第五話『王と聖剣』(8)
甲高い音と同時に、巨大な腕が振ってきて、地面をえぐった。
それを何度避けただろうか。
その直後に響くのは敵の銃声。それを避けながら疾駆して、ザグツェンの群れを潰す。
しかし、何度かはフジョーネの六本脚が上から襲いかかってくることがあった。
それも避けながらの動きになるから、深く進軍が出来ない。都度撤収して陣形を整えることの繰り返しだ。
しかも、腕も脚も、テオドールの味方だろうが関係なく降り掛かってくる。
何機かのザグツェンは、テオドールに潰されていた。
何度これを繰り返したか、分かったものではなかった。
徐々に、息が切れていくのを、アースは感じた。
見下されていることに対する圧。それだけではなく、得体のしれない何か。それと相対しているのは、やはり魔導機戦とは感覚が違いすぎる。
モンスターを相手にしている。そうとしか感じられなかった。
カルドゥエッフを何度かフジョーネに叩き込んだが、装甲が欠けると周囲にいた魔導機を吸収してフジョーネはその部分を再生している。
後方支援している魔導専門の味方機が氷の弾丸を放っても、装甲に傷をつけるのが関の山だった。
『若様、少しお下がりを!』
ガウェルの声と同時に、ドゥンイクスをすぐさま後退させた。
その直後、岸壁がフジョーネを囲う。魔導による岸壁だ。
だが、テオドールの甲高い笑い声と同時に、フジョーネの腕が振られて、岸壁は脆くも破壊された。
『これすら粉砕するか!』
「流石に、こりゃやべぇな。敵の数も多すぎるぜ!」
実際、こちらの部隊は残りの敵を削るので手一杯だ。
ガウェルと自分と魔導部隊でなんとか被害は抑えてはいるが、いつ限界が来るか分かったものではない。
『しかし若様、あれだけのことをされて、なお従うのは、考えたくもありませんが、兵士にも制御ユニットが取り付けられている可能性があります……!』
ガウェルが歯ぎしりしながら言った。
「アース、たちが悪い事がもう一つある。あのフジョーネとかいう機体、テオドール以外にも、人間の生体反応が見られるぞ……!」
「まさか! パイロットが生きたまま吸収してやがるのか!?」
「恐らくな!」
イクスが言った瞬間、またフジョーネの腕が襲ってきた。
避けると同時に、また大地がえぐれる。
あれに当たればひとたまりもないのは目に見えている。
何人生き残れる。
そう思った瞬間、コクピット内に警報が鳴り響いた。
「何だ!?」
「後方から魔導機反応じゃ! 機種は……ん? ロルムスの古い機体、じゃな……?」
『アース! まだ生きてるか?!』
散々聞いてきた声がした。
もう聞くことはないと思っていた声。
まさか。
「親方?!」
『そういうことだ! ライネル村魔導機使える連中全員! 増援に来たぜ!』
アースはただ唖然としていた。
総数五〇以上。間違いない。採掘場で稼働中の魔導機全部だ。
しかし無茶だ。ザグツェンの持ってる銃に蜂の巣にされるのが目に見えている。
そう思った直後、案の定、ザグツェンが親方たちの群れへと向けて一斉射する。
だが、親方たちの作業用魔導機に銃弾が当たった瞬間に、その銃弾が弾き返されていた。
『マリアに魔導で装甲をたんまりと強化してもらったからな! なるほどな、こいつぁいいぜ! ちょうどぶち殴れる!』
なるほど、マリが焚き付けたのか。
全く人を扱うのがうまい。
装甲が桁外れに強化されている影響で弾丸を弾き返しながら突き進むものだから、どんどんザグツェンへと向かって親方たちの魔導機は突進していく。
フジョーネが気付いて、腕を振りかざす。
振りかざされた腕を、親方達は避けてフジョーネの後方へ着地し、ザグツェンの群れへと殺到した。
しかし、戦法を見て唖然とした。
親方たちの戦い方は、工具用の腕に換装されたことによる質量によるタコ殴り。要するに、ステゴロだ。
