第五話『王と聖剣』(5)
まずいことになった。
総数五〇〇のモンスターが一斉に村に向かっている。
どれもこれもワームなどに比べれば小型のモンスターで、マーザ・ドゥという大型犬のようなモンスターがほとんどだ。
マーザ・ドゥは黒い犬のようなモンスターだ。サイズは大型犬程度だが、それ故に魔導機では小回りが効かなさすぎて相手には出来ない。
何より、大型犬との違いは、人間しか食わない、ということだ。
しかも、もう一つたちが悪いことがある。
モンスターの群れの中に、リザードがいる。
全身が鱗に覆われた大型のトカゲのようなモンスターだが、このモンスターは火を吹くという大きな特徴がある。
火は魔導程強くはない。だが、それでも人間を焼き殺すには十分な火力がある。
それがロルムスの号令で現れ、こちらの魔導機には目もくれずに村へと突っ込んでいくのだ。
村を殺戮の嵐にすることは、マリには目に見えていた。
しかも、いくらアースがテオドールの討伐に専念すると言われても、村が気になってしょうがないのか、ドゥンイクスの動きが散漫になっている。あれでは討ち取られるリスクすらある。
そしてこちらの魔導機はロルムスに完全に足止めを食らっていて、村への援護は出来ない。
夢で告げられた預言の意味が、ようやく分かった。
魔導機だけならばどうにでもなるだろう。だが、それに統率されたモンスターまで混じると、こちらの分が悪すぎる。
アースに、通信をつなげた。
「アース、モンスターは村へ向かっている」
『ちぃ! 分かってるけど、こっちはテオドールに手一杯だって!』
明らかに、焦りが見える話し声だった。
こうなってドゥンイクス本来の力を発揮出来ずに死んでしまえば、それこそ何のためにここまで来たのか、何のためにアースに我慢を強いたのか、わからなくなる。
「分かっている……。こうなれば」
マリは、椅子から立ち上がった。
手に持っているロッドの力を、込めた。
「私が行く」
瞬間、アースだけでなく、周囲も絶句した。
『な、何言ってんだ?!』
「私がどうにか被害を減らすようにする。お前はテオドールを討つことに専念しろ。いいな」
『いいなって……!』
「アース、魔女を、なめないでほしいな」
アースは、渋い顔をしている。
『大丈夫、なんだろうな?』
「アース。お前の育ての親を信じてみろ。それに、村に恩義があるのは、お前だけじゃない。私もだ」
アースが、ハッとした表情を見せていた。
そう、自分もまた、ライネル村の連中には恩義がある。
村に迷い込んだ頃、自分達を迎え入れてくれたのは、他でもないあの村だ。
ただ、ロルムスに占拠され、村人が殺されていくのを黙って見ることしか出来なかった。
だが、今は違うのだ。
時が、ゆっくりとだが、確実に動いているのだ。それも、グランデンの復活という、一六年前に止まった時が、再び動き出そうとしている。
それを起こすためにも、あの村は必要なのだ。
そう思うから、マリは向かうのだ。
『分かった。頼む!』
「承知した」
言って、通信を切った。
周辺が、静まり返っている。
「マリ様、本気なのですか? いくらなんでも五〇〇ですよ?」
「だからだ。魔導機だけではどうにもならない戦のために、私のような者がいるのだ。だが、私だけでは無理だろう。護衛が欲しい」
「ならば、私が行きます」
そう言って、扉の奥から現れたのは、こちらからかすれば意外な人物だった。
クーリジェである。腰には見繕った双剣を指しているが、つい数時間前まで医務室のベッドにいたのだ。
ようやく今日動けるようになった、という話は聞いているが、それに護衛が務まるだろうかという疑問の方が、どうしても湧いてしまう。
「お前、むしろ、身体のほうが大丈夫なのか?」
「大丈夫です。動けます。それに、モンスターの討伐なら、何度かやっております故、お役に立てるかと」
「死に急ぐつもりか?」
「まさか。私は王子殿下に誓いました。死なないと。死ぬことは約束を違えることになります。それに、今は四の五の言っている状況ではないでしょう。少しでも戦える人材ならば投入するべきではありませんか? 何より、王子殿下は戦っておられるのです。私より若い王子殿下が命をとしておられるのに、私だけおめおめと一人ベッドにいるなど、我慢なりません」
この男の言い草はもっともだ。
それに、目が言っている。
自分は絶対に死ぬ気はない、と。
ならば、その覚悟には応じてやらなければならない。
それもまた、上に立つ者の責務だと、マリは感じている。
「いいだろう。クーリジェ、部隊の指揮を任せる。歩兵部隊、これよりクーリジェの指揮下に入れ」
「承知」
