第6話 閉じ込められていたもの (1/6)
「きなこもちっ!」
きなこもちを包んでいた、黄色いフニルーの殻が弾け飛ぶ。
その内側で、膝を抱えるようにしていた黒い生き物が、ゆらりと立ち上がった。
「っ、やっぱり……そうなのか……」
やっぱりと言いながらも、信じたくないような、カタナの苦しけな声。
黒くてつるりとしたロボットのようなその生き物が、ゆっくり目を開く。
明るい水色のライトが点るように、その瞳は光を放っていた。
「あれって、もしかして……噂のウィルスなんじゃ……?」
あゆは杖を握って、いつでも呪文が唱えられるようにしている。
「前に見たのより、ちっちゃいけど……」
と私が答えた途端、その姿がじわじわと大きくなっていった。
わ、私のせいじゃないよね?
バグの姿になったきなこもち。
でもその足元にはまだ『きなこもち』という名前が残っている。
「ヴルルル……ルル……」
低く唸りながら、その黒い姿のモンスターはじわりと両腕を持ち上げる。
その瞬間、あゆがきなこもちと私たちとの間に炎の壁を張った。
けれど、持ち上げられた両腕は、きなこもちの頭を包む。
「ヴルル……」
小さな唸り声は、どこか戸惑っているように聞こえた。
「きなこもち……」
私は思わず炎の壁を通り抜けて、きなこもちの側へ行く。
プレイヤーの魔法はプレイヤーには効果がない。
「みさみさちゃんっ」
あゆの慌てるような制止の声。
「みさみさ……」
カタナは小さく私の名前を口にしただけで、止めようとはしなかった。
「大丈夫? 苦しいの……?」
私は頭を抱えてうずくまるきなこもちに手を伸ばす。
「触れるとダメージが入るかも知れない」
同じように炎の壁を抜けて歩いてきたカタナが、隣で助言する。
「みさみさではHPが足りないかも知れない。俺が先に撫でてもいいか?」
「え……? い、いいけど……」
「きなこもち、撫でてもいいか?」
カタナは、フニルーとは似ても似つかなくなってしまったその黒い生き物へも、真摯に尋ねた。
「ヴルルル……」
顔を覆っていた手を少しだけずらして、きなこもちは細く目を開いてカタナを見る。
そっと伸ばしたカタナの手が、光を返さない漆黒のボディに触れた瞬間、バチッと弾かれて、カタナから赤い数字がこぼれた。
「――っ!」
こないだのように4桁になるほどではなかったけど、800に近いダメージは、私では即死になる数字だった。
カタナのHPは1/3ほど減っていて、すぐにポーションを飲んでいる。
それに動揺したのは、私たちじゃなくてきなこもちだった。
カタナのダメージに怯えるように、きなこもちがジリジリと下がる。
「大丈夫だ、もう治した」
カタナがそんなきなこもちを慰めるように、いつもよりも優しく声をかける。
「お前が気にする事じゃない。俺が迂闊だっただけだ」
黒い生き物は両手で頭を覆ったまま、いやいやと小さく首を振った。
私たちがきなこもちを傷付けたくないように、きなこもちも、私たちを傷付けたくないんだ……。
その事が、私にはすごく嬉しくて、でもそんなきなこもちをどうしたらいいのかわからない。
「きなこもち……」
突然フッと空がかげって、私とカタナが顔を上げる。
虹色の空から、真っ赤な髪を揺らして真っ赤な翼を広げた少年が舞い降りる。
両手をぐんと振り上げた少年が、その手をまっすぐ振り下ろしながら言う。
「離れて!!」
カタナが両腕を広げてきなこもちを背に庇う。
「待ってくれ!」
私も、カタナの後ろに隠れるようにしてきなこもちとの間に入った。
「!?」
GMのラゴが理解できないという顔で私たちを見る。
ズダンッと大きな音を立てて、ラゴは私たちの前に立った。
あゆがそれを避けるように、ぐるりと回って私たちの斜め後ろに立つ。