第89話 日焼け止めと浜辺の夕暮れ
泳いではみたが、俺が一番ザコだったのですぐに脱落した。
「ふう、体が鉛のように重いぜ」
「マナビさんすぐに沈んでましたねえ」
向こうでは、己の能力を抑え込んだ人型オクタゴンと、カオルンとアカネルがナマコを投げ合っている。
楽しそうだ。
俺はルミイの隣に腰掛けた。
「ホットドッグ食べます?」
「運動してきた直後にそういう重いものはちょっと……。あ、コーラあるの? ちょうだい」
アビサルワンズの人からコーラをもらって飲んだ。
うめえ。
どうやらイースマスは、オクタゴンの領域によって「僕の考えた最強のアメリカ西海岸」の気候にセッティングされているそう。
普段は曇ってジメッとしているが、オクタゴンが気合を入れると、西海岸パワーを発揮してカラリと晴れ渡り、理想的な天候になるのだ。
「オクタゴンが言ってたんですけど、けっこう日焼けするそうです! これ、アビサルワンズの人からもらった日焼け止めなんですけど塗ってもらっていいですか!」
「いいぞ!!」
女子に日焼け止めを塗る!!
俺の人生で一度もなかった凄いイベントだ。
やるしかねえ。
砂浜に敷かれたシートに、ルミイがごろりとうつ伏せになる。
トップスの紐が解かれて、背中があらわだ。
白い!
そこに日焼け止めオイルを垂らし、「つめたーい!」ぬるぬる伸ばし「きゃはははは、くすぐったーい!」背中、二の腕、尻、太ももまで合法的に触った。
うーん!!
来てよかったイースマス。助けてよかったオクタゴン!
俺は胸の奥からこみ上げる感動に身を任せた。
人生の宿題の一つが片付いてしまったな。
「前の方に塗ってもいいですかな?」
「マナビさん変な喋り方! 前は自分でやるからいいですよー。手が届きますもん」
「あっそうですか」
だが、恥じらいというものを持っていないルミイである!
眼の前でペタペタやり始めたので、俺は刃のように鋭い目になった。
一秒たりとも見過ごせん。
瞬きすら惜しい。
だが流石に目が乾くので瞬きする。
「あのですねえ、マナビさん」
「なんですかな」
「ここまで連れてきてくれて、ありがとうございます! わたし、正直ダメかと思ってたんですよ」
「ほうほう」
「ワンザブロー帝国の人たちがいきなり襲ってきて、凄い魔法装置で私を連れ去って。それで召喚をしろって言われて、マナビさんが出てきて、滅びの塔に送られて……。あー、これで終わった、おしまいだーって思ってたんです」
ルミイがちらっとこっちを見る。
笑っている。
「まさかそこから、とんでもない冒険が始まっちゃうとは思わなかったです! 大変で死にそうだったけど、どんどん楽しくなってきました!」
「そうか、それはよかった」
俺の目線は彼女の顔、首から下を行き来する。
「今ですね。ママの送った精霊が飛んできたんです。ここからずーっと南の方で、みんながシクスゼクスに攻め込んできてるみたいです」
「ほうほう、そうかそうか……えっ。つまり、それはバーバリアンとエルフたちが、ルミイを取り戻すために?」
「はい! 今まではどこに行けばいいか、どのルートを行けばいいかで三つの帝国と交渉してたみたいです。さすがに三つ相手にして勝てるわけないですから。でも、今はわたしがシクスゼクスまで来てるって分かりましたから!」
「それで、シクスゼクスに戦争を仕掛けたわけか。ほえー、即断即決だなあ。あ、胸元塗るの手伝っていい?」
「マナビさんがグイグイ来ます! 仕方ないですねえ。わたしもいちおう、それがどういう意味かは分かってるんですよ」
「分かってたのか!」
衝撃を受ける俺。
知らない系ヒロインではなかったのか……。
「ママから、男の人はこうやって試せって教えてもらったんです! なので、ぐいぐい来るマナビさんはママからすると操縦しやすい男の人みたいですねー。わたしはどういう意味なのかよく分かんないですけど、なんか信じられる人だって言うことだけ分かりますから! どうぞ!」
ルミイが胸を突き出してきた。
こりゃあ大変なことですぞ。
知らない系ヒロインではないと思ったら、やっぱり知らない系ヒロインだったのだが、なんか大切なことは分かってる系ヒロインである。
絶対に守護らねばならぬ。
俺は日焼け止めを塗りながら、そう頭の片隅のかすかに残った理性で考えたのだった。
さて、日焼け止めバッチリなルミイが、俺に日焼け止めをぶっかけてぬるぬるぬるーっと凄い勢いで塗った。
ともに日焼け対策完了だ。
そして何をするかというと……。
「ふいー、ポカポカしてお腹も膨れてくると眠くなりますねえ」
「パラソルの下で女子と二人で昼寝するとか、貴族じゃん」
こんな贅沢が許されていいのか!
