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第一話『契約の日』(1)

*11月11日、加筆修正実施

 家からは、花の臭いがする。

 育ての母が、ついこの間森で採ってきたものだ。

 もっとも、その花の香りすらも、目の前にあるシチューに無造作に置かれた肉の臭いがかき消している。


 相変わらず不器用。だが、いわゆるお袋の味、という奴だ。もうこれを親しんで一六年にもなる。

 しかし、ラジオ越しに聞こえてくる声は、今日は一段とうるさく聞こえた。


『一六年前に、このアガード大陸で起こった我がロルムス帝国とグランデン王国との戦いは、既に我がロルムスが圧倒的な大差で勝利したのだ。にも関わらず、愚かにも旧グランデンの重臣は徒党を組み、我らに歯向かった。三日前、我らが()(どう)()及び()(じん)()の軍勢が、グランデン残党の魔導機軍団に鉄槌を下した! 我らに勝てる者は、もはやこの大陸にはいないのだ!』


 ロルムスの国営放送が、高らかと告げている。

 はぁと、アース・ドラグはため息を吐いた。


「おばさん、その()(どう)ラジオ、もう壊れてんじゃねぇのか? 音量の調整効かねぇぞ」

「寿命だろうな。お前を拾って一六年だ。その時から使っているものだからな。もっとも、魔導工学で出来ているラジオだから、今替えがきくかどうか、さっぱり分からんがな。それに、魔導式ならば」


 言うと、育ての母は魔導ラジオに向けて、パチンと指を鳴らした。

 魔導を感じた。その瞬間に、ラジオから発せられる音が、急に静かになった。

 あの不快な国営放送からのニュースも聞こえてこない。


「こういう芸当だって出来る」


 得意そうに、育ての母は言った。

 しかし、その直後、また音がうるさくなった。

 やはり寿命だろうと、アースは思う。育ての母と一緒に、ため息を吐いた。


「そうやるけどさ、なんだかんだで魔導いちいち使うのも大変だろ? 機械式ラジオに変えるって手は?」

「機械は面倒だから嫌だな」


 いつもこの育ての母-マリア・ドラグはこう言うのだ。

 機械式が苦手、というより、嫌悪しているように思える。

 もっとも、自分も機械より魔導の方が楽でいいと思っているのだが。


 魔導。人はいつの頃からか、いつの間にか使えるようになった技術だ。

 いつからあるのか、体系をたどってみても結局不明で、文明があった頃には既に使えていた、というのが歴史の見方である。

 そんな魔導を専門にして栄えていたのが、大陸東を治めていたグランデンだ。

 一方で大陸の西は機械を専門にして栄えたロルムスが治め、アガード大陸は平和に過ごしてきた。


 だが一六年前、グランデン国王がパーティの席で急に倒れ、そのまま崩御。

 それと同時にロルムスは、混乱を抑えるという名目でグランデンに宣戦布告、二国間での戦争が始まった。


 しかし、王を欠いたグランデンは脆く、ロルムスはあっという間に大陸全土を支配するに至った。

 散々学校の歴史で学んだことだった。

 もっとも、何故グランデン国王が死んだのかは、結局わからなかったが。


「なぁおばさん、さっきラジオで言ってた、魔神機ってのはそんなに違うのか?」

「魔導機とは比べ物にならないとはいうが、少なくとも、選ばれない限り魔神機は動かせない、という風には聞いているがね。実物は見たことがないからな」


 マリアが、コーヒーを啜りながら言う。


 魔導機という、魔導で動かす人の十倍のサイズがある巨大人型兵器は戦場の何処にでもあった。

 古今東西歴史をたどれば、必ずそれを用いた戦が全世界で行われているし、自分達にとっても、作業などで魔導機を使うことがあるから、当たり前に存在している。


 一方でわからないのは魔神機だ。

 これに至っては研究がほとんど進んでいない。

 神々が作った、とさえ言うものがいるくらいだ。

 戦場に必ず現れる『英雄』しか動かせない。そんな逸話もあるが、定かかどうかはわからない。


 もっとも、魔神機自体数が少ないらしく、自分も見たことがない。

 ただ、どの歴史においても、分岐点には必ずその存在があったのは事実だったようで、歴史の授業でもよく教わった。

 そんな話をしているうちに朝日が少し昇り、窓から陽光が差し込む。今日は晴れると実感するには十分だった。


「そういえばアース、今日の採掘、また手作業に逆戻りだそうだな」


 マリアの一言でアースは一つ、ため息を吐いて、シチューをすすっていた手を止め、スプーンを置いた。


「まったくだよ。魔導機が軒並み俺が触るとオーバーヒート起こしやがるってんで触らせてももらえねぇ。試しにやってみた昨日の魔導機も、結果は知っての通りだったからな。結局手で掘るしかないってのがなぁ……」

