第51話 ゲームオーバーは積み重ねたミスから
わずか二日の出来事である。
タクルは、今までのように虜にした女たちと、それに従う男たちを使い、コトマエ・マナビを仕留めるつもりだった。
彼の能力は、異性を魅了することにかけては万能であり、一度決まりさえすれば作戦行動は容易となる。
そのための、ホテル襲撃だった。
だが。
その男は女たちを引き連れて飛び出してきた。
行動が迅速過ぎる。
タクルは動揺し、逃げるしか無かった。
これが、彼にとって唯一のチャンスだったのだが、自らこれをフイにしたのである。
「ま、どうせイージーモードなんだ。問題ない……」
既にナイトメアモードは始まっていた。
それは一瞬の判断ミスすら許されない。
タクルが動員した友愛団はものの数分で全滅し、ホテルに起こした火事もすぐさま消し止められた。
そしてついに、コトマエ・マナビがあの女たちを連れて大学へやって来たというではないか。
「よし、こうなりゃ手段を選んでられないからな。手下で壁を作って、俺は射撃をして……。まだ俺の投げキッスのことは知らないだろうから、これで一撃だ」
タクルは勝利の予感に笑った。
だが、その笑みは直後に引きつることになる。
遠隔チャームたる投げキッスを、マナビは明らかに認識し、カレーの皿で防いだ。
「見えているのか!?」
タクルは戦慄した。
なんだ、この男は。
いや、まだ何かの間違いかもしれない。
あの男が、厄介者であるドンデーン教授を味方につけるとは予想外だったが……それでも乱戦が生まれていることに代わりはない。
安全な場所から攻撃を繰り返せば……。
だがしかし。
投げキッスは防がれ続ける。
ここに至り、タクルは確信した。
どういう手を使ったのか、あの男は自分の手の内を全て知っている。
しかも、視線をタクルに据えたまま動かさない。
襲いかかる学生たちを、片手間で蹴り飛ばしたりして排除しているだけだ。
「まずい……!!」
焦りが彼の心を支配した。
故に、放たれたカレー皿への対応が遅れた。
頭部にマナビが放ったカレー皿が炸裂。
「ウグワーッ!?」
凄まじい衝撃に、タクルの意識は一瞬飛びかけた。
彼は慌てて、食堂から逃げ出す。
「なんだ……! 何が起こっているんだ……!! あいつは何なんだ! 俺のチャームを認識して全て防いでくる! 何なんだあいつは! くそっ、くそっ、何もかも上手く行ってたのに! だから男は嫌いなんだ!」
呟きながら、必死に逃げる。
どこに逃げるというイメージもない。
ただただ、あの男から離れねばと必死に走る。
「そうだ! 軍の連中に支援させよう! もう俺の能力でどうこうするとかじゃない。あの男を始末すれば、ハーフエルフも尻尾の女も俺のものになる……! フフフ、いいぞいいぞ、そうしよう! やっぱりこの世界はイージーモードだ……!!」
後ろから、あの男が追ってくるのが分かる。
だが、このペースならば問題ない。魔導端末を操作し、軍にいる虜に連絡する余裕すらある。
逃げ切れる……!!
そこへ。
頭上から何か大きな物が降ってきた。
一瞬陰った視界に、「は?」と顔をあげるタクル。
彼の頭に、マスコットキャラクタースリッピーちゃんの大きな頭部がすっぽりと被さったのである。
「ウグワーッ!?」
突然視界を奪われた!
タクルの足がもつれる。
壁にぶつかり、彼は派手に転倒した。
「な、な!? なんだ、何が起こってる!?」
「いやあ、残念だったなあ。お前、女限定のチャームを使えるんだろ。で、飛び道具まである。確かにこいつは、知らなかったら俺でもやられてたよ」
マナビの声がした。
近づいてはこない。
「だがまあ、知ったからこうしてクリアできた。相手の無知が前提の能力は辛いよな。だが、俺がお前の能力に気付いたことを、お前が気付いてないというのがいけない」
何かが投げられる気配がした。
空気を切って、それなりの重さがあるものが飛んでくる。
これは……。
「選択ミスだNTR野郎。お前はここでゲームオーバーなんだぜ」
投擲されたもの、マジックボトルがタクルに激しく当たり、爆発した。
「ウグワーッ!?」
異世界召喚者東雲タクル、世界の難易度が急変したことに気付かず、ここでリタイアとなる。
彼はどの選択肢がゲームオーバーに直結していたのかを後悔しつつ、炎の中で死ぬまでのたうち回ることになったのだ。
「よっしゃ、死んだ! 恐ろしい相手だった。気を抜けば一瞬で持っていかれていたな……。速攻で行ってヤツに準備をさせないのが正義だったぜ」
俺は汗を拭った。
そして、上の講義室からスリッピーくんヘッドを落とした学生に手を振る。
彼は、自分がやったことでタクルが爆殺されたので、ガクガク震えている。
「大丈夫! 気に病むな! 殺したのは俺で、君は善意の第三者だ! 君には全く罪はないぞ!」
学生氏は青い顔をしてコクコク頷くと、姿を消した。
ちょっと悪いことをしたな。
俺の後から、ルミイとカオルンとドンデーン教授が追いかけてくる。
教授、騒乱を起こしていた全ての学生を殴り倒したらしく、ひと暴れしてすっきりした顔だ。
「あっ、マジックボトルでやったのかね」
「やったやった」
「あー、これは完全に死んでいる。秘密を聞き出すことはできないな……。セブンセンス帝国なら、降霊の魔法を使って尋問ができるのだろうが……」
教授が残念そうだ。
「なんだか、わたしたちはずーっと蚊帳の外だった感じですよね。何が起こってたんです?」
「そうなのだそうなのだ。カオルンは何もさせてもらえなくて欲求不満なのだ」
欲求不満ですと?
いや、別に特殊な意味は含まれておるまい。
「じゃ、詳しいことは後で説明しよう。これでこの都市は安全になったから、食堂でゆっくりするのもいい。幸い、NTR野郎のチャームは死ぬと解けるからな」
そう言う事になったのだった。
いや、平和というのはいいものだ。
面白い!
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