第1話 夢の中の出会い (6/7)
この調子で、次々に現れる雲兎(とカタナさんが略していた)をせっせと倒す。
HPが減ってきたなと思うと、丁度良いタイミングでカタナさんが回復ドリンクを投げてくれる。
きなこもちも途中からペット用のスキルというのを習得して、私と一緒に敵を倒してくれるようになった。
「お、また上がったな」
「レベル18になりました」
「最初のうちはサクサク上がるからな」
操作にも慣れてきて私はちょっと楽しくなってきたけど、カタナさんはどうなのかなぁ。
私のこと見守ってるだけって、つまんなくないのかな。
テレビでも見ながらやってる?
いやいや、これは夢なんだっけ。
きなこもちの動きをじっと見ていたカタナさんは、私の視線に気付いたのか顔をあげた。
あんまり表情が変わらない人だけど、多分きなこもちに見惚れてたんだろうなぁ。
そのギャップに、私は内心こっそり苦笑する。
「みさみささん、上手くなってきたな。あと3匹倒せば初心者ミッションの雲兎倒すのが達成になるから、そしたらこの奥に移動しようか」
「え? 数えてたんですか?」
「うん。初心者ミッションが変わってなければ、50匹で達成だと思う」
言われて、ミッションの一覧を確認する。カタナさんの言う通りだ。
倒した数のところには、47/50と書かれていた。
「すごい……。その通りです」
「よかった」
カタナさんが、黒髪の奥でちょっとだけ赤い瞳を細める。
深く澄んだ赤色が、なんだか宝石みたいで綺麗だなぁ。
「この奥の敵はマップのボスになるからちょっと強いけど、見た目は怖くないから。タゲは……っと、ターゲット俺が取るので後ろから弓で射ってくれ」
タゲはターゲットの略だったのかな?
「は、はいっ、頑張りますっ」
と答えつつ、ちょっと焦る。
弓なんて、私にちゃんと撃てるんだろうか。
「ぷいゆっ」
足元のきなこもちが、えへんと胸を張る。
「お。またレベルが上がったのか? きなこもちは偉いなぁ」
カタナさんがきなこもちの隣にしゃがみ込んで、もちもちとその頭を撫でる。
なんだかちょっと、きなこもちが羨ましい気がする。
奥のエリアは、空中庭園とでも言えばいいのか、雲の上なのに、緑に溢れていた。
色とりどりの可愛い花が咲く庭園の中心に、もこもこのそれはいた。
ええと、これは……。なんというか、大きいなぁ……。
さっきの兎はきなこもちと同じくらいのサイズだったけど、これはもう家一つ分くらいあるのでは……?
「通称、雲羊と呼ばれてる。みさみささん、弓の準備はいい?」
カタナさんが初めて武器を構える。
両腕に装着したそれは、篭手の拳先から剣身が生えるような形をしていた。
短剣の仲間……なのかな?
カタナさんがどんな風に戦うのか、見てみたい。
そう思った私だったけど、弓を構えて「はい」と私が答えたら、カタナさんはひょいと石を投げた。
投げた石は、空中庭園ですやすやと眠っていた羊にゴチン……ではなくふわっと吸収されて、それでもダメージの数字が出る。
途端、羊は目覚めるとカタナさんにまっすぐ向かってきた。
それを見て、カタナさんはクルリと羊に背を向ける。
「ええっ!?」
驚く私にカタナさんは言った。
「ああ、大丈夫だ。このくらいの敵なら当たらないから」
彼の言う通り、羊はカタナさんの背に攻撃を繰り返しているけど、その度ミスの文字と0という数字が出ているだけだった。
「射って」
言われて、ハッとなる。
「あ、ごめんなさいっ」
慌てて番えた矢。標的をハッキリさせれば体は自然に矢を射った。
矢は、もこもこの大羊の背に吸い込まれると32という数字が出る。
ダメージ少ないなぁ。
「その調子。どんどん射て」
私は『了解!』のマークを出しつつ、弓を射る。
「ぷいゆ、ぷいゆっ」と、きなこもちも足元でぴょこぴょこ跳ねて応援してくれている。
きなこもちが敵を叩いてターゲットが移らないように、一緒に叩くモードは今解除されていた。
でもまだ敵のHPは、十分の一も減ったようには見えない。
これ……すごく時間かかりそうだよね……。
カタナさんはこちらを向いているけれど、視線は相変わらずきなこもちに注がれていた。
「あの、カタナさん……すみません、付き合ってもらっちゃって……」
3分もすれば、弓の操作にも慣れて喋る余裕ができてきた。
私が謝ると、カタナさんは不思議そうに私を見た。
「いや、俺が誘ったんだし気にしなくていい」
それから少し考えるように、先に刃のついた手で器用に顎を撫でて尋ねる。
「……もしかして、そろそろ終わりにしようという話か?」
「え、いや、そういうわけじゃないんですけど……」
「じゃあ単調な作業で飽きたか? 俺が叩いて倒した方が良ければ、言ってくれ」
「あ、いえ、そんな事ないです。弓射るのも楽しいです」
「そうか、よかった……」
カタナさんが、またホッと小さく息を吐く。
「恥ずかしい話なんだが、俺は空気を読んだりというのがうまくできないんだ。だから、何か思うことがあればなんでもはっきり言ってほしい」
「は、はい」
『空気が読めない』という言葉に、私はなんとなく通話アプリでの会話を思い出してしまう。
空気が読めないと、本人は大変なのかも知れないけど……。
私は、空気なんて読めなくてもいいような気がしてしまう。
だってカタナさんも冬馬くんも、自分以外の人を大切にできる素敵な人なのに。
「く、空気なんて、読めなくてもいいと思います。空気は、吸って吐ければ、それで十分なんですよ!」
思わず語尾に力が入ってしまって、自分でもちょっと驚く。
私もしかして、モヤモヤしてたのって、これ……。
私……怒ってたのかな……。
カタナさんは赤い瞳をキョトンと見開いて、それから嬉しそうに笑った。
「……そうかも知れないな」
笑うカタナさんの顔は急に幼く見えて、私と同じくらいの歳に見えた。
なぜかカアっと顔が熱くなる。
私はそれを誤魔化すように話し出した。
「私はただ、私に付き合ってくれてるカタナさんが暇だろうなと思って。つまらない時間を過ごさせちゃってるんじゃないかなって、心配になっ……て……」
うう……、なんか言えば言うだけ余計恥ずかしくなってきた……。
「ああ、そういう事だったのか。教えてくれてありがとう」
カタナさんが小さく笑う。
『ありがとう』なんて……。私の方がずっとずっと、ありがとうなのに。
「俺はDtDが好きだから。新しいプレイヤーが来てくれるのは嬉しいし、初心者の手伝いをするのは俺には十分楽しい事だよ」
カタナさんの声からは、本当にこのゲームが好きなんだなって事が伝わってくる。
「そうなんだ……」
なんだか、私まで嬉しい気持ちになってしまう。
カタナさんの言葉は、私までこのゲームが好きになってしまいそうな、そんな言葉だった。