お好みの世界をどうぞ
彼氏の流依が世界を選ばせてくれるというので、それに甘える。
世界といっても、一日分だけだけれど。
「今日が三回ループしたわけだけどさ」
放課後の教室。流依がスマホをいじりながら言う。
「いま初めて知ったんだけど」
「え、俺しか分かってなかったのか」
他の人がループを知らなかったことに衝撃を受けたのか、流依がスマホを置く。うぬぬと唸っているが、なぜ三回目まで気づかなかったのか。
「昨日、新月だったもんね。さすがの災難体質」
流依は満月や新月の次の日に、不思議なことに巻き込まれる。今回のは災難と呼ぶほどでもない。マシな方だ。
「それで、どの今日を採用するかを俺が選べるらしいんだけど」
「選ばなかった今日は?」
「俺以外に記憶されず、ゴミ箱行き」
「シビアな話だね」
どうして世界を選ぶと分かったのか。なぜ流依以外に記憶されないことが既に分かっているのか。
本人に聞いても「なんとなく」としか返ってこない。災難体質は謎が多い。
「どれでもいいから、お前任せよっかなって。どの今日がいい?」
「そう言われても、前回も前々回も記憶にないからね。……もしかして、流依が今日の数学のテストで百点だったのって?」
「俺は一周目も百点だった」
「救いがない」
流依の成績がいいのはいつものことだけど。私にじとっと睨まれても、どこ吹く風である。
「じゃあ、テストのときの状況を教えるから。それで選べば?」
「いいけど」
流依は意地でも自分で選ばないらしい。
「一周目は、お前は七十点。お前が苦手なベクトルの範囲だったから、意外と健闘したな」
「でも流依は百点なんでしょ」
「俺に『すげえな、頑張ったじゃん』って言われて喜んだあと、俺の点数を見て机に突っ伏してた」
流依が楽しそうに笑う。そんなに面白かったのか。
私は、一周目の自分の気持ちがよく分かる。褒められるのは嬉しいけど、なんだか釈然としないものがあるのだ。
「二周目、お前は八十点。二周目だから点数が上がったと思ったんだけど。今思えばこっちを褒めるべきだったな」
「本当だよ、二周目の私がかわいそう。ところで流依の点数は」
「百点」
「やっぱりか」
ドヤ顔をするでもなくサラッと言うから困る。たしかに、一周目から百点なのに下がるわけないもんな!
「三周目はご存じのとおり」
「私は六十点だったんだよね。なんで下がったんだろ」
「日頃の行いが悪いんじゃないか?」
説明は終了、と言わんばかりに流依はまたスマホをさわる。今日の選択が明日に影響するかもしれないんだから、もう少し真剣になれ。
「どうしようかな。二周目はまあいいんだけど」
流依が褒めてくれることは滅多にないので、私は少し悩む。一周目を捨てるのは惜しい。
でも、わざわざこの情報を伝えたのは流依なわけで。流依は、私がこの問題を悩むように設定したのだ。
「三周目の今日を選ばなければ、今も消えるわけだよね」
「そうだな」
「それなら、私は今を選ぶよ」
「六十点なのに?」
流依がからかうようにたずねる。どうせ結果を分かっていたくせに。
「流依が選ばせてくれたことを覚えていたいから」
流依の目が一瞬だけ見開き、口元がほころぶ。
流依が満足する答えを出せたようで何よりだ。こういうときの流依の顔はいっとうきれいで、私もうれしい。
「じゃあ、そうする」
照れくさい気持ちを隠すような素っ気なさで、流依は言った。
次の日、目覚めてみれば、机の上にあるテストは六十点。宣言どおり、三周目が採用されたようだ。それは構わない。私が選んだ結果だ。
ただ、ひとつ誤算が。私にも三周分の昨日の記憶があった。
謀ったな、流依!