表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/196

第75話 三人称・どっちが獲物だったのか

 襲撃の夜である。

 あまりにも想定外の獲物が来た。

 いや、あれは獲物ですら無い。


 もしかすると、今回の襲撃者を殺したのは彼らなのではないか。

 それ以外に考えられないのではないか?

 だとすると、あれらは獲物ではなく、村に迷い込んできた捕食者だ。


 そこまで考えて、村長のバルゲは震え上がった。


「なんという物を招き入れてしまったのか……。まるで、立ち寄った村を滅ぼしていく化け物だ」


 まあ待て、まだそうと決まったわけではない。

 バルゲは理性で自分をセーブし、集まった村人たちを見回した。


「いいか。ゲームは我らの村最大の娯楽だ。そして、我々がこの厳しい土地で生き残るモチベーションとなるイベントだ。これを汚されることは許されぬ。今宵、あの獲物たちを皆で襲っていなかったことにする。ゲームは行われなかった! その方向で行く」


 おおーっ! と賛同する村人たち。

 既に日は沈み、月が昇り始めていた。


 異世界パルメディアの月は二つ。

 一つは真の月。

 もう一つは魔力の星。


 真の月の輝きを浴びて、村人たちは次々と獣人に変貌していった。

 老いも若きも、誰もが凶暴な姿の、血に飢えた獣となる。


 この光景に、バルゲは笑みを浮かべた。


 見よ、実に壮観ではないか。

 昼は力を失うライカンスロープは、最弱の魔族とも呼ばれる。

 だが、夜になってしまえば我々の時間なのだ。この数があれば、上位の魔族とて破ることができるだろう。


 弱い魔族だと、このような辺境に追いやった上位の魔族たち。

 我々の力を知るがいい!


 バルゲは自らも巨大な白狼に変化し、月に向かって遠吠えを上げるのだった。


 コダルコダール村のライカンスロープたちは意気軒昂。

 あのけしからん獲物……ですらないサムシングを八つ裂きにせんと、彼らに貸した家に迫る。


 この、貸したというのも腹立たしい。

 獲物ですら無いなら、家賃を払って欲しいものだ。

 家を維持するために、日々村人たちがどれだけ努力していることか。


 それもこれも、村に迷い込んだ無力な獲物を、追い詰めて絶望させて次々に吊るすためである。


 ちなみに、ライカンスロープは別に人を喰うというわけではない。

 食事は人間と同じである。

 姿が変わるだけで、嗜好はそこまで変化しないので、旅人を獲物にして吊るすのは彼らの純然たる趣味なのだ。


「うおおー!! 我らの趣味を汚す者たちを!」「許すな!」「殺せ!」「趣味を守れ!」


 つまり、彼らは趣味を邪魔されてガチ切れした趣味人の集まりである。

 その趣味が極めて悪趣味であるだけだ。

 魔族の世界で邪険にされたフラストレーションを、より弱い一般の人間に向けていたわけだ。


 そんな彼らが、獲物であったサムシングの家を取り囲む。

 この家は今回、みんなでぶっ壊してしまって構わんだろう、という同意になっている。


 村人たちはやる気満々で、一斉に家に取り付いた。

 窓にしがみついて、吠える。


 叫びながら壁をかきむしる。

 屋根に登ってジャンプしまくる。


 そんなアクションを最初にした者たちが、「ウグワーッ!?」と一斉に叫んで転がり落ちた。

 みんな、毛皮の上からでは分からないが、血の気を失って口から泡を吹いている。


「なんだ!? 何が起こった!?」


 村長バルゲは混乱する。

 だが、獣化した彼の頭は、冷静に思考を働かせることが出来ない。


 ライカンスロープは獣人となることで、一般人を遥かに凌ぐ強靭な肉体と、魔法以外の攻撃への耐性、再生能力を得る。

 その代わり、思考が極めて単純化されるのだ。


 この家が、見た目通りの借家ではなく、まるごとウルフズベインまみれな罠の塊になっていることなど、気付くことすら出来ない。

 なので、また考えなしに飛び込んでいくライカンスロープが……。


「ウグワーッ!?」


 窓を破ろうとして、破片が刺さってから叫んだ。

 白目を剥いて泡を吹いている。


「なんだ! 何が起こっている!」


 バルゲは、残された僅かな理性を動員して叫んだ。

 すると、家の中から応える者があるではないか。


「イエーイ、ライカンスロープのみんな、今日は集まってくれてありがとー!! お前らが来ることは全部分かっていました! 既に俺の術中です! 死ぬがよい」


 あれは、サムシングどもの中にいた唯一の男だ!

 一人だけ、魔法使いのような気配もせず、武人のような身のこなしでもなく、底しれぬ感じもなく、ただの人だった男だ。


 そいつが家の中心に立ち、大きな声で煽り立ててくるのである。


「俺たちはここだぞー! ほらほら、まだ家の中まで入り込めないのかな? ちょっと頑張りが足りないんじゃないか? あきらめるなよ!? あきらめたらそこで襲撃終了だぞ!! やればできる! できるまでやるんだ! さあこい! こいこいこい!」


 めちゃくちゃ煽ってくる。

 ライカンスロープは獣化しても、もちろん人間の言葉は分かる。

 ただし、思考が単純化され、凶暴化しているので大変怒りっぽくなるのだ。


 煽られると瞬間でキレる。

 村人たちは僅かにあった統制を失い、口々に怒りを叫びながら家に突撃した。


 ウルフズベインまみれの罠の塊となった家にである。

 結果。


「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」


 死屍累々。

 泡を吹き倒れるライカンスロープが続出した。


「い、いかん! お前ら、止まれ! 止まれーっ!!」


 慌てたバルゲが叫ぶが、獣人は急には止まれない。

 ついに扉も壁も天井も破り、獣人たちは中へと侵入を果たした。


「うおおおお! これで! これで!」


 意気軒昂になる獣人たち。


「エクセレント! 素晴らしい! 初心者向け罠コース突破だな! ここからは中級者向けだ。家の中は一歩歩く度に罠だぞ」



「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」

「ウグワーッ!!」


 侵入した獣人が全滅した。


「マナビ!! カオルンがやることなんにもないのだ!? 仕掛けた罠でみんな死んだのだ!? 暇なのだー!!」


「わっはっはっはっは、だって相手の行動を全部知った上で、最適な場所に罠を仕掛けたからな。そりゃあやることもなくなる……。全部罠でぶっ倒す計算だからな」


「うがー! カオルンも戦いたいのだー!! 戦ってくるのだー!」


「あっ、カオルンが翼を広げました!」


「当機能の計算では彼女の飛翔でボロボロになった家が崩れます。マスター助けてえ」


 バルゲが見守る前で、半壊した家が音を立てて崩れていった。

 屋根を突き破り、輝く紫の翼が飛翔してくる。


「まだ一匹いたのだー!!」


「ウワーッ」


 バルゲは恐怖を感じた。

 迫りくるそれは、彼にとっての死そのものだったのだ。


 かくして、コダルコダール村は壊滅した。

 

 

面白い!

先が読みたい!

など思っていただけましたら、下にある☆を増やしたりして応援してくださいますと、作者が大変喜びます

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] >「ウワーッ」 ウグワーッじゃないってことは生きてるな…(熟練者
[一言] 自滅御礼!(笑)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