我が家の合鍵がいつの間にかオークションに出品されていた
合鍵を失くした。
一人暮らしの高校生・弘前良雄がその事実に気が付いたのは、帰宅したタイミングだった。
今日は持久走やら小テストやらがあった為、心身共に疲弊しきっており、一刻も早くアパートの部屋に入って休みたいというのに。
胸ポケットからズボンのポケット、更には制服の内ポケットに至るまで。ありとあらゆる場所を探したが、やはり合鍵は見つからない。
不幸中の幸いなのは、失くしたのがたまたま持ち歩いていた合鍵だということだ。
いつも使っている鍵はこうして鞄の中に入っているので、部屋には入れないことはない。
しかし、合鍵とて鍵に変わりはない。シャーペンを落としたのとは、訳が違う。
「しょうがないな」と諦めて、探さないわけにもいかないだろう。
取り敢えず部屋に入った俺は、ブレザーやズボンやスクールバッグをあさって、合鍵を捜索し始めた。
考え得るところは、全て探した。それでも合鍵は見つからない。
そうなると、あと考えられるのは……学校で落としたとか?
そう判断した俺は、見つかれば儲け程度の気持ちで生徒会のホームページを覗いてみた。
生徒会のホームページには、校内行事の案内や各部活動の活躍だけでなく、落とし物リストなんかも載せられている。
もし合鍵を拾った親切な誰かが生徒会室に届けてくれたのなら、このリストに載っている筈だ。
俺はリストの上から順番に確認し始めた。
数分後。
リストに「合鍵」の2文字は載っていなかった。
いや、何で練り消しがあるくせに、合鍵が載っていないんだよ! 練り消しよりも鍵の方が重要だろ!
……なんて半ば八つ当たり気味な文句を言っても、ないものはない。
まだ誰にも拾われていないだけかもしれないし、或いはそもそも学校以外の場所で落とした可能性だってある。
こうなった以上、正直合鍵を見つけることが出来るとは思えない。
……仕方ない。明日大家さんに頭を下げて、鍵を取り替えてもらうとしよう。
合鍵問題の解決策が見つかったところで、俺は生徒会のホームページを再度見た。
落とし物リストとは別のページに、最もアクセス数の多いものがある。
それは、ネットオークション。
生徒会主催で定期的に開催されており、在校生の間では我が校の名物として知られている。
オークションと言っても、出品されるのは要らなくなった備品や持ち主不明な文房具とかで、高価な宝石や絵画が出てくることはない。
高校生の小遣いの範囲で出来る、なんとも微笑ましいオークションなのだ(因みにオークションでの利益は、生徒会運営費に充てられるらしい。なんとも理にかなった使い道である)。
さて、今日の目玉は何なのかな?
期待に胸を膨らませながら、画面をスクロールさせていくと……見覚えのある鍵が目に留まった。
「……」
まさかなと思い、俺は自分の持っている鍵と見比べる。……ここにある鍵と画面の中の鍵は、瓜二つだった。
この事実が何を意味するのか? 考えるまでもない。
俺が失くした合鍵は……信じられないことに、オークションにかけられていたのだ。
説明欄には、きちんと「弘前良雄宅の合鍵」と書かれている。生徒会の個人情報の管理は、どうなっているんだ?
しかしここは、ポジティブに考えることにしよう。
失くしたと思っていた合鍵が見つかった。オークションにかけられているのなら、落札して手に入れれば良いだけの話だ。
俺は合鍵を買う為に、1万円を提示する。
美少女ならともかく、平凡な男子高校生たる俺なんかの家の合鍵を入手する為に、大金を費やすバカはいない。
競争になることは、まずないだろう。そうやって安堵出来たのは、ほんの一瞬だった。
俺の合鍵が欲しいが為に、2万円を提示するバカが現れた。いや、マジで誰だよ?
生徒会オークションでは匿名性が保たれており、誰がどの商品に入札したのかを特定することは出来ない。
入札者は、全て番号によって管理されている。
俺の合鍵に2万円を出そうとしているバカは、「23番」だ。……この番号、覚えたぞ。
他ならぬ我が家の合鍵だ。お金がもったいないからと言って、放棄するわけにはいかない。
俺はすぐさま、3万円を提示した。
すると「23番」は、今度は7万円を提示してきた。
って、7万円!? いきなり跳ね上がったな! 1ヶ月の家賃より高いんですけど!
……良いだろう。その勝負、乗ってやろうじゃないか。
俺は通帳の残高を確認してから、有り金全てを合鍵に投じる。これで向こう数ヶ月は、もやし生活確定だぁ!