「で、壊した魔導機の数、思い出せるか?」

「ざっと一五機。どいつもこいつも一発でパァだよ、マリアおばさん」


 マリアは、アースの言葉に苦笑している。


「やれやれ。おかげで、付いたあだ名はブレイカーか。異名にでもなったから、話のネタには事欠かないだろうがね」


 マリアが、コーヒーをまた啜った。

 マリアとは、そもそも髪の色も眼の色も違う。アースは金髪碧眼だが、マリアは銀髪赤目だ。

 そんな見た目だからか、自分が物心ついた頃にはあっさり、アースにマリアは養子なのだと告げた。


 なんでも、アースの本当の父親が死の間際に、マリアにアースを育てるように頼んだらしい。母親の方は、ロルムスの戦乱で死んだそうだ。

 それ以外には聞いたことがないし、マリア自身が答えようとしなかった。


 何か辛いことがあったのだろうことだけは、十分に分かっているからだ。流石にそれが分からないほど、アースは鈍感ではないことを自覚している。

 今の関係は良好だし、実際アース自身も、両親のことをそれ以上聞かなかった。


 両親について、興味がないか、と言われれば嘘になる。だが、今はマリアが母親のようなものなのだ。

 その関係性まで、流石に『ブレイカー』と呼ばれている自分でも破壊したくはない。


 もっとも、不思議なこともある。

 マリアが、あまり歳を取らない。見た目はまだ三十歳かそこらだが、正直この一六年間でそこから変化した兆しがまるでない。

 だが、聞くだけ野暮な物だと、あえてアースは聞かなかった。そういえばマリアのことで聞いていないことが多いなと、思うだけに止めていた。


「ったく。なんで俺の魔導に軒並み魔導機が付いていかねぇんだよ」

「だから何度も言っているだろう。お前の魔導はそんじょそこらの魔導レベルを逸脱してるんだ。正直お前の魔導を受けきれる魔導機があるんだったら、こっちが見てみたいくらいだな」


 実際この通りだ。

 アースは生まれつき、魔導が尋常でないほど強かった。

 魔導で動く魔導機は、操縦者の魔導が強ければ強いほど能力を発揮する。そのため魔導の強い者は様々な場所での活躍が見込まれているが、アースのそれは『強すぎた』。


 旧グランデン領で大陸最東端に近い、この『ライネル村』は採掘業が盛んだ。自分はそれを生業にし、マリアが家事及び食事などを取り仕切るのが我が家のルールだった。

 だが、それで用いる魔導機がアースの魔導に追従できず、軒並み魔導エンジンがオーバーヒートを起こしてしまい、何機も壊してきた。

 そのため、大概の同業者がやっている採掘での魔導機は扱いが全くと言って良いほど出来ず、手作業での掘削を散々やらされている。物は試しにと出力の大きな魔導機を用いても全部この有様だった。


 実際昨日壊した魔導機など、トップクラスの採掘工しか操らせてもらえない、出力だけなら数世代前の軍用機とほぼ同等の奴だというのに、結果は一発でオーバーヒートである。

 これで動かせなかったのだから軍用でも無理だろうと、アース自身思っている。


 もっとも、手作業での採掘というおかげで体力は付いたのだから怪我の功名と言うべきなのだろうが。

 だが、魔導機を壊したときの修理費を保険でまかなえない分の何割かは給与からさっ引かれている。


 それに重税だ。グランデンがロルムスに破れて一六年。ロルムスは徹底して旧グランデン領に対して重税を課した。

 その重税で更に給与はさっ引かれる。そのこともありその日暮らしが関の山だ。


 もっとも、この村の住人はほとんどがそんな生活だ。特段珍しくもなかった。

 この村は採掘業が盛んだからその採掘した物を交易することでどうにか凌いで暮らしている。

 それに対しても、この村を仕切るロルムスの官僚達に賄賂を渡してどうにかお目こぼしをもらっているのが実状だった。


 自分の家の場合、食事はマリアが狩りで狩ってきた獣を使ってどうにかしている。

 しかも、狩りも最小限以外禁止のおかげで表だって出来る物ではなく、ほとんど密猟だ。森に薪を取るついでに、取ってくる。それも鳥を二人分、マリアが懐に忍ばせて、という有様だ。

 流石にマリア一人では二人が食っていくのに限界があったため、自分はもう五年以上前から採掘で働いて、日銭を稼いでいる。


「すまないな、おばさん。俺が魔導機扱える平凡なら、もう少し楽な生活にしてやれるのに」

「いや、ある意味それだけの魔導を持つのは貴重だよ。逆に考えることだね。何か別の意味があるのかも知れない、とね」

「意味? あるのかい?」

「さてね。私は占い師じゃないから未来なんぞ見えやしないし、仮に未来が見えているんだとすりゃ、少なくともグランデンが滅ぶのだって分かっただろうさ」


 マリアが、少し遠い目をした。


 マリアは、グランデンの話になると、少し遠い目になる。

 亡国を憂えているのか、それともそれ以外に何かあるのか、それも聞かないのがアースなりの鉄則だった。


 家の扉がノックされる。恐らく、朝刊が来たのだろう。

 アースが頭をかきながら扉を開ける。


 扉を開けて、ん、と顔をしかめた。新聞配達員ではなく、ロルムスの軍人が立っていたからだ。

 グレーの制服で全身を固め、腰には小型の銃剣がマウントされている、何処にでもいる軍人だ。

 ガタイそのものは、アースより少し大きいくらいだった。


「あれ? 早いですね、軍人さん」


 刺激しないように、低姿勢で行く。そうやって生き残るのが手っ取り早い。


 そんな方法を身に付けて、何になる。


 そう思っても、何も出来ない自分がいる。

 それが、無性にアースには悔しくなるときがある。


「ドラグ一家、今から領主による催しがある。全村民を今集めているのだ。広場に直ちに来い」


 マリアの方を向くと、一つ頷いた。

 仕方がないと、マリアと共に広場へと向かった。


 シチューが、まだ残っていることをふと思い出す。

 催しとやらが終わったらもう冷めてるんだろうなと、なんとなく感じた。

見てくださりありがとうございます。評価くださると励みになります。

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