第98話 今後の話から決闘だよお義父さんへ
「確かにルミイはお前の求婚に対して、いいですよと答えたな。男が求めて、女が応じた。逆の場合も多いが、これは結婚が成立したことになる」
ガガンが厳かに宣言した。
なんか目尻からツツーッと涙がこぼれているではないか。
そうか、ルミイはお前の本命だったもんな。
「マナビさんらしくないですよ。どうしてびっくりしてるんですか。あ、わたし降りますね」
俺に抱きかかえられた姿勢から、地面に着地するルミイ。
そして、「おっとっと」とか言いながらよろけた。
むっ!!
俺は見逃さなかったぞ。
ふわふわヘアから突き出したとんがり耳が、ちょっと赤い。
こいつ、天然さんと見せかけて、実は何もかもわかっているのでは……?
小悪魔系ふわふわ女子……!!
俺は戦慄した。
「おめでとうルミイー! あなたの場合、家と家の結婚は関係ないから自由よー!」
突然祝福の声がしたと思ったら、空を飛んでルリファレラがやって来た。
後ろに、光の翼を広げたカオルンと、ミニサイズになったアカネルがいる。
「マ、ママ聞いてたんですか!? やだー! 恥ずかしいですー!!」
ルミイが顔を覆ってうずくまった。
新鮮な反応!
「じゃあマナビくん、ルミイはお願いね。もうすぐうちの人が戻ってくるから、ひと悶着あると思うけど、そこは根性で切り抜けて」
「根性で!」
「それくらいできないとこの娘を預けられないわ。だって、バーバリアン王バルクとエルフ最強の戦士ルリファレラの娘なのよ? 見合う男じゃないといけないの」
「ハードルたかーい」
だが、俺はまあまあやる気である。
バーバリアン王だろうと、今芽生えた愛のパワーでぶっ倒してくれよう。
あ、いや、パパをぶっ倒されたらルミイがショック受けないか?
うーむ……!
俺が一瞬悩んだら、首元が突然ひんやりした。
何もなかったはずのそこに、正方形を二つ組み合わせた形の、金平糖みたいなペンダントが出現する。
これは……正面から見ると八芒星に見えるような。
『我が朋友よ、まずはおめでとう。俺様は時間の問題だと思っていたがな』
「オクタゴン!」
『そう、俺様だ。こうやってお前が手を下すと微妙にまずそうなところで、俺様が手を貸してやることにした。花嫁の父親をぶん殴ったらまずかろうと言うのだな? クソみたいな親父ならともかく、仲良し親子ならなおさらだろう。よし、俺様が代わりにバーバリアン王を撫でてやる』
「ほんとか。ありがたい。お義母さん、こういうのありなの」
「人脈も力だもの。というかそのペンダント、精霊王クラスのプレッシャーを感じるんだけど」
「俺の朋友は現役の邪神なんで」
『どうもどうも。このトラペゾヘドロンの欠片を身につけられるやつが今までいなかったんで、ぶっつけ本番でマナビに引っ掛けたらいけたんだ。だから俺様はこうして、外の世界を覗くことができる』
「ガガンにオクタゴンと、一気に仲間が増えちゃった感じだな。そして男たちはどちらも嫁を探してる」
「うむ」
『うむ』
ガガンとオクタゴンの声が重なった。
こいつら、案外仲良くできるかも知れんな。
「それじゃあ、今後の計画よろしいかしら、花婿くん? こっちに来てちょうだい。ノームよ、隆起してちょうどいい感じのテーブルと椅子を作って」
ざっくばらんな詠唱に応え、ルリファレラの目の前にテーブルと人数分の椅子が出現した。
なんとテーブルの上に、ちっちゃいアカネル用のちび椅子まである。
「なんですかねお義母さん」
「うんうん。ルミイが一番最初に片付くとは思わなかったわ。お義母さんって呼ばれるの、すごく感慨深いわねえ。じゃあね、初夜の話なんだけど」
