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第一話『契約の日』(4)

 岩盤の場所は、よく覚えている。

 走っていると、あの時目から離れなかったのは、決して偶然ではなかったのかも知れないと、アースは走りながら感じていた。


 少し走って、ようやくトロッコを使えば良かったと今更に感じた。だが、自分の脚で駆けたい気分だった。

 何かが背中を押している。そう感じるのだ。

 人はそれを運命とかそういう言葉で呼ぶとは言うが、自分はまさにそこにいるのだろうかと、アースが逡巡した瞬間、その岩盤の前に着いていた。


 目を見開いた。それもそうだ、岩盤に今までなかったような紋様が浮かんでいる。

 その紋様が淡く青く光り、明らかに今までとは何かが異なっていることを知らせている。

 その岩盤に、魔導の力を感じることが出来た。全身の気が逆立つような、そんな感覚をアースは感じる。

 相当の魔導力だ。マリアの力によってこれが発現したのだとすれば、いったいマリアは何者なのかと、少し勘ぐりたくもなる。


「これは……いったい……?」

(来たか、正統なる者よ)


 また、声がした。

 脳に直接響くから、違和感しかない。


 だが、何故か自分はこの声を知っているように感じる。

 魂が、知っていると言っているのだ。


「誰だ?」

(その岩盤に触れるがいい。そうすればそこに我はいる。早く、おぬしの顔を見せてくれ、正統なる後継者よ)


 訳が分からないことを。


 そう思いながら岩盤に触れると、あれだけ硬かったはずの岩盤にヒビが入っていく。

 自分でも、呆然としていた。


 そして、その岩盤が崩れた先にあった景色にも絶句した。

 坑道の中だというのに、そこには陽光が差すが如き明るさを持つ小さな泉があった。

 水の透明度も、今まで見たことがないほどだった。思わず、見ほれてしまうほどに。


 そしてその中心には、石棺がある。そこから、今までに感じたことのないほどの魔導力を感じるのだ。

 同時に、自分の魂が言っている。


 お前はこの魔導を知っているはずだ、と。


 その魔導は水にも流れ、水からも強烈な魔導力を感じることが出来た。


「ここは?」

(我が封印されていた場所じゃ。安心しろ。その水はおぬしが正統後継者であれば何も害をなさない)

「そうじゃなければ?」

(魔導が暴走して死ぬだけじゃ。だが、力が欲しいのだろう? 欲していたのだろう、力を)


 思わず、アースは息を呑む。

 自分に声が語りかけてきたならば、その正統後継者とかいうよく分からない物である資格はあるのだろう。


 だが、もしそうでなかったとしたら? これ自体が、全部罠だったら?

 いや、そんなちっぽけな迷いがなんだというのだと、アースは頬を叩く。


 みんなが待っている。

 絶望したみんなが、待っているのだ。

 力を持てるなら、俺は、力が欲しい。

 そう感じて、今まで生きてきた。


 泉を、渡っていた。

 何も起こらず、ただ、水の音が自分の耳に聞こえるだけだった。


 渡り終えて、石棺の前に行く。

 石棺を開ければ良い。


 そうだ、自分はこれを、知っている。

 この中にいる者も、その力も。

 魂が、そう言っている。


 迷わず、石棺を開けた。

 ハッとした。

 その石棺には、少女が眠っていた。額に妙な幾何学模様の印がついている金髪の少女だった。

 だが、ただ眠っているだけのようにしか見えなかった。それ程まで状態が綺麗なのだ。肌つやも恐ろしくいい。

 最初は呼吸がないので死んでるのかと思ったが、桁外れの魔導力を感じるし、第一先程からその紋様は明滅している。

 明滅が止まった瞬間、少女の眼がすぅと開いた。

 空色の、不思議な眼をしていた。


 少女は、ゆっくりと身体を起こした。


「……何年じゃ?」

「え?」


 思わず、聞き返していた。

 少女の声は、少し暗い。同時に、その声はまさしく、さっきから自分の脳に響いていた声と同じだった。


「グランデンが、滅んでからじゃ」

「……一六年だけど……ってまさか、お前ここでそんなに眠っていたのか?!」

「ああ、もうそんなに経ってしまったか……」


 はぁと、少女がため息を吐く。

 なんだ、なんなんだ。心臓の唸る音が聞こえる。


 だが、間違いない。自分はこの少女も知っている。

 ただ、自分の記憶から封印されていたような、そんな気がするのだ。


「そなた、名は?」

「アース。アース・ドラグだ」

「アース、か。それにドラグと来たか。なるほど、確かに、その名前ならば分かる者にしか分かるまいよ」


 今度は少女は、呵々と笑う。

 表情がコロコロ変わるなと思うと同時に、なんなんだと、余計に感じてしまった。


 恐らく、この少女もまた、自分を知っているのだ。それも、自分の知らないことを知っている。

 すると、少女はじっと、自分を見てきた。

 むーと、唸っている。

 変なのと会ったなぁと、思うより他なかった。


「おぬしわらわを覚えとらんじゃろ? おぬしに会ったのは、赤ん坊の時故な。なるほど、成長してみたら顔立ちはだいぶ父君に似たのぅ。特に眼に秘める魂の炎なんて、父君そっくりじゃな。髪は母君寄りになったか。なるほど、いいところを併せ持っておる」