いいのだ。
特に俺には。
ルミイと二人並んで、ぐうぐうと寝るのである。
しばらくして、水から上がってきたカオルンとアカネル。
俺たちの横に座り込んで、何やらパクパク食べている音がする。
遊ぶと腹が減るからな。
「さて、そろそろ俺様のタイムリミットのようだ。数百年ぶりの人とのふれあい。楽しかったぞ」
半分夢の中にいる俺に、オクタゴンの声が聞こえる。
「いや、正確にはあっちの世界でも、女子と浜辺で遊ぶことなんか一度も無かったから、人生初体験の出来事だった。ヴォジャノーイである俺様はいつも孤独に泳いでいたからな。邪神の初体験なんて凄いぞ。俺様、人生の宿題を一つやり遂げた気分だ」
俺と同じような事考えてやがる。
こいつはアメリカ人の俺か。
「残念なのはマナビ、彼女たちがお前のステディであることだ。次は俺様のステディと浜辺でキャッキャウフフする。頼むぞマナビ。俺様に最高にキュートなガールを紹介してくれ! そのための援助は惜しまない。これをやろう」
俺の首に何かが掛かった。
目覚めるとオクタゴンは消えており、既に夕方である。
首に何か掛かったと思ったが、何も見当たらないぞ……? なんだったんだ。
海に沈んでいく夕日が美しい。
それはそれとして、ピカピカ光る魔力の星エーテリアが、夕べの風情を打ち消しに来ていて実にウザい。
「あれ? エーテリア、前よりも光が弱くなってますねえ」
隣で起きてきたルミイが、疑問を呈した。
それに対して、アカネルがすぐさま応じる。
「ヘルプ機能によると、エーテリアの寿命が急速に短くなっています。三年持つはずでしたが、このままでは一年持つかどうかも怪しいです」
「大変じゃないですかー!」
「マスターがこの世界に現れ、世界に影響を与えています。そのため、エーテリアが動作不良に陥っているようです」
ああ、そうか。
異世界召喚者の力も、この世界の魔力を使っているのだった。
俺がチュートリアルしまくったお陰で、エーテリアにガタが来たということかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいいのではないか?
今大切なのは……。
「よーし、寝て体力回復だ。もうちょっと砂浜で遊んで、腹を減らしたら飯を食いに行こう!」
「賛成なのだー! カオルン、まだまだ力が有り余ってるのだ! 水遊び楽しいのだー!」
「当機能が見つけた、浜辺のアクティビティを紹介するときが来たようですね。これはヒトデ投げと言って……せいっ! 喰らえマスター!」
「ウグワーッ!? やめろアカネル、手裏剣みたいに投擲するな!」
「むふふ、そろそろわたしも動かないと……お腹がすかないから、夕ご飯の楽しみが半減しちゃいますね! 待ってー!」
こうして、水着な三人の彼女たちとともに、海を堪能する俺なのだった。
面白い!
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