第四話『超えねばならない壁』(2)
思えば、こうして机を前に勉学したのはいつ以来だったか。
昔勉学したのは覚えている。一応の文字は、ロルムスの所有する学校で教わった。そこで簡単な魔導の使い方も教わった。
しかし、今思えば中身は思想教育のそれだった。
ロルムスを敬え。皇帝を敬え。ロルムスこそが大陸の正当なる覇者である。
散々学校で繰り返し教わった。
呪詛のようだと、当時のアースですら思ったものだ。
実際、ロルムス統治下でろくな暮らしにならなかったから、自分の周りでもロルムスに忠誠を誓う者はいなかった。ロルムスに対する呪詛が日増しに渦巻いていたのを、よく覚えている。
そんな学習を最後にしたのは、もう五年前だ。食うのに厳しくなって、学校に行くことなど無理になった。
実際、自分の周囲もそういう子供ばかりだった。まともに上の学級に進んだ子供を、考えてみれば自分は見たことがない。
だからか、えらく久しぶりに学ぶなとも感じる。
感じるのだが、にしては急激に内容がレベルアップしてるようにしか感じないのだ。
読み書き計算は出来るが、それ以上に歴史から戦争から果ては魔導に至るまで、ありとあらゆることを即席でマリ達は学ばせようとしていると思える。
実際、訓練のほうがまだ楽だと感じるくらいだ。
「……で、グランデンは彼の地から歴史が始まった……って、アース聞いてるのか?」
マリの声が聞こえる。自分の頭がオーバーヒートしそうだと、心底思った。
「い、一応……」
「まったく、この程度でオーバーヒートされちゃ困るぞ。ではアース、聞くぞ、グランデン始まりの地は?」
「ええと……レンデンだったかな。今確かロルムスが抑えてるだろ」
「そうだ。あの場所がグランデンの始まりの場所であると同時に首都だ」
レンデンはここから西にざっと一〇〇〇カルヤール(約一〇〇〇km)くらいの場所にある。旧グランデン領最東端まで到達するには更に五〇〇カルヤール必要だ。
このアガード大陸が西から東までざっと三〇〇〇カルヤールだから、本当にロルムスとは二分していた、といってもいいだろう。
「しかし、当時首都を防衛線としておりましたが、一六年前に敗退。結果奪われ、今はロルムスの支配下にあります。しかも、その後改修が首都周辺に行われたらしく、機械の装備も大幅に増えました。かなりここを攻め落とすのは困難なのが実情です」
ガウェルが、地図でレンデンを指しながら言った。
「俺達のいる場所がこのライネルになりますので、ここから行く場合は数多くの防衛線を突破しなければなりません。しかもそれの度に当然のことながら兵力は減ります。つまりある程度の拠点が必要です」
「ここじゃダメなのか?」
「あくまでここは補給基地ですから、ここを拠点にするには規模が小さすぎます。一応、使えなくはない物はあるのですが……」
ガウェルがバツの悪そうな顔をした。
イクスが、少し考えた後、ふっと笑った。
「『あれ』があるんじゃな?」
「あれ?」
アースの言葉の後、イクスが座っていた机から降りた。
「魔導戦艦『ブリウェン』。戦争の一年前から開発しておった、魔導工学の結晶である動く城じゃ」
「動く城? 魔導戦艦?」
言っていることが何一つ分からない。
「魔導戦艦とはその名の通り魔導力で動かす船じゃ。その上戦闘能力まである。大きな城のようなものでのぅ、戦闘能力に自家製の食料プラント、魔導機整備デッキから居住区、はては王の執務室までなんでもあるわい。グランデンの技術の結晶じゃ。ああ素晴らしきかな、魔導戦艦。わらわが眠っておる間についに完成したと見えるのぅ! そうじゃろう、マリ、ガウェル!」
自信満々にイクスはビシッとマリ達を指差して言う。だが、ガウェルもマリも苦い顔をしたままだ。
イクスの自信からするに相当すごいものなのだというのは分かるが、この二人が苦い顔をするということは、あまりろくな結果になってないのだろうということはよく分かる。
「あれは未だにテストすら出来ていないし、第一それを動かす人員がいないぞ」
マリの言葉でイクスの表情が固まった。
案の定だと、アースは思った。
だいたいガウェルはともかく、マリがこういう表情を見せるときは得てしてろくなことが起こっていない証でもあるのだ。
「……は? なんじゃと? 一八年前に開発されたものがテストすら出来ていない上に、動かす人材が足らないとわらわには聞こえたのじゃが」
イクスの表情がどんどん引きつっていく。
マリとガウェルは互いに頭を抱えていた。相当難儀しているのだろう。
「ドラグーンにいる人材だけではあれは動かせん。第一、仮にここの連中だけで動かせたとしても、その後ここを拠点として任せる人材がいない。他の地域にいるレジスタンスと共闘する話もないではないが、連絡するラインも封鎖されている」
「長距離の魔導通信が使えるのではないのかえ?」
「あれは莫大な魔導を使うし、第一それだけの魔導が発生すれば一発でここの位置も相手の位置もばれる。論外だ」
「ぬぅ、八方塞がりもいいところじゃのぅ」
確かにその通りだ。
いくら自分という御旗があるとはいえ、ドラグーンはまだロルムスに対抗するには弱者でしかない。
何か手段があればいいのだが、これもまた思いつかない。
もっとも、自分の頭で今更突然閃くとも思えないのだが、それがどうにもこうにもアースには歯がゆく感じられる。
「後、どちらにせよレンデンに行っても、奴がいる」
「奴?」
「ああ、そこにロルムス最強の武人がいる。しかも為政者としても完璧と来た。更に不可解なのが、グランデンの首都にも関わらず、住民の生活一切合財を保証していることだ。要するに、首都だけが旧グランデン領でユートピアになっているというわけだ」
意外だった。
ロルムスの将軍など考えてみれば自分はテオドールしか見たことがないし、他の地域の連中もみんなして愚痴を言うから、そういう奴らばかりなのだろうと思っていた。
だというのに、そのレンデンにいる将軍は真逆のことをやっている。
何なのか、異常に興味がある。
「何者なんだ、そいつは?」
いつの間にか、身体が前に出ていた。
「フィン・ゲッシュ・ファイアス。魔神機『クレイルモルド』を扱う男だ」
魔神機と聞いて、自分の鼓動が一気に高まった。
まさかロルムスに魔神機があるとは思わなかったのだ。
そんな男が敵としている。
「……勝てるか?」
「今のお前でも、我々の力を総結集させても、全然無理だ。奴の軍団は精強だし、魔神機の力はお前も経験しただろうが魔導機なぞ軽く凌駕する。その上統治も住民からの不満もすぐさま洗い出し、税制なども極端な負担はなし。正直ロルムスにいるのが不思議でならない男だ。アース、ロルムスに勝つということは、この男を王として超える必要がある、ということだ」
マリの言葉が、異常に重く感じた。
勝てない。それは十分すぎるほど分かった。
自分は今まだ無力すぎるのだ。
だからこそ、超えてみたい。そう感じた。
直後、警報が鳴り響いた。
「何があった? 状況を知らせろ!」
ガウェルが近くにあった電話を取り、声を荒げた。
『観測班より連絡がありました! グランデンの制服を着た負傷兵を捕まえたとのこと!』
全員の表情が、動いた。
何かが動いた。
そう感じるには十分な圧がかかっていた。





