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第五話『王と聖剣』(9)

 召喚した角の生えた四足の獣の背に乗って戦場へと疾駆させていたときに、それはまさしく迸った。

 獣は白馬である。通常の馬と違うとすれば、角が生えているというただその一点。これが自分の召還出来る獣たちの中で一番早いのだ。


 あの光が見たかった。間近で見たかった。よく知っている光だからだ。

 まるで朝日でも昇ったかのように、夜空を切り裂いて青い光が天へと迸っている。

 グランデンを象徴する、空色の光だ。


 マリからすれば、何年もこの光が出るのを待っていた。

 そして戦場へとたどり着くと、自分の待ち望んでいた物が、確かに現れていた。


 ドゥンイクスの持っていたカルドゥエッフの鞘が、ひび割れていく。そのヒビもまた、青白く光り輝いている。

 そしてそのヒビが鞘全体に行き渡ったところで、音もなく、鞘が割れる。

 割れた鞘が、まるで粉雪のように散っていく。


 その割れた鞘の先に現れたのは、青白く発光する巨剣。ドゥンイクスの身の丈に匹敵する程に、巨大な剣だ。

 光り輝く剣は、ただ光のみを発し、その光の中に、幾何学的な文様が浮かび上がっている。


 聖剣カリバーン。イクスが抜くことを許可しない限り抜けない、カルドゥエッフの中に入っているドゥンイクスの切り札にして、グランデンの象徴たる両手剣だ。

 それを抜き、自らの三倍強の体躯を持つ敵に、アースは立ち向かっている。


 何も恐れてはいない。恐れや不安があれば、カリバーンは作動しないのだ。

 王たる素質が、修羅の道を歩む覚悟が、既にアースの中に備わっている。


 剣先、そしてドゥンイクスの各所から雷が迸っている。アース自身の魔導が、相当に機体に流れ込んでいる証拠だ。

 ひょっとしたら自分は、とんでもない英雄と邂逅しているのかもしれない。マリは三百年以上生きてて初めて、ここまで強烈に思った。


 思わず、獣の手綱を持つ手が、汗ばんでいることに気付いた。

 あそこまで強く迸る雷を、マリは見たことがない。


 ドゥンイクスが、飛んだ。

 天高く飛ぶが、敵は動けずにいる。戦場も、その音以外は聞こえず、静かだと思えた。


 上段に、カリバーンを構え、そして、そのまま一気にドゥンイクスは急降下した。

 咆哮が、アースとイクスの、魂の叫びが聞こえた。


「「いけええええええええ!」」


 互いの声が、シンクロした声が響いた。

 そして、カリバーンは巨大な敵を、一刀両断した。

 頑強な装甲を誇っていると思しき敵を、あの三倍以上の体躯を持つ敵を、まるで紙でも切るように、あっさりと左右に分ったのだ。


 完全に分断された敵が割れ、割れた瞬間に、粉雪のようにその姿は消えていく。

 その粉雪は、真っ黒だった。


 邪念の魔導。負の感情が塊になったかのような魔導は黒く映る。それを、マリは久しぶりに見た。

 様々な怨念が募っている。そうマリには感じられた。


『な、何故、私が、ロルムスが、負ける……!?』


 テオドールの声。驚愕の声はあるものの、その声は弱々しく、ノイズもかなり混じっている。


 あの巨体から、魔導がもれているのを感じた。

 テオドールのものだけではなく、いくつもの魔導が溢れている。通信で聞いた、吸収された兵士の魔導だろう。

 それが、まるで怨念のように渦巻いて、テオドールの魔導に絡みついていく。


『私が負け……まけ……マケ……』


 テオドールの声がノイズまみれになっていく。そのノイズの音が、徐々に大きくなった。


 まるで最初からテオドール自身が機械であったかのように、マリには感じられた。

 壊れて暴走した機械。まるで、ドゥンイクスが目覚めた朝の魔導ラジオの放送の音のようだと、マリは思った。


 そして、そのノイズが『ザッ』と一瞬鳴った後、テオドールの魔導が一切消えた。

 テオドールが乗っていたと思しき機体も、何も無くなった。


 残っていた敵の魔導機が、轟音とともにどんどん膝から崩折れていく。


 ドゥンイクスもまた、それは同じだ。

 カリバーンの光が失われ、徐々に鞘が再び戻っていき、剣先が鞘に覆われていく。

 そしてあの青く光っていた剣が嘘であったかのように、カリバーンはまた無骨な鉄骨の塊へと、カルドゥエッフへと戻っていた。


 アースの、喘ぐ声が聞こえた。

 その喘ぎ声の中に、かすかに泣いているような声があったのを、マリは聞き逃さなかった。

 ドゥンイクスに、通信をつなげた。


「アース」

『おばさん、俺は……親父の仇、打てたのかな』

「仇だけに捉われるな、アース」


 アースの喘ぎ声が、なくなった。


「ドラグーン公のことだ。あの方は仇などどうでもいいと思うさ。それより、あの方は民の安寧の方を祈っているような人だ。今更仇でどうこう言う人じゃないさ」

『そうか……。そうだな。俺も、さっき気絶してる時に親父に言われたよ。まったく、おばさんにゃ敵わねぇや』


 そう言った後、ドゥンイクスが、カルドゥエッフを高らかに天に掲げた。


『イクス?』

『勝鬨をあげい。堂々と、な?』


 少し、高揚しているようにもイクスの声は聞こえた。


 ああ、そうか。ずっとこいつも時が止まっていたのだと、マリは感じた。だから自らの意思で、剣を掲げたのだろう。


 自分と一緒なのだ。

 間違いなくこの瞬間、マリもイクスも、互いに時が再び動いたのだ。

 だからこそ興奮しているのだろう。イクスは、そういう存在だ。


 そして、アースはそれに答えようとしている。

 意外に、いいコンビなのかもしれない。マリがそう思うには十分だった。


『ライネルを治めていたロルムスの将、テオドール・スプレージェは、アース・ドラグ、否、このアースライ・グランデン・キャメルが討ち取った! 俺達の、勝ちだ!』


 アースが高らかに叫んだその瞬間、味方から一斉に響く勝鬨の声。

 そして、民は、皆呆然としていた。動きが完全に止まってしまっている。


 朝日が登った。

 再び、一六年ぶりに、時が動いた。


「始まるか、再び。公よ、貴方は私を恨むか? 息子を戦陣へと突き立てた、私を」


 問う。

 その声は、聞こえない。


 だが、もう引き返すことは出来はしない。

 全ては、動いてしまったのだから。

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