第三日目(最終)~さよならと、目的と~
きっと、苦痛を知らないからそんなこと言えるんだ。
ちょっと痛い思いをすれば、私が子供のころにされたことを少し体験したら、すぐに手のひら返してやめて、って言う……
そういう希望を元に、クレアはユノに苦痛を与えることを決める。
ユノの震える手を取り、手のひらを上に向ける。クレアとは違い、傷一つない手のひらがそこにはあった。
クレアはコートのなかから針を取り出し、鈍く光る先端をユノの手の平に向ける。
「刺すよ。すっごく痛いよ」
「……」
やはり怖いのだろう、ユノは答えず目を閉じている。
そんな反応に、クレアは心が痛んだ。
けれど、クレアはこれもユノを助けるためだ、とその痛みを無視する。
針を持つ手に、力がこもった。
これを刺したら、きっとユノは助かろうとする。死に恐怖が生まれる。
もし、針で刺したぐらいじゃ揺るがないほどの覚悟をユノが持っていたら?
もっと痛くて苦しいことをユノにしなくてはなくなる。
もし、それさえも耐えたら?
ひと思いに、殺してやるしかないのか。
そんな葛藤をしつつ、クレアも目を閉じ、ユノの柔肌に鋭い針を刺した。
「―――――――――――――――――――っ!!」
叫び声は、なかった。
そんなに深く刺したわけではない。
けれども、針は刺さったのだ。痛くないはずがない。なのに、ユノは悲鳴一つあげない。
「痛かった、でしょう?もうやめにしない?」
「すごく痛かった。……でも、これで死ねるなら、耐えられる」
完全に、もうユノは死ぬ気でいる。クレアが針で刺したのも死ぬための試練、とでも考えているのかもしれない。
「も、もしかしたら苦しめるだけ苦しめて殺さないかも知られないわよ?」
「……その時は、アンデッドに噛まれることぐらい、なんともなくなってると思う」
苦痛が一過性でなく、持続することを知っても、ユノは揺るがない。
だめだ。この子は生半可なことをやっても曲げれない。
クレアはそう、直感した。
クレアの経験をもとに本格的な拷問を与えたら、さすがに折れるのかも知れない。
しかし、何の抵抗もない少女を拷問にかけて苦しめれるほど、クレアの性根は腐っていなかった。
「……どうしたの?私を苦しめるんでしょ?いいよ、思いっきりやって。私は耐えるから。……悲鳴を上げた方がいいなら、そうするけど」
針を刺したまま沈黙するクレアに疑問をもったのか、ユノがそんなことを言う。
「……よ」
「どんなことでも、耐えて見せる。耐えたら、最後にはちゃんと殺してね?……あ、そういえば人って苦しかったり痛かったりするだけで死ぬんだったっけ?それでもいいや」
自分にとってなんでもないことのように振る舞う。
「……いいよ」
「……はやく、苦しめるなら苦しめる。痛めつけるなら痛めつけるで、早くして。じらすのだけは、やめて」
「もういいよ。ユノ。私はあなたを苦しめない。だから、もう強がらないで」
クレアのその言葉に、ユノの目が大きく見開かれた。
「つ、強がる……?」
「もうやめよ?私が間違ってた。ごめんね、痛い思いさせて」
そう言って、クレアはそっと刺さった針を抜く。
ぷくりと、ユノの手のひらに血の水玉ができあがる。
「ねえ、私と一緒に旅しない?私、蓄えも結構あるし、それに、旅は楽しいよ?」
自分は旅を始めたばかりだというのに、まるで大先輩かのようにクレアは言った。
「こんなところにいなくていいし、怖い思いもしなくていいんだよ?」
旅先でこんな目に遭っているクレアは、ユノに優しく語りかける。
「ね、だから――」
「いや!!」
続けようとした言葉は、ユノの叫び声に、かき消された。
「私の故郷は、私の生活できるところは、ここだけ!ここだけなの!ここじゃないと生きていけないの!でも、もうここは終わっちゃったの!だから、だから!
