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第四話『超えねばならない壁』(3)

 ハンガーに辿り着くと、慌ただしく人が動いていた。

 治癒魔導士が総出で出張り、観測班が連れてきたと思われるグランデンの制服に身を包んだ男に治癒魔導を施している。


 アースが近寄ってみると、男は傷だらけで横たわっていた。グランデンの制服も血で真っ赤に染まっている。

 かなりの深手を負っているように、アースには見えた。


「どうなんだ?」

「一応傷口は塞いで、弱っていた魔導の循環までうまくいくようになりましたが、生き残れるかどうかは正直半々です。銃槍までありますからね。相当の激戦を行った証拠です」


 マリの言葉に、治癒魔導士が淡々と応える。

 しかし、この近くで激戦があったならば、自分達は気付いているはずだが、しかしはていつ行われたのだろう。

 そう思っているうちに、唸り声を上げながら男が目を覚ました。


「こ、ここは……」

「安心しろ。我々はグランデンの残党軍だ」


 マリが声をかけると、男はハッとした表情を見せた。


「そのお姿、マリ様ですね。父から聞いた通りです」

「父?」

「私の父は、コルツ・ガーウェイ第二師団長です。私は、その息子のクーリジェと申します」


 みんなの表情が、動いた。


「コルツ殿が、生きていらっしゃったのか?!」

「コルツ、というのは?」


 男の視線が、自分に刺さった。


「少年……? 志願兵か?」


 マリが、首を振った。


「信じられないかもしれないが、私が育てていた、ドラグーン王の遺児だ」


 男-クーリジェが、愕然とした表情を見せ、すぐさま起き上がった後、跪いた。


「アースライ・グランデン・キャメル王子殿下でございますか?!」


 クーリジェがその直後に苦痛に満ちた表情を一瞬したが、すぐに凛とした眼を自分に向けた。


「そんな怪我してる状態で無理すんなって! 確かに俺はそうだけど、王子だって知らされたのまだ三日前だぜ。堅苦しいことは抜きにしようや」

「し、しかし、王子殿下とは知らなかったとはいえ、無礼をいたしました……。不徳の致すところです。私の罪が、新たに出来上がってしまい……」

「バカ野郎!」


 つい、大声を出してしまった。

 全員が唖然としながら、こちらを見た。

 だが、沸々と怒りが湧いてきたのだ。


「罪だどうだなんてどうでもいい! どちらにせよクーリジェ、痛みがあるなら寝そべってていい! ここで仮に死んじまったらそれこそ夢見が悪すぎるってもんだぜ! だから自分の罪とかそんなもんどうでもいいんだ! ここで死んだらそれこそが最大の罪ってもんだ!」


 自分の命は、一個しかないのだ。

 それを守ってこそ、王。ならば、死なせないことが、自分の務めだ。


 そう感じるからこそ、すぐに罪を作って死のうとしているクーリジェに怒りが湧いてしまった。

 クーリジェが、涙を流した。


「で、殿下……。申し訳ございません、私が、あまりにも愚かでした……。確かに、ここで死ぬことこそ罪です」

「分かったらいい」


 そう言った後、クーリジェは涙を拭い、恐れ入りますと一言だけ言って、横になった。

 これだけ動けるなら、恐らく大丈夫だろう。


「だけどよ、俺はグランデンについてはまだあまり知らねぇと言っていい。お前の親父さんは、どんな奴だ?」

「私の父は、元はドラグーン王に仕えていた魔導機のエースです。レンデンが陥落してから数年間は、レンデン付近で活動するレジスタンスの長でした」


 その言葉の直後、クーリジェが身体を震わせ、身体の傷跡から血が滲み出した。


「ですが、三日前の戦闘で、討ち取られました……。私は父の最期の命令で東端まで落ち延びるように言われ、部下とともに戦場を後にすることになったのです。ですが、部下は防衛線を突破する中で尽く戦死し、私の乗機も大破し、そして生身での戦闘なども経験しながら、ようやくここにたどり着きました。東端に、マリ様に似た方がいるとの噂がありましたので、もしやと、父は思っていたようです」

