第27話 お風呂戦争とは革命か
どんより曇った空に、快哉が上がる。
解放された奴隷たちが叫んでいるのだ。
いや、もう奴隷じゃない。
彼らは帝国の三級国民というくくりの、いわば自由民だ。
「ありがとう! ありがとう! お陰でみんな助かったよ!」
自由民のリーダー格らしい、ひげもじゃの大柄なおっさんがやって来て、俺に握手を求めてきた。
「解放してくれた人よ。あんたは何者なんだ? 魔法使い……じゃないよな?」
「うむ。俺には魔力も闘気とやらも一切無いらしい。完全無欠に普通の人だ」
「マナビさんが普通の人……? あはは、そんなバカな」
ルミイがけらけら笑った。
なぜだ。
俺は一般人だぞ。
「おおっ、マナビさんと言うのか。それにそちらはハーフエルフの精霊使いだな! 二人とも魔法帝国に与しない側の人か……! これは、時代が変わるな……!!」
髭のリーダーがなにやら感慨深そうに言う。
うむ、時代は変わるというか、終わるな。
曇天を貫いて存在している、魔力の星エーテリアが三年以内に落っこちる。
そうしたら、七大魔法帝国全土の魔力が消滅する。
ヘルプ機能でも確認したから、確定事項だ。
ただ、いつ落っこちるかは曖昧だ。
ヘルプ機能曰く。
『コトマエ・マナビの動き方によって、世界の運命が変わります。絶対に魔力の星は落ちますが』
だそうだ。
「私は自由民の代表をしています、モジャリと申します」
「凄い、名が体を表している」
「ルミイです!」
俺たち三人で握手を交わす。
解放された自由民たちは、これを見てワーッと歓声をあげ、拍手をするのだ。
おお……!!
なんだかこの世界に来て初めて、まともな人間に出会った気がする!
会うヤツ会うヤツ、クズとかカスばっかりだったからな!
不思議な感動を抱いていると、自由民の中にいる女性たちがちょっと距離を取るのだ。
「あっ、女子から距離を取られてしまった」
「ああ違うのですマナビ殿! ショックを受けないで下さい!」
モジャリが慌ててフォローしてきた。
「我々は奴隷になってから、水浴びすら許されず不潔な環境に置かれていたのです。ですからツルツルピカピカしているお二人の近くに寄るのが申し訳ないのです」
「モジャリは握手してきたじゃないか」
「私はおじさんなのでその辺りはフリーに突破できるのです」
「こう言うときはおじさんが強いな」
ふむ、風呂に入れないのは苦しいよな。
すると、ルミイが満面の笑顔になりながら、「そうだ!」と発した。
「わたしたち、これからこの都市にある魔力を使ってお風呂に入ろうと思ってたんです! どこかに魔力があれば、それを使ってお湯を沸かせるでしょう? みんなで一緒にお風呂に入りましょう!」
「ナイスアイディアだ。よし、みんなでひとっ風呂浴びよう。そして風呂のためにこの都市を滅ぼそう」
俺たちの提案を聞いて、自由民たちの表情がパッと明るくなった。
「風呂というのがなんだかわからないけれど、水浴びみたいなものだということは分かった!」
「都市を滅ぼして水浴び!? よくわからないけど凄いことになりそうだ!」
「わたし、乗ったわ!」
「俺も乗るぜ!」
「ぼくも!」
風呂に入りたい者がたくさん増えてしまった。
こりゃあ凄いことになってきたぞ。
都市を一つまるごと風呂にでもしないと間に合わないな。
ちょうどいいことに、都市の周りは瓦礫でみっちりと覆われていて、お湯を逃さない構造になっている。
きっと都市の管理者もこの都市を温泉都市とかにしたかったんだろうな。
「じゃあ、あの塔に都市のボスのグユーンとか言うのがいるそうなので行こうか」
みんなから賛成の声が上がった。
当然のように、入り口には魔法の障壁が仕掛けられている。
これは音ゲーのノリで破壊できる。
ヘルプ機能とチュートリアルで予習済みである。
次に防御機構が働き、たくさんのスケルトンゴーレムが現れた。
どうやら奴隷の死体で作ったものらしく、大変罰当たりな行いである。
なお、これもワンドを使って音ゲーのノリで、魔力が溜まっている辺りの骨をふっ飛ばせば一撃だ。
この街は音ゲーでできてるな。
音楽都市じゃないか。
俺が鼻歌交じりに、ゴーレムの大軍を猛スピードで処理しながら突き進んでいく。
「す……すげえ! 魔法も何も使ってないのに、あの人に触れられただけでスケルトンがバラバラになる!」
「魔法の錠前だって、棒で叩いて開けてたぞ! 何だあの人! すげえ!」
「魔法って大したこと無いんじゃないのか!?」
自由民たちがどんどん元気になっていくではないか。
いいことだ。
「しかしなんだ、この塔は。滅びの塔と比較したらヌルゲーもいいところじゃないか」
「マナビさん、ここってあくまで魔法使いの家ですから。滅びの塔はワンザブロー帝国最大の処刑装置なので、比べたらだめです」
「そっかー」
流れ作業で全ての防衛機構を無力化した。
後半はチュートリアルもヘルプもいらない。
見たことあるものしか出てこないから、作業ゲーでしかなかったぞ。
ついに、俺たちは塔の最上階に到着する。
ポコポコ叩いて魔法の錠を無効化すると、大きな扉が開いた。
そこは、塔の最上階をまるごと一部屋として使っている場所だった。
光り輝くでかい玉座があり、そこにでっぷりとしたおっさんが座っていた。
おっさんは俺を見て目を剥く。
「な、な、何者だお前は!! 一切の魔法を使わず、わしの魔法の全てを無力化した! こんな者の存在は知らん! いるはずがない! いて良いはずがない!! なんだ! なんなのだお前は!!」
「うむ、俺は……」
ここで俺、他の異世界召喚者が持っている二つ名が無いことに気づく。
よし、即興で何か考えよう。
「異世界召喚された者だ。“ヌルゲー”のマナビと覚えるがいい」
「“ヌルゲー”のマナビだと……!? 新たな異世界召喚者……! しかも、お前、明らかに帝国の管理下にいない異世界人だな!? こんな危険な異世界人を野放しにするとは、帝国の無能どもが! だからわしは独立したのだ!」
ルミイがうーんと唸った。
「マナビさん、野放しというか、処刑されることになって滅びの塔に送られて、滅びの塔を壊して出てきましたよね」
「うむ」
「えっ!!」
でっぷりとしたおっさん、恐らくは都市の支配者グユーンが、座ったままぴょーんと飛び上がった。
あれは相当びっくりしたんだな。
「ほ、ほ、滅びの塔を!? 帝国始まって以来の異常事態だぞ!! そ、そ、そんなお前が、わしに何の用だ! まさか、殺すのか!? 市民たちのように! そ、そうだ! 市民をよくも虐殺してくれたな! あれでは魔力保存が今後は極めて困難になる! この玉座に溜め込まれた魔力では、十年やそこらしか持たぬ……」
グユーンが玉座を大切そうに撫でると、そこがぼんやりと光り輝いた。
ほう、その玉座に魔力が溜まっているのか!
いいことを聞いた。
面白い!
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