正直、合鍵の為に全財産を投じるなんて、バカなことをしたと思う。鍵を交換した方が、絶対安く済むに決まっている。
でもこれは最早、そういう問題じゃないんだ。ここまで来たら、意地でも合鍵を競り落としてやる!
しかしそれでも、上には上がいた。「23番」は、お菓子でも買うような感覚で50万円を提示する。
50万って……一介の高校生に、そんな金額が出せるわけがない。
結果我が家の合鍵は、「23番」が落札。
もやし生活を回避出来た代わりに、俺は合鍵を失ったのだった。
◇
翌日。
俺が帰宅すると、誰もいない筈の部屋の中から物音が聞こえてきた。
「……誰だ?」
泥棒でも侵入しているのか? 確かにそれも考えられるが、今の俺の頭には別の可能性が浮かんでいた。
そう。昨日生徒会オークションで我が家の合鍵を競り落とした、「23番」だ。
合鍵を手に入れた「23番」が、早速我が家を訪れた。そう考えるのが妥当だろう。
俺の家に一体何の用だ? そもそもどうして俺の家の合鍵を手に入れた?
……今更あれこれ推理する必要もないな。「23番」は、今部屋の中にいるのだ。直接問い質してやれば良い。
俺は玄関ドアを開ける。すると部屋の奥から、良い匂いが漂ってきた。
この匂いは、カレーだろうか? なんとも食欲をそそる匂いである。
匂いにつられるように足を進めると、キッチンで料理をしていたのはお嬢様で知られる青山紬だった。
「おかえりなさい」
味見をしていた青山だったが、俺の姿を見るなり料理する手を止めて、優しく微笑みかけてくる。
青山は校内一の美少女であり、加えて青山財閥の御令嬢でもある。まさにドラマやアニメで出てくるようなお嬢様なのだ。
「青山……どうして、俺の家に?」
「それは「どうして俺の家にいるのか?」という質問かしら? それとも「どうして俺の家に入れたのか?」という質問かしら?」
両方だよ。
「前者の答えは、料理を作る為よ。あなたに手料理を振る舞うことが、私の夢だったの。そして後者の答えは、これよ」
青山が見せてきたのは、失くした筈の合鍵だった。
「その鍵……やっぱりお前が「23番」だったのか」
部屋の中にいる人間=「23番」だということは、わかりきっていた。だから青山が「23番」であることに、あまり驚きはない。
それに青山が「23番」ならば、容易く50万円という金額を出したことにも納得がいくものだ。
彼女にとっては、50万なんて端金だろう。
しかしそこまでして、ウチの合鍵が欲しいものかね?
実はこの部屋には、俺の知らない何かが隠されているとか? ……って、それこそアニメの見過ぎだな。
俺は飛躍しすぎた自身の妄想を、鼻で笑った。
「俺は一人暮らしだ。手作りの料理には飢えているし、だからカレーを作ってくれているのは非常にありがたい。でも……お前が俺に手料理を振る舞う義理なんて、どこにもないだろ?」
俺と青山はクラスメイトだから、そりゃあ何度か話したことはある。しかし、それだけの関係だ。
仲の良い友達じゃない。教科書を見せ合うような隣人でもない。
卒業して数年経ったら顔も名前も忘れてしまうような、そんな淡白な間柄だ。
「義理なんてないわよ。あるのはただの恋心だけ」
「……は?」
聞き間違いか? 今青山のやつ、「恋心」って言ったような……。
青山は深皿に盛り付けたカレーライスを、俺に差し出す。
「男を落とすには、まずは胃袋を掴めって言うでしょ? 大丈夫。私なしじゃ生きられないように、ちゃんと調教してあげるから」
青山の言葉に、嘘はない。
彼女の作ったカレーライスは、定期的に食べたいと思ってしまうくらい美味しかった。
◇
状況を整理しよう。
俺の合鍵を落札した「23番」の正体は、青山だった。
そして青山は、(理由はわからないが)俺のことが好きだと言っている。
だから青山は俺に手料理を振る舞ったわけで。
それだけじゃない。
あの日以降も青山はほぼ毎日我が家に足を運んでいて、家事の一切をしてくれた。
つまり青山の目的は、疑似的な半同棲生活だ。
「……どうしよう」
青山が帰った後、俺は一人頭を悩ませている。
青山の手に合鍵が渡ってしまったことや、彼女が勝手に我が家の敷居を跨いでいることなんて、今や大した問題じゃない。
最大の問題は……俺がこの生活を快適だと思い始めていることだった。
青山の作った料理は、びっくりするくらい美味しい。
これまでコンビニ弁当やカップ麺ばかり食べていたせいか、中毒性が高いような気がする。
掃除や洗濯も率先してやってくれる。
