一日目(5)~戦場にて~
戦場に出た私は、まず敵がいないか探した。
この周りはまだ戦火に巻き込まれていないのだろう、地面がきれいだ。
……そう言えば、私どこに運べばいいんだろう?それに、戦争ってどうやればいいんだ?
人殺しはしたことあっても戦争はない。
こんないつ狙われるかわからない状況と言うのは、あまり体験したことがない。
「はあ、はあ、はあ……」
立ちすくしていると、クローフィアの軍人が満身創痍で私の視界に現れた。
距離は大体20メートル。今まで物陰に隠れていたのだろう。
私は今にも倒れそうなその軍人に駆け寄ると、
「物資はどこに運べばいいの!?」
そう訊いた。
「俺が、来た、……ほう、こうの、少し行ったところに、まだ、仲間が……!」
私は狙撃用のスコープを取り出し、男の来た方向を双眼鏡代わりに覗き込んだ。
100メートル近いところでマズルフラッシュが見えた。おそらくこいつが言っているのはあそこだろう。
「わかったわ、すぐ行く。診療所はすぐそこよ。頑張って!」
私には珍しく、男を励ますような言葉。
「……いや、いい。物資運搬役のお前に伝えられたら、俺の役目は、もう……」
それなのに、男はこんなことを言った。
「ふざけてんの!?あんたまだ生きてるでしょ!?すぐに死のうとするな!何のために今まで戦ってきたのよ!生きるためでしょ!?」
私はもう、目の前で自殺されるのはごめんだ。絶対に、止めて見せる!
「ち、違う。俺が、戦ってきたのは、帝の、ためだ……」
「じゃあ、生きて戦え!まだあんんたは戦える!生きて、回復したら、それであんたは戦えるんだ!帝の役に立てるんだ!無駄に命を消そうとするな!」
これで、こいつは生きようとするはずだ!
「……いや、俺なんかが生きてても、帝に迷惑かけるだけさ。……じゃあな」
男は拳銃を取り出して、そのまま
「やめ」
ドン!
止める隙さえも出さずに、引き金を引いた。
頭や私に向けられていたら、止めれるはずだった。そして、その自信もあった。でも男は胸から取り出したまま、引き金を引いたのだ。早すぎた。
もしかして、止めようとしたのが気取られたのか?
「か、は……」
胸では、すぐには死ねない。けれど、助からない。
「……あ、……」
心は、すぐに決まった。
私は懐から拳銃を取り出した。
男の額に向ける。
「あ、ありが、と……」
「……おやすみ、英雄様」
パン!
男の身体が一瞬大きくはねたようにのけぞって、すぐにぱたりと動かなくなる。
最後のお世辞、届いたかかな?
少し、気になる。でも、今はそんなことを気にしている場合では、ない。
まだ、助かる人はいるはずなんだ。早く、助けなきゃ!
私の心は決まっていた。でも、感情が決まっていなかった。
なんで、ここの人はこんな簡単に死を選ぶんだろう?
それが疑問でならなかった。
「おお、物資か!ありがたい!」
戦火の中心地帯とも言えるこの場所に、私は物資を運び終えた。
「いい、聞いて!」
これは命令違反になるのだろうか。これはキアの命を守ることに直結するのだろうか。そう思った。
でも、口は勝手に動き出す。
「ここで戦って敵を食い止めて!絶対に弾の無駄遣いはだめ!いい、銃弾は敵にしかあげちゃだめよ?自分や仲間に向けるなんてしちゃダメなんだからね!」
おそらく、ここが最後の部隊。ここを突破されたら、戦争は終わる。敗北と言う形で。
「わかった!」
普段なら反発もしそうなほどの言い草だったが、今は反論は出なかった。
「私も戦う!死ぬまで生きることをあきらめるな!」
ライフルをコートから取り出して、撃ちながら言う。
一人、二人。
私が引き金を引き絞る度、人が死に、キアが生き残る確率が高くなる。
「うまいな、あんた」
六人、七人、八人!
「当たり前よ!あんたらもとっとと撃ちなさい!よく狙って、無駄はダメよ!」
「はい!」
いつの間にか、私が指揮官のような役割になっている。
「ここの指揮官は!?」
「先ほど自決なされました!」
くそっ!部下を残して一人で死ぬなんて!
「いい?隊長が死んだからって言ってあんたたちまで後追いする必要はないわ。あんたたちが従ってるのは隊長じゃなくて帝でしょ!?最後まで帝の役に立ちなさい!」
はい!
と景気のいい返事が聞こえてくる。
「あんた、三時の方向に敵!気をつけて、重装備よ!」
私は気配を事前に察知しながらも、指示を飛ばして戦う。基本的に私は狙撃兵など、遠距離からの敵を殺す。中距離や近距離は他の連中に任せる。
「正面に敵部隊!急いで応戦!交互に撃って一秒たりとも弾幕をきらせるな!」
「はい!」
こちらも一人、また一人と味方を失う。でも、消費率はこっちよりも敵の方が高い。
「集中して!そろそろ引き上げるころ合いよ!」
私も全力を惜しまず使い、戦闘を有利に進める。私一人でそう戦局が変わるようなものではないと理解できたが、でも、一人でも多く敵を殺せば少しは変わるはずだ。
「隊長……あ、ええと、引き上げて行きます!」
「撃つのをやめて!無用な追撃をして恨みを買ってはまずいわ。こう言うのは後に響くからね、気をつけさせるよう言って!」
怨恨の類のせいで本来生き残れるはずの兵士が死ぬ、なんてことになったら大変だ。
「私たちも引き上げるわよ!ある程度の物資と、監視役を置いて一端撤収!」
まるで私が本来の隊長であったかのような自然さで、軍人たちは返事をしたのであった。
……なんとか、これで救えた人間が、いるはずだ。