第134話 三人称視点・その男、化け物につき
クルトは今年成人したばかりの青年で、優れたネクロマンサーとしての才能があるとして、ルサルカ教団でも将来を嘱望されていた。
彼は聖女ナルカに憧れており、いつか彼女の隣に立って、異教徒たちとの戦いを繰り広げることを夢見ていた。
ルサルカ教団は、信者自らが前線に立つことは少ない。
奇跡の一つである、アンデッド作成術を用いて、契約した先祖たちの死体をアンデッド化し、彼らと交渉して戦場に立ってもらうのだ。
その中で、自ら前線に出るナルカの存在は目立っていた。
死の魔眼。
相手の死、そのものを見ることができる、女神ルサルカの祝福である。
これを得たナルカは、どんなアンデッドよりも強い存在となった。
殺せるのならば、神の使徒であろうと殺してしまうだろう。
強大な力を持ちながら、聖女ナルカは驕ることをしない。
弱者に優しく、そして気高く。
魔眼を眼帯で覆っていても、残る瞳の力は強く、見るものを魅了する。
戦場に立つ、それは美そのものだった。
そんな偉大な彼女の隣に立ちたい。
気高く強い、聖女ナルカの隣に立ち……いつかは、彼女にとっての特別な人になりたい。
クルトはそう考えたいた。
いたのだが……。
「なんだ……!? なんだあの男は!?」
ぬぼーっとした覇気の無い男であり、魔力も闘気も持っていないらしい。
魔法文明時代で言うならば、無能の民というやつだ。
奴隷にしかなり得ない。
ルサルカ教団では、アンデッドと人間がともに働くため、奴隷という地位がないのが幸いか。
それを狙って逃げ込んできたのかと、最初は思った。
しかし、その男、なんと偉大なるヴァンパイアとなったドミニク司祭に気に入られ、神殿で歓談などしているではないか。
あろうことか、今度は聖女ナルカを連れて法国の都へ侵入するという。
なんということをするのだ!
無能が、最高司祭や聖女をたぶらかすなんて!
「あいつは邪神が派遣した刺客に違いない……! みんな騙されているんだ……!!」
優れたネクロマンサーである自分が、何故か侵入のメンバーに選ばれず、男が連れてきた、これまた魔力も闘気もない娘がメンバーとなった。
ここにも恣意的な選択を感じる。
無能の民が集まったところで何ができるのか。
きっと彼らは失敗し、聖女ナルカだけが無事にもどってくるだろう。
クルトはそう考えていた。
ところが……。
数日後、都がやたらと騒がしくなったのである。
大きな争いが起こったらしい。
これまで何百年も、ルサルカ教団は戦い続けてきた。
だが、現状を変えることはできなかった。
それが、たった一人の無能の民である男が侵入しただけで、何が起こったというのか。
端的に言えば、全ての元凶であった技巧神が倒された。
倒したのはあの無能の男だ。
「何をどうやった!? どういうインチキを使ったんだ! いや、例えインチキができたとしても、神を倒すなど不可能……!!」
男は瞬く間に、ルサルカ教団にとっての救世主となった。
さらには、男と盟友だという邪神を名乗る罰当たりまで現れた。
この罰当たりな男を見ると、なんだか自分が狂気に陥るような感覚になっていくので、目は合わせていない。
罰当たりはあろうことか、ルサルカ様ともっと仲良くなり、あわよくば結婚したいなどと言っていた。
なんということを言うのか!
信者として許してはおけぬ!
クルトは激高した。
彼は影から、罰当たりと無能の男を誅するべくアンデッドを率いて襲うことにした。
まずはこの罰当たりからと、後ろから襲撃を仕掛けようとしたところで……。
全てのアンデッドが、男に向かって跪いた。
クルトは一瞬で全戦力を失った。
「どうしたんだ、アンデッドたち! あいつはルサルカ様を貶めた神敵だぞ!! 俺たちが倒さなくちゃいけないんだ!」
アンデッドたちは応えない。
彼らは何かを直感的に理解したのだ。
「みんな、まるであいつを、ルサルカ様に並ぶ神か何かみたいに……。そんな、まさか……」
クルトには理解できなかった。
そして理解できぬまま、ルサルカ教団はセブンセンス法国を旅立つことになる。
戦いは終わっても、生と死を巡る価値観は容易には分かりあえない。
だが、シクスゼクスの果ての地に、ルサルカ教団の死生観を理解してくれる民がいるという。
それは、罰当たりな男が連れてきたカエルのような者たちなのだ。
彼の地を目指し、教団は旅立った。
「なぜ我々が……? まだ騙されているんじゃないのか! それに、どうしてナルカ様が無能の男と同じ馬車に……」
クルトの中には、まだ怒りが燻っていた。
魔力も闘気も持たず、神の加護を受けているようにも見えないあの男。
罰当たりはどうも不気味だから放っておくとして、この無能の男だけはどうにかせねばならない。
可能ならばこの旅の中で……。
そう考えていた矢先、教団の馬車群は襲撃に遭った。
