第五話『王と聖剣』(3)
結局夜になった。
夜になっても動きはなく、今のところは平穏無事に食事にありつけている。食事もじゃがいもと鶏肉ということに変わりはない。
今のところは何一つ変わらない日だった、という感想に尽きる。
結局朝の夢はなんだったのだろうかと、ふとアースは考えた。心配しすぎているのだろうかとも思うが、それにしては少しリアルな感じもしたのだ。
だからこそ引っかかる。
「うーん……」
「どうした、悩みか?」
隣りにいたマリが聞いてきた。
周囲を見ると、じっと自分の言葉を待っているような、そんな雰囲気だった。
どうも自分は不機嫌そうな顔をしていたらしい。
「あ、俺そんなにまずい顔してたか?」
「ああ。かなりな」
そう言われて頭をかく。
どうも王というのは一挙手一投足注目されるものらしい。
実感がまだあまりわかないが、それで上がったり下がったりする士気もあるのだろう。
「悪ぃ。みんな食事続けてくれ」
それだけ言うと、みんな食事に戻っていく。
だが、自分のことを心配そうに見ている者がいるのも確かだった。
「いやさ、ちょっと朝に嫌な夢見てな」
「どんな夢だ?」
「村が燃やされる夢」
言った瞬間、マリが立ち上がった。
周囲が、一斉にこちらを向いた。
「ちょっと待て、お前もその夢を見たのか?!」
マリが声を荒げる。
初めてのことだったが、それ以前に気になった。
「もって……まさかおばさんも同じ夢を?!」
マリが頷き、そして考えこむ仕草をする。
マリの額に、汗が出ていた。
「まずい。まずい、まずいぞ、これは。何か嫌な予感がする」
今までにない焦り方を、マリは見せていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ、おばさん! なんでそんなに夢でざわつくんだよ? 今の所平和だろ?」
マリがこちらを見た。
その眼を見て、ハッとした。
赤の瞳に、明らかな焦燥感の色が見えたからだ。
どう考えてもこれは普段のマリではない。
「アース、私のもう一つの名を教えてやる。私は、預言者だ」
「預言って……そんな夢くらいで……」
「私だけの夢ならばどうということはない。お前が同じ夢を見た、ということが一番問題なんだ」
「どういうことだ?」
マリがこちらをじっと見た。
「私の夢と、王の夢が合致した時、それが現実になるんだ。私がこの三百年生きて、一度たりともそれが外れたことはない。お前の父が暗殺される際にも夢を見た。だが、お前の父は笑っていたよ。同じ夢を見たというのに、結果などどうとでもなる、と。他にもその先々代の時も更にその前も外したことはない」
「だが、実際には暗殺された……。つまり、正夢……?! やばいぞ、それ!」
「だからどうにかしなければならないんだ」
マリは周囲を見ると、一斉に周囲の目線がマリに向き、そして、全員飯をかっこんだ後立ち上がった。
「総員、聞いてのとおりだ。王と私の夢が合致した。即ち、災の預言がくだされたようだ。各員、戦闘配備急げ!」
言った直後、警報が鳴り響いた。
『第三観測班より緊急連絡! ロルムス軍ライネル村に進軍中! 数、二〇〇!』
「何?!」
汗が、急に吹き出たのを感じた。
こちらの全軍を出してもなおその六倍以上の数だ。四倍で負けたら更に上積みしてきた、という感覚だろう。
急いで、全員がハンガーへと走っていた。
「状況知らせろ!」
「はっ! 現在の映像です」
マリの声の後、通信魔導士が観測班から送られてきた映像を魔導モニターに映した。
ゾっとした。確かに数は膨大だ。しかも前回の奇襲を警戒したこともあってか、崖に対しても警戒を続けながら進軍している。
しかも先頭にいるのは見たこともない機体だ。恐らくカスタム機と見て取れた。
同時に、観測班からの魔導で、その機体に乗っているがテオドールだとも判明した。
ついに来たかと、思わざるを得なかった。
自分を殺すためにやってきたのだろうと、アースは感じた。
