第2話 赤いリボン (1/9)
やたらと鮮明に覚えたままの夢を時々思い出しながらも、私はいつもと同じように学校に行って、そう変わらない一日を過ごして部屋に戻った。
坂口くんは今日もお休みだったし、冬馬くんは今日も一人だった。
ケーブルに繋いで行ったスマホの充電は満タンになっていて、クラスのグループにもズッ友グループにもそれぞれ通知が来ていた。
スマホを中学校に持って行ってる子もいるから仕方ないけど。
私は持って行ってないから、こうやって部屋に戻ってくると大体こんな風に通知でいっぱいになっている。
『∈2ーA✧グループ∋』という名前のグループトークを開けば、ズッ友グループでも一緒のひまりが写真をあげていた。
でも、その写真は……誰だろう。
一見ひまりには見えないけど、ひまりに似た感じの少し大人な女性だった。
彼女は私と一緒で一人っ子だし、写真はキラキラの加工がいっぱい入っている。これは……もしかして、本人なのかな……?
『見てこれー、神可愛いっしょ♪』
ひまりの虹色に光るきらきらの絵文字に囲まれた言葉に、アイカのツッコミが入る。
『自分で言うww』
そっか、やっぱりひまりの写真なんだ。
『このアプリ、マジ神ってるから、みんなもやってみなよー、沼るよっ』
『大勝利!(←スタンプ)』
続けてアプリのURLが貼られる。
女子だけじゃなくて男子も何人かが、やってみるとダウンロードを始めた。
そのうち男子も女子も、美人やイケメンになった写真を始める。
次々に可愛いとか綺麗とかカッコイイとかそんな言葉とスタンプが飛び交う。
『ミンスタに高校生でーすってあげたら、フォロワー増え過ぎヤバイww』
ひまりが、ぐっと増えたフォロワー数を自慢するようにスクショを添えてくる。
私は思わず心配になってしまった。
加工で分かりにくいとは言え、顔写真なんて上げちゃって大丈夫なのかなぁ。
一応室内の写真ではあるけど、窓の外も結構写っちゃってるし……。
けれど皆は『いいね!』スタンプを送ったり『私もやってみようかな』という子までいて、誰もひまりを止めそうにない。
多分私と同じように心配になってる人もいるんだろうけど、この雰囲気じゃ何も言えないよね……。
その時、冬馬くんが発言した。
『楽しそうなところ悪いとは思うのだが、ネットに顔写真は出さないほうがいい、身バレすると後が大変になる』
私は、その言葉にホッとした。
私では、ひまりにもアイカにも、言えそうになかったから……。
玲菜なら言えるんだろうけど、面倒で言ってくれない可能性は大いにある。
『確かに(←スタンプ)』
『それな!(←スタンプ)』
『一理ある(←スタンプ)』
と同意のスタンプが来て、私は胸を撫で下ろす。
冬馬くんが悪者にならないで済んで、ホッとした。
私と一緒で、この流れをハラハラ見ていた人が他にも居たんだなと思った途端、ズッ友グループの方に通知が来た。
『ちょっとー、冬馬マジウザいんだけど』
その言葉に胸が痛くなる。
『ゴゴゴゴゴ(←スタンプ)』
『ほんとムカつくよね』
『もー、あんなやつグループに呼んだの誰よー』
『空気読めないにも程があるっしょ』
ご立腹のひまりにアイカが同意していて、私は居た堪れなくなった。
冬馬くんは何も間違った事は言ってないのに。
ひまりを心配しただけで、悪口を言ったわけでもないのに。
『蹴っちゃえば?ww』
アイカの言葉に、心臓がヒヤリと凍り付く。
そんな簡単に、そんな風に、切り捨てられてしまうんだと。自分も迂闊な事を言えばそんな風に思われるんだと、目の前に突きつけられた様な気がした。
『それいーね!』
ひまりが、楽しげなスタンプを添えてノリノリで答える。
それからほんの数秒のうちに、クラスのグループには
『ひまりが冬馬叶多を退会させました』
との一文が入った。
…………ほ、本当に、退会させちゃったんだ……。
私は、どこか信じられない気持ちでその一文を見つめた。
少し熱いスマホを握る手がじっとりと汗ばんで、どんどん冷たくなってゆく。
どうしてそんなに、心ないことができてしまうんだろう。
冬馬くんが……、言えば嫌がられるかも知れない中で、それでも言ってくれたのは、ひまりのためだったのに……。
ひまりは、そんなことも想像できないんだろうか。
クラスのトークには、
『無惨……(←スタンプ)』
『ヒェェ(←スタンプ)』
と男子がスタンプを押してくれていたけれど、それきりで冬馬くんのことを口にする人はいなかった。
そのうち男子は家の犬だとか猫だとか、しまいには金魚やらぬいぐるみまでを加工して、めちゃめちゃな合成結果を見せ合っては大笑いしはじめた。