フィフスエレ帝国横断などという、とんでもないデタラメを行ったためである。
アンドロスコルピオという、上半身は人間、下半身が巨大なサソリという魔獣が、次々に現れて襲いかかってくる。
「くそっくそっ! なんてことだ! だから俺は反対だったんだ! よそ者の言葉に乗らず、俺たちはセブンセンスで正義の戦いを続けているべきだったんだ……! これでは、貴重なアンデッドが失われてしまう……! 何もかも、あの無能のせいだ!!」
恨みの言葉を思わず吐く。
そんな彼の頭上に、木々を飛び移りながら移動してきていたアンドロスコルピオが襲いかかった。
「キシャーッ!!」
「う、うわーっ!!」
ネクロマンサーはアンデッドを生み出し、強化し、行動させる力を持つ。
だが、己の身を守る能力に乏しい。
クルトがアンドロスコルピオに対抗する手段などなく、サソリの尾と手にした武器によって、あえなく殺されてしまう……ものと思われた。
「任せるのだ!」
駆け込んできたのは、無能の男が連れていた小柄な少女。
彼女の腕から、銀色の光が出現、刃となった。
それがアンドロスコルピオの武器と尾を切断し、さらに本体をも切り裂いた。
跳躍する少女。
彼女の背中から光る銀色の翼が生えた。
「う……美しい……!」
空を飛び回る少女。
両手から生み出した銀光の刃が、アンドロスコルピオを屠っていく。
「まるで天使だ……! そんな彼女が、どうしてあの無能と……!」
無能の男を思い出す度に、ときめきが腹立たしさに変わる。
もう呪いであった。
だがクルトの呪いは次の瞬間、晴れることとなる。
「うわーっ! 大型スコルピオだーっ!!」
馬車の前の方から悲鳴が聞こえた。
出現したのは、見上げるような巨大なスコルピオ軍団。
立ち向かうのは、なんと無能の男一人。
鎧も身につけず、無手である。
「死ぬ気か!? いや、あいつが死ぬならちょうどいい……」
クルトはほくそ笑んだ。
そんな彼の思いを裏切るように、無能の男の大活躍が始まる。
彼は首に巻いていた布を展開する。
それが刃になった。
男に従うように、ゾンビホースの一頭が寄り添った。そこに男が飛び乗る。
両手を自由にしているというのに、ゾンビホースは男の意を汲んで立ち回る。
刃が閃き、アンドロスコルピオたちが悲鳴をあげる。
通常のスコルピオでは相手にならぬと踏んだのか、巨大スコルピオが襲ってきた。
巨大スコルピオたちは、たくさんの武器を男めがけて叩きつけてくる。
全方向からの攻撃だ。
回避もできず、圧倒的質量は受け止めることすら許さないだろう。
クルトは男の死を確信した。
しかし男は死ななかった。
なぜなら。
「ね、寝転んだ!?」
戦場で男は、馬と素早く別れて仰向けに寝たのである。
大胆不敵!
彼の鼻先で、アンドロスコルピオたちの武器がぶつかり合う。
「だが、あれでは移動はできまい! 潰されて死ね!」
だが!!
移動はできるのである!
男は仰向けに寝たまま、スーッと滑るように動いた。
そして巨大スコルピオの一体を寝た姿勢のまま駆け上がると、装甲の隙間を的確に布の刃で切り裂く。
「な……なんだあの動きは!! キモい!!」
この一瞬のキモい動きの後、巨大スコルピオは全身から体液を吹き出しながら崩れ落ちた。
その時には既に、男は他のスコルピオの股の間にいた。
寝転びながら、信じられない速度で動き続けているのである。
巨大スコルピオは、股下に高速で潜られる経験などしたことがなかった。
反応が遅れる。
そこを、腹下から一直線に切り裂かれ、倒された。
続く巨大スコルピオは、地面スレスレをジグザグに迫ってくる仰向けの男にパニック状態である。
武器をでたらめに振り下ろし、仲間の通常スコルピオを潰す。
男には当たらない!
仰向けの男は、突然寝たまま跳躍した。
布の刃が閃き、巨大スコルピオの首が飛ぶ。
男はスコルピオの背中に着地し、そこから駆け下りながら、走り寄ってきていたゾンビホースに乗った。
低速・不規則な軌道から、突然高機動な騎馬戦に移行だ。
アンドロスコルピオたちは、男の動きについていけない。
次々に刃を叩き込まれ、スコルピオは倒れていった。
その時には、ナルカも残るスコルピオを片付けている。
「まあ楽勝だったな」
「マナビ、また気持ち悪い動きに磨きがかかったな……。あれはあたいの死の魔眼でも捉えられなかったよ……。なんだい、あれ」
「尻移動だ。あと、ルサルカラバーも頑張ってくれたな! よしよし」
「ぶるる」
クルトには何も理解できなかった。
だが、一つだけ実感したことはあるのだ。
「ば……化け物……!」
無能の男あらため、尻で移動する化け物。
それはこの男、コトマエ・マナビに対する正しい認識と言えたのだった。
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