第75話 三人称・どっちが獲物だったのか
襲撃の夜である。
あまりにも想定外の獲物が来た。
いや、あれは獲物ですら無い。
もしかすると、今回の襲撃者を殺したのは彼らなのではないか。
それ以外に考えられないのではないか?
だとすると、あれらは獲物ではなく、村に迷い込んできた捕食者だ。
そこまで考えて、村長のバルゲは震え上がった。
「なんという物を招き入れてしまったのか……。まるで、立ち寄った村を滅ぼしていく化け物だ」
まあ待て、まだそうと決まったわけではない。
バルゲは理性で自分をセーブし、集まった村人たちを見回した。
「いいか。ゲームは我らの村最大の娯楽だ。そして、我々がこの厳しい土地で生き残るモチベーションとなるイベントだ。これを汚されることは許されぬ。今宵、あの獲物たちを皆で襲っていなかったことにする。ゲームは行われなかった! その方向で行く」
おおーっ! と賛同する村人たち。
既に日は沈み、月が昇り始めていた。
異世界パルメディアの月は二つ。
一つは真の月。
もう一つは魔力の星。
真の月の輝きを浴びて、村人たちは次々と獣人に変貌していった。
老いも若きも、誰もが凶暴な姿の、血に飢えた獣となる。
この光景に、バルゲは笑みを浮かべた。
見よ、実に壮観ではないか。
昼は力を失うライカンスロープは、最弱の魔族とも呼ばれる。
だが、夜になってしまえば我々の時間なのだ。この数があれば、上位の魔族とて破ることができるだろう。
弱い魔族だと、このような辺境に追いやった上位の魔族たち。
我々の力を知るがいい!
バルゲは自らも巨大な白狼に変化し、月に向かって遠吠えを上げるのだった。
コダルコダール村のライカンスロープたちは意気軒昂。
あのけしからん獲物……ですらないサムシングを八つ裂きにせんと、彼らに貸した家に迫る。
この、貸したというのも腹立たしい。
獲物ですら無いなら、家賃を払って欲しいものだ。
家を維持するために、日々村人たちがどれだけ努力していることか。
それもこれも、村に迷い込んだ無力な獲物を、追い詰めて絶望させて次々に吊るすためである。
ちなみに、ライカンスロープは別に人を喰うというわけではない。
食事は人間と同じである。
姿が変わるだけで、嗜好はそこまで変化しないので、旅人を獲物にして吊るすのは彼らの純然たる趣味なのだ。
「うおおー!! 我らの趣味を汚す者たちを!」「許すな!」「殺せ!」「趣味を守れ!」
つまり、彼らは趣味を邪魔されてガチ切れした趣味人の集まりである。
その趣味が極めて悪趣味であるだけだ。
魔族の世界で邪険にされたフラストレーションを、より弱い一般の人間に向けていたわけだ。
そんな彼らが、獲物であったサムシングの家を取り囲む。
この家は今回、みんなでぶっ壊してしまって構わんだろう、という同意になっている。
村人たちはやる気満々で、一斉に家に取り付いた。
窓にしがみついて、吠える。
叫びながら壁をかきむしる。
屋根に登ってジャンプしまくる。
そんなアクションを最初にした者たちが、「ウグワーッ!?」と一斉に叫んで転がり落ちた。
みんな、毛皮の上からでは分からないが、血の気を失って口から泡を吹いている。
「なんだ!? 何が起こった!?」
村長バルゲは混乱する。
だが、獣化した彼の頭は、冷静に思考を働かせることが出来ない。
ライカンスロープは獣人となることで、一般人を遥かに凌ぐ強靭な肉体と、魔法以外の攻撃への耐性、再生能力を得る。
その代わり、思考が極めて単純化されるのだ。
この家が、見た目通りの借家ではなく、まるごとウルフズベインまみれな罠の塊になっていることなど、気付くことすら出来ない。
なので、また考えなしに飛び込んでいくライカンスロープが……。
「ウグワーッ!?」
窓を破ろうとして、破片が刺さってから叫んだ。
白目を剥いて泡を吹いている。
「なんだ! 何が起こっている!」
バルゲは、残された僅かな理性を動員して叫んだ。
すると、家の中から応える者があるではないか。
「イエーイ、ライカンスロープのみんな、今日は集まってくれてありがとー!! お前らが来ることは全部分かっていました! 既に俺の術中です! 死ぬがよい」
あれは、サムシングどもの中にいた唯一の男だ!
一人だけ、魔法使いのような気配もせず、武人のような身のこなしでもなく、底しれぬ感じもなく、ただの人だった男だ。
そいつが家の中心に立ち、大きな声で煽り立ててくるのである。
「俺たちはここだぞー! ほらほら、まだ家の中まで入り込めないのかな? ちょっと頑張りが足りないんじゃないか? あきらめるなよ!? あきらめたらそこで襲撃終了だぞ!! やればできる! できるまでやるんだ! さあこい! こいこいこい!」
めちゃくちゃ煽ってくる。
ライカンスロープは獣化しても、もちろん人間の言葉は分かる。
ただし、思考が単純化され、凶暴化しているので大変怒りっぽくなるのだ。
煽られると瞬間でキレる。
村人たちは僅かにあった統制を失い、口々に怒りを叫びながら家に突撃した。
ウルフズベインまみれの罠の塊となった家にである。
結果。
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
死屍累々。
泡を吹き倒れるライカンスロープが続出した。
「い、いかん! お前ら、止まれ! 止まれーっ!!」
慌てたバルゲが叫ぶが、獣人は急には止まれない。
ついに扉も壁も天井も破り、獣人たちは中へと侵入を果たした。
「うおおおお! これで! これで!」
意気軒昂になる獣人たち。
「エクセレント! 素晴らしい! 初心者向け罠コース突破だな! ここからは中級者向けだ。家の中は一歩歩く度に罠だぞ」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
「ウグワーッ!!」
侵入した獣人が全滅した。
「マナビ!! カオルンがやることなんにもないのだ!? 仕掛けた罠でみんな死んだのだ!? 暇なのだー!!」
「わっはっはっはっは、だって相手の行動を全部知った上で、最適な場所に罠を仕掛けたからな。そりゃあやることもなくなる……。全部罠でぶっ倒す計算だからな」
「うがー! カオルンも戦いたいのだー!! 戦ってくるのだー!」
「あっ、カオルンが翼を広げました!」
「当機能の計算では彼女の飛翔でボロボロになった家が崩れます。マスター助けてえ」
バルゲが見守る前で、半壊した家が音を立てて崩れていった。
屋根を突き破り、輝く紫の翼が飛翔してくる。
「まだ一匹いたのだー!!」
「ウワーッ」
バルゲは恐怖を感じた。
迫りくるそれは、彼にとっての死そのものだったのだ。
かくして、コダルコダール村は壊滅した。
面白い!
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