第二話『初陣と過去』(4)
未だに、心臓の鼓動が聞こえる。
今更亡国の王子と言われても、正直実感が何一つない。
生まれて一七年、マリアと呼んでいたマリという女性に育てられて一六年。グランデンは滅んだ国だと言われ、言われるがままに採掘工しながらの貧乏暮らしを続け、ロルムスの重税にだって耐えてきた。
そんな一般人とまるで変わらない生活をしていた自分が、実は亡国の王子と急に言われても、なんでそうなのかまるで理解出来ない。
いや、理解することを拒んでいるのだと、アースは感じる。
「覚悟、か……」
一言、マリとイクスの前で呟いた。
「そうだ。覚悟だ。グランデン王国、既に滅ぼされて一六年になる、そんな国の王子と言われても、今更納得はしがたいだろうが」
「正直突然言われても、混乱するより他ねぇよ。グランデンの王子だって言われてもな……」
「まぁ、そうだろうな」
マリが、少しため息を吐いた。
「まず質問だ、アース。お前はグランデンについて何処まで今の段階で知っている? 素直に答えていい」
「かつてこの大陸の東半分を治めてたけど、一六年前に国王崩御。同時にロルムスによって滅亡。地図上から姿を消し、歴史だけの国家になった、ってところか」
昔、ロルムス主催の学校に通っていた頃に聞かされていた話はこんなところだ。
多分だが、自分と同年代だったり下の年代ならば、この感想をだいたい持つだろう。
実際自分もそうだと思っていたし、マリアと呼んでいたマリもそこまで教えようとはしなかったから、尚のことそんな感想になる。
「では、国王崩御の理由は?」
「言われたことないな、そういや……。マリア、いや、マリおばさんは何か知っているのか?」
確かに、その理由だけは教育課程で学んだことはない。
マリの話が本当なのだとすれば、自分にとって実父の話だ。確かに死んだ理由の説明は欲しい。
病死なのだとすれば、それはそれで疑問のつかえも取れるからだ。
「毒による暗殺」
開いた口がふさがらなかった。
暗殺? 自分の父親が?
どういうことなのか、判断に迷った。
だが、マリの眼は、嘘をついているという眼ではなかった。
イクスは、目を伏せている。後悔の色が、見て取れた。
「お前の父であるドラグーン陛下は優しく、同時に平和主義者でな、より強いロルムスとの和平共存を望んでいた。裏でロルムスが軍備拡張を進めていたのにもかかわらず、な」
「わらわも、一度王に忠告したことがある。警戒するに越したことはないと。だからじゃろう、王は一六年前のあの日、ロルムスの外交官も招いてのパーティを開き、ロルムスの動向を探ろうとしたのじゃ」
マリに続いて、イクスが口を開いた。
だが、双方の声からにじみ出てくる感情は後悔以外ない。
「その時に暗殺された、というのか?」
「ロルムスに完全に先手を打たれたよ。最初からこの機会に暗殺するつもりだったのさ」
「何故?」
「ドゥンイクスの力を封じるためだ。あれは王家の正統後継者しか乗ることが出来ない。魔神機一機で戦場が変わるのだ。いくらドラグーン陛下が平和主義者でも、ドゥンイクスの存在はそれだけで戦場を覆す」
「まさか、正統後継者って誰もいなかったのか?」
「ああ。当時陛下はまだ三〇。お前はまだ当時一歳で陛下の第一子だ。ドゥンイクスを動かせるはずがないし、あれを動かす条件に欠いたグランデンを破滅に追い込むのはロルムスにとってはたやすい。先程も言った通り、陛下は平和主義者だったこともあって、軍縮傾向にあったことが、余計に仇となった。結果が、このザマだ」
そんなことで、殺されたのか。
沸々と、ロルムスに対する怒りが沸いてくる。
知らないはずの自分の父親なのに、それを思うと無念でならなかっただろうと感じ、涙が流れた。
思わず、机を叩いていた。
「クソッタレが! こんな……こんなことで……!」
「そして私は、王の死の間際に、お前を育てるように言われた。そして、守るように、とな。正式な王として即位するまで守れというのが、王の最後の密命だった。首都をお前と皇后陛下、つまり、お前の母親を連れてイクスと共に密かに脱出したが、途中で皇后陛下は流行病に倒れた。それがこの地だ。この地に名前のない者を入れる墓に、入れざるを得なかった。そしてお前の身分を隠すために、陛下の名前をもじった名字と、お前の本名を略したもので偽装した。私も本名を隠し、こうして生活した。すまなかったな。ひもじい思いばかりさせて」