「噂は、何処まで広がっている? ロルムスにも知られているのか?」

「いえ、そこまではなんとも……」

「まずいな……」


 マリが少し考えている。


「まずい、ってどういうことだ?」

「アース、お前は私が連れたっている。同時にイクスもだ。つまり、グランデン最大の火種が大陸東端近くにいるということが知られた場合、奴らは問答無用でここに集結する。いや、それだけじゃない。あぶり出すために周辺の村を根絶やしにするくらい、平然とやるぞ」


 ハッとした。

 それはつまり、ライネルが村もろとも人質にされているも同然だ。


 となると、如何にライネルを守るか、ということも考えなければならない。

 実際、村の人間を人質にされて自分はそれに対して対抗できるのか、その疑問がどうしても尽きないのだ。


「何か策はねぇのか?! ガウェルがやったみたいには」

「あれについてもう一度は通用しないでしょう。いくらなんでも二度同じ手口に引っかかるほどロルムスもバカではないはずです」


 ガウェルが、すかさず言った。


 手は何かないか。


 そう思った時、肩を後ろから叩かれた。

 振り向くと、イクスがじっとこちらを見つめていた。


「落ち着くのじゃ、アース」

「だけどよ」

「長が動揺すると、皆にその動揺が移る。おぬしの眼でよく見よ。周囲がどうなっておるか」


 そう言われて周囲を見渡すと、全員が少し不安そうな表情をしていた。

 長が動揺すれば、こうなってしまうのかと、身にしみて分かった。

 自分は、もうただの村人ではない。そのことを、忘れかけていた。


「俺は、不安にさせることを口走っていたのか……?」

「動揺すると一瞬で周囲に伝搬するものじゃ。そうなった軍勢は例え精強であったとしても脆く崩れる。例えわらわの力があったとしても、それを活かせずおぬしは死ぬ。おぬしの言う死ぬことが罪ならば、部下を死に走らせる行動をしてはならぬ」


 イクスの言う通りだ。

 自分が動揺して瓦解したらそれこそ意味がなくなってしまう。


 一度、呼吸を整えた。


「すまねぇ。少し、冷静になる必要があったな。観測班は、とりあえず人数増やすってのが、一番手っ取り早いか?」

「それしかないだろうな。しばらくはそれで警戒するより他あるまい」


 マリが言うと、すぐさまマリが目配せをして、周囲の観測班が頷いた。

 なんとかこれでしばらくやり過ごすしか方法はないだろう。


 しかし、クーリジェに関しては、もう一つ気になることがあった。


「クーリジェ、お前さんの親父さん、三日前に討ち取られたって言ってたよな? それ、何処でやられた?」

「レンデン近郊です。なんとかその付近の村に結集していたのですが、奴が現れたのです」

「奴? まさか」

「ご推察の通りです。フィンです。これを」


 そう言って、クーリジェは魔導で出来ている宝珠を渡した。

 観測用の魔道器具だ。


「これに、我々の戦闘が収めらています。少し、参考になれば……ぐっ」


 クーリジェが苦痛の声を上げた。


「医務室へ運んでくれ」

「了解しました」

「運ばれる前に一つだけ。殿下、私は死にません。落ち延びたからには、ここで死ぬ定めではないと確信しております」


 クーリジェの凛とした瞳が、こちらに向けられた。


 強い炎が、眼に宿っている。

 信頼に値する男だと、十分に理解できたから、アースは手を握って、頷いた。


「分かった。少し休んでな。休んだ後は、まだお前の炎を燃え上がらせようぜ」

「承知!」


 そう力強く言った後、担架に乗せられて、クーリジェが医務室へと運ばれていく。


 渡された器具に、何が写っているのか。

 気になって、仕方がなかった。

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