すると、全軍が破壊された魔導機の前に来た。
前にガウェル達が蹂躙した魔導機たちだ。多くは残骸だけ残して、少し日数が経ったこともあり一部が風化が始まっている。
だが、それすら目もくれず、その残骸を踏み潰して前へと進んでいく。
生理的な嫌悪感を、アースは覚えた。
味方に対する誇りなど微塵もない。こんな連中に蹂躙されるのを見てはいられないと、心底思った。
拳を握ると、血がにじむのを感じる。
「……行くぞ……! 村を守る!」
いつの間にか、叫んでいた。
絶叫にも似た鬨の声が、一斉にハンガーに響いた。
「わらわも行く準備は出来ておる。じゃが、同時におぬしにも必要なものがあるのじゃ」
イクスが自分の前に来ると、右手をかざした。
魔導が、流れ込むのを感じる。
だが、不思議と心がたぎるのだ。
そう感じていると、自分の身体には、いつの間にか甲冑が付いていた。
しかし、重さはまるで感じない。普段着とまるで変わらないが、触ると金属の音がするし、質感もそれだ。
「なんだ、これ?!」
「鎧じゃよ。わらわの性能を活かすことの出来る魔導の甲冑じゃ。おぬしの流れている魔導をそのまま全てわらわに流し込めるし、何より操縦している際の重力制御も請け負う。まぁ、操縦服みたいなものじゃと思ってくれ」
「そうか、悪ぃな」
「だが、油断はするなよ」
マリの声がする。
少し、遠い目をしていた。
「その甲冑は、グランデン王に代々伝わるものだ。それを身にまとったからには、いよいよ後戻りはできない。何処までも王の業を背負うことになるだろう」
言われて、身が引き締まる思いがした。
王の業。それが何かはまだ分からない。
ただ、自分の中で確実にある、守りたいという思いは、そのまま維持すればいいと、アースは思うだけなのだ。
「私も出来る限りサポートをする。敵は大量だ。だが」
言った後、マリが不敵な表情を見せた。
「これは絶好の機会でもある。これを蹂躙すれば、グランデンが復活するという狼煙をあげられる。いいか、勝てよ、分かったな」
まったく。乗せるのが上手いとアースは思わざるを得なかった。
だが、確かにその通りではあるし、元より自分は負ける気はない。
というより、負けることを最初から考えていたら、勝てるものも勝てなくなる。
王ならば、率いるならば、尚の事だ。それを全体に伝えてなければならない。
周囲を見る。
自分の言葉を待っているように、仲間が、みんな自分を見ていた。
息を吸って、吐いた。
「死ぬんじゃねぇぞ。今から国が興るんだ。俺達の国を興す前哨戦だ。負けることは許されねぇ」
「然り。殿下、我ら全員整っております。いつでも、ご命令を!」
ガウェルが、炎を帯びた眼でこちらを見て言った。
剣を、引き抜いて、天に掲げた。
「全員、勝ちに行くぞぉ!」
歓声が、怒号のように響き渡った。
さぁ、戦だ。
本物の、戦だ。
緊張がないわけではない。
だが、すり潰される気もしない。
ならば、自分なりに出来ることをしよう。
そう思っていたら、いつの間にか、イクスはドゥンイクスになっていた。
そのコクピットに、アースは飛び乗っていた。
操縦桿を握ると、今までよりも遥かに魔導が流れているのを感じる。
たぎった感覚。それでありながら、心は何処か穏やかだ。
悪くないなと、そう思えた。
「さぁ、行こうか。イクス」
「そうじゃな。アース、今から行くのは本物の戦場。命のやり取りをする場所じゃ。老婆心から言っておくが、すり潰されるなよ」
「ああ。俺は俺の出来る限りの力でなんとかする。それが、上手くいく秘訣な気がするんだ。だからこそ、俺は守るよ。出来る範囲で。行こうか、イクス」
「良かろう。ならば、行くとしよう。おぬしが国を興すに足るか、実践で証明してみせい!」
そう言われた瞬間に、転移魔導の反応を感じた。
戦場へ。
守るべきもののある、戦場へ。
みんなを守るために戦う、戦場へ行く。
思うと、緊張は不思議となくなっていた。