マリが、頭を下げた。
だが、ひもじい思いをしたのは一緒だ。どちらも重税に喘ぎ、何人も仲間を殺される地獄を見てきた。
その生活だって、マリなしでは成り立たなかったのだ。
それがあるだけ、ありがたかった。
「いや、いいんだ。それは、もういいんだよ」
「アース……」
「でも、どうして今になってそれを俺に明かそうと? もっと前に明かそうとは思わなかったのか?」
「きっかけが必要だったのだ。ロルムスに対する反抗心が芽生えるきっかけがな」
そう言われてハッとする。
かつてあったテオドールへの暗殺計画。
だが、あの時欠けていた物は、御旗。御旗のない反乱などすぐさま鎮圧されるのは目に見えている。
その時の自分の年齢を考えると、確かあの時は八歳だった。
そんな子供が御旗と言われても、着いてくる者はいないだろう。自分だってそうだと実感する。
反乱には大義名分がいるというのはこういうことかと、今更にマリが散々言っていたことが理解出来た気がした。
「だけどさ、その口ぶりからするに、マリおばさんだって相当の側近だったんだろ? マリおばさんが御旗になるってのは考えなかったのか?」
マリは、即座に首を振った。
「私は確かに重鎮だ。それもグランデン何代にもわたる、な。だが、私は本来裏方だ。裏方が表になっても、誰が信用すると思う?」
言われてみれば確かにそうだ。
もし表だった重鎮であったならば、教科書に戦犯としてマリの名前が載っていてもおかしくない。
だが、その名前は一度たりとも見たことがない。
それ以前に、もしそうだったとしたら、テオドールはとっくの昔に気付いているはずだ。
だが、今まで疑いを掛けられた様子はない。
つまり、まったく表に出ない重鎮と言う事になる。
しかし、今気になる発言があったのも事実だった。
「……待てよ、何代にもわたる? まるで昔からいるみたいじゃねぇか」
「ああ。それも言わなければならかったな。私はこのナリでもう三百年は生きているぞ」
聞き間違いか、冗談か。
三百年と、確かにマリは言った。
だが、冗談を言っている眼ではない。相変わらずの怜悧な眼のままだ。
「な……え……? ど、どういうことだ……?」
「昔、それこそ大昔だ。魔導士になりたてだった私が起こした魔導事故による呪いで、私は不老不死になった。いつどうやれば死ぬのか、まるで分からないが、歳を取らないまま延々と王国の中枢にいる存在を不気味に思う臣下は結構いたよ。だから私は表にならなかったし、表向きの存在になろうとも思わなかった。あくまで王を影で支える存在であればいい。それが、私の選んだ道だったんだ」
少し、懐かしむような眼を、マリはした。
遠くを見ている。自分には想像も付かないような、遠くの地を見ているように、アースには思えた。
「わらわはその時からの付き合いじゃ。もう付き合いは長いのぅ。もっとも、わらわの方がより先代から王と共にあったがの。しかし、マリの奴、昔からこの頑固っぷりは変わらなかったわい」
イクスが意地悪そうに笑う。
「お前なぁ……。頑固と言うな、一途と呼べと、何度言えば分かるんだ」
「そういう細かいこと気にしてるから、いい男がいつまでも見つからんのじゃろが。何百回も王が見合いしろと言ってセッティングまでしたのに、好みじゃないと言っては魔導でボコボコにしてた鬼女が言うでないわ」
マリが、立てかけていた自分のロッドでイクスの頭を叩いた。
結構鈍い、いい音がした。
イクスは頭を抱えている。
「な、何するのじゃ! 美少女のわらわが禿げたらどうしてくれるのじゃ!」
「何が美少女だ。私より年増のくせに」
「似たもの同士だなぁ……」
正直その感想しか浮かんでこない。
二人揃って割と何処かずれている。そう思えてならないのだ。
「何か言ったか、アース」
「いや、何も」
殺気だった眼で、マリが自分を見てきた。
こういう時は回避するに限る。
散々今まで暮らしてきた、自分なりの知恵だった。
まだ話は長くなりそうだと、アースは思った。
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