二日目(1)~確定、そして~
……ん。
目が覚めた。
体内時計は朝を告げているが、実際に太陽の光を浴びないと正確な時間はわからない。
と、いつものしぐさでカーテンを開けようとして。
「……あ」
ここが地下だということを思い出した。
らしくない。寝ぼけるなんて、本当にどうかしてる。
「……戦況……」
まだ眠気のさめきらない体を起こし、耳に盗聴器をつける。
『帝……使者が来ておりますが』
『はねのけろ。殺せ』
『し、しかし……!』
『殺せ』
ほんの見ない間に、ずいぶんと帝の印象が変わった気がした。
なぜか、妙にとげとげしく、気が荒くなっているような気がする。
『し、しかし!使者を殺せば、もう二度と降伏の機会は……』
『殺せ。敵は殺せ』
『……し、しか』
『お前も敵だ』
パン!
ドシャッ!
……ついに乱心か?
このままだと、この国は滅びる。
一体昨日私が寝ている間に何があった?
なんでこんな、帝は乱心しているんだ?
……どうしようか?
そんな答え、すぐに出るわけがなかった。
とりあえず、キアを連れて、逃げないと……
『で、伝令!伝令!み、帝!……っひ!?』
新しく部屋に入ってきたのは、おそらく別の伝令だろう。
血に濡れているであろう部屋に入って驚いたのは数瞬、すぐに気を取り直して役目を果たす。
『み、帝……!か、カークランド少尉が、こちらに来る直前に……お、お、堕とされました!』
カークランドって、私と組まされる予定の人じゃなかったっけ?なにそれ、まずいじゃん!
『……それは、本当か』
『は、はい!そ、そして、最後の部隊も、全滅……あとは、ここに残った人間以外、我が国には人はいません』
全滅。それが、この国の戦争の結末だった。
『……そうか。……解散』
帝が、低く言った。
『……は?』
『……解散だ。……みなに自由にしろと伝えろ。ミウにも、子供たちによろしくと伝えてやってくれ。……それから、あの優秀な旅人にも、深く礼を。逃げるのも戦うのも、好きにしろ』
そう言って、それ以来、声は聞こえなくなった。
私はベッドを飛び降り、居住区から廊下に出た。
今まさに、帝が私のそばを通り過ぎんとするところだった。
「……やあ、クレア。今までありがとう。でも、もういい。好きにしたまえ」
そう言って。
そう言って、リフィルは廊下の奥、軍人の話では帝の個室に彼は向かって行った。
「……」
戦争は終わりに向かっている。
けれど、勝利はもはやありえないものとなった。
クローフィアの伝統音楽、伝統料理。
伝統のある踊りに、少しの軍事色。
それらが、今この地下を埋め尽くすものだった。
そこかしこで立食パーティのように料理が並べられ、酒が振る舞われて、音楽は絶えることなく鳴り響く。
道行く人々は自分の仕事も忘れて踊る。
子供たちは今まで行ってはいけなかったところにも行けるようになり、そこらで走る彼らを見かける。
今、かりそめの、本当に幻の平和がここにある。
キアは、それをわかっているようだった。
キアだけが、このきらびやかな喧騒から遠く離れて、居住区のベッドに腰掛け、暗い顔をしている。
私もそうはしゃぐ気にもならないし、キアの様子も気になるので、世間話を装って、キアの隣に座る。
固めのベッドに、私とキアが座っている。
「キア。どうしたの?お料理、音楽、踊りに、お酒。なんでもあるわよ?」
「いらない」
どうも、この暗い顔が気になる。
「どうしたのよ、本当に。何かあった?」
「……みんな、なんであんなに楽しんでるんでしょう?戦争は、終わったわけではないのに……」
「あの人たちの中では、終わってるんでしょうね。最後の晩餐みたいに、楽しんでる。そんな感じよね」
キアはうなずく。
「みんな何してるんでしょうね。なんでお酒飲んで、お料理食べて、楽しめるのでしょう?」
「最後だ、って思ってるんでしょうよ。みんな、死ぬつもりでいる」
もちろん、自殺する人は少ないが、それでもついさっきまでこの地下では味方の銃声が鳴り響いていた。
数からして大体十数人程度だろうか。
「……私は、死にたくないです」
「私もよ」
キアは首を振った。
「私は、クレアさんに守ってもらったから、死にたくないんです。今死んだら、クレアさんの行為が無駄になっちゃう……」
ほんと、異常な事態って、子供を大人にするんだな。
「いいのよ。気にしなくて。……死にたくなったらなったで。ここじゃ、そんなの別段珍しいことではないわ」
「やっぱり、足手まとい、ですか……?」
不安そうに、キアが訊いてくる。
「まさか。私はあなたを好きで守ってるの。そんなの思ったことないわ」
「そうですか……。じゃあ、なんで?」
「あなたが死にたい、って言っているのに無理に生に縛るつもりもない、って言ってるの。死んでほしいわけじゃないけど、死にたいなら、死なせてあげる」
ユノの時みたいに、無理強いはしない。あの時は無理強いしたから失敗したんだと、今ならわかる。
私は、キアの顔を見た。
キアも、私の顔を見る。
「痛く、ないですか……?」
震えるような声で、キアが訊いてくる。
「痛くないわよ。苦しくもない。自分がなにされたかもわからないまま、逝ける」
私はそれに淡々と答える。死にたいと言ったら、拳銃で撃ち殺してあげるつもりだ。
「……いい、です。まだ、死にたくありませんから。まだ、生きてたいです」
「そう。なら、いいのよ。ちゃんと、守ってあげるからね」
私はキアを抱きしめた。
震えていたキアは最初こそ怯えたようにしていたが、すぐに私の背中に手を回し、抱きしめ返してくれた。
しばらく、そうしていただろうか。
「……ありがとう、ございます」
「いいのよ、別に」
私たちは離れて、互いに礼を言う。
抱きしめあっただけだ。でも、少しは救われた気がした。
「さて、少しぐらいあやかりましょうか?」
「はい!」
その時のキアは、とてもとてもかわいらしかった。