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第一日目~再開~

 クレアは十分もしないうちに琴乃若郊外のマンションに辿りついた。

 クレアの家からは3キロ近く離れているというのに、十分程度しかかからなかった。

 

 それは彼女の身体能力の異常さを示しているのか、それともいかにクレアが沙耶との約束を守ろうという気概を表しているのか、わかりづらい結果だった。

 

 クレアはマンションに来るとマンションに入り、エレベーターに乗った。

 高校出てからの8年間、沙耶とは会ってはいなかったが話はちょくちょくしていた。だからこうしてマンションの場所も住んでいる階も部屋番号も知っているのだが、それでもここ二年はまったく話もしていなかった。

 

 特に理由があるわけでもないが、それでもいつの間にか疎遠になっていったのだった。


 だから引っ越しされていたらどうしよう、とクレアは内心焦っていたのだが、その心配は杞憂に終わったのだった。


 沙耶の住んでいる部屋に辿りつくと、クレアは意を決してインターフォンを鳴らした。


 ピンポーン……


 その音がひどく大きく聞こえたのは、エレベーターホールに反響したからだけではないはずだ。

 『はい?』

 沙耶の、大人びた声。高校時代はクレアの方が大人っぽかったのだが、今ではすっかり逆転した。

 

 「沙耶、私。クレア」

 『いらっしゃい、クレア!鍵あいてるから入って入って!』

 

 なんて不用心なのだろう、とクレアは思ったが、口には出さずに部屋に入る。

 自分の警戒心が人よりも強すぎることは長い間暮らしてきて実感してきた。いちいち突っ込んで沙耶に嫌われるわけにもいかないし、それに自分が来ることを見越して開けていたのかも知れない。

 

 そうクレアは思いながら、部屋の中を進む。

 一人暮らしをするのには広々とした2LDK。沙耶はリビングにある座布団に座りながら、テレビで娯楽番組を見ていた。


 黒い短髪に黒の瞳。高校時代よりもかなり大人っぽくなった体つき。身長も伸びたのかもしれなかった。無難なパジャマ姿は、クレアに対する親密さと信頼をそのまま如実に表していた。 

 

 「お、久しぶりクレア。もう8ね……ん?」

 言葉の途中でクレアを見た沙耶は、言葉を失った。

 

 それもそのはず、8年ぶりに見たはずのクレアの姿は、思い出の中の彼女の姿と全く同じだったのだから。

 鋭い目つきも、周囲に対する不信感も、とげとげしい雰囲気も、ジーンズ地の特殊なコートも、何一つ。

 

 「……沙耶、久しぶり」

 変わっていないことをいぶかしげに思われたことを悟れないほどクレアは疎くない。けれど、知らないふりをした。何も知らないふりをして、それが当たり前であるかのようにふるまい、普通に挨拶をした。

 

 「座って、座って。話があるんでしょ?」

 「……すぐ終わる」

 クレアのそっけない態度すらも、高校時代と何も変わらない。

 そんな彼女を沙耶はほほえましく見ながら、優しくクレアに問いかける


 「どうしたの、話って?」

 「……私、旅に出る」

 そう言われた沙耶は、きょとんと、顔を呆けさせた。

 それはいきなり旅に出るなどと言われて、一体どんな反応をすればいいのかわからなかったからだけではあるまい。


 「……旅?どこに?」

 「わかんない。でも、ずっと旅に出る。帰って来ないかも」

 「お金は?クレア確か仕事してなかったわよね?」

 「お金ならある」

 「どうやって稼いだの?まさか、犯罪とか……」

 「それに近い」

 「なっ……!?」

 

 いきなり打ち明けられたことに、いくら親友と言えども、動揺しないわけがなかった。沙耶はクレアを責めるような目つきになり、問いただす。


 「クレア今なにして暮らしてるの?あなたのお父さん仕事もせずに置いていてくれるほど間抜けじゃないわよね?」

 「お金なら稼いでるから、お父さんも文句言わない」

 「だから!なにして稼いでるの?泥棒?」

 「違う」

 「強盗?」

 「違う」

 「じゃ、じゃあ、何?」

 

 お金稼ぎに直結する犯罪をそれ以上思いつかないあたり、沙耶の善人さがうかがえるが、今はそれで彼女自身は苦労していた。親友が何をしているのか、まったく推測できないのだ。訊くしかない自分を、沙耶は恥ずかしいとさえ思う。

 

 「……信じてくれる?」

 「……え?」

 「今から言うけど、信じてくれる?」


 そんな沙耶の心を読んだわけではないが、クレアは沙耶に秘密を打ち明けようとしていた。


 「うん、信じるよ」

 「……ありがとう」

 クレアは一度、本当に安心した、安らいだ笑顔を浮かべて、すぐに鋭い目つきに戻った。

 

