第26話 三人称視点・解放の達人・フルコンボだドン!
魔法総督グユーンは、ワンザブロー帝国に反旗を翻した。
「魔力の星がああも劣化しておる。帝国は持たんよ。早晩落ちる。これからは力こそが全ての時代になる! 力をかき集め、わしの世を築くのだ!」
でっぷりと太った体に、脂ぎった顔つき。
生まれつきの財力と魔力によって、グユーンはエリートとして生きてきた。
頭の回転も悪くはない。
魔力の星、エーテリアの終わりが近いことを悟り、自らの利益を確保すべく動いたのだから。
性格は最悪だったが。
「魔力の星がなくなれば、潤沢な魔力の供給が途絶える。そうなれば、わしら魔法使いはどうする? 知れたことよ。湯水のように魔法を使う時代が終わる。そして魔法を上手に管理できるものが生き残れる時代がやってくるのだ。それこそ、わしの時代よ」
グユーンが考案したのは、感情を魔力に転換するシステムだ。
これを指輪の形にし、配下である魔法使いたちに贈った。
それは、感情を高ぶらせると魔力を上昇させる効果がある。
魔法使いたちは喜び、これを使った。
そしてこの指輪には、グユーンしか知らぬもう一つの仕掛けがある。
それこそが、感情を転換して作り出した魔力を、何割かくすねてグユーンの元へ集めるシステム。
グユーンは玉座に座り、まるで己が新たな魔法帝国の皇帝だとでも言いたげに、ニヤリと笑った。
玉座は光り輝いている。
これこそが、都市中から集められた魔力を蓄積した、いわば魔力電池。
これによって、グユーンの住まう都市中心部では、魔法文明時代全盛期のような暮らしが可能になっていた。
もちろん、ここに住まうにはグユーンに気に入られなければならないのだが。
「しかしまあ、代わり映えのせぬ奴隷借り物競争で、よくぞ皆喜ぶものだ。単純なのだな」
グユーンの頭上に映し出されるのは、魔法による映像。
遠景を投影する魔法技術は、この時代では一般的なものだ。
今日もまた、あちこちで狩り集められてきた、魔力を持たぬ下層民たちが奴隷として走っている。
魔法使いにとって、魔力を持たないものは動物と変わらない。
いや、利用価値が動物よりもない分、動物以下の扱いをされていると言えよう。
そんな最底辺の連中を、こうして奴隷として娯楽に消費してやっていることを感謝して欲しい。
それが、魔法文明人の考え方だった。
グユーンも、この低俗な娯楽を馬鹿にしてこそいるが、魔力のない者への考えは変わらない。
「さて、今回も競争は終わりだろうな。魔力の吸い上げも順調。皆、楽しく観戦しておるわ。扱いやすくて助かるわい」
腹を揺らし、グユーンは笑う。
最終目的地は、グユーンの住まう高層建造物。
そこまでたどり着いた、最後の奴隷を解放してやる……という約束になっている。
無論、そんな約束は守られない。
魔法使い未満の者たちの願いなど、聞いてやる必要も無いからだ。
勝者は次回の競争に参加させられることになる。
これは強制だ。
死ぬまで、奴隷たちの死のレースは続く。
そして、この事に感情を揺らされる魔法使いはいない。
「脱落者はまだ一匹か。そろそろ立て続けに脱落していく頃合いだろう。魔力の吸い上げが捗るわい!」
競争の後半戦になって、体力が尽きる奴隷が次々に出る。
スレイブリングによって爆破される光景に、魔法使いたちは大盛りあがりというわけだ。
興奮が転換された魔力は、魔力電池へと大量に集まってくる。
グユーンが最も楽しみとする瞬間だった。
だが。
二人ほど、奴隷の中に見覚えの無い者がいた。
彼らは、スレイブリングを付けていなかった。
「……なんだ? エルフがいる……? どうしてだ?」
グユーンが注目したのは、水色の髪の女だった。
耳が尖っている。
恐らくはエルフ。
その女が、傍らを走っているスレイブリングのない男を目掛けて、魔法を使った。
風の精霊魔法だ。
男が前方へ吹っ飛ぶ。
「なんだなんだ!? 何が起こっているのだ?」
