリッという何かを噛む音。
そのあとに聞こえる、くっ、とかすかに聞こえる何かの音。
息を短く吐いた音、だろうか?
コツ……コツ……
音が聞こえる。
目は開かない。
「……ごめんなさいね、クレア」
そう声がして、顎がつかまれた。
と、同時。
「……!!」
無言で、私は襲撃者にナイフを突き付けた。
襲撃者は大した訓練を積んでいるわけではなく、私のナイフに恐れをなして、動こうともしない。
「何者……?答えろ!」
「み、ミウよ、クレア」
その声で、私は完全に目覚める。
「……あ、ミウさん……」
ミウは驚いたような顔をして、こっちを見ている。
「……なんで私に一服盛ったの?」
私は忘れずに、まだ答えてくれそうな内に訊いておく。
「あ、……あなたはまだ、子供だから……」
「子供だから、何?私戦えるのよ?別に眠らす必要なんて……」
言って、私は異変に気付く。
意識が、足りない。
どれだけ捜査範囲を広げても、子供たちの存在が感じられない。
どこに行った?眠らされているうちに運ばれたのか?
「……子供たちは、キアはどこ!?」
私は声を荒立てて、すごむ。
ミウも私の剣幕に恐れをなしたのか、ただ黙って、下を指さした。
「何よ、下になにがあ……!!!」
下のベッドを見て、私は、望みを失った。
キアの顔に生気がまったく感じられないどころか土気色とかそんなレベルじゃなく体はあるのになんで生体反応がないそれ以前になんでキアは寝ている!?
「何をした」
「そ、それは、帝の命令で……」
「何をした」
「そ、その……」
「何をした」
「……薬よ。毒。一瞬で死ぬ、自害用の薬」
「それを、飲ませたのか。わざわざ睡眠薬で眠らせて、夢見心地にさせて」
「で、でも、そうしなきゃ危ないことは、あなたならわかるでしょう?」
わかる。わかるよ。
嫌ってぐらいに、わかっちゃうよ。
戦争に負けたら、間違いなく搾取され、虐げられる。
子供で、女の子。しかも敵軍の最終要塞ど真ん中に手厚く保護されていたような娘なら、敵は何かあると踏むだろう。
幽閉で済めばいいのかもしれない。銃殺刑でもまだいい方なのかもしれない。
でも、この世には子供が知らなくてもいい苦痛というものも、あるんだ。
「……キアは、私が守るつもりだった」
「わかってるわ」
「なら、なんで……」
「無理よ。ずっと守り続けるなんて」
無理なもんか。無理なもんか。お父さんはそうやってずっと生きてきたんだから。
でも、実際に今、キアを、守れなかった。
守れなかった。
守れなかった!
「……うっく……」
それは、誰の涙だったのだろう?