 「沙耶、私ね、国からお金もらってるんだ」

 「……本当に?」


 正直、沙耶は拍子抜けさえしたかもしれない。どんな悪事が聞かされるのかちょ覚悟していたのに、国からお金をもらっている、だけとは。

 確かに何も働いていないクレアが生活保護を受けるのはある意味では税金をかすめ取っていることになるのだろう。しかし、今のご時世そんな人どこにでもいる……それが沙耶の見解だった。


 「うん、本当。私、武器とか、兵器とかの技術を国に提供して、その代償にお金もらってるの」


 しかし、沙耶の想像は、全力で打ち砕かれた。


 「え、え?い、いつから?」

 「高校入ってから。冗談半分で自衛隊にデータ送ったら、もっとよこせ、金は渡すから、って……」

 

 その事実に、沙耶は衝撃で全身がマヒしたような錯覚さえ覚えた。

 高校入ってから。そう、高校の時から、今のクレアの『仕事』は続いていたのだ。それに沙耶は全く気付けなかった。

 

 「な、なんでそんなデータ何か……」

 

 沙耶は不思議でならなかった。なぜ、そんな危険な兵器のデータなんか、クレアが持っていて、なおかつそれを送ったのだろう、と。


 「私ね、怖かったんだ」

 「……怖かった?」

 「そう。私、道具を作るのがその時……というか今でも趣味でね、武器とかも、結構本格的なの作ってたんだ」

 

 それだけでも、沙耶には驚きだった。たしかにクレアは高校時代、よく『勇気がでるお守り』だとか『力が強くなるチョーカー』とか、不思議な道具を作っては沙耶に見せていた。しかしその裏では危険な、人を殺す道具も作っていたのだ。驚かないわけはないだろう。


 「でもね、途中で、怖くなったの」

 「……武器を作ることに?」

 「ううん。……私の武器が本当に強いのか。ちゃんと人を殺す能力を持っているのかが、疑問だった」

 

 その答えで、沙耶は少しだけ安心した。疑問だった……それはつまり確かめていないということ。高校の時のクレアは武器の能力を試すためだけに人を殺すような人間ではなかったということが、わかったからだ。


 「それでね、人を殺すってのもあったんだけど、血の匂いとかついたらわかられちゃうから、やめてたの。……その時、自衛隊っていう組織があるのを思い出した」

 「思いだして、それで?」

 「私の武器が軍隊で通じるのかどうか……それだけが知りたかった。その時持てる技術の全てを費やして、私がその時に作れる最高の武器を設計図込みで実機を送りつけたわ」


 自分が最高だと思った武器が使えるのなら、常に最高の武器を作り続ければ、戦える……そう思っての行動だった。クレアはただ、自分の限界を知りたかっただけなのだ。


 「でも、予想外のことが起こった。私の送った小包が送り返されてきたの」

 「……じゃあ、だめだったんだ?」

 クレアは首を振った。


 「私も最初はそう思ったわ。……でも、違った。中に入っていたのはすごいたくさんのお金と、次の武器を作るようにと書いた、紙」

 

 『あなた様の武器、素晴らしい出来でした。すみませんが、設計図代をお送りしますので、次の武器、または技術を提供してください。……家族に迷惑をかけたくなければ、賢明なご判断を、よろしくお願いします』

 

 そんな文面の紙だった。口調こそ丁寧だが、その裏にはれっきとした脅迫の意思が、ありありと見て取れるような、そんな文面。


 「私は嬉々として次の武器を送ったわ。……うれしかったの。自分の能力が認められた気がして、ね」

 

 そして、今でもそれは変わらない。そうでなければクレアはせっせと自衛隊に技術提供などしない。自衛隊が敵になるなら組織ごと潰す。そういう考えをして、それを実行できる力を持っているのが、少女クレアである。

 

 「……そう、なんだ……」

 話を聞き終わると、沙耶はそう言った。……それだけを、言った。


 「……で、話って何?」

 そして、すぐさま、そう訊いた。

 「……え、でも、私、武器を、自衛隊に……」

 戸惑うクレアに、沙耶は少し拗ねたような顔をして、言った。


 「私はたしかにクレアのこと知らなかったよ。でもね、知ったからと言って私はクレアを嫌いになったりしないよ。クレアは私の恩人で、親友なんだから!」

 

 嫌いになったりはしない。しかし、少し怯える心は沙耶にもあった。

 でも、沙耶はそれをねじ伏せた。クレアが恩人だからではなく、親友として、好きでいるために。


 「……旅に出るんだったよね、長い間。……で、その次は?」

 だから優しく、沙耶はクレアに訊いたのだった。

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