ふっ飛ばされた男は、まるでそれが当たり前だとでも言うかのように、奴隷たちよりもずっと前方に着地する。
そして、振り返った。
両手には魔法のワンドが二本。
不思議な構えをしている。
『さーてお立ち会い! これから俺が、全部の奴隷を解放しちゃうぞー!!』
男の声が映像越しに響き渡った。
「何を馬鹿な……」
嘲笑するグユーン。
これだけの数の奴隷を、どう解放するというのか。
スレイブリングの解除には、特定の魔力波動を当てる必要がある。
それはグユーンしか知らない。
まさか、魔法で奴隷たちを皆殺しにして解放するとでも言うのか。
グユーンはそこまで考えてから、肩をすくめた。
まあいい。
ちょうどよいハプニングだ。
魔法使いたちの感情の動きが、戸惑いに大きく揺れている。
もしかすると、いい魔力が大量に取れるかもしれない……。
だがしかし。
始まった光景は、グユーンの余裕を粉々に吹き飛ばした。
男が、走ってくる奴隷たちに接触する。
男はまるで、踊っているように見えた。
ワンドがスレイブリングを軽く叩く。
すると、リングはパカッと開き、全ての力を失って地面に落ちる。
「なっ!?」
グユーンは目を剥いた。
なんだ、今のは!? 開発者である自分も知らぬ挙動を、スレイブリングが行った!
それは一度だけの事ではなかった。
男のワンドが踊るたび、スレイブリングが破壊されていく。
カカッ!
ドン! ドンドンドン!
ドンドンカッカ、ドンカッカ!
リングを打つ音がリズミカルに、小気味よく響き渡る。
たった一つの漏れすらない。
スレイブリングは全て、余すことなく破壊される。
まるで流れ作業……いや、そういうリズム系のエンターテイメントだった。
人の尊厳と命を徹底的に管理する、芸術的な魔道具たるスレイブリング。
それが、ちょっと叩いたくらいで壊れる……!!
グユーンの理解を超えた光景だった。
大半の奴隷が解放された頃、周囲の魔法使いたちも騒ぎ出した。
何か異常な事が起きていることに気づいたのだ。
だが、時既に遅し。
倒れ始めた奴隷に駆け寄り、男がスレイブリングを破壊する。
最後に、子どもたちのリングもことごとく壊され、奴隷の解放は見事成し遂げられてしまったのである。
『フルコンボだ!!』
男が高らかに宣言する。
観戦していた魔法使いたちが激高した。
せっかくの娯楽を邪魔されてしまったのだ。
わあわあ言いながら、駆け寄ってくる。
グユーンの目は、男の口が『ヘルプ機能』と呟いたのを見た。
そして、ワンドは落ちたスレイブリングを引っ掛け、魔法使いたちに放り投げる。
「い、いかん!!」
グユーンは叫んでいた。
破壊されたとは言え、スレイブリングが持つ力は完全に失われてはいない。
むしろ、それこそがスレイブリングの本質と言えるのだ。
魔力に反応し、魔力爆発を起こす爆弾としての。
『なんだこんなもん! エネルギーボルト!!』
魔法使いの一人が、スレイブリングを撃ち落とそうとした。
スレイブリングは魔法に反応し、大爆発を引き起こす。
『ウグワー!!』
『ウグワーッ!?』
爆発の中に、魔法使いたちが飲み込まれていく。
あちこちに放り投げられたスレイブリング。
魔法使いはそれを、反射的に魔法で迎撃する。
迎撃されたリングが大爆発を起こす。
「な……なんということだ……!!」
当たり一面に巻き起こる爆発、爆発、爆発。
響く『ウグワーッ!!』は魔法使いの断末魔に他ならない。
その断末魔すら、男はリズミカルに放たせているように見えるではないか。
悪夢の如きエンターテイメントだった。
やがて、『ウグワーッ!』の音が止まる。
気がつくと、立っている魔法使いは一人もいなかった。
奴隷だった者たちが、呆然として周囲を見回している。
『奴隷解放、ご覧いただけただろうか……!』
男は、大変にムカつくドヤ顔をしながら宣言するのだった。
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