俺の下着を掲げてニヤニヤするのはどうかと思うけど、そこは家事の報酬だと捉えることにした。世の中見て見ぬフリも大切である。
そして何より、青山はめちゃくちゃ可愛いのだ。
いや、美少女であることは前から知っていた。だけどここで言う可愛いというのは、容姿だけを指しているわけじゃなくて。
例えば二人でテレビを観ている時、彼女はしれっと頭を俺の肩に乗せてきたりする。
例えば雑誌を読んでいる時、「ねぇねぇ、何読んでいるの?」と、俺の背中にもたれかかってきたりする。
しっかり者のお嬢様が、時折垣間見せる甘えに、俺はかなり心を奪われているのだ。
なんなの、これ? もう嫁じゃん。俺ってばイチャイチャラブコメしちゃってんじゃん。
調教なんて、そんな優しいものじゃない。俺の心は、いつの間にか青山に支配されてしまっていた。
今は半同棲みたいな生活をしているけど、大学生になったら本当に同棲を検討してみようかな? きっと青山も、喜んでくれるだろう。
いざその時になって失望されないように、今のうちから少しずつ料理でも覚えておくか。
俺がそんな風に思い始めた時だった。
青山の口から、信じられない一言が飛び出す。
「私ね、お見合いすることになったの」
相手は取引先の社長の子息らしい。要するに、政略結婚というやつだ。
青山家程の名家となれば、そういった話もよくあるそうで。俺とは生きている世界が違うんだなと、改めて実感する。
「……俺のことが、好きなんじゃなかったのかよ?」
「好きよ。これからだって、ずっと愛してる。でも……恋愛と結婚は、別の話でしょ?」
青山は諦めたように言う。
そんな表情をされたら、真っ向から否定することも出来ないじゃないか。
「だからもう、ここには来れないわ」
青山は合鍵を俺に返してくる。
その言動通り、次の日から彼女は我が家を訪れなくなった。
◇
お見合いが決まってからというもの、青山は我が家だけでなく学校にも来なくなった。
電話をかけたりメッセージを送ったりしてみるも、彼女からの反応はなし。俺は青山と接触する機会を、なくしてしまっていた。
綺麗に片付いていた部屋はあっという間に以前の散らかり具合に戻り、洗濯物も溜まってしまっている。
食事はきちんと摂っているのかって? 食べてはいるけど、美味しいと感じることはなくなっていた。
「……青山」
一人寂しくテレビを観ながら、俺は呟く。
画面の中でネタを披露しているのは、最近流行りのお笑いコンビ。彼らのネタを、青山と二人で観ては大笑いしていたっけ。
だけど今はクスリとも出来ない。
お笑いも人生も、何が面白いのかわからなくなっていた。
ピーンポーン。
唐突に玄関チャイムが鳴る。
セールスか何かか? そう思いながら玄関ドアを開けると……そこに立っていたのは、青山だった。
「青山?」
「久しぶりね、弘前くん」
許可を得る前に中に入ってきた青山は、部屋の現状を見るなり「うわっ」と漏らした。
「何これ、掃除も洗濯も全然出来てないじゃない。まったく、私がいないと何出来ないわね」
「……そうだよ。お前がいないと、俺はダメなんだよ。だからその、お見合いなんかしないで戻ってきて欲しいっていうか」
「だから戻ってきたじゃない」
……はい?
あっけらかんと、青山は言う。さっぱり意味がわからない。
「実はね、取引先の社長の息子、姉さんと出来てたらしいのよ」
「それって……お前のお見合い相手と姉が、恋仲だったってことか?」
「そういうこと。お父さんとしては政略結婚さえ成立すれば、嫁ぐのは私でも姉さんでも良かったみたいでね。なので今回の私のお見合いはご破談。だけど青山家は当面安泰」
「えーと、つまりどういうことなんだ?」
「私は好きな人と一緒になって良いってことよ」
俺は無意識のうちに、青山を抱き締めていた。
「ちょっと、苦しいわよ」
「悪い! 今、離れるから!」
「離れる必要はないわ。……嫌だとは言ってないもの」
そう言って、青山は俺の胸に頬を寄せる。
あぁ、もう! 本当に可愛いな、この野郎! 今すぐ結婚したいくらいだ!
「思えばあなたの家のチャイムを鳴らすのは、初めてだったわよね」
「そうだな。そして最後でもある」
俺は青山に合鍵を手渡す。クーリングオフは、二度と受け付けないぞ?
合鍵を受け取った青山は、心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
「また50万で落札するべきなのかしら?」
「いいや。そんなお金要らないさ」
だって俺はお前に、それ以上の幸せを沢山貰うことになるんだから。