だが、想像以上に効果は絶大なのか、一気にクレーンやドリルでコクピットを殴り飛ばしてはザグツェンを大破させていく。
「はは、すげぇ……!」
いつの間にか、自分が笑っていることに、アースは気付いた。
『アース! ロルムスにムカついてんのはお前らだけじゃねぇよ! こいつらは俺達炭鉱夫が引き受けたぜ!』
親方の声と同時に、テオドールが初めて、歯ぎしりに似た声を漏らした。
『たぁかぁがぁ! 下等生物の亡国のクソ市民共がぁ! 私に盾突きおってぇ!』
テオドールがそう言って、フジョーネの腕を薙ぎ払おうとした瞬間だった。
突然、フジョーネの動きが止まった。
『な、なんだ?!』
テオドールの驚愕の声は当然だった。
まるで、何かに締め付けられているように、あれだけ巨大なフジョーネの身体が、ピクリとも動かなくなったのだ。
アースは見て、ハッとした。
テオドールはフジョーネを動かそうとしている。
だが、その動作をフジョーネ自身が反抗している。
声が聞こえたのは、その直後だった。
『た、頼む……介錯を……』
『グランデンの王子……国は違うかもしれねぇが……俺たちも……ロルムスも、救ってくれ……!』
『モンスターにされて死ぬのは……ごめんだ』
『こいつが起こした戦争さえなけりゃ、俺達の大陸は……こうもならずに済んだ……』
『散々人の脳みそに制御チップ埋め込んで地域住民の虐殺なんてやらせやがってぇ……!』
怨念にも似た、声にならない声。
「今のは……」
「アース、今の声、聞こえたじゃろう?」
イクスの、静かな声。
まるで、最初に出会った時のように、覚悟を促されているような、そんな声だった。
「今の声、もしかして、吸収されたロルムスの兵士の声か」
「恐らくな。ああなってしまっては、もう人間に返す術はない。じゃが、せめてああして敵国の者であろうと、自国の誤ったことに対して抗っておる民に、救いを与えてやるのもまた、王としての勤めでもある。そう思わぬか、アース」
静かに、イクスが言う。
その通りだと、純粋にアースは思った。
不思議と、心が静かになった。
静かに、心に水が落ちる音がした。
波紋の広がりと同時に、不思議な、それでいて、忘れていた力が、あふれるのをアースは感じた。
「そうだな。俺は、まだ王としては不完全かもしれねぇ。だが、たとえそうであっても、俺は……俺は……!」
カルドゥエッフを、両腕で持って構え、フジョーネと対する。
「困ってる奴がいるならば、国だとかそんなの関係なく、誰でも救える王に、英雄になってみせる!」
「それが例え、修羅の道であったとしてもか?」
「そうだな。修羅の道だ。だが、お前に乗った時点で、とうに修羅の道だ。俺達はこんだけの戦力で、ロルムスに立ち向かってる大馬鹿野郎共だ。だが、困ってる奴がいるなら、誰であれ救う。それもまた修羅の道なら、俺は喜んで受け入れてやる、もう、うずくまっているだけなのは、ごめんだ」
イクスが、一つだけ、息を吸って、吐いた。
「合格じゃ。我が真の力を振るうに足る。よくぞ短期間でここまで成長した」
イクスが、自分の心に触れてきた。
目を閉じる。
自分の力が、満ちるのをアースは感じた。
「ドゥンイクス第一八五代正当保持者、アースライ・グランデン・キャメルよ、おぬしは知っていよう。我が聖剣の名を! その名を唱えよ!」
目を、カッと開いた。
瞬間、目の前に走る虹彩認証。
その虹彩認証が、自分の目が空色になっていることを告げた。
空色。
ドゥンイクスと同じ色であり、グランデンの象徴の色。
恐怖は、なにもない。
ただ、己の中にある心の波紋が大きくうずいて、それが、波になった。
知っている。
カルドゥエッフの中に隠された、真の力。
選ばれた者以外抜くことの出来ない、聖剣。
王にしか、英雄にしか抜くことが出来ない、伝説の聖剣。
その名は。
「俺の思いに、答えろ! 聖剣カリバーン!」





