1日目(3)~最終宣告~
連れてこられたのは、地下だった。
石造りの廊下に、鉄の扉。私たちはその廊下を無言で進んでいる。どこに行くのかは伝えられていない。
とはいっても地下牢ではないだろう。ここは地下に作った、防空壕よりもさらに強固な地下要塞なのだ、牢屋など作っている暇があったかどうか。
ここは閉塞していて、攻め込まれたら寿命は短いがその分ばれにくく、安全性に富んでいる。
私たちを連れているのはクローフィア軍、軍隊指揮長だった。
こんなにも偉い人さえもが前線にでている、ということはやはりもうこの国の未来も危ういのだろう。
「今から二人には、帝に会っていただく。命令でな、いかなる人間もここに入れるのならば一度通せと仰せつかっているのだ」
またはた迷惑な命令を。まあ、気持ちは分からなくもないが。
こんな状況だ、不安事項は一つでも除去したいのだろう。かくまった人間が裏切り者だったら笑い話にもならない。
「……帝って、どんな人間なのかしら?」
まさか帝は人間ではなく、神だ!とか言わないわよね。……別段珍しいことでもないけど、戦時中にそれは勘弁してもらいたいわ。
「とても聡明で仁徳に溢れたお方だ」
「ふ~ん、そう」
……そう言えば、なんで私が帝のこと知らないのに疑問に思わないんだろう?
ま、いいか。
しばらく歩くと、この国の言葉で何か書いてある扉があった。
ああ、そうだった。私の翻訳機は耳と喉についているけど、目にはつけてなかったんだ。だから、文字は理解できない。
指揮官は扉を丁寧にノックした。
「殿下!民間人二人保護いたしましたので、御目通しお願いします!」
そう指揮官が言うと、扉の奥から「うむ」という低い声が聞こえた。
「じゃ、行ってきなさい」
指揮官が扉を開けると、私たちはこの国中心に入った。
「……あなたが、クローフィアの帝ね?」
私は真っ先に訊いた。
ここには偉そうな机に座っている初老の人間一人しかいなかった。ボディガードもつけずに、ただ一人で。
「……そうだ。私がこの国の帝王、リフィル・アウレリウス・クローフィアだ」
「クレア・ペンタグラムです」
「き、ききききき、キア、キア・ぎ、ギルバードです!」
キアがこんなにも恐縮しているのだ、この人間、リフィルが帝王で間違いないだろう。
「……クレア、君はこの国の人間ではないね?」
しゃがれた声で、そう訊かれる。
「ええ。違います」
嘘を言ってばれてもことなので、リフィルには正直に言っておく。
「……どこの国かな?アメリア?ロシュア?」
「違います。……私は旅人。特定の国など持ちません」
これも正直に答える。
「……そうか。そうか。……では、次の質問だ。ギルバード譲をどうやってここまで?」
「逃げながらここまで」
ここは嘘を言っておかなければ、戦争に参加しなければいけなくなる。
「……そうか。わかった。君たちは特に問題なさそうだな。行きたまえ」
そう言って、扉の方を指される。帰れ、ということだろう。
「ええ、ありがとうございました。……ご武運を」
「ありがたいね、他国の人間にそう言ってもらえると」
そう言って、私達は部屋を出る。
「どうだった?」
指揮官が訊いてくる。
「……ええ、とっても楽しいおしゃべりだったわよ。確かに、殿下は仁徳あふれたお方ね」
社交辞令だが、ある意味では本音だった。敗戦寸前の国の王とはもっとピリピリしているものかと思ったが、そうでもなかった。自分が不安になると部下も影響されると知っているのだろう。
それとも、まだ何か隠し玉でもあるのだろうか?
