第6話 閉じ込められていたもの (2/6)
「えーと、どういう事かな?」
大きなゴーグルを頭の上にあげて、ラゴが私たちをじっと見る。
エメラルドのような緑色の透き通った大きい瞳。ちょっと人間離れした大きさの瞳に不審の色が浮かんでいて、ちょっと怖い。
「こいつは元はみさみさのペットだったんだ。いや、今もまだみさみさのペットだ」
その言葉に、私は慌ててペットのプロフィール画面を確認する。
確かに、きなこもちは姿は変わってしまったけれど、私のペットのままだった。
ラゴは「バグがペットだなんて……」と言いかけて、その表示を確認したのか言葉を失う。
「……君たちは、今までに二度バグを見ていたはずだよ? バグと知っていてそれを……。いやそもそも、どうやってそんな事……」
そこまでで、ラゴは両手にボワッと炎を生み出した。
あゆが反射的に何かの呪文を唱える。
「効かない!?」
ラゴはニッと口端を上げて不敵に笑う。
「残念だったね、ディスペルは効かないよ。僕のこれは魔法じゃないからね」
ラゴは私たちに向きなおると、緑の瞳でじろりと睨む。
「二度ならず三度まで、バグとともにいる君たちは、バグの……いや、そのウィルスの発生に関与していると断定してもいいかな?」
「えっ!?」
「それはちょっと横暴じゃないですか!?」
私とあゆの声に、カタナが叫ぶ。
「っ! 俺たちは、清く正しいプレイヤーだ!!」
あまりに大きな声に、私は驚く。見れば、あゆも驚いた顔をしていた。
冬馬くんは、どんな時でも冷静で、こんなふうに感情のままに怒鳴ったりはしないイメージだった。
DtDが本当に大好きなカタナだからこそ、それを疑われた事が許せなかったんだね……。
「じゃあどうして、そんなものをペットにしてるんだい?」
ラゴの声が冷たく響く。
「三人とも、アカウントはロックさせてもらうよ。話は問い合わせフォームから聞かせてもらおうか」
「待ってくださいっ!!」
私は思わず叫んでいた。
「ロックするなら私だけにしてください! 二人は本当に、何も関係ないんです!!」
「みさみさ!」
「みさみさちゃん!?」
「……君だけが、ウィルスを作っていたと言うことかい?」
ラゴが緑の瞳をスッと細めて私を見る。叱られているみたいで身がすくむ。
「ウィルスを作ったりはしてません! でも、フニルーをペットにしていたのは私です」
「フニルー? ……そっか、これは、フニルー擬態型のウィルスなんだね」
ラゴは少年らしい仕草でコクコクと納得したように頷く。
「けど、フニルーは元々ペットにはならないはずだよ?」
「……でも、私、その日始めたばかりで知らなくて……、手を出したら、乗ってきて……。テイムしますかってウィンドウが出て……」
声が震える。声だけじゃなくて、私は全身が震えていた。
ぽん。と私の肩にカタナが触れる。
何も言われなかったけど、励まされたような気がして、心に勇気が満ちてくる。
「なるほど。もしかしたらウィルスのせいでデータが変異しちゃったのかも知れないね。一応、ロックの後で行動ログを検証させてもらうけど、それに問題がなければ一週間以内にロックは解除しておくよ」
わかって……もらえたんだろうか。
私がホッとしたのも束の間、ラゴは両手の炎をもう一度振りかぶる。
「それじゃ、ウィルスを焼くから離れて」
「ま、待ってくださいっ! その子は、見た目はそうかもしれないけど、人を傷付けるような事はしませんっ」
私が慌てて両手を広げれば、ラゴは小さく首を傾げた。
「……そうかな? ログを見たけど、カタナ君にダメージを与えてるみたいだよ?」
さらりと答えられて、私は言葉に詰まる。
「それは、俺から触っただけで、それ以降はありません」
「触れてダメージが出るなら、それは敵だよ。ただのモンスターならともかく、それはウィルスだ。バグじゃない。僕はこれを放置できない」
言い切られて、何て返せばいいのかわからなくなる。
「君たちがこれまで見ていた二体も、僕は一般プレイヤーに心配をさせないようにバグだと言ったけど、本当はウィルスなんだ」
そう言われても、私には、バグとウィルスの違いはよくわからない。
私の顔を見て、ラゴは補足する。
「バグはゲームを作った側の、僕たちのプログラムミスだけど、ウィルスは外部の悪意のある人が、この世界を壊すために意図的に侵入させたプログラムだ」
悪意……。
その言葉に、私の背をヒヤリとした寒気が走る。
ラゴは不意に片手の炎を消すと、耳元の通信機のようなものを押さえて、誰かとやりとりをする。
ラゴが静かに私たちに向き直った時には、その緑の瞳に穏やかな色が戻っていた。
「うん、今、他のGMが君たち三人の行動ログを確認した。その子がDtDに登録してから今日までのログを全部確認したが、不審な点はなかったそうだ」