第16話 三人称視点・アイの中心にいる化け物
「ああ、こりゃあ駄目だ。目にしただけでクラクラする。どうやらアイナのチャームは、見た目と声とボディタッチから発生するし、存在してるだけで広がっていくらしい」
「ひええ、どうしようもないじゃないですかあ」
「そうでもない」
ここは街の中心にある広場である。
妙な話をする男女がいるな、と思いながら、その男は部下を引き連れて目的地へ到着した。
そこはアイナシティ。
ワンザブロー帝国が召喚した、最悪の失敗作、“世界を喰らい尽くす自己愛”アイナを隔離した場所である。
この怪物を外に出さないため、定期的に使節団が訪れ、アイナとの会談や贈り物を行っていた。
ワンザブロー帝国は、この怪物を恐れていたのだ。
というのも仕方がない。
アイナは召喚されると同時に、その場にいた魔法使い全員をチャームし下僕とした。
魔道具による遮蔽を経ずに彼女と会った者は、残らずアイナに心酔した。
「化け物め、笑っているわい」
男は忌々しげに呟いた。
全身に魔法の護符を装備し、魔法のバイザーに魔法の手袋、魔法のボディスーツに魔法の耳栓。
意思の疎通は文章で行う。
こうまでしなければ、アイナに取り込まれてしまう。
彼はワンザブロー帝国の使節だった。
今朝方、街に到着した時、宿泊施設は既に使われているので相部屋してくださいと言われ、難色を示した。
なんだ相部屋って。
こんな恐ろしい街を訪れて、宿泊施設を使おうなどと考えるのはおかしい。
そもそもそいつらは、チャームされていないのか。
いや、考えるのは後だと、使節はこの街の主に向き直った。
ピンク色の髪をツーサイドアップにした女がそこにはいる。
微笑むその顔は、幼さが残るものの息を呑むほどの美貌。
「ようこそ、使節さん。あなたのお名前を聞かせて欲しいわ」
使節の男は顔をしかめる。
受け止めた音声が、バイザーに文字となって現れる。
彼はこれを読み、返答を文章として空間に表示する。
それが、アイナと対峙して取り込まれない唯一のコミュニケーション方法だ。
会話が成立してしまえば、どんな装備をしようと取り込まれる。
『贈り物を用意してきた。これを以て、今月も街の中に留まってもらいたい』
「あら、答えてもらえないのね。寂しいわ。だけど、贈り物はありがとう。私、ちゃんと約束は守るのよ」
アイナは微笑む。
その瞬間、バイザーは視界を閉ざした。
間近でこれを直視すると取り込まれるのだ。
(恐ろしい女だ……!!)
使節は震えた。
(存在するだけで、周囲の者たちを狂わせる! それに、この女のチャームは周囲の魔力を際限なく吸い上げながら実行されているというではないか! ここにあることそのものが、世界にとっての危機!)
それは、ワンザブロー帝国の地位ある者ならば、誰もが認識している危機である。
帝国はその中に、恐るべき爆弾を抱えている。
(なぜ元老院はこの女を殺さないのか! 大規模破壊魔法でも打ち込めば、街を灰燼に帰することができように! いや、試しておらぬはずはなかったか)
使節が見上げる先には、アイナの忠実な護衛となった巨人、ヘカトンケイルが二体。
アイナシティに追放……いや、辺境の都市を割譲されたアイナに向けて、早速放たれたのはワンザブロー帝国最大戦力たるヘカトンケイル。
虎の子の人造巨人二体だが、刹那の間にチャームされ、アイナを守る最強の壁となった。
初手から大規模破壊魔法を放ち、その都市の民ごと焼き払うべきだったのだ。
今となっては、絶大な威力の魔法だろうとヘカトンケイルが防ぎ、敵を認識したアイナによって帝国は様々な意味で落とされるだろう。
(一体どうすればいいというのだ、これほど強大な力を持つ相手を、どうすれば……。ええい、忌々しい。誰か、この怪物をどうにかしてくれ!)
「わあ、気付かれたぞ」
「ひええ、マナビさんが怪しい動きをして覗いてるからじゃないですかあ!」
「逃げろ逃げろ。ヘルプ機能によると、チャームは安全地帯があるぞ。俺とルミイで声を大きくしてお喋りしながら背中を向けとけば問題ないらしい!」
「そ、そんな解決策が!? じゃあ案外大したこと無いんですねえ!」
先程の男女が、大声で会話しながら駆け抜けていく。
その後ろから、アイナにチャームされた信者たちが追いかけていくのだ。
何をやっているのか、と使節は呆れた。
そしてすぐに、驚愕する。
あの二人は、まさかこの場にいて、チャームされていないのか?
魔法的な装備などしている気配も無いのに。
だとすれば……。
彼らこそが、ワンザブロー帝国にとっての希望になるのではないか……!!
使節は少しの間、走り去っていった男女に意識を奪われていた。
だから、アイナという怪物の前で無防備でいるという失態を犯してしまったのである。
耳栓が引き抜かれた。
「良かった。やっとこうして、直接声を届けられるわ」
「!?」
使節は震え上がった。
耳の穴から流れ込んでくる声。
甘く蕩けるような声色が、使節の脳を侵食していく。
「使節の皆さんったら、みんな私の姿も見ないし言葉も聞かないんだもの。私、つまらなくって。でも、あなたがよそ見をしてくれてて良かったわ。どうしてよそ見なんかしたの?」
使節は終わりを悟った。
自分はもうすぐ、チャームによってアイナの下僕と化すだろう。
そうなった自分にアイナが、あの男女のことを尋ねたならば……。
それこそ、ワンザブロー帝国の終わりだ。
「死ね、怪物め」
使節はどうにかそれだけ、喉の奥から絞り出した。
そして、纏っていた護符の一つを起動する。
爆発の護符だ。
アイナのチャームに掛けられた時、自動的に発動する。
自決のための護符。
「あら」
アイナの眼の前で、使節は爆発した。
爆風と炎がアイナを襲う。
だが、それは彼女の前で霧散した。
それは、風と炎がアイナを認識したがためだろうか?
世界を侵食するチャームは、意志を持たぬ現象すらも己の下僕とするのか。
アイナは今日も、アイの中心に立ち、何者にも侵されぬ。
誰も、彼女を脅かすことはできない。
彼女と対等にならび、言葉を送ることはできない。
故に、アイナは気付かないのだ。
すぐ間近に現れた、最悪の敵の存在に。
面白い!
先が読みたい!
など思っていただけましたら、下にある☆を増やしたりして応援してくださいますと、作者が大変喜びます。