第64話 三人称視点・世界は広い
マンティコアは不服だった。
それは、このフィフスエレ帝国に召喚されたからではない。
『なぜわしが、門番のようなことをならねばならんのだ』
「まあまあ。順番ですから」
パートナーである魔法使いになだめられるが、腹がムカムカとする。
そう、フィフスエレ帝国は、強大な魔獣を召喚し、これをパートナーとなった魔法使いとともに運用する国だった。
魔獣の扱いは良い。
フィフスエレ帝国にとっての客人なのだから、そうもなろう。
故に、マンティコアはこの国での暮らしに不満はなかった。
『わしが元いた世界では、人間どもはわしを恐れておった。ひ弱で力を持たぬ存在であった。わしはそいつらをいたぶり、惨たらしく死に至らしめるのが何よりの楽しみであった。だが、この世界は少々違うな。そう、まるで……古代魔法帝国があった遠い昔のようだ。わしがまだ、人間であった頃の……』
懐かしさすら覚える。
今は己の名すら忘れたマンティコアは、だが、かつて自分が魔法使いであった事だけを記憶している。
己のパートナーとなった魔法使いは、マンティコアから見ればまだ未熟。
それでも、いつかは己に追いつくかも知れぬと思えた。
『ただの人間であればわしが玩弄するおもちゃに過ぎぬが、魔法使いとなれば別よ。わしが一人前に育てる──』
そういうモチベーションを持って、フィフスエレで暮らしてきたマンティコアであった。
だが、そんな彼に門番の役割が回ってきた。
『わしは邪悪な知識の守護者ぞ!? それが門番とは、バカにしておる! アンドロスコルピオめに任せておけばよいのだ!』
「まあまあ。アンドロスコルピオの方々だと、大勢が詰めなければいけませんから。マンティコアさんなら、一人で役割が果たせるでしょう。一ヶ月。それだけ勤めればまた戻れますから」
『お主がそう言うなら仕方がないのう……』
渋々、マンティコアは門番の任についた。
パートナーの魔法使いは、メガネを掛けた小柄な女で、付与の魔法を得意としていた。
マンティコアも付与の魔法には一家言あるため、異世界にて身につけた魔法の技を彼女に伝授していたのだ。
そんな女が、ちょっと花摘みに向かったところで侵入者がやって来た。
やれやれ、わしが門番をしているところに入ってくるとは、運の悪いやつだ。
マンティコアは侵入者の元へと移動する。
フィフスエレ帝国の入り口は、国境線全体に広がる森である。
そしてここは、どこから入っても決まった場所へと誘導されてしまう、迷いの森になっていた。
数体……あるいは数組の門番で守りは事足りる。
やって来たのは魔導バギーだった。
乗員をざっと魔力感知でスキャンする。
強い魔力を持つ女が一人。
『あれは魔神だな。どうして魔神が人間とともにいる。たぶらかしておるのか?』
強い魔力を持つ女が一人。
『あれはエルフだな。エルフは時折、人とつるむからな』
全く魔力が無い男が一人。
『なんだあれは。クズではないか。よし、潰すか』
そう決めた。
マンティコアの価値基準の中で、魔力を全く持たない人間は、存在価値がないクズであるというものがある。
なぜなら、魔力がないなら、それは獣と変わらないからだ。
知性や悪知恵の働く、たちの悪い獣である。
駆除せねばならない。
『待つが良い。ここから先はフィフスエレ帝国。魔獣が支配する国ぞ。人間の侵入は許さぬ』
そう声掛けした。
そして、ここからマンティコアは、己の全く知らない世界の住人と相まみえることになるのである。
いくつか言葉を交わした後、こいつら舐めてるんじゃないかという結論に達したマンティコア。
『よし、殺そう』
そう決意するのは無理もない。
マンティコアが持っている情報で、眼の前の魔力がない男、コトマエ・マナビを正しく評価することなど不可能だからだ。
だから、彼は身をもってその男の脅威を体感することになった。
『死ぬがよい!!』
バーストサンダーという、着弾と同時に広範囲を攻撃する魔法を放つ。
だがこれは、放った瞬間、その男がギリギリ範囲外へとスキップしながら移動してしまっていた。
『なにぃ……? 偶然か?』
その間にも、いきなり現れた黒髪の女が魔導ガンでこちらを射撃してくる。
ピチピチと肌の上で弾けるが、痛痒くて気になる。
さきにあの女を潰すかと思ったら、女はトテトテっと走っていき、男の背中におぶさった。
『なにぃ!? 何のつもりか! 二人で自殺するつもりか? 良かろう、その望みを叶えてやる!』
マンティコアは怒りとともに、バーストサンダーを連射した。
これが、面白いように避けられる。
全てギリギリ範囲外に逃れられているのだ。
『バカな! ならばこれでどうだ!』
蠍の尾を振り回す。
先端の毒針は、刺されば象であろうと一撃で倒す。
だが、これもギリギリで回避する。
しかも、毒針を見てすらいない。
どこに来るかが分かっているのと、タイミングすら把握しているのか、ちょっと歩いて攻撃をすかすのだ。
『なんだ! なんだこいつは!』
前足を叩きつける。
これも、ちょっと横に歩いて避けられる。
避けた場所に魔力の矢、マジックミサイルを放つ。
それは、手にした魔法のハンマーが風を起こし、迎撃された。
最小限の動きで、こちらの攻撃に対処してくる。
『なんだ! なんなのだこの人間は!! わしの魔法が! わしの攻撃が通じぬ! ならば、呪いの魔法で動きを止めて……』
そこに、男が手にした魔道具、スタンバトンの全力を使った麻痺攻撃がぶっ放された。
『ウグワーッ!?』
麻痺の魔法というものは、対象の大きさがよほど極端で無い限り、全身に影響を及ぼすものである。
マンティコアは運悪く、ギリギリ全身が麻痺の魔法の効果範囲に収まっていた。
ビリビリ痺れて、動きが鈍くなる。
『ま、まずい! この男、これを狙って……』
トコトコとマンティコアの足を駆け上がってきた男。
背負っていた女は、いつの間にか消えている。
いや、小さくなって男のポケットに収まっている。
『なんだ!?』
意味がわからない状況に、マンティコアの頭は混乱状態になった。
男を振り落とそうにも、体の自由が効かない。
男はマンティコアの肩まで上って、手にしたハンマーを振り上げた。
そこには、この一撃で決まる、という確信めいたものが見える。
マンティコアは初めて、死の恐怖に震え上がった。
『わしの肉体はハンマーの一撃などではどうということはない! だが、わしの本能のようなものが、あれだけは食らうなと叫んでいる! だが体が動かぬ! なんだ! なんとしたことだーっ!!』
「うおわーっ! 待って! 待ってくださーい!」
そこに割り込む、聞き慣れた女の声。
花摘みを終えたパートナーが、猛烈なスピードで戻ってきたのだ。
「マンティコアから離れてーっ! でないと私が恐ろしいことをします! しますからね!!」
マンティコアは、肩に乗っていた男から、やる気みたいなものがスーッと抜けていくのを感じた。
助かった……。
ホッとした自分を意識し、彼は思わず呻いたのだった。
『なるほど、世界は広い……』
それは、事前に魔法使いの娘が言っていたことだった。
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