……まあ、キアが生き残ればそれでいいんだ。
「じゃ、行きましょう」
「ああ」
なぜかキアは、黙りっぱなしだった。
居住区、というよりは民間人用のスペースに私たちは詰められた。
二段ベッドが四つ、それぞれそう広くない部屋の隅にあって、私たちはここで寝泊まりするんだと推測した。
そして、その部屋には、すでに6人の子供たちと、乳母らしき女性がいた。
「あら、あなたたちは?」
乳母らしき女性は私たちに訊いた。
「帝に言われてここに泊まることになったわ。よろしくお願いします」
言って、私は一礼する。黙ったままのキアも見よう見まねで真似をする。
「あらあら。丁寧にどうも。私はミウ。よろしくねお譲ちゃんたち」
ミウ、と名乗った女性は、人のいい笑顔で私たちを出迎えてくれた。
「……き、キアです」
ギルバード、と名乗らないところをみると、キアは特別扱いされるのが嫌いなようだ。
「クレアよ」
私は短く自己紹介をする。どうせここには眠る時しかいないのだ。
「さ、みんなも自己紹介して」
ベッドで談笑していた子供たちは、ミウに言われるときれいに整列し、順々に名前を名乗っていく。
それらを私は聞いていなかった。ここはキアが住む場所で、私が暮らす場所じゃない。
「じゃ、キア。ここで大人しくしてるのよ?」
私はミウにも負けないぐらいの笑顔でキアに言った。
「え、クレアは、どうするの……?」
「大丈夫。私にはちゃんと住む場所があるのよ」
土の近くとか、人の死体の山とか。こんな保護区でいていい私じゃない。
「……では、ミウさん。よろしくお願いします」
「……ええ。……ご武運を」
おそらく、私が出ていく意味を知っているのだろう。こんな時だ、子供が戦っていてもおかしくない。数多くの子供が、戦場で散っていたのだろう。
キアには、その中の数には入れさせない。入れさせてたまるか。
私は挨拶もそこそこ、保護区であるこの部屋を出た。
ここから私はほとんどクレアでいられないかもしれない。
でも、キアのためなら。誰かのためなら、それでもいい。
と、意気込んで廊下に出てみたのの、実際にはなにもやることがない。
ここはある意味で安全な場所なのだ。さっきまでの戦場とは違う。
けれど、ピリピリしているのには変わりなく、他の軍人達は私を奇異の目で見る。
まあ、気持ちはわかる。何の力も持たない人間がこんなところでなにをやっているのだ、と思っているのだろう。なにも言わないのはここはすぐに危険が迫らないからで、そして危険を知るすべが少ないからだ。
だから、どこかで情報を仕入れる必要があった。戦争の状況を、いち早く知らなければ。
リフィル帝王のところに行っても、きっと追い出されるだけだろう。……なら、どうするか。
そう、考えを巡らせていた時だ。
「伝令!伝令!」
そう叫んで、廊下を走ってくる男が一人。
伝令、か。これは好都合だ。情報が知れる。
すれ違いざま、私は彼に盗聴器をつけた。絶対にばれないように、小さな小さな私の特別製の盗聴器。
『「伝令!伝令!」』
うるさいぐらいに、声が重なる。どこまで離れても男の伝令と叫ぶ声は途絶えず、私の耳に聞こえていた。
いったん、居住区に戻る。
「あ、クレア……どうしたの?」
ここでできた友達との遊びを中断して、私に訊いてきた。
「ちょっと眠くなっちゃって。少し眠るわ」
そう言って、二段ベットのあいているところに横になる。
上段なので落ちる怖さがあるが、かなり頑丈にできているようなので崩れる心配はなさそうだ。
目を閉じて、眠ったふりをする。
『はあ……はあ……で、伝令です、殿下!』
うん、感度良好。研究手帳を取りそうになるが、ここは我慢。ここで手帳を取って敵だと思われたらキアが守れなくなる。
『……言え』
私たちの時とはうって変わって低いリフィル帝王の声。
『は!現在、第二部隊から第九部隊の全隊が壊滅状態となっております!内生きているもので、行動不能になっている隊員がその半数となっております!そして、その中でもすでに手遅れなのがさらにその半数です!』
なんだそれ!?何部隊あるのか知らないが、ほぼ全滅じゃないか!
驚く私をよそに、伝令は続く。
『そして、主力部隊である第一、第十部隊、ともに全滅であります!生存者0、伝令役だった隊員も伝令の後に息絶えました!』
主力部隊も全滅……!?勝ち目ないどころか、完全に敗北じゃない!
『……同盟国の支援はどうなってる』
わずかにあせったようなリフィル帝王の声。
『同盟国はすでに戦闘不能状態で敗北しました!物資、人員はおろか情報すら届かない状況となっております!』
同盟国はもう降参したんだ。……いい判断、かな?よくわからない。
『……クローフィアの最終部隊の支援はどうなっている?あいつらが来れば、こんな状況、打破できないはずがない!』
最終部隊?そんな隠し玉があるのか?この状況で?
『……そ、それは……』
伝令が言い淀んだことで、私は確信する。この国はもう負けたんだ。
『……現在、クローフィア最終部隊は……最前線で戦闘中です。……しかし、もう銃弾も銃も尽き、戦うことどころか逃げることすらままなりません……』
包囲されたんだ。もう、最終部隊とやらが全滅するのも時間の問題だろう。
『…………………………………そうか』
リフィルの、諦観したような声。……やっと終わるか?戦争が終わるなら負けでもいい。
『……伝令を』
『はっ!』
『全部隊、戦闘中の者は戦闘続行。逃げることは許さん。逃げたら後ろから撃つよう上官に命令しろ。……将校たちも、前線に上がれ。戦って勝て。……そう、伝えろ』
……は?何言った、こいつ。
『し、しかし……!』
『伝えろと言っただろう!貴様は将校か!?伝令だろう!自分の仕事の領分を侵すな!』
こいつ、まさか、本当にまだ戦うつもりか?敵の戦力もわからないのに、いや、わかってももはや無駄だろう。だって、この国には死ぬことが決定した部隊と、もう死んだ部隊しかいないんだぞ?
……やけくそか?それともまだ何か策でもあるのか?
『……行け!』
『……………ハッ!』
扉を開く音と、走る音がしたところで、私は盗聴をやめた。
……くそっ……どうする……?