第94話 三人称視点・鉄腕敗れたり
凍土は過酷な大地である。
強い者しか生き残ることはできない。
例え強大な魔法使いであろうと、凍れる大地の厳しさの前では、ただの人間に戻る。
ただ生きるだけでも、生命として根本的な強さが必要になるのだ。
だからこそ、凍土に生きるバーバリアンは、何よりも個体としての強さを重んじた。
狩りができる強さ。
凍土を侵す敵を倒せる強さ。
強さこそが、凍土の大地にある王国で、唯一絶対の法だった。
ちなみに、凍土の大地の横に肥沃な森があり、そこにエルフたちが住んでいる。
彼らはバーバリアンの力に満ちた肉体を美しいものであると判断し、協力することになった。
最強と言われたバーバリアンの王子と、森で指導者をしていたハイエルフの女戦士が恋に落ち、結ばれた。
その辺りから、凍土の暮らしはかなり楽になった。
狩りの獲物がなくても、常に果物などは食べられるようになったのである。
凍土は、まあまあ過酷な大地である。
それなりに強い者しか生き残ることはできない。
「ということが昔あったそうなんですよ」
「そうなのだ? だからそんなに過酷そうでもないのだなー。あっ、マナビのいるところがちょっとずれたのだ。チュートリアルから戻ってきたのだ!」
「マスター! ここの人たちは敵ではないのですから、加減してあげて下さいねー!」
遠くで、三人が見つめるのは中肉中背で手ぶらの男。
筋骨隆々というわけではない、凍土の王国では浮く外見の男だ。
バーバリアンたちは、常日頃通り、力に劣るその男が捻り潰されるものだと思っていた。
相手はガガン。
最近、大いに力を付けてきた戦士だ。王国の若年戦士団の中では最強を誇る。
武器は、闘気を腕に集中し、鋼のような強度に変えて殴る打撃。
アイアンフィストと呼ばれているそれは、凍土に潜む殺人セイウチの牙すら一撃でへし折る。
人間がこれを喰らえば、ひとたまりも無いのだ。
果たして、雄叫びを上げるガガンが、アイアンフィストを全力で展開。
決闘相手である男に殴りかかった。
勝負はついた!
三人の少女と、王の妻と、その息子たち『以外』の誰もがそう思った。
しかし、男は横にトコトコ歩き、アイアンフィストを回避していた。
歩いた!
機敏に動くわけでもなく、地面に身を投げ出すわけでもなく。
普通に攻撃から視線を変えて、横にフツーに歩いた!
それだけで、アイアンフィストが空を切る!
怒るガガン。
「モギャオー!!」
咆哮とともに繰り出される、連続攻撃!
今度こそ終わった!
やっぱり、三人の少女と、王の妻と、その息子たち『以外』の誰もがそう思った。
いや、今回はエルフたちも、まだ終わってないなーと思った。
その通りである。
男は今度は床に腰を下ろし、体育座りをしたのである。
彼の頭上を、ガガンの連続攻撃が抜けていく。
これを、男はぼーっと眺めた。
当たらない!
全く攻撃が当たらない。
相手は回避する素振りすら見せず、どこに攻撃が来るのかを正確に予知した上で、舐めきったアクションで攻撃の範囲外に移動するのだ。
どれもこれも、範囲ギリギリにいるので、傍から見ていると当たりそうで当たらない。
「何やってるんだガガン!」
「下だ、下下!」
「拳がデカくなりすぎて見えてないんじゃないのか!」
「ムギャオー!!」
ガガンは吠えた。
外野がうるせえええええ! と思っているが、そんな事を口に出す余裕はない。
彼からすると、必殺の攻撃を放った瞬間、相手が視界から消えるのだ。
決闘相手の男は……このモヤシ野郎は……、ガガンが何かをするたびに死角に移動する。
全く見えなくなる。
ガガンの中に生まれたのは戸惑いだった。
偶然か?
だが、偶然が二度続くとは思えない。
まぐれか?
まぐれで、あんな舐めた動きはしない。
ガガンは慌てて拳を止め、男が座る地面に向けて叩き下ろした。
物に当たったガガンのアイアンフィストは、そこから衝撃波を放つ。
これは回避するとか、そういうことができる攻撃ではない。
決める!!
ガガンは強く意識し、地面を殴った。
当然のように男は尻だけで移動し、拳は当たらなかった。
尻移動が異常に速くてキモいなー、とガガンは思ったが、そんな事を口に出す余裕はない。
生まれた衝撃波が、男を打ち据える!
これで、相手は吹っ飛ばされて態勢を崩すはず……。
普通の相手ならば、だ。
男は衝撃波の勢いに乗り、そのまま上空にふわっと浮いた。
体育座りの姿勢から、座禅の態勢に変わっている。
そして衝撃波に任せて、空中でくるくる回った。
楽しそうである。
「バカな!?」
ガガンは思わず叫んでいた。
必殺の攻撃がどれも当たらないどころか、不可避の広範囲攻撃ですらもこの男には通じないのか!
いや、衝撃波に乗ってふわっと浮かぶなんて、初めて見たけれど!
「だが、空中なら身動きは取れねえだろう! 死ね! オレのアイアンフィストで……!! ヌウウオオオオオオオ!!」
ガガンは叫んだ。
振りかぶった拳が、今までで最大の闘気を纏う。
拳に収まりきらなかった闘気が溢れ出し、ガガンの拳を輝かせた。
光が渦を巻き、外に向かって広がっていく。
必殺の気合を込めて、ガガンはアイアンフィストを突き出した。
その瞬間である。
男はじーっと、ガガンの拳を見た。
初めて、ガガンのことをよく見た。
若きバーバリアンの戦士は、一瞬、背筋が凍った心地になる。
その感覚は何か。
理解する暇などない。
だが、ガガンはこの感覚に気付けただけ、非凡であった。
男の手が伸び、ガガンの拳から放たれる闘気に触れる。
実体が無いはずの闘気が、男の手に撫でられてその方向を変えた。
外に放出されるはずだったそれが、ガガンに向けて戻ってくる。
アイアンフィストを取り巻く闘気の流れが変わる。
放出ではなく、螺旋に。
螺旋が、拳へと逆流を開始する。
「ウ、ウグワーッ!?」
アイアンフィストが止まった。
逆流する闘気に押し留められて、そこから一歩も進めない。
戻すこともできない。
ガガンの腕が、闘気の逆流によって膨れ上がっていく。
「こ、これは……これは……!」
眼の前に、あの男がいる。
既に地面に降り立ち、視線はガガンを見ていた。
彼は「あー、終わった終わった。すまんな、四手になっちまった」と呟きながら、ガガンの腕をぞんざいに叩いた。
すると、ガガンの腕が破裂した。
闘気が撒き散らされ、衝撃波が生まれ、決闘場に吹き荒れる。
「ウグワー!?」
「な、何が起きウグワー!?」
「まるで嵐ウグワー!?」
バーバリアンたちは理解ができない。
ガガンは己の腕が破裂した勢いで吹っ飛ばされながら、男を見た。
その男が立っている場所だけ、闘気の嵐も衝撃波も発生していないのだ。
いや、そここそが、この状況の中心点。
嵐の中央の、凪だった。
それを完璧に理解し、コントロールしきり、男はただ一度ガガンに触れるだけで、若きバーバリアンの戦士を完膚なきまでに粉砕したのである。
「ば、化け物か!! ウグワーッ!!」
ガガンの意識は遠ざかっていったのだった。
「おーい、ルミイ! 回復の魔法使ってやって。これならまだ治るでしょ」
「はいはーい」
面白い!
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