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第四話『超えねばならない壁』(1)

 朝一で、模擬刀を構えた。

 すぅと、息を吸って、吐くと同時に一振り。

 上段から振り下ろした後、下段から一気に上段へと持っていく。それが終わったら次は横に凪ぐ。


 炭鉱での動きとは全く違う動きだと、アースは思うのだ。

 炭鉱ではただ上から叩いたり、横から細かく叩いたりはするが、下段からの動きはやったことがなかった。身体の動かし方が、剣術と炭鉱ではまるで違う。


 既に朝起きてから、これをガウェルの指導の元、三十回は繰り返している。

 それを全部で五十回やったら、次はガウェルとの打ち合い。ガウェルが言ってきて、実際に打ってきた方向からの攻撃をただひたすらにガードする。これを一時間は続ける。


 水分の補給も最小限だ。

 確かに言われてみれば、戦場で水など飲んでいる余裕があるかと言われると、どう考えてもない。


 己を極限の状態にまで追い込み、その状態のまま兵卒と一緒に徹底したベテラン兵による身体の基礎トレーニングに打ち込む。

 腕立て伏せの時に体制が崩れれば、模擬刀が肩に問答無用で降ってくる。それは自分が王子であるとかそんな物関係なく来るのだ。


 だが、どんとこいという気分に、アースはなっていた。

 ブレイカーと呼ばれ、魔導機に乗らなかったことで、自分の体力は想像以上についており、へばることがなかったのだ。


 他の兵卒は一通り終わった後だいたいへばっていることが多いが、自分は割と平然としている。

 確かに初日はきつかったが、二日目となれば話は別だ。どう動けば効率的に身体が動くか、どうやれば芯がぶれないか、ある程度分かったからだ。


 もちろん、気を抜くことはない。ただ自分の中にある意思が告げている。


 戦場はこんなものではない、と。


 ガウェルから初日に言われたことがある。死んだとしても、王子だったことなどただの付随価値に過ぎない。死ねば所詮は死んだ者でしかないのだ、と。

 マリも、イクスもそれは言っていた。


 言われてみるとその通りで、死んでしまえばそれで終わりなのだ。

 ならば尚の事、自分が王子だったら死ぬわけにはいかない。

 自分が死ねば、グランデンは完全に絶たれるからだ。


 その思いが、日増しに強くなっていくことが、アースにとって一番の驚きだった。

 ただの炭鉱夫でしかなかった自分が、いつの間にか大陸を二分するような重要な位置にいる。

 そのことを一週間前の自分に言ったら鼻で笑われるだろうと、苦笑するしかなかった。


「若様……な、なんで平然と……訓練出来るんです……」


 喘ぎながら一人の兵卒が聞いてくる。


「元炭鉱夫、しかも魔導機なしで手作業のみの掘削続き、それで五年間ほぼ休み無しで朝から晩まで働いたんだぞ。そりゃ体力も付く」

「そ、そういうもんですか……?」

「機械作業無しでの炭鉱は結構きついぜ。なんなら俺の手見るか?」


 そう言って、アースは手を見せた。


 興味津々に見ようとしていた全員が、呆然としていた。

 血豆の潰れた跡が、何個もある。爪が割れることだって日常茶飯事だった。だから自分の爪は一部が不完全に削れたままだ。

 それに、人が殺される度に握りしめた拳の跡。それによって爪が食い込み、出血した跡。

 それまで含めれば、自分の手は傷だらけだ。


「だけど、こんな状態が当たり前だってんだろ、今はどこもかしこも」


 目についた兵卒の一人に聞く。


「まぁ、そうですね。俺も似たようなもんでさぁ。この近くの村から田畑耕すことくらいしか許されなかったから、その日暮らしの貧乏生活。そのくせにロルムスの連中はいい飯食ってやがるのがムカついたもんですよ」

「あ、それだったら俺も」


 こうやって他の連中の話を聞くと、どこもかしこも似たようなものだと思ってしまった。始まるのは住んでいた地域の不幸話ばかりである。

 一刻も早くこの状況を打破しないとまずいなと言うのは、アースにも感じられた。


 正直、全員の顔にあるのはいささかの諦めの感情が感じられるのだ。マリなどが見せていた意地などが何処かないのである。

 だからか、ベテラン兵に目をつけられ、ハンガー内を一周走らされた。それも全力で、である。


 それをやった後、ようやく朝食だ。

 朝食は食堂で取るが、ライネル村で食っていた飯とさほど変わらない。相変わらずのじゃがいもに鶏肉、それと紅茶にサラダ。

 ただ、量だけはそこそこにある。このハンガーには独自の食料プラントがあるため、そこで自給自足を行うことが可能だから出来るのだと言う。それは初日にマリから教わった。


 食料班の班長からせめて王子の料理くらいはもう少し豪勢に出来ればと悔やむ声があったが、別に今の状況に慣れているので気にしてはいない。


 しかし食ってみると、味自体は悪くない。マリの料理を何処か彷彿とさせる。恐らく、根幹にあるのがグランデンの料理文化なのだろうと、何処かで感じた。


 自分の食う場所は決まっていなかったため、兵卒やベテラン兵と一緒の卓を囲んで食べている。

 イクスやマリも、特に席が決まっていないため、たまに自分達に交じっている。


「しかし意外だな。お前でも飯食うんだな」


 正直イクスに対してはこの感想が出てくる。

 イクスは魔神機なのだから、食べ物などは不要なのかと思っていたが、そうでもないらしい。

 イクスが呆れるような眼でこちらを見た。


「そりゃそうじゃろ。この形態だと人間とさほど変わらんわ。だから飯も食うし用も足す。基本人間と変わらんわい」


 そう言いながら、イクスはじゃがいもをナイフとフォークで切って食べた。


「しかし、何百年経っても思うが、どーもグランデンの料理、いや、それだけではないのぅ、この大陸全土じゃな。そこの料理のパターンがお決まりすぎると思わんか?」


 イクスが、呆れた口調でベテラン兵をじっと見ながら言った。


「と、おっしゃいますと?」

「外交で何度か訪れたロルムスもそうじゃが、料理のパターンがだいたい決まりきっておる。わらわが知る限り、極東の方には毎回料理を変えるような国だってあるというぞ? それに比べていささか貧相だとは思わんか?」


 全員で考え込むが、イクスはため息を吐くばかりだ。

 だいたい自分達の文化は常にこんな食事でずっといるのだ。じゃがいもと鶏肉中心の食事で三食を過ごすのは当たり前だし、逆に三食全部変えるとなってくると疲れたりしないものかと思わないでもない。


 だが、ある意味ではこれは逆の発想ができるかもしれないと、ふとアースは考えるのだ。

 つまり、飯の種類を豊富にするということは、それだけ食卓の色合いが豊かになり、ひいてはそれによって新たな産業を生むことだって出来るのではないか、ということだ。


 だが、そうはいうものの、そんな料理人が見つかれば苦労はないのだが。

 そんなことを喋りながらやっているうちに、時間はすぎる。


 そして、自分にとって厄介なものがやってくるのだ。

 マリとガウェルとイクスの三者から行われる、自分だけに向けられた座学である。

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