第5話 いつもの学校で (5/8)
月曜の学校は、いつも通りだった。
みんなちょっとだけ眠そうで、やる気の無いどんよりした空気が朝の新鮮な空気と混ざって、いつもと変わらぬ月曜の朝。
坂口くんは、今日は珍しく午前中一度も寝ていないようだった。
別に見張ってるわけじゃないけど、私は坂口くんの斜め後ろの席なので自然と目に入る。
昼休みには、また冬馬くんの席に坂口くんが向かい合うように立っていた。
相変わらずDtDの話をしてるみたいで、思わず聞き耳を立ててしまう。
「ウィルス……? バグじゃなくて?」
「うん、そのウィルスはフニルーに擬態してる事があるらしいって、昨日ギルドの人が話してて……」
「フニルーに……。そうか。無関係な話ならいいんだが……」
フニルー?
私は思わず、みんなで集まっていたアイカの席を「ちょっとトイレ」と離れた。
冬馬くんの席は廊下側の一番前、出入り口付近だから、教室から出るふりをすればすぐそばまで行ける。
「でも、昨日はみさみさちゃん喜んでくれてよかったね」
――え!?
坂口くんの言葉に足が止まりそうになるのを、ゆっくりでも進める。
「そうだな」
答える冬馬くんの声は、やっぱりどこかで聞いたことがある気がする。
い、いやいや、そんな、珍しい名前じゃないし……。
聞き間違いかも、だし……。
「ボクが思うに、みさみさちゃんはリアル女子だと思うんだよねぇ……」
「……だったら何だ?」
「うーん。ボクは叶多のそういうとこ嫌いじゃないんだけどさ、もうちょっと……」
二人の話が気になりすぎて、私は廊下に出てしまった後もそのまま扉の向こう側に隠れたまま、動けない。
「本人が男だと言ったのに、疑う必要なんかないだろう」
「それは叶多がそういう流れにしちゃったからだよ」
「……俺が、嘘をつかせた……、と……?」
「多分ね。まあ叶多に悪気がないのはわかってるんだけど、それでもね……」
「……よく分からないが、歩が言うならそうなんだろうな……」
え。えええと、冬馬くんって叶多って名前だったっけ?
確かにグループ会話でそんなフルネームだった気がするけど、なんか、名前の響きがカタナに似てない??
それで坂口くんは、下の名前、歩って言うんだ???
なんか、それって……、それって……。
心臓がバクバクいってる。
私は今すぐ二人の姿が見たくなって、扉の向こうで教室を振り返る。
「今度、ボクがなんか話しやすい雰囲気作って、本当のとこ聞いてみるよ」
銀色の大きな丸い眼鏡の向こうに、ふわりと柔らかな笑顔。
「すまないな、迷惑をかけて……」
ちょっと目を逸らして、でも申し訳なさそうに謝る真っ直ぐな言葉。
そのどちらもが、私の知ってる二人にピッタリと重なった。
「このくらいの事、いいよ、気にしない……で……」
私がドキドキに息が詰まりそうになった時、突然、坂口くんの体がぐらりと傾ぐ。
「ぁ……やば……眠気……が……」
「歩っ!!」
冬馬くんは慌てて席を立つ。けど机の反対側からでは間に合わない。
私は駆け出していた。
両腕を精一杯伸ばして、今にも地面に叩きつけられそうだった坂口くんの頭を何とかギリギリで受け止める。
カシャンっと音がして、眼鏡だけが床に落ちた。
とほぼ同時にガタンッと大きな音がしたのは、冬馬くんが倒した椅子の音だ。
その音に、教室の視線が集まり、ざわりと大きく騒めく。
冬馬くんが一歩遅れてこちらに回ると、眼鏡を机の上に拾い上げてから、坂口くんの隣に膝をつく。
「ありがとう、助かった……」
冬馬くんが坂口くんに手を伸ばすので、私は必死で受け止めた頭をそっと渡した。
坂口くんを受け取る冬馬くんの指は、震えていた。