「初夜!」
「初夜!」
俺とルミイで、座ったまま飛び上がる。
「わ、わたしは全然気になりませんけど。マナビさんはチュートリアル禁止で」
「なんだって! 勘弁して下さい」
「ずるいじゃないですか! お互いそこはぎこちなくいきましょう!」
「くっ、なんたる説得力だ」
俺たちがやんややんやとやり始めたのを見て、ルリファレラがニコニコした。
「マナビくん、ルミイは旅の途中でも、全然興味ないし知識ないですよって顔していたでしょ? この娘、実は誰よりも詳しくって、興味津々で自分でもね」
「ママ!! そこから先は戦争ですよーっ!!」
ルミイがテーブルをバンバン叩いた。
全身真っ赤になっている。
こんなルミイは初めて見たかも知れない。
そして、ここで俺とガガンは気付くのである。
「誰よりも知識があって興味津々……!? ということは、まさかお風呂で洗ってくれた時とか」
「俺たちの水浴びをじーっと見ていたのは……」
そして、ともに「ウグワーッ」と衝撃を受けて前かがみになった。
これは大変なことですぞ。
『楽しそうだなあ。俺様の場合見られないから前かがみになる意味がない』
オクタゴンがフランクに会話に加わってくる。
「話が進まないから、私が進めちゃうわね? いい? バーバリアンもエルフも、初夜には同じしきたりがあるの。見届人が必要。これは問題ないわね」
今度は、カオルンとアカネルに微笑むルリファレラである。
「カオルンなのだ? なんかやってほしいならやるのだ。いいのだぞー」
「当機能がですか!? ま、まあ事前に実習を見学できると思えばゴニョゴニョ」
本当に理解してないっぽいカオルンと、完全に理解してる上に未来計画までポロッとこぼしているアカネル。
これを見て、ガガンが心底羨ましそうな顔になった。
「いいなあ……」
「任せろよガガン」
俺が背中をバシーンと叩くと、ガガンが泣き笑いみたいな顔になった。
「我ながら情けねえと思うが、頼むぜマナビ……! この恋心を吹っ切らなきゃ、オレはどこにも進めねえ……! くっそー、ルミイとお前が初夜だって聞いて脳が破壊されそうなんだが、前かがみになっちまう」
「やめろ、目覚めるんじゃない! 戻ってこれなくなるぞ!!」
俺は戦慄した。
そっち方面の趣味に目覚めたら、ヤバいぞ!
「お義母さん、初夜はお預けにして、ガガンの奥さんを探しにセブンセンスに行くかもしれん」
「ふうん……」
ルリファレラの笑みが深くなる。
なんだかめちゃくちゃ嬉しそうだ。
「ルミイ、いい人見つけたじゃない。これは最高優良物件だわ」
認められた……!?
何を認められたんだ。
解せぬ。
こうして、今後をどうするかという話は終わった。
後は、やってくる問題を片付けるだけだ。
「聞いたぞ!!」
バカでかい声で、大気が震えた。
「俺の可愛いルミイを! 奪おうとする馬鹿者がいるらしいな!!」
大地が震える。
バーバリアンたちが多数やって来たが、誰もが緊張のせいか、青ざめて直立不動の姿勢になっている。
その中から、一際でかい男、髭面の偉丈夫、バルクが出現した。
額に青筋が浮かび、毛皮からむき出しになった首や腕が、血の気で赤く染まっている。
こりゃあ、ルミイが恥ずかしがってるのとはぜんぜん違う。怒りで赤くなっている。
「マナビ! やっぱりお前か! バーバリアンの……このバルクの娘を奪おうと言うんだ! どうするべきか分かっているよな!」
「おう」
俺は立ち上がった。
だが、今回はバルクをなるべく傷つけないよう、ソフトに制圧する必要があるのだ。
「チュートリアルと、人脈の力でねじ伏せてやるぜ、お義父さん」