だから私も、ここで死ぬの!」
ほんとうに8歳の子供か疑わしくなるほど明瞭な意思で、ユノは叫んだ。
「……ゆ、ユノ」
クレアは、もう半ばあきらめていた。
この少女を連れていくことは、できない。
もし無理に連れだしても、ユノはきっと死にたがる。そんな子を連れて旅は無理だ。
ここで殺してやることこそが、優しさじゃないだろうか。
そう、思うようになっていた。
「私は、ここの人間じゃないわ。だから、ユノがどうして故郷にこだわるのかが理解できない」
おそらく、これが最後の会話。
「うん。わかってる」
「私は何がなんでも生きようとしていたから、なんでそう簡単に死を選ぶのか、理解できない」
別れの、会話。
「うん、わかってる」
「……でも、私は。あなたを殺そうと思う」
決意の会話。
「……うん、ありがとう」
「私は悪人なの。ユノを殺したいから、殺すの。……だから、ユノは被害者。何も、気に病むことはないわ」
最後の、優しさ。
「ありがとう、クレア」
クレアはコートから、一つの拳銃を取り出した。
小さな、小さな拳銃だった。
小さなユノの手にもすっぽりと収まる、小さな拳銃だった。
これは昔クレアが護身用に持っていた、デリンジャーだった。
大男をこれでは殺せないだろう。
しかし、小さな女の子を至近距離で撃てば、その命は簡単に断てる。
「覚えておいて、私の名前はクレーシア。命を奪うことでしか他人を救えない、愚か者よ」
静かに、ユノは首を振る。
「そんなことないよ。私は十分、救われてたよ」
優しく、微笑む。
その微笑みに、クレアはさらに胸が痛む。
この子の笑顔を、自分が奪う。自分が、殺す。
「……愚者クレーシアの名において」
それは、クレアが他人を殺す時に使う、文句。
昔の自分に立ち返り、罪を犯すことへの、確認と覚悟だった。
「ユノ・フォーリナーを」
クレアは震えるユノの額に銃口を当て―――
「殺す」
引き金を、引いた。
――――――第一世界、三日目―――――
あの世界の神に、力はなかった。
ユノが死んだ。私が殺した。
今際の言葉は『ありがとう』。
ありがとう?ありがとう?
私は、何もお礼されるようなことしていない!
私は、ユノを殺した。
殺したんだ!
なのに、なんで私はお礼を言われたんだ。言われてしまったんだ。
ユノ。
私はあなたを救えなかったよ。
救えないと判断したから、殺しただけなんだよ。
それなのに、なんでお礼なんか、言うのよ。
恨んで死んでくれたらまだ、楽だった。
楽だったのに。
……そうか、私は楽になっちゃいけないんだ。
私は永遠に、苦しみ続けなきゃ、いけないんだ。
あの時、あの男に引き取られた時、最初に人殺しを命じられた時に。
最後までとことん抵抗して、殺されていればよかったんだ。
あの時あの男の言うままに人殺しをしたのが、私の罪。
罪。罪。罪なんだ。
罪は、贖わなければいけない。
どうやって?
わからない。私のしたことは重すぎて、贖う方法が全然わかんない。
もう、いいや。
死のう。
死ねば、ユノにも会えるし、罪も償える。
そう、思っているのに。
私は、額の拳銃の引き金を、引けない。
ユノの時はあんなに簡単に引けたのに、その銃口が自分に向いた途端、一ミリも指が動かなくなった。
私の弱虫。
なんで、死ねないんだろう?
これも、罰?
そう簡単に、楽になるなってこと?
ああ、そうなんだ。
そうなんだ。私はずっと、死ねないまま生き続けて、苦しみ続けなきゃいけないんだ。
だったら、せめて。
どうせ苦しむことしかない人生なら。
他人を助けていこう。
自分よりも他の誰かを優先して、誰かを救って行こう。
それが、贖罪になると、信じて。
……今、私はこの日記を世界のはざまで書いている。
最後の最後、だめもとで異世界移動の印を結んでみたら、ちゃんと出れた。
もし、出れなかったら今ごろ私はあの世界でアンデッドになっていただろう。
それがない、ということは、まだ苦しまなくてはいけないということ。
だから、進もう。
次の扉を、開こう。
きっと、苦しいと思う。
でも、きっと楽しいことも、ちょっとだけなら、あるはずだから。
おやすみ、ユノ。さようなら。ありがとう。
ユノ・フォーリナーの冥福を祈って。
―――――――――クレア・ペンタグラム
―――――――――第一世界、終了。第二世界に続く―――――――――
こんにちは、作者のコノハです。
今回でクレアの旅日記、第一世界の終了となりました。
クレアの旅の目的、それが今回で決まったと思います。
孤児だったクレアを引き取った男は、クレアに苦痛を与えられたくなければ人を殺せと命じます。最初は対抗するものの、クレアはだんだん人殺しに対する抵抗が薄くなっていきます。
そして、気がつけばクレアは血にまみれた罪まみれの存在、と言うわけです。
クレアはこれからどうなるのでしょう?また、苦しむのでしょうか?それとも、少しぐらいは平穏が与えられるのでしょうか?
次回はクレア視点でお送りします。
お楽しみに。
追伸。
感想ご意見お待ちしております!
行ってほしい世界、とかもまだまだ募集しておりますので!
もしかしたら、番外編として登場するかもしれません。
ではでは、駄文散文失礼しました。
ご愛読感謝です!