「俺の両親を知っているのか?!」


 思わず、少女の肩に触れていた。


「知っておるよ、痛いほどに」


 また、少女は暗い顔をした。

 慚愧の念と、無念さが、顔からにじみ出ていた。

 思わず、アースは手を離した。


「自己紹介、まだじゃったのぅ。わらわはイクス」

「イクス、力というのは?」

「我そのもの。だが、我を『使う』には、相当の魔導力がいる」

「魔導使い、みたいなものなのか、君は?」

「そんなものではない。どちらにせよ、おぬしは魔導力においては文句がない。わらわを『使いこなす』には十分すぎる魔導を持っておるな」


 さっきから何を言っているんだと言いたくなってくるが、多分イクスのことだ、はぐらかす。

 この数分、話しているだけでよく分かった。


 イクスが、再度こちらを見た。

 覚悟を、求める眼だった。マリアと、同じ眼をしていた。


「おぬし、我の力に溺れぬ覚悟、そして、もう日常には戻れないという覚悟を、背負えるか」


 どくんと、心臓が鳴った。

 多分、イクスの言う事は本当だ。この少女の力に頼った瞬間に、自分は恐らく引き返すことが出来なくなる。

 だが、それでも。

 拳を握っていた。


「俺は、みんなを守りたい。そのためならば、俺は、どんな力でも背負う」


 イクスが、不敵に笑った。


「度胸は合格。ならば、我の力を見せよう。そして、おぬしに我の力を授けよう。契約は成った。授かるがいい、神より遣わされし、力を!」


 その言葉の後、イクスの身体が光に包まれた。

 イクスの身体が浮いていき、そして、その光はイクスを包み込み、球体と化す。

 その球体が、徐々に変形していく。


 呆然としていた。

 その光が収まった瞬間、そこには、今まで見たこともないような空色の魔導機が跪いていた。

 手には、鞘に包まれた鈍器のような剣が握られている。

 本当に人工物なのかと疑いたくなるような有機的なラインは、何処か生物的とも思えた。

 顔にある空色のデュアルアイが、よりそれを印象づけている。


『これが神々の力じゃ。我はイクス。魔神機ドゥンイクスじゃ!』


 イクスの声が、その魔導機から聞こえる。

 だが、魔神機と、確かにイクスの声は言った。

 伝説の存在。魔導機以上の力を持つ、神々の与えし物。

 伝説だけのものと言われていたそれが、今目の前にあるのだ。


 そしてドゥンイクス。その名前に、懐かしさをアースは感じた。

 コクピットの場所、操縦方法、何もかも、知っている。

 ドゥンイクスが、手を差し出す。


『乗れ。時間がないのじゃろう?』


 頷いて、すぐにその手に乗った。

 コクピットが開く。

 そのコクピットに座ると、また、懐かしさがこみ上げてきた。

 操縦桿の位置、三面のモニター、それも何もかも知っている。


 自分でも驚くほどに、集中していた。

 ブレイカー。そう呼ばれていた。

 だが、それくらいの力がない限り、魔神機は動かない。


 ……何故、俺はそのことを知っている。


 その疑問を感じつつも、操縦桿を握る。

 魔導エンジンが、甲高い咆哮を上げた。


『魔導力より、操縦者をドゥンイクス第百八十五代正統後継者と認識する。これをもって、操縦者はアース・ドラグに固定する』


 少し、機械的な音声がイクスの口から流れた。

 だが、それも一瞬だ。すぐに、イクスの声でコクピットに高笑いがこだました。


『ほぅ、おぬしなかなかの物ではないか! これ程の魔導の逸材とはな! 気に入ったぞ、アース! 存分に、我が力を振るえ!』

「言われなくてもそのつもりだ! ここ、ぶち破っていいか!?」

『おう、もうここで長居する必要も無い! わらわを外に、日の本に出せぃ!』

「分かったぜ! 行くぞぉ!」


 魂が、心臓が、魔導が、アースの身体中で唸っている。

 時が来た。そう、魂が告げた。


 ドゥンイクスを、ジャンプさせた。

 岩盤を突き破った先に、太陽が見えた。

 相変わらず、ドゥンイクスの甲高い魔導エンジン音が、自分の耳に響いていた。

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