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第一話『契約の日』(2)

 広場には既に人だかりが出来ていた。ざわめきが周囲に起こっている。


「どう見る、おばさん」

「うちらにとっちゃ、胸くそ悪いことだろうさ」


 聞こえないように小声で、そんなことを言い合いながら、広場の中心を見る。


 眼を、思わず見開いた。

 見知った採掘工が二人、広場の中心でくくりつけられ目隠しをされている。


 間違いないと感じた。定期的に行われる公開処刑だ。

 案の定と言うべきか、黒い上級士官の軍服に身を包んだロルムスの将軍が、兵士に守られて広場の中心より少し離れた所に立っていた。

 兵士が一人、前に出た。


「静粛に。これより領主『テオドール・スプレージェ』将軍より、直々のお言葉がある」


 兵士の言葉の後、兵士は退き、上級士官服の将軍が出てきた。

 テオドールだ。


 何度見ても、この男を見ると舌打ちしそうになる。

 騎士道精神という物はまるでなく、この村から搾取するだけ搾取するつもりなのだというのが、目に見えて分かるからだ。

 なんでこんなのが領主になっているんだと、毎回毎回顔を見る度にアースは思うのだ。


 髭をいじりながら前にやってきて、テオドールが右腕を上げた。

 瞬間に、後ろの兵士が一斉に携えていたライフルの銃口を縛られている民衆に向けた。


「今日こうして村の諸君に集まってもらったのは他でもない。非常に残念なことに公開処刑をやらざるを得なくなったためだ。私としてもやること自体無念だよ」


 テオドールがわざとらしくため息を吐いた後、不敵に笑った。


「だが、規律は規律だ。今回、この者達は私への侮辱を働いた。それ即ち、我らがロルムス帝国の帝王様への侮辱と同罪なのだ。そのような不逞な輩、生かしておく訳にはいかないのだ」


 テオドールが言った瞬間、右腕を振り下ろした。

 直後、銃声。ライフルの銃口が火を噴き、くくりつけられていた村民の身体に、何カ所もの穴を空けた。

 血が処刑された知り人の身体から溢れていく。一瞬だけピクリと動いて、すぐに動かなくなった。

 死んだのだと、すぐに分かった。


 アースは、ただ拳を強く握ることしか出来なかった。血が、自分の拳から滴り落ちているが、死んだ者の痛みに比べれば大したことはないと、言い聞かせた。


 同時に感じるのだ。

 何故、己に力がないのかと。何故、自分は見ていることしか出来ないのかと。

 そして、村人もまた、いつまでこの恐怖と隣り合わせの生活でいなければならないのかと。


 見ていた全員が、下を向いている。一言も、声を上げることは出来ない。

 何か言えば、殺される。この村ではテオドールが絶対の存在なのだ。この男による恐怖政治体制は、自分が子供の時からずっと続いている。

 数年前にその支配体制から脱したいと思い、反乱を企てた者や中央に訴え出ようとした者もかつてはいたが、一族郎党全員さらし首にされてからはそれを行う者もいなくなった。


 力が欲しい。

 この体制がそこら中で起きているのならば、それを脱却できるだけの力が欲しい。

 そう願って何年になるのだろう。


 解散が告げられると同時に、アースはため息を吐いた。


 俺は何をしている。


 そのことを、ずっと自問し続けながら、いつの間にか家に着いていた。マリアも、後ろから付いてきていた。

 家の鍵を閉め、二人して、ため息を吐いた。


「おばさん、俺、どうすりゃいいと思う。この体制、いつまで続くんだ?」

「恐らくそこら中で起きてるだろうさ、こうした事態はね。だが、御旗のないまま立ち上がる反乱は」

「愚かでしかない。大義名分のない反乱ほど、意味のないものはないし、長続きもしない。おばさん、いつもそれを言ってるよな」


 不思議と、マリアはそのことを毎日のようにアースに言い聞かせている。

 己に言い聞かせているのか、それとも自分に言い聞かせているのか、時々分からなくなるほど、何度も聞かされた。

 なんでこんなことを自分に言うのかは、よく分からなかった。


「この世界の歴史がそうさ。何度も同じような現象が起きては、結局大義名分なしに反乱起こして、そして何もなくなった。そのことを歴史は繰り返した。アース、死ぬなら、無駄死だけはするんじゃないよ。何事も焦りは生まない。何かのタイミングで、時は動き出す。そういうものさ」

「それは、いつだと思う?」

「アース。私は予言者じゃないって、何度も言ってるだろ? それが分かりゃ、苦労はないさ」


 マリアが、苦笑しながら言った。


「それもそうだな。さて、早く飯食って仕事しないとな」

「だが、仕事は忙しくなるよ。今朝のあれでやられたの、採掘工二名だったからね」

「仲間がやられても、仕事は続くよ。まずは、俺達が生き残らなきゃ、死んだ人達に申し訳が立たねぇ。そうだろ、おばさん」

「その通りだね、本当に」


 そうマリアに言われてから、アースはテーブルについて残っていたシチューをかっこんだ。

 案の定、シチューは冷めていた。

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