すぐさま、クーリジェは歩兵部隊の顔を確認した後、頼むとだけ言った。
そして、マリは先行する形で、一人転移魔導を発動し、村へ行った。
舌打ちを、一度した。
既に、村にモンスターの侵入を許していた。
火災も何箇所か起きており、マーザ・ドゥに何人か食われていた。
人が逃げ惑う中、マリは、静かに前方へと歩く。
「まかさ、マリアか?!」
親方が近づいていた。
親方はハンマーを持っていて、村人たちに避難の指示を送っていたようだ。
「被害は?」
「リザードとマーザ・ドゥに、何人かやられてる! 避難はしているが、全員は……」
「親方、説明している時間が惜しい。ここは私達が食い止める」
「お前は?」
「私は、モンスターを蹂躙する。まずは、火を消さないとな」
マリは目をつぶり、意識を集中させた。
雑念など一切入らない、無の境地。
そこに、水が見える。
その水が、天高く登っていく。
眼を開いた。
「ウォーター・ウォール、発動」
ロッドで、地面を叩いた。
瞬間、周囲の天気が変わる。
月は完全に雲に隠れ、そして、雨が、大量に降ってきた。
雨がすぐさま火をかき消し、同時に、その降った雨が集まって、村の中の家を覆い囲っていく。
リザードはその様子を見てもなお炎を吹くが、雨は生きているように動き、雨で出来た壁の一部が変形する。
そして、その変形した物は、水で出来た槍だ。
その槍が、リザードの心臓を簡単に射抜いた。
周囲にいたマーザ・ドゥに対しても、村中の家に張った雨の壁の一部が、槍に変形して襲いかかる。
モンスターの視線がこちらを向いた。
一匹のマーザ・ドゥが、こちらに向かって駆けてくる。
「無駄だ」
言ってから、もう一度ロッドで地面を叩いた。
マリの前の地面が、盛り上がっていく。
そのまま、その地面は巨大化を続け、やがて、身長の三倍ほどの巨人と化した。
その巨人が腕をかざし、一気に、マーザ・ドゥを上から叩いて磨り潰す。
「な、な、な……なんじゃ、こりゃぁ?!」
親方が今まで聞いたこともないような愕然とした声を出した。
その直後に、クーリジェ率いる歩兵部隊が転移してきた。
「歩兵部隊は討ち漏らしたモンスターの討伐だ。一匹たりとも生かして返すな。皆殺しにしろ」
言って、もう一度ロッドで地面を叩く。
その直後、歩兵部隊が抜剣した。
すぐさま、クーリジェが腕で指揮をして、各所に散っていく。
「ま、マリア、お前……何者だ?」
親方は、まだ横に付いていた。
信じられないものを見ている、という目は変わらないが、恐怖はないように思えた。
「マリアはもういないさ。今ここにいるのは、アースという次世代の王のために集った、グランデンの魔女、マリだ」
「アース……だと?! まさか、アースが戦っているのか?!」
「そうだ。村の先でテオドールと戦っている。村を守る、と言ってな」
「アース……だが、お前も含めて、何故そこまで俺達に?」
「親方、お前に問うぞ。お前は、いつまでロルムスによる蹂躙政策の元で生き続けるつもりだ?」
「それは……」
親方が、うつむいた。
誰もが、誰かがやるだろうという意思が、この村にはあった。
だが、一度付いた反乱の火がいとも簡単に潰えたことで、誰も続かなくなってしまった。
口を閉ざしてしまったのだ。
「今立ち上がらないで、どうするつもりだ? アースが、お前よりも遥かに若い子供が、お前達全員を守るために戦っている。立ち上がらないで、どうする」
リザードと、マーザ・ドゥが数体突っ込んでくる。それも、巨人が圧殺した。
「グランデンは……俺達の国は……滅んでいないのか……?」
「滅ぼさせはしないさ。そのために、私達が来たのだからな」
親方が、ハンマーを握った。
「魔導機乗りと炭鉱夫を全員呼んでくる!」
「ああ。頼むよ」
「しばらく持ちこたえてくれよ、マリア!」
そう言って、親方は避難場所へと走っていく。
ふっと、自分で笑っていた。
「やれやれ。私は、ここではマリアらしいな。長くマリアでいすぎたかな」
苦笑した後、再度村を見入る。
まだモンスターの反応があることが、魔導通信で知らされた。
「さて、ならば、根絶やしにするとしよう」
ロッドを持って、前に向かって歩いた。
ただ、自分の中にある感情が、燃え上がっている。
怒り。己に対する、怒りだ。
恩義のある村に犠牲を強いた。その不甲斐なさが、今のマリを動かしている。
だが、立ち上がろうとしている人々の希望がある。
それがあるから、自分はまだ、燃え尽きずにいられるのだ。
だから、それで全て、蹂躙する。
モンスターは、殺す。
「グランデン最強の魔女を、最強の魔導使いをなめるなよ。クソ機